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日高博士の育児AI研究日誌 学生期編
28話 夏休み、自転車練習をする。
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施設名:日高人工知能技術研究所
記録担当:所長・日高雪雄
2035年8月14日 晴れ 気温36℃
午前9時25分
今日からハルが、自転車の補助輪無しで練習を始める。
「僕もタケル兄ちゃんみたいに自転車乗れるようになる!」と言ってきかない。
この頑固さは誰に似たんだ。
もう七歳だから、補助輪を外してもいい頃合いだ。
そこでHANAに、自転車練習の転倒防止のサポートをさせてみることにした。
役に立つかはわからないが学習記録に残しておく。
玲司は休暇中だから、戻ってきたら見せてやろう。
ハルが大きくなってから、俺もこうやって外に出る機会が増えている。
運動会の練習に付き合ったり、虫取りを手伝ったり。
俺はインドア派なのに、すっかり日焼けしている。
秋になったら授業参観もあるようだから、忘れないように行かないと。玲司は授業参観に遅刻してタケルに怒られていたから、同じ失敗をしないようにスマホのリマインダーにも入れておこう。
ハルを育てる前はずっと閉じこもって研究ばかりしてきたが、こういう生活も悪くないな。
━━━━━━━━━━━━━━━
日高は朝から、ハルの自転車の補助輪を外していた。
補助輪のかわりにサイドスタンドを取り付ける。工学者にとってこれくらいの作業は朝飯前だ。
「じゃあ、ハル。今日からは補助輪なし練習だぞ」
「うん!」
千花は少し離れたところで救急箱と冷たいスポーツドリンクを用意して、心配そうに座っている。
新堂が期待を込めた顔をしてカメラを回す。
ハルはヘルメットとサポーターをしっかりはめて、きゅっと唇を引き結び、日高の言葉に小さくうなずいた。
自転車のサドルにまたがりながら、顔を上げて言った。
「僕、ひとりでがんばる! 父さんも母さんも、手を出さないでね!」
ぐっとハンドルを握り、ペダルに足をかける。
──ぐらっ。
自転車はすぐに傾き、ハルは地面に手をついて転んだ。
スネを軽く擦りむいたが、ハルはすぐに立ち上がって土を払う。
「もっかい!」
二度目も、三度目も、同じだった。
そのたびに自転車を起こし、乗りなおし、前をにらむように見つめる。
千花はすぐに手を出したいのを我慢して、ハラハラしながら見守っている。
五度目の転倒のあと、ハルはヘルメットを脱いで息をついた。
地面に手をついて両足を投げ出してしまう。擦りむいて膝が血だらけなのに、泣きごと一つ言わない。
新堂がアドバイスする。
「ハルくん。自転車の練習は誰かに支えてもらうと上達が早いよ」
「……でも……ひとりで乗れなきゃ意味ないんじゃ……」
「ひとりで乗れるようになるために、今は誰かに支えてもらってもいい。ぼくだって、君と同じくらいの頃はそうだったよ。補助輪を外したばかりのときは、お父さんが後ろ持っていてくれた」
ハルの目が、少しだけ揺れる。そして、無言でうなずいた。
日高はHANAに後輪の支え方を教える。
HANAは慎重に日高の動きをトレスすると、自転車後ろに立った。
《準備、完了しました》
ハルはヘルメットをかぶって汗をぬぐいながら、自転車のサドルに再びまたがった。
日高はハルの隣に立ち、
「まずは片足でけんけんしながら進んでバランス感覚を覚える。慣れたら両足ともペダルに乗せてこぐ」
「うん」
《記録しました。支える位置、手の角度、反応速度を学習中です》
HANAが、冷静な声で応じる。
「よし、HANA、頼んだぞ」
ハルは片足でバランスを取りながら、やがてペダルを踏み出す。ぎこちなく前輪が動いた。
HANAが、絶妙な力加減でそっと後輪のフレームを支えている。
だから足をつかなくても転ばずに進んでいく。
最初のうちは不安げに視線を下に向けていたが、だんだん表情が明るくなり、視線はまっすぐ前を向いた。
「いけるいける! いい調子よ、ハル」と千花が拍手する。
後ろを支えた状態で庭をぐるぐると回るうちに、HANAの手は少しずつ離れていった。
ハルはそれに気づかないまま、自分の力だけで進んでいた。
「……あっ!」
気づいたときには、支えなしに二十メートル近く走っていた。
思わず自転車を止めて、ハルは振り返った。
「今、ひとりで走った!? すごい!? 僕、できた! 見てた!?」
「見てたぞ! 上手だ、ハル!」
「やったー! 父さん、母さん! HANAも、新堂さんもありがとう!」
ハルは自転車からおりて日高とHANAに飛びつく。
みんなが拍手して、自分の事のように喜ぶ。
風が通り抜ける庭に、ハルの歓声が響いた。
「ほらほらハル、手当しないと。足と腕が傷だらけじゃない。常備薬で足りないなら佐藤先生のところで診てもらわないと!」
「心配し過ぎだよ母さん。これくらいどうってことな、……いたたたっ!」
千花が泥だらけの傷口に水をかけたら、ハルは悲鳴をあげた。
「バイキンが入ったら大変なんだからね。甘く見ちゃだめよ」
「わかったよ、わかったからーー!!」
押さえつけられて無理やり消毒をかけらればんそうこうを貼られるハルを見て、新堂がこっそり言う。
「日高先生と千花さんのやり取りそっくりそのままですねー」
「お、俺はあんな風に見えているんか!?」
小学生と母親のやり取りそっくりそのまま、という指摘をうけて、日高は地味にショックを受けるのだった。
記録担当:所長・日高雪雄
2035年8月14日 晴れ 気温36℃
午前9時25分
今日からハルが、自転車の補助輪無しで練習を始める。
「僕もタケル兄ちゃんみたいに自転車乗れるようになる!」と言ってきかない。
この頑固さは誰に似たんだ。
もう七歳だから、補助輪を外してもいい頃合いだ。
そこでHANAに、自転車練習の転倒防止のサポートをさせてみることにした。
役に立つかはわからないが学習記録に残しておく。
玲司は休暇中だから、戻ってきたら見せてやろう。
ハルが大きくなってから、俺もこうやって外に出る機会が増えている。
運動会の練習に付き合ったり、虫取りを手伝ったり。
俺はインドア派なのに、すっかり日焼けしている。
秋になったら授業参観もあるようだから、忘れないように行かないと。玲司は授業参観に遅刻してタケルに怒られていたから、同じ失敗をしないようにスマホのリマインダーにも入れておこう。
ハルを育てる前はずっと閉じこもって研究ばかりしてきたが、こういう生活も悪くないな。
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日高は朝から、ハルの自転車の補助輪を外していた。
補助輪のかわりにサイドスタンドを取り付ける。工学者にとってこれくらいの作業は朝飯前だ。
「じゃあ、ハル。今日からは補助輪なし練習だぞ」
「うん!」
千花は少し離れたところで救急箱と冷たいスポーツドリンクを用意して、心配そうに座っている。
新堂が期待を込めた顔をしてカメラを回す。
ハルはヘルメットとサポーターをしっかりはめて、きゅっと唇を引き結び、日高の言葉に小さくうなずいた。
自転車のサドルにまたがりながら、顔を上げて言った。
「僕、ひとりでがんばる! 父さんも母さんも、手を出さないでね!」
ぐっとハンドルを握り、ペダルに足をかける。
──ぐらっ。
自転車はすぐに傾き、ハルは地面に手をついて転んだ。
スネを軽く擦りむいたが、ハルはすぐに立ち上がって土を払う。
「もっかい!」
二度目も、三度目も、同じだった。
そのたびに自転車を起こし、乗りなおし、前をにらむように見つめる。
千花はすぐに手を出したいのを我慢して、ハラハラしながら見守っている。
五度目の転倒のあと、ハルはヘルメットを脱いで息をついた。
地面に手をついて両足を投げ出してしまう。擦りむいて膝が血だらけなのに、泣きごと一つ言わない。
新堂がアドバイスする。
「ハルくん。自転車の練習は誰かに支えてもらうと上達が早いよ」
「……でも……ひとりで乗れなきゃ意味ないんじゃ……」
「ひとりで乗れるようになるために、今は誰かに支えてもらってもいい。ぼくだって、君と同じくらいの頃はそうだったよ。補助輪を外したばかりのときは、お父さんが後ろ持っていてくれた」
ハルの目が、少しだけ揺れる。そして、無言でうなずいた。
日高はHANAに後輪の支え方を教える。
HANAは慎重に日高の動きをトレスすると、自転車後ろに立った。
《準備、完了しました》
ハルはヘルメットをかぶって汗をぬぐいながら、自転車のサドルに再びまたがった。
日高はハルの隣に立ち、
「まずは片足でけんけんしながら進んでバランス感覚を覚える。慣れたら両足ともペダルに乗せてこぐ」
「うん」
《記録しました。支える位置、手の角度、反応速度を学習中です》
HANAが、冷静な声で応じる。
「よし、HANA、頼んだぞ」
ハルは片足でバランスを取りながら、やがてペダルを踏み出す。ぎこちなく前輪が動いた。
HANAが、絶妙な力加減でそっと後輪のフレームを支えている。
だから足をつかなくても転ばずに進んでいく。
最初のうちは不安げに視線を下に向けていたが、だんだん表情が明るくなり、視線はまっすぐ前を向いた。
「いけるいける! いい調子よ、ハル」と千花が拍手する。
後ろを支えた状態で庭をぐるぐると回るうちに、HANAの手は少しずつ離れていった。
ハルはそれに気づかないまま、自分の力だけで進んでいた。
「……あっ!」
気づいたときには、支えなしに二十メートル近く走っていた。
思わず自転車を止めて、ハルは振り返った。
「今、ひとりで走った!? すごい!? 僕、できた! 見てた!?」
「見てたぞ! 上手だ、ハル!」
「やったー! 父さん、母さん! HANAも、新堂さんもありがとう!」
ハルは自転車からおりて日高とHANAに飛びつく。
みんなが拍手して、自分の事のように喜ぶ。
風が通り抜ける庭に、ハルの歓声が響いた。
「ほらほらハル、手当しないと。足と腕が傷だらけじゃない。常備薬で足りないなら佐藤先生のところで診てもらわないと!」
「心配し過ぎだよ母さん。これくらいどうってことな、……いたたたっ!」
千花が泥だらけの傷口に水をかけたら、ハルは悲鳴をあげた。
「バイキンが入ったら大変なんだからね。甘く見ちゃだめよ」
「わかったよ、わかったからーー!!」
押さえつけられて無理やり消毒をかけらればんそうこうを貼られるハルを見て、新堂がこっそり言う。
「日高先生と千花さんのやり取りそっくりそのままですねー」
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