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∞8《インフィニティエイト》
3話 引き継がれた記憶。
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「……どうなっているの?」
夏美は、何回も八月八日をくり返していることに気づいた。
昨夜のリクの告白、ソラの告白を覚えている。
そして時間は巻き戻って、また八月八日の朝になった。
シャツの胸元を掴んで早くなる鼓動をおさえ、自問自答する。
(なんで、八月八日をくり返しているの? もしかして、明日も明後日も八月八日? ずっと、ずっと、このままなの? それとも、ループしているっていう夢を見たの?)
スマホの画面には8月8日 7:50と表示されている。
昨夜早めに寝たからなのか、前のループより早く目覚めている。
近くに置いてあるショルダーバッグを取って財布を開いてみる。
コンビニと屋台で買い物をしたはずなのに、所持金が八月八日の朝の状態に戻っていた。
意味がわからなくて、自分の記憶を疑う。
「……やっぱり、ただの夢、だったのかな」
階段を降りると、母がファイルを開いてどこかに電話をしているところだった。
電話を切ってから夏美に声をかけてくる。
「おはよう夏美。昨日も話したけれど、母さん今日は市役所や不動産屋さん回って、帰りは夕方になるから、ごはんはコンビニやお祭でてきとうに買って食べて」
「……うん」
ダイニングキッチンの、冷蔵庫やレンジ台があった部分も壁が丸見え。
長年おいてあったから冷蔵庫や食器棚が設置されていた部分だけ壁が真っ白だ。
祖父の家にはすでに家具家電があるため、この家の家具家電はほとんどリサイクルショップに引き取ってもらい、値段がつかないものは粗大ゴミに出している。
冷蔵庫ももうないから、生鮮食品の保存はできない。今日明日だけ食べ物は外食ということになっていた。
顔を洗って、頑固なねぐせを手クシで整える。
鏡には、昨日と何も変わらない夏美の顔が映っている。
夏美は美少女というわけではなく、特別頭がいいわけでもなく、どこにでもいるような普通の少女だ。それが自己評価。
(ソラとリクは、私のどこに惹かれたのかな。私は、二人になんて答えるべきなのかな)
考えてもわからなくて、夏美は頭を振ってダイニングに戻る。
昨日と同じなら、あと三十分でソラとリクが来る。
それよりも早く、ソラに確認したいことがあった。
ソラにも、このループの記憶があるのかもしれない。昨日、夏美に告白するとき、すごく不思議な言い回しをしていた。
もしもループの記憶があったとしたら、相談に乗ってくれるはず。
困ったとき、夏美の頭に真っ先に浮かぶのはいつだってソラの顔だった。
思い立ったが吉日。夏美は二人が来る前に、自分から会いに行った。
「ソラ、リク。いる?」
星野家のチャイムを鳴らすと、扉の向こうから階段を駆け下りてくる足音が聞こえて、勢い良く扉が開いた。
「夏美!? どうしたんだよ、こんな朝早くうちに来るなんて!」
リクの髪が竹ぼうきみたいになっていた。
いつも夏美のねぐせをからかうのに、リクだって寝起きはひどい有様だ。
「そっちこそどうしたの、その頭」
「うげっ!」
リクは自分の髪に触って顔を引きつらせ、大慌てで洗面所にかけていった。
「どうしたの、夏美」
ソラは夏美が来るのをはじめからわかっていたかのようで、落ち着き払っている。
ループを知らないと言われたら、夏美が変な夢ばかり見るおかしな子ということで片付く。
聞くか聞くまいか迷った末に、夏美は意を決して問いかけた。
「……………ソラ。私、今からすごく変なこと聞くと思う。笑わないでくれる?」
「笑わないよ」
「……昨日のこと、覚えてる?」
「夏美が聞いているのは、どの昨日のこと? 八月七日? それとも…………八月八日?」
やはり、ソラは覚えている。八月八日が何度もくり返していることを。
「そのことで話したいの。あがってもいい?」
「いいよ。僕の部屋に行こうか」
「ありがとう」
夏美はサンダルのかかとを揃えて、邪魔にならないよう玄関の端においておく。
ソラの部屋は整理整頓が行き届いていて、コルクボードには星の写真がたくさん留めてある。
ソラは現在天文部の部長をしていて、本棚には天文学や惑星関連の専門書が並んでいる。天体望遠鏡はきれいに磨かれて、光沢を放っている。
本当に星が好きというのが部屋全体から伝わってくる。
「てきとうに本でも読んで待ってて。お茶持ってくるから」
「うん」
見るとなしに部屋を見回す。
引き抜いてみた一冊は相当読み込まれたものだ。
擦り切れてボロボロになっていて、背表紙はもうもとの色がわからないくらいに褪せている。
【よくわかる、こどもの星座図鑑】
夏美が小学生の頃、ソラの誕生日プレゼントした本だ。
「……懐かしいなぁ」
夏美たちの暮らす新潟県の北部では、毎年八月末ころに星まつりという天体観測のお祭が開催される。
ソラは初めて星まつりに参加した年、「僕も星の先生になりたい!」なんて、天文教室の先生に言って、先生も「君と働ける日が来るのを待ってるよ」と笑っていた。
星まつりの夜、飽きることなく三人で星を見ていた。
図鑑を読んでいるとソラが戻ってきた。
「おまたせ、夏美。麦茶でよかった?」
「うん。ありがとう」
「懐かしいものを読んでいるね」
「これ読んで、流れ星探しに行ったよね」
「そんなこともあったね」
髪を直したリクもやってきた。
勝手知ったる兄の部屋で、どかっと座布団に座って足を投げ出す。それをよけるようにして、ソラは学習机の椅子に腰掛ける。
「あ、その本まだあったのか。そこまでボロくなってんだから、いいかげん捨てればいいのに」
夏美の開いている図鑑を見て、リクはつまらなそうに言う。
「リクにとってはゴミでも僕にとっては宝物なんだよ。僕が星を好きになったルーツなんだから」
ソラの背後にある窓から、庭木のモミジが見える。星野家の父が植えたものだ。秋になるとキレイな赤く色づく。
「それで、夏美はこんな早くからどうした?」
「……リクはまだ気づいてないか」
「何に?」
ソラに言われてもリクはピンとこないようだ。
ソラはちらりと夏美に視線を送る。
「……リク、僕たちは何度も八月八日をくり返している」
「はぁ!? 何わけ分かんねーこと言ってんだよ兄貴。ゲームやSF映画じゃあるまいし、そんなこと起こるわけがないだろ。なぁ、夏美も兄貴に言ってやれよ」
リクは夏美に同意を求めてくるけれど、夏美も何度も八月八日が来ていることに気づいたから、否と言わない。
「……ソラの言う事、本当だよ。ソラとリク、八時半になったら私の家に来る予定だったでしょ。最後に高校の校舎を見て、そのあと神社のお祭に行くの」
「なんでサプライズ計画の中身がわかるんだ? 兄貴が今日の予定をバラした?」
「あいにく、そんなことしてないよ。ほら、僕のスマホ発信履歴ないでしょ」
ソラは自分のスマホをリクに見せる。
ここ数日、発着信の履歴はない。メールも電話も、メッセージアプリも。
「夏美はどのあたりで、ループしているって気づいた?」
「……今日で、三回目、かな」
「そうか。僕はもう少し多い。僕が知覚できたのがループの始まりだとしたら、今日は五回目の八月八日だ。……もしかしたら、気づかないだけでもっと前からくり返しているかもしれない」
普段と変わらない声音と表情で、ソラはそんなことを言う。
「……気づいてんなら、なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ。そんな意味分かんないことになってんのに放置してたのかよ」
「夏美がループしていると肯定しなかったら、リクは信じなかったじゃないか。僕一人だけが気づいても、なにも変えられなかったんだ」
実際に半信半疑だったリクは何も言えず黙り込む。
何回も同じ日をくり返しているなんて骨董無形な話、信じろという方が無理かもしれない。
夏美はショルダーバッグから革の手帳とシャーペンを出して、空きページに現状を書きつける。
中学に入る年の誕生日にソラがくれたもので、手帳はリングファイル式になっているから中身を差し替えれば何年でも使える。ペンも普段使いできるおしゃれなデザインで、持ちやすくて書き味もいい。
書こうとして三文字目で芯が無くなった。
文具類一式も、とっくに福岡に送ってしまっている。
「芯がないや。ごめんソラ、一本ちょうだい」
「いいよ」
ソラはペンポーチから替え芯ケースを出して夏美に渡す。
横で見ていたリクは不思議そうだ。
「前から思ってたけど、なんで夏美はそんな使いにくいシャーペン使ってんだ?」
「えー? 使いにくいかな? すごく書きやすいけど」
「だってそのペンって0.3ミリじゃん。普通は0.5ミリだから、芯持ってるやついなくて、自分のを切らしても人から借りられな……………」
何かを言いかけて、リクはそこから先の言葉を飲んだ。
「……やべぇ策士じゃねえかクソ兄貴。考えてみたら兄貴のシャーペンと手帳ってそれの色違いじゃね? 牽制?」
「なんのことかな」
兄弟の会話をしり目に、夏美は今のところわかっていることを書き出す。
8月8日ループ
1回目(暫定)
2回目 ソラ前回の記憶あり
3回目 ソラ前回の記憶あり 学校、商店街、お祭に行った
4回目 夏美、ソラ前回の記憶あり 学校、お祭に行った
5回目 今現在 夏美、ソラ前回の記憶あり
学校とお祭がループの原因……と判断するには材料が足りなすぎる。
去年もその前の年も行っていた祭だ。今年だけループを起こす原因になるとは考えにくい。
「ううーん……どうしたら、明日が来るのかな。ループの原因ってなんだろう。私たちだけ記憶があるのも不思議だよね」
夏美は黄色いネコミミクッションを抱えて転がる。ソラの部屋に置かれているシンプルな品々の中で、このクッションは唯一かわいい系のアイテムだ。
ソラがネコ好きな夏美のために、夏美専用で置いていることに、夏美は気づいていない。
気づいていないけれど、勝手にネコクッションをマイクッション認定して、ソラの部屋に来るといつもこれを抱えている。
リクは頭をがしがしかいてうなる。
「んがぁぁあ!! 俺はそういうのからっきしだからわかんねー。兄貴、宇宙の神秘でなんとかならねーのか?」
「リクは宇宙をなんだと思ってるのさ」
時間が延々とループしているというのに、二人のやり取りはいつもと変わらない。
「学校に行く、お祭に行くというのをやめてみる? 私、記憶にある二回とも、学校に行って商店街を通ってお祭に行ってた。違うことをしたらループが終わったり…………しない、かな」
「じゃあ、映画にでも行ってみる? モールまで行けばシネマがあるし」
ソラはスマホで映画館のホームページを開き、いま上映中の映画をチェックする。
「学割使っても映画はたけーぞ」
「大丈夫だよ、リク。僕の記憶にある限り、リクは過去四回のループで射的に挑戦して、毎回二千円負けている。そのぶんのお金を映画にまわせばいい」
「はぁ!? 俺がそんなに負ける前に止めろよ!」
声を荒らげるリク。夏美の記憶ではソラは2回、リクを止めていた。
まさかリクが負ける未来を周回した上で指摘しているとは思っていなかった。
「残念なお知らせだけどね、リク。ソラは止めてたよ。「取れないからやめておきな」って。でもリクは、「やる前から諦めんな! 気合いだ気合い!」って言って…………」
「ぐあーーーー! 俺のバカ! 兄貴にそう言われたら絶対反発して射的につぎ込む。想像できちまったのが悲しい」
ソラと夏美は笑ってしまう。
「ソラ。いま上映中の映画って何があるの?」
夏美はソラの手元をのぞき込む。推理サスペンス、ホラー、キッズアニメ、特撮ヒーロー。最新上映情報、今日から公開の映画には、高校生が主人公の青春映画がある。
ソラは青春映画を指して夏美を見る。
「これはどう? 夏美のぶんは僕が出すからさ」
「いいの? ありがとう。ホラー苦手だし、これがいいかも」
「お。怖いのか夏美?」
「そーだよ! 怖いのは嫌。なんでわざわざお金を払って怖い思いしなきゃなんないの? ジェットコースターだって無理なのに!」
リクが夏美をあおる。良くも悪くも、子どもの頃からノリが変わっていない。
ソラはニッコリ笑顔でホラー映画の予約ページを開く。
「わかった。リクはホラーを見るんだね。予約しておくよ。あらすじにもR15って書いてあるから、それなりに覚悟がいる内容だと思うけど」
「ちょいちょいちょいちょい! 俺そんなことを言ってない! なんで俺だけホラーシアターに放り込むんだよ兄貴! 普通こういう時は全員同じ映画だろ!?」
ツッコミを入れるリクに、ソラは涼しい顔で答える。
「夏美はホラー苦手って言ってるし、僕も別にホラーを見るつもりはないし。ホラーを見たいのはリクだけじゃないか」
「あー、悪かった。俺が悪かったから。兄貴、いい性格だな本当に」
結局三人で青春映画を見ることになった。
「電車とバスの時間を見ると、十二時の上映がちょうどいいね。サイトから予約入れておこう」
「さっすがソラ。仕事が早い」
うまく言いくるめられたからか、リクはちょっと不満げだった。
夏美は、何回も八月八日をくり返していることに気づいた。
昨夜のリクの告白、ソラの告白を覚えている。
そして時間は巻き戻って、また八月八日の朝になった。
シャツの胸元を掴んで早くなる鼓動をおさえ、自問自答する。
(なんで、八月八日をくり返しているの? もしかして、明日も明後日も八月八日? ずっと、ずっと、このままなの? それとも、ループしているっていう夢を見たの?)
スマホの画面には8月8日 7:50と表示されている。
昨夜早めに寝たからなのか、前のループより早く目覚めている。
近くに置いてあるショルダーバッグを取って財布を開いてみる。
コンビニと屋台で買い物をしたはずなのに、所持金が八月八日の朝の状態に戻っていた。
意味がわからなくて、自分の記憶を疑う。
「……やっぱり、ただの夢、だったのかな」
階段を降りると、母がファイルを開いてどこかに電話をしているところだった。
電話を切ってから夏美に声をかけてくる。
「おはよう夏美。昨日も話したけれど、母さん今日は市役所や不動産屋さん回って、帰りは夕方になるから、ごはんはコンビニやお祭でてきとうに買って食べて」
「……うん」
ダイニングキッチンの、冷蔵庫やレンジ台があった部分も壁が丸見え。
長年おいてあったから冷蔵庫や食器棚が設置されていた部分だけ壁が真っ白だ。
祖父の家にはすでに家具家電があるため、この家の家具家電はほとんどリサイクルショップに引き取ってもらい、値段がつかないものは粗大ゴミに出している。
冷蔵庫ももうないから、生鮮食品の保存はできない。今日明日だけ食べ物は外食ということになっていた。
顔を洗って、頑固なねぐせを手クシで整える。
鏡には、昨日と何も変わらない夏美の顔が映っている。
夏美は美少女というわけではなく、特別頭がいいわけでもなく、どこにでもいるような普通の少女だ。それが自己評価。
(ソラとリクは、私のどこに惹かれたのかな。私は、二人になんて答えるべきなのかな)
考えてもわからなくて、夏美は頭を振ってダイニングに戻る。
昨日と同じなら、あと三十分でソラとリクが来る。
それよりも早く、ソラに確認したいことがあった。
ソラにも、このループの記憶があるのかもしれない。昨日、夏美に告白するとき、すごく不思議な言い回しをしていた。
もしもループの記憶があったとしたら、相談に乗ってくれるはず。
困ったとき、夏美の頭に真っ先に浮かぶのはいつだってソラの顔だった。
思い立ったが吉日。夏美は二人が来る前に、自分から会いに行った。
「ソラ、リク。いる?」
星野家のチャイムを鳴らすと、扉の向こうから階段を駆け下りてくる足音が聞こえて、勢い良く扉が開いた。
「夏美!? どうしたんだよ、こんな朝早くうちに来るなんて!」
リクの髪が竹ぼうきみたいになっていた。
いつも夏美のねぐせをからかうのに、リクだって寝起きはひどい有様だ。
「そっちこそどうしたの、その頭」
「うげっ!」
リクは自分の髪に触って顔を引きつらせ、大慌てで洗面所にかけていった。
「どうしたの、夏美」
ソラは夏美が来るのをはじめからわかっていたかのようで、落ち着き払っている。
ループを知らないと言われたら、夏美が変な夢ばかり見るおかしな子ということで片付く。
聞くか聞くまいか迷った末に、夏美は意を決して問いかけた。
「……………ソラ。私、今からすごく変なこと聞くと思う。笑わないでくれる?」
「笑わないよ」
「……昨日のこと、覚えてる?」
「夏美が聞いているのは、どの昨日のこと? 八月七日? それとも…………八月八日?」
やはり、ソラは覚えている。八月八日が何度もくり返していることを。
「そのことで話したいの。あがってもいい?」
「いいよ。僕の部屋に行こうか」
「ありがとう」
夏美はサンダルのかかとを揃えて、邪魔にならないよう玄関の端においておく。
ソラの部屋は整理整頓が行き届いていて、コルクボードには星の写真がたくさん留めてある。
ソラは現在天文部の部長をしていて、本棚には天文学や惑星関連の専門書が並んでいる。天体望遠鏡はきれいに磨かれて、光沢を放っている。
本当に星が好きというのが部屋全体から伝わってくる。
「てきとうに本でも読んで待ってて。お茶持ってくるから」
「うん」
見るとなしに部屋を見回す。
引き抜いてみた一冊は相当読み込まれたものだ。
擦り切れてボロボロになっていて、背表紙はもうもとの色がわからないくらいに褪せている。
【よくわかる、こどもの星座図鑑】
夏美が小学生の頃、ソラの誕生日プレゼントした本だ。
「……懐かしいなぁ」
夏美たちの暮らす新潟県の北部では、毎年八月末ころに星まつりという天体観測のお祭が開催される。
ソラは初めて星まつりに参加した年、「僕も星の先生になりたい!」なんて、天文教室の先生に言って、先生も「君と働ける日が来るのを待ってるよ」と笑っていた。
星まつりの夜、飽きることなく三人で星を見ていた。
図鑑を読んでいるとソラが戻ってきた。
「おまたせ、夏美。麦茶でよかった?」
「うん。ありがとう」
「懐かしいものを読んでいるね」
「これ読んで、流れ星探しに行ったよね」
「そんなこともあったね」
髪を直したリクもやってきた。
勝手知ったる兄の部屋で、どかっと座布団に座って足を投げ出す。それをよけるようにして、ソラは学習机の椅子に腰掛ける。
「あ、その本まだあったのか。そこまでボロくなってんだから、いいかげん捨てればいいのに」
夏美の開いている図鑑を見て、リクはつまらなそうに言う。
「リクにとってはゴミでも僕にとっては宝物なんだよ。僕が星を好きになったルーツなんだから」
ソラの背後にある窓から、庭木のモミジが見える。星野家の父が植えたものだ。秋になるとキレイな赤く色づく。
「それで、夏美はこんな早くからどうした?」
「……リクはまだ気づいてないか」
「何に?」
ソラに言われてもリクはピンとこないようだ。
ソラはちらりと夏美に視線を送る。
「……リク、僕たちは何度も八月八日をくり返している」
「はぁ!? 何わけ分かんねーこと言ってんだよ兄貴。ゲームやSF映画じゃあるまいし、そんなこと起こるわけがないだろ。なぁ、夏美も兄貴に言ってやれよ」
リクは夏美に同意を求めてくるけれど、夏美も何度も八月八日が来ていることに気づいたから、否と言わない。
「……ソラの言う事、本当だよ。ソラとリク、八時半になったら私の家に来る予定だったでしょ。最後に高校の校舎を見て、そのあと神社のお祭に行くの」
「なんでサプライズ計画の中身がわかるんだ? 兄貴が今日の予定をバラした?」
「あいにく、そんなことしてないよ。ほら、僕のスマホ発信履歴ないでしょ」
ソラは自分のスマホをリクに見せる。
ここ数日、発着信の履歴はない。メールも電話も、メッセージアプリも。
「夏美はどのあたりで、ループしているって気づいた?」
「……今日で、三回目、かな」
「そうか。僕はもう少し多い。僕が知覚できたのがループの始まりだとしたら、今日は五回目の八月八日だ。……もしかしたら、気づかないだけでもっと前からくり返しているかもしれない」
普段と変わらない声音と表情で、ソラはそんなことを言う。
「……気づいてんなら、なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ。そんな意味分かんないことになってんのに放置してたのかよ」
「夏美がループしていると肯定しなかったら、リクは信じなかったじゃないか。僕一人だけが気づいても、なにも変えられなかったんだ」
実際に半信半疑だったリクは何も言えず黙り込む。
何回も同じ日をくり返しているなんて骨董無形な話、信じろという方が無理かもしれない。
夏美はショルダーバッグから革の手帳とシャーペンを出して、空きページに現状を書きつける。
中学に入る年の誕生日にソラがくれたもので、手帳はリングファイル式になっているから中身を差し替えれば何年でも使える。ペンも普段使いできるおしゃれなデザインで、持ちやすくて書き味もいい。
書こうとして三文字目で芯が無くなった。
文具類一式も、とっくに福岡に送ってしまっている。
「芯がないや。ごめんソラ、一本ちょうだい」
「いいよ」
ソラはペンポーチから替え芯ケースを出して夏美に渡す。
横で見ていたリクは不思議そうだ。
「前から思ってたけど、なんで夏美はそんな使いにくいシャーペン使ってんだ?」
「えー? 使いにくいかな? すごく書きやすいけど」
「だってそのペンって0.3ミリじゃん。普通は0.5ミリだから、芯持ってるやついなくて、自分のを切らしても人から借りられな……………」
何かを言いかけて、リクはそこから先の言葉を飲んだ。
「……やべぇ策士じゃねえかクソ兄貴。考えてみたら兄貴のシャーペンと手帳ってそれの色違いじゃね? 牽制?」
「なんのことかな」
兄弟の会話をしり目に、夏美は今のところわかっていることを書き出す。
8月8日ループ
1回目(暫定)
2回目 ソラ前回の記憶あり
3回目 ソラ前回の記憶あり 学校、商店街、お祭に行った
4回目 夏美、ソラ前回の記憶あり 学校、お祭に行った
5回目 今現在 夏美、ソラ前回の記憶あり
学校とお祭がループの原因……と判断するには材料が足りなすぎる。
去年もその前の年も行っていた祭だ。今年だけループを起こす原因になるとは考えにくい。
「ううーん……どうしたら、明日が来るのかな。ループの原因ってなんだろう。私たちだけ記憶があるのも不思議だよね」
夏美は黄色いネコミミクッションを抱えて転がる。ソラの部屋に置かれているシンプルな品々の中で、このクッションは唯一かわいい系のアイテムだ。
ソラがネコ好きな夏美のために、夏美専用で置いていることに、夏美は気づいていない。
気づいていないけれど、勝手にネコクッションをマイクッション認定して、ソラの部屋に来るといつもこれを抱えている。
リクは頭をがしがしかいてうなる。
「んがぁぁあ!! 俺はそういうのからっきしだからわかんねー。兄貴、宇宙の神秘でなんとかならねーのか?」
「リクは宇宙をなんだと思ってるのさ」
時間が延々とループしているというのに、二人のやり取りはいつもと変わらない。
「学校に行く、お祭に行くというのをやめてみる? 私、記憶にある二回とも、学校に行って商店街を通ってお祭に行ってた。違うことをしたらループが終わったり…………しない、かな」
「じゃあ、映画にでも行ってみる? モールまで行けばシネマがあるし」
ソラはスマホで映画館のホームページを開き、いま上映中の映画をチェックする。
「学割使っても映画はたけーぞ」
「大丈夫だよ、リク。僕の記憶にある限り、リクは過去四回のループで射的に挑戦して、毎回二千円負けている。そのぶんのお金を映画にまわせばいい」
「はぁ!? 俺がそんなに負ける前に止めろよ!」
声を荒らげるリク。夏美の記憶ではソラは2回、リクを止めていた。
まさかリクが負ける未来を周回した上で指摘しているとは思っていなかった。
「残念なお知らせだけどね、リク。ソラは止めてたよ。「取れないからやめておきな」って。でもリクは、「やる前から諦めんな! 気合いだ気合い!」って言って…………」
「ぐあーーーー! 俺のバカ! 兄貴にそう言われたら絶対反発して射的につぎ込む。想像できちまったのが悲しい」
ソラと夏美は笑ってしまう。
「ソラ。いま上映中の映画って何があるの?」
夏美はソラの手元をのぞき込む。推理サスペンス、ホラー、キッズアニメ、特撮ヒーロー。最新上映情報、今日から公開の映画には、高校生が主人公の青春映画がある。
ソラは青春映画を指して夏美を見る。
「これはどう? 夏美のぶんは僕が出すからさ」
「いいの? ありがとう。ホラー苦手だし、これがいいかも」
「お。怖いのか夏美?」
「そーだよ! 怖いのは嫌。なんでわざわざお金を払って怖い思いしなきゃなんないの? ジェットコースターだって無理なのに!」
リクが夏美をあおる。良くも悪くも、子どもの頃からノリが変わっていない。
ソラはニッコリ笑顔でホラー映画の予約ページを開く。
「わかった。リクはホラーを見るんだね。予約しておくよ。あらすじにもR15って書いてあるから、それなりに覚悟がいる内容だと思うけど」
「ちょいちょいちょいちょい! 俺そんなことを言ってない! なんで俺だけホラーシアターに放り込むんだよ兄貴! 普通こういう時は全員同じ映画だろ!?」
ツッコミを入れるリクに、ソラは涼しい顔で答える。
「夏美はホラー苦手って言ってるし、僕も別にホラーを見るつもりはないし。ホラーを見たいのはリクだけじゃないか」
「あー、悪かった。俺が悪かったから。兄貴、いい性格だな本当に」
結局三人で青春映画を見ることになった。
「電車とバスの時間を見ると、十二時の上映がちょうどいいね。サイトから予約入れておこう」
「さっすがソラ。仕事が早い」
うまく言いくるめられたからか、リクはちょっと不満げだった。
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スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
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