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∞8《インフィニティエイト》
4話 変化の兆し。
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五回目の夏美たちは、これまでと違って映画館に向かった。
館内のフードコーナーで、夏美はオレンジジュースとチュリトスを買う。
ソラはホット紅茶。
リクはチキンナゲットとホットドッグ二個とLサイズのアイスウーロン茶。こんなところでも性格の違いが如実に出る。リクは運動部だったから、食べる量がとにかく多い。
普段のお昼ご飯だって、リクはソラの二倍の大きさの弁当箱を使っている。
たくさん食べているけれど、運動部だからか一切太る気配がない。どこにそのごはんが収納されているのか、夏美はいつも疑問に思っている。
「そんなんで足りるのか、兄貴」
リクはホット紅茶しか注文しなかったソラに指摘する。
ソラは「先を見据えた上での選択だよ」とだけ答える。
シアターの入場開始のアナウンスが流れる。
夏休み中だから席の大部分が学生で埋まっている。カップルが手を繋いで微笑み合いながら階段を上がっていく。
(あの人たちから見たら、私たちはどう見えるんだろう)
これまで自分が人からどう見えているかなんて、気にしたこともなかったのに。
照明が落ちて暗くなると、大音量で公開予定の映画広告が流れ出す。
ストップ映画泥棒! と、スーツを着たカメラ頭の人が躍り出て、映画がはじまる。
主人公は高校三年生の女の子。母校は廃校が決まっていて、主人公と二人の男の子が最後の生徒だった。そこに訳ありの転校生がきて、最後の一年がはじまる──という物語だ。
シアター内はエアコンが効きすぎていて、夏美はだんだん寒くなってきた。鳥肌が立って、体が震える。
「飲みなよ」
ソラがホット紅茶を夏美に差し出す。買ってからそんなに時間が立っていないから、紙コップはまだ温かい。
着ていた上着も夏美の肩にかけてくれた。小声でお礼を言うと、ソラはいつものように穏やかに微笑む。
「ありがとう」
「どういたしまして」
(もしかして、何回目かのループの中で映画に来た? ソラは私が寒がるって知ってて、私のためにホット紅茶を選んだの?)
夏美の中に浮かんだ疑問は、ソラが否定した。
「夏美は昔から、冷房に弱いでしょう。中学の時だって授業中に冷房で体調を崩していたじゃない」
「そ、そっか」
少女漫画のヒーローみたいなことをさらりとやってのける。ソラの顔を直視できなくてスクリーンに視線を戻すけれど、なんだか落ち着かない。
貸してくれた上着からソラのにおいがする。
ゆっくりと紅茶を飲むと、だんだんと冷えていた体が温まってきた。
やがて映画が終わり、シアター内が明るくなる。
開始前はつまらなそうにしていたリクは、ボロ泣きしていた。
「うっ、……そんなのって、ねえだろう……まさか、病気療養のためとか……」
「……安易に軌跡で治ってハッピーエンドじゃないところが、リアルだよね」
他の客席からもすすり泣く声が聞こえてくる。
夏美がハンカチを差し出すと、リクは「悪ぃ」と小さく言って、涙を拭った。
ようやく落ち着いてからシアターを出て、近くのフードコートでご飯を食べてから地元に戻ろうかという話になる。
いつもならリクが、あれ食べたいこれ食べたいとリクエストをたくさん口にするのに、今日はやけに静かだ。
ふと立ち止まって、空を見上げた。
「あの転校生みたいに、突然命が終わっちまうこともあるんだよな。若くてもさ」
「そう、だね。テレビでも重い病気で五歳まで生きるのも難しいって言われている子を見たことある。私たち、十八歳まで健康に生きてこれたのは幸せなことなんだよね」
それでも長い長い人生の、途中だ。
リクはソラを横目で見て、それから夏美に向き合った。
「きっと言わないと後悔するから、聞いてくれ夏美。俺は、夏美のことが好きだ。兄貴に負けないくらい。本当は、引っ越しなんてしないで、ずっとこっちにいてほしい」
「リク……」
これまでのループと同じように、リクに告白された。
「頼むから、同情で告白オーケーするのはやめてくれよ。惨めになるだけだ。恋愛対象外ならはっきり言ってもらったほうが諦めがつく」
いつものリクは溌剌としているのに、いまはそんな気配がない。
夏美の中に、同情で告白を受け入れるなんていう選択肢はなかった。
それでも迷いながら、自分がループの中で抱えている気持ちを吐き出す。
「……私、自分の気持ちわかってない。リクのこと好きか嫌いかなら、好きだよ。でも、これは幼なじみとしての好き? 恋としての好きって、友だちの好きとどう違うの? 家族の好きとも、どう違うの? わかっていないのに、今すぐはっきり答えを出せなんて言われても、困るよ」
友愛と恋愛、家族愛のはっきりした境目が、夏美にはわからなかった。
心は目に見える形がないから、大きさを測ることもできない。
ソラもリクも、きっと、明確な答えを望んでいる。
「兄貴もなんか言えよ。兄貴だって、夏美のこと」
リクはずっと黙ったままのソラにも矛先を向ける。
「……リク。明日にはここを発たないといけないのに、急かして答えを出させるのは、夏美の気持ちを無視していて、すごく残酷なことなんだ。やっとわかった」
ソラが答えると、リクは視線を落として、苦笑する。
夏美が明確に答えられないことで、ひどく傷ついた顔をする。
そういう顔をさせたのは自分だから、夏美はなんと声をかけていいかわからない。
「ごめん、夏美。俺、冷静じゃなかったよな。夏美を泣かせたかったわけじゃないんだ。…………悪い。先に帰る」
「リク」
無理矢理な作り笑いをして、リクはバス停に走っていってしまった。そのままバス停にいたバスに乗り込む。
「気持ちを言葉にしてお互い傷つくくらいなら、何も言わないほうが、良かったのかな」
ソラは泣いてしまった夏美の手を引いて、川辺の遊歩道を歩き出す。リクが行ったのとは逆の道だ。
日差しは暑くて、近くの公園は親子連れで賑わっている。みんな明るく楽しそうなのに、夏美たちの空気だけどんよりと沈んでいる。
「僕とリクは、口にしないだけで互いの気持ちずっと知っていた。でも夏美は全然気づかなくて、もどかしかった」
告白するタイミングが遅いか早いかだけで、夏美が気づかなかっただけで、二人はずっと互いを恋のライバルとして見ていた。
どちらが選ばれようと、夏美が二人を選ばなかったとしても、いつかこの日はおとずれていた。
「僕の部屋にそんな薄着で入れることも、男として意識されてないんだなって寂しくなった。僕が告白した記憶を引き継いでも、平気な顔をしている。きっと、恋愛対象にはなれないんだなって」
「だってソラの部屋には、子どもの頃から何回も入っているし……」
夏美の答えは、ソラの地雷を踏み抜いた。
夏美の手首を握っていたソラの手に、力がこもる。
「もう少し警戒しなよ。僕が何もしない、無害な男だと思っているの? 僕はみんなが言うような優しい人間じゃない。善人なんかじゃない。夏美を閉じ込めて、僕だけのものにしたい。泣かせたい。僕以外の男に触れさせたくない。今日だって、リクがいなかったらそうしていた。夏美がリクや他の男の手をとったとしても、奪い取りたい。でも、そんなことしたら夏美に嫌われてしまう」
ダムが決壊するように、ソラの激情が溢れだす。
穏やかで優しくて、リクと夏美が喧嘩したら即座に仲裁に入るような、"みんなのお兄ちゃん"のソラは、ここにはいなかった。
「ソ、ソラらしくないよ」
これだけの言葉の波を叩きつけられても、夏美はソラの手を振りほどけなかった。
「僕らしいって、なに? どうするのが僕らしいってことなの? 僕はこんなに醜い気持ちで、今こうして夏美に触れている。僕らしい僕なら、どうするのが正解なの?」
「ソラ……」
ソラは自分の気持ちを醜いと言うけれど、夏美にはそう思えなかった。
大きな木に背中を押し付けられて、夏美はソラを見上げる。
夏美を見るソラの瞳は、涙で濡れていた。
「嫌なら突き飛ばせばいい。嫌いだって言えばいい」
「そんなこと、できないよ」
拘束されているわけじゃないから、逃げようと思えばソラを突き放して逃げられる。
なのに、逃げるという選択肢は、夏美のなかには出てこなかった。
怖いのに、視線をそらせない。
今のソラから逃げちゃいけないような気がする。
「今夜もまたループが起きたら、次の夏美はまた、記憶がリセットされちゃうのかな。三度目までの夏美が忘れたように」
「……わからないよ。覚えていられるかどうかなんて」
「こうすれば、忘れないかな」
言うなり、ソラは夏美の頬を両手でとらえて唇を塞いだ。
頭の中が真っ白になる。
恋愛マンガにあるような、相思相愛の少年少女がするロマンチックなものじゃない。
何もかも奪いつくすような荒々しいキスだ。
息ができなくて、もがくように、夏美はソラのシャツを掴む。
けれど、ソラは腕の力を緩めない。
むしろ、もっと深く、もっと強く、夏美を支配するように口づける。
優しいソラの内側に、こんな熱が隠されていたなんて、夏美は気づかなかった。
「忘れないで、夏美」
長い口づけが終わり、ようやくソラは夏美を解放した。
耳元で低い声で囁かれて、ゾクゾクする。怖いのとは違う、言葉にできない感覚だ。目が離せない。
「ソラ……」
「帰ろうか。あまり遅くなると母さんたちが心配する」
ソラはさっきの告白もキスも、何もなかったかのように振る舞い、いつもの笑顔を浮かべる。
忘れないでと言った本人が。
バスに乗って家路についても、夏美は顔を上げられなかった。
家に帰った夏美は、夕食も食べずに布団に体を投げ出した。
(明日が来たら、また八月八日に戻るの? 次の私は、全部忘れてしまうのかな。最初の私のように、ソラとリクに告白されたこと、ソラにキスされたこと、忘れちゃうの? 私は、どうしたいの? 答えがほしいって、私の答えって、何?)
ソラとリクの顔を思い出して、涙が出てくる。
眠るのがこんなに怖いなんて、初めてだった。
館内のフードコーナーで、夏美はオレンジジュースとチュリトスを買う。
ソラはホット紅茶。
リクはチキンナゲットとホットドッグ二個とLサイズのアイスウーロン茶。こんなところでも性格の違いが如実に出る。リクは運動部だったから、食べる量がとにかく多い。
普段のお昼ご飯だって、リクはソラの二倍の大きさの弁当箱を使っている。
たくさん食べているけれど、運動部だからか一切太る気配がない。どこにそのごはんが収納されているのか、夏美はいつも疑問に思っている。
「そんなんで足りるのか、兄貴」
リクはホット紅茶しか注文しなかったソラに指摘する。
ソラは「先を見据えた上での選択だよ」とだけ答える。
シアターの入場開始のアナウンスが流れる。
夏休み中だから席の大部分が学生で埋まっている。カップルが手を繋いで微笑み合いながら階段を上がっていく。
(あの人たちから見たら、私たちはどう見えるんだろう)
これまで自分が人からどう見えているかなんて、気にしたこともなかったのに。
照明が落ちて暗くなると、大音量で公開予定の映画広告が流れ出す。
ストップ映画泥棒! と、スーツを着たカメラ頭の人が躍り出て、映画がはじまる。
主人公は高校三年生の女の子。母校は廃校が決まっていて、主人公と二人の男の子が最後の生徒だった。そこに訳ありの転校生がきて、最後の一年がはじまる──という物語だ。
シアター内はエアコンが効きすぎていて、夏美はだんだん寒くなってきた。鳥肌が立って、体が震える。
「飲みなよ」
ソラがホット紅茶を夏美に差し出す。買ってからそんなに時間が立っていないから、紙コップはまだ温かい。
着ていた上着も夏美の肩にかけてくれた。小声でお礼を言うと、ソラはいつものように穏やかに微笑む。
「ありがとう」
「どういたしまして」
(もしかして、何回目かのループの中で映画に来た? ソラは私が寒がるって知ってて、私のためにホット紅茶を選んだの?)
夏美の中に浮かんだ疑問は、ソラが否定した。
「夏美は昔から、冷房に弱いでしょう。中学の時だって授業中に冷房で体調を崩していたじゃない」
「そ、そっか」
少女漫画のヒーローみたいなことをさらりとやってのける。ソラの顔を直視できなくてスクリーンに視線を戻すけれど、なんだか落ち着かない。
貸してくれた上着からソラのにおいがする。
ゆっくりと紅茶を飲むと、だんだんと冷えていた体が温まってきた。
やがて映画が終わり、シアター内が明るくなる。
開始前はつまらなそうにしていたリクは、ボロ泣きしていた。
「うっ、……そんなのって、ねえだろう……まさか、病気療養のためとか……」
「……安易に軌跡で治ってハッピーエンドじゃないところが、リアルだよね」
他の客席からもすすり泣く声が聞こえてくる。
夏美がハンカチを差し出すと、リクは「悪ぃ」と小さく言って、涙を拭った。
ようやく落ち着いてからシアターを出て、近くのフードコートでご飯を食べてから地元に戻ろうかという話になる。
いつもならリクが、あれ食べたいこれ食べたいとリクエストをたくさん口にするのに、今日はやけに静かだ。
ふと立ち止まって、空を見上げた。
「あの転校生みたいに、突然命が終わっちまうこともあるんだよな。若くてもさ」
「そう、だね。テレビでも重い病気で五歳まで生きるのも難しいって言われている子を見たことある。私たち、十八歳まで健康に生きてこれたのは幸せなことなんだよね」
それでも長い長い人生の、途中だ。
リクはソラを横目で見て、それから夏美に向き合った。
「きっと言わないと後悔するから、聞いてくれ夏美。俺は、夏美のことが好きだ。兄貴に負けないくらい。本当は、引っ越しなんてしないで、ずっとこっちにいてほしい」
「リク……」
これまでのループと同じように、リクに告白された。
「頼むから、同情で告白オーケーするのはやめてくれよ。惨めになるだけだ。恋愛対象外ならはっきり言ってもらったほうが諦めがつく」
いつものリクは溌剌としているのに、いまはそんな気配がない。
夏美の中に、同情で告白を受け入れるなんていう選択肢はなかった。
それでも迷いながら、自分がループの中で抱えている気持ちを吐き出す。
「……私、自分の気持ちわかってない。リクのこと好きか嫌いかなら、好きだよ。でも、これは幼なじみとしての好き? 恋としての好きって、友だちの好きとどう違うの? 家族の好きとも、どう違うの? わかっていないのに、今すぐはっきり答えを出せなんて言われても、困るよ」
友愛と恋愛、家族愛のはっきりした境目が、夏美にはわからなかった。
心は目に見える形がないから、大きさを測ることもできない。
ソラもリクも、きっと、明確な答えを望んでいる。
「兄貴もなんか言えよ。兄貴だって、夏美のこと」
リクはずっと黙ったままのソラにも矛先を向ける。
「……リク。明日にはここを発たないといけないのに、急かして答えを出させるのは、夏美の気持ちを無視していて、すごく残酷なことなんだ。やっとわかった」
ソラが答えると、リクは視線を落として、苦笑する。
夏美が明確に答えられないことで、ひどく傷ついた顔をする。
そういう顔をさせたのは自分だから、夏美はなんと声をかけていいかわからない。
「ごめん、夏美。俺、冷静じゃなかったよな。夏美を泣かせたかったわけじゃないんだ。…………悪い。先に帰る」
「リク」
無理矢理な作り笑いをして、リクはバス停に走っていってしまった。そのままバス停にいたバスに乗り込む。
「気持ちを言葉にしてお互い傷つくくらいなら、何も言わないほうが、良かったのかな」
ソラは泣いてしまった夏美の手を引いて、川辺の遊歩道を歩き出す。リクが行ったのとは逆の道だ。
日差しは暑くて、近くの公園は親子連れで賑わっている。みんな明るく楽しそうなのに、夏美たちの空気だけどんよりと沈んでいる。
「僕とリクは、口にしないだけで互いの気持ちずっと知っていた。でも夏美は全然気づかなくて、もどかしかった」
告白するタイミングが遅いか早いかだけで、夏美が気づかなかっただけで、二人はずっと互いを恋のライバルとして見ていた。
どちらが選ばれようと、夏美が二人を選ばなかったとしても、いつかこの日はおとずれていた。
「僕の部屋にそんな薄着で入れることも、男として意識されてないんだなって寂しくなった。僕が告白した記憶を引き継いでも、平気な顔をしている。きっと、恋愛対象にはなれないんだなって」
「だってソラの部屋には、子どもの頃から何回も入っているし……」
夏美の答えは、ソラの地雷を踏み抜いた。
夏美の手首を握っていたソラの手に、力がこもる。
「もう少し警戒しなよ。僕が何もしない、無害な男だと思っているの? 僕はみんなが言うような優しい人間じゃない。善人なんかじゃない。夏美を閉じ込めて、僕だけのものにしたい。泣かせたい。僕以外の男に触れさせたくない。今日だって、リクがいなかったらそうしていた。夏美がリクや他の男の手をとったとしても、奪い取りたい。でも、そんなことしたら夏美に嫌われてしまう」
ダムが決壊するように、ソラの激情が溢れだす。
穏やかで優しくて、リクと夏美が喧嘩したら即座に仲裁に入るような、"みんなのお兄ちゃん"のソラは、ここにはいなかった。
「ソ、ソラらしくないよ」
これだけの言葉の波を叩きつけられても、夏美はソラの手を振りほどけなかった。
「僕らしいって、なに? どうするのが僕らしいってことなの? 僕はこんなに醜い気持ちで、今こうして夏美に触れている。僕らしい僕なら、どうするのが正解なの?」
「ソラ……」
ソラは自分の気持ちを醜いと言うけれど、夏美にはそう思えなかった。
大きな木に背中を押し付けられて、夏美はソラを見上げる。
夏美を見るソラの瞳は、涙で濡れていた。
「嫌なら突き飛ばせばいい。嫌いだって言えばいい」
「そんなこと、できないよ」
拘束されているわけじゃないから、逃げようと思えばソラを突き放して逃げられる。
なのに、逃げるという選択肢は、夏美のなかには出てこなかった。
怖いのに、視線をそらせない。
今のソラから逃げちゃいけないような気がする。
「今夜もまたループが起きたら、次の夏美はまた、記憶がリセットされちゃうのかな。三度目までの夏美が忘れたように」
「……わからないよ。覚えていられるかどうかなんて」
「こうすれば、忘れないかな」
言うなり、ソラは夏美の頬を両手でとらえて唇を塞いだ。
頭の中が真っ白になる。
恋愛マンガにあるような、相思相愛の少年少女がするロマンチックなものじゃない。
何もかも奪いつくすような荒々しいキスだ。
息ができなくて、もがくように、夏美はソラのシャツを掴む。
けれど、ソラは腕の力を緩めない。
むしろ、もっと深く、もっと強く、夏美を支配するように口づける。
優しいソラの内側に、こんな熱が隠されていたなんて、夏美は気づかなかった。
「忘れないで、夏美」
長い口づけが終わり、ようやくソラは夏美を解放した。
耳元で低い声で囁かれて、ゾクゾクする。怖いのとは違う、言葉にできない感覚だ。目が離せない。
「ソラ……」
「帰ろうか。あまり遅くなると母さんたちが心配する」
ソラはさっきの告白もキスも、何もなかったかのように振る舞い、いつもの笑顔を浮かべる。
忘れないでと言った本人が。
バスに乗って家路についても、夏美は顔を上げられなかった。
家に帰った夏美は、夕食も食べずに布団に体を投げ出した。
(明日が来たら、また八月八日に戻るの? 次の私は、全部忘れてしまうのかな。最初の私のように、ソラとリクに告白されたこと、ソラにキスされたこと、忘れちゃうの? 私は、どうしたいの? 答えがほしいって、私の答えって、何?)
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