虚像干渉

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3章

姉の過去

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「どうしたの……昴くん?」
「お姉ちゃんは知ってる? 難波が実は人を殺していないことを――難波は人を殺すどころか見逃している。確かに原子爆弾で多くの犠牲者は出たが、それ以外で難波が殺した人を機動隊は把握できていない。だから、機動隊は難波を捕えることはできない。まず原子爆弾を発射したのが難波かどうかすら分からない機動隊なんだから、尚更難波を捕まえることはできないよ」
「そうなんだ。難波君は人殺しをしていないんだね。だとしたら、人を殺していたのは誰なの昴くん?」
「僕が考えているのは、この事件を利用して人殺しを行っている人がいるということ、そして難波はその殺人犯ではないこと……それしか分からない。お姉ちゃんは竜也さんから何か聞いてない?」
「ううん。そのことについては私も今初めて知ったよ。たぶん、竜也くんはもう分かってるかもしれないけど……私には話してくれなかった。もし、詳しい話が聞きたいなら、竜也くんから明日直接聞いてみたらどう。竜也くんは心優しい人だし、私の弟だって知ったら話してくれると思うよ。昴くん、竜也くんを助けてあげてね、難波君も、みんなを無事に連れて帰ってきてあげてね。もちろん、みんなには昴くんも機動隊の人達も含まれているよ。これは昴くんにしかできない仕事なの、頼んだよ昴」
「分かったよお姉ちゃん。詳しいことは久遠さんから聞けばいいんだね。それと、久遠さんと難波は無事に連れて帰るよ」
「うん。頼んだよ昴、ありがとう」
志桜里との会話を終えた昴は、携帯電話を取り出したジャケットの内ポケットにしまった。
 電話で久遠や難波のことを詳しく聞こうとしただけのはずだったのに、志桜里に思わぬことまで話された昴は困惑していた。しかし、昴は次にすることを考え始めていた。始めに思い付いたのは、明日久遠が本部に来た時の対応についてだった。志桜里が言ったとおりなら、昴が志桜里の弟だと言えば、久遠が考えている難波を止めるための方法を話してくれるからだ。そのためには、まず久遠に上手く対応して、情報を聞きだす準備をしなければならなかった。
 昴は初めに思い付いたことを後回しにして、次に思いついたことを優先した。優先したのは向日葵と志桜里に起きたあの事件についてだった。
 昴は調査書を探していた。志桜里の電話番号はすぐに見つかったが、あの事件の調査書はすぐには見つからなかった。雪崩の起きた調査書の中からそれを見つけるのにはかなり時間がかかった。
ようやく調査書を見つけた昴は、あの事件の状況を想像していた。
昴独自の調査書によると、向日葵は志桜里が切り付けられた時には、すでに意識が朦朧としていて、途中から完全に意識を失っていたことになる。そして、次に向日葵が目を覚ました場所は病院だった。志桜里が切り付けられたところで意識を失っていた向日葵は、勝手に志桜里が死んだものだと思っていた。向日葵がそう思った理由は、志桜里の姿が病院にはなく、あの事件の現場にもなかったからだ。そうやって勘違いをした向日葵の勘違いは今も解決していない。
 昴はここで、志桜里が虚像干渉を使えることを加えて考え直した。
志桜里は初めから自分が襲われるのを分かっていて向日葵と一緒に行動し、久遠に助けを求めたことになる。ただ初めから逃げなかった理由として昴が考えたのは、親友のために自分を犠牲にして、向日葵の夢を実現させてあげようとしたのかも知れないということだ。そうなると、本当に犯人がいたのかすら不思議に思えた。もしかしたら、志桜里の自作自演だったのかも知れないという疑念が生じた。だとすれば未だに犯人が見つからないことも納得ができる。
あの事件の全容が見えてきた所で昴は始めに戻っていた。
久遠が明日、来たときの準備だった。準備が十分でなければ、志桜里の弟だと久遠に言うことができない。
志桜里の弟だと言えなければ裕衣との約束は守れない。昴はどうしても約束を守りたかった。それに真の殺人者を捕まえることを使命としていた。
昴は久遠に対応する文書を作っていた。久遠が聞いてきそうなことを文書にまとめ、昴の聞きたいことも項目に入れた。対応に対する文書を作るのにそう時間はかからなかったが、昴の聞きたい項目をまとめるのには時間がかかった。
「はあ……やっと終わった。今日はいい仕事したな。睡魔も襲ってきたし、少し仮眠をとるかな」
昴は仮眠を取ったはずだった。しかし、昴が目を覚ましたのは次の日の朝だった。
「ああ、寝すぎてしまったか。まあいいや、昨日のうちにやりたかったことは全部終わっているし。後は今日久遠が来た時の対応だけか――忙しくなりそうだな」
 昴は服を着替えていた。昨日のままの服装だったので、全てを脱ぎ洗濯籠に雑に放り投げた。昨日の黒い服とは裏腹に、かけ離れた迷彩柄の服を着ていた。昴の服装はもはや私服と言った方が早かった。
 洗濯籠からは雑に放り投げられた服がはみ出していた。はみ出した所だけ籠に入れ直して、昴は洗濯機のある場所へ向かっていた。
 機動隊の本部と言っても普通の家と違いはなかった。生活に必要な必需品は全て揃っていて、洗濯機も当たり前のようにあった。洗濯機に昨日の服を入れた昴は、洗剤を入れて洗濯機を回し始めた。
洗濯機を回した昴は松尾の部屋に向かっていた。洗濯機の音は昴が遠のく度に小さくなっていった。洗濯機はこの先の未来に何が起きるのかも知らずに今日も回っている。
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