異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編

16.想起の指針

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   ◆



 チアさんの家に戻ってきた俺達は、さっそく椅子に座る。
 横に並んだ俺達を見ながら、チアさんは目の前のペコリアに腰をかがめた。

「私は“幸福の魔女”だから、人を呪う薬は作れないけれど……その代わりに、大事な人を守るの薬は調合することが出来る。あの男の使う薬が、魔女自身の手で作った薬では無いのなら……きっと貴方達を守ってくれるはずよ」

 そう言いながら、チアさんはペコリアからほんの少し綿わたのような体毛を切り取る。
 痛くないかビクビクしていたペコリアだったが、表面の毛を少しだけ失った事にも気が付かなかったようで、チアさんから「もういいよ」と言われると、不思議そうに体をじって自分の姿を確かめていた。

 か、可愛い……。
 だけど、今の状況はそんなものではない。

 この家には三匹どころか数十匹、しかも外には家に入れなかったボスペコちゃんが窓から顔をぬぼーっと覗かせているのだ。可愛い。
 もちろん、当然ながら可愛いロクも俺のそばに帰還済みだ。

 ……ってなワケで、チアさんの家は現在、アニメ映画の白雪姫並みに動物率が高くなっているのだが、これには理由がある。

 それは、チアさんの薬には俺の可愛い守護獣達が必要だったからなのだ。

「ペコリア達の毛だけで大丈夫なんですか?」
「ええ。どの子も貴方を本当にいているから、材料の心配はいらなかったわね……。逆に、どの子の一部を貰おうか迷ったくらいよ」

 しかし今は、強力過ぎる守護獣のちからを使うと、逆に見破られる可能性がある。
 なので、強いけどロクやボスペコちゃんにはおよばないペコリアを選んだらしい。

「薬とは言うけど、畜生ちくしょうの毛を使う薬ってどんなものなんだ」
「こらブラック!」

 可愛いペコたん達をチクショウとか言うんじゃありません!!
 コイツマジでサラッと他人を見下みくだした言葉を出すんだからなあこの腐れ強者め。

「クゥー!」
「クゥックゥー!!」

 ほら、ペコリア達も畜生ちくしょう呼ばわりされて激おこだ。
 でも数十匹のモフモフが、小さなお手手や可愛い足でぺちぺちブラックのスネから下を攻撃しているだけなので、最早もはやこれはご褒美でしかない。

 あとブラックの耐久値もゴリッゴリに高すぎて、全然こたえてないようだ。俺には、ダメージ0の数字がブラックの周りに次々浮かんでは消える姿が見える……。

「クゥ~ウ!!」
「キュ~」

 ああ~、ダメージが無くてくやしかったのか、ついに一匹のペコリアが床にひっくり返ってジタバタし始めちゃった……。
 そんな子をなぐめるロクも超絶可愛くて愛おしいなあ……ふふ……。

「ツカサ君、鼻血……」
「ハッ」

 い、いかんいかん。
 みんなの可愛さについ鼻がゆるんでしまった……。

 こんな所をチアさんに見せるなんて、不覚だ。いや、でも、俺のカワイコちゃん達が可愛いと言う事実は消せない……決して……!

「ふふ、ツカサさんも本当に彼らを愛しているのね」
「ツカサ君の場合、愛してるっていうか何ていうか……まあそれは置いといて、薬に毛を使うって、どんな物を作る気なんだよ」

 二度手間の質問に少し不機嫌になったブラックだが、チアさんはそんな大人げないオッサンを物ともせず、ペコリアの毛を手の中でほぐしながら涼しげに答えた。

「薬と言っても、飲み薬ではないわ。香り袋のようなものかしら」
「ペコリア達の匂いがするようになるんですか」

 ちなみに、ペコリア達のモフ毛の匂いはお日様の下で干したお布団の匂い、あと、軽くったヒマワリの種っぽい香ばしさもあるぞ。
 つまりとても良い香りである。確かに香り袋として持ち歩きたいな。

「それだと、モンスターが寄り付きやすくなってしまうから……。魔素をはらう薬草や聖水を使って、人の気配を隠す目晦めくらましの曜気を作る……というような感じかしら」

 目晦めくらましの曜気?
 ちょっとよくわからないけど、実際に使ってみれば実感できるだろう。
 俺もブラックも「魔女の薬」の事はよくわからないので、とにかくまかせる事にした。

「あの【翠華すいか】という男のちからは強すぎて、私には阻害そがいくらいしか出来ないけど……。こちらの気配を消してしまえば、戦う必要もなくなるから」

 そう言いながら、チアさんはテーブルに材料を集めると、丁寧ていねいな手つきで見た事の無い薬草や液体を調合し始める。
 おお……なんか、アドニスを思い出す手際てぎわの良さだ……。

 こういう所からも、チアさんが熟練の魔女だってことがうかがい知れるな。
 それに……なんだか、薬を作っているだけなのに、その所作しょさだけでもう綺麗だなと思える不思議な魅力があった。
 ……きっと、クリスさんもチアさんのこの姿を見ていたんだろうな。

 彼女が一目惚れしたのは、心の美しさだけでなく、こういう所も素敵だからか。

 分かるなあ……。俺だって、ブラックに対して不意にドキっとする時あるもん。
 ちょっとくやしいけど……格好いいって思っちまう心に嘘はつけないし。

 …………こ、恋すると、やっぱみんなそうなるもんなのか?
 相手の何気なにげない仕草につい胸が高鳴ってしまう事が、当たり前なら……俺も少しは……恋人っぽい、て言えるのかな……。

「調合自体は普通の薬師と変わりないな」

 俺が変に気にしてまごまごしているのを余所よそに、ブラックは真剣にチアさんの作業姿を見つめながらボソリと感想を呟く。
 それを聞いていたのか、チアさんは流し目でこちらを見ながら薄く笑った。

「魔女の薬の本質は……魔族と契約した、その異質なちからの方だから……。薬品の調合自体は、それほど変わった物ではないの。呪いだって、同じことよ。その人物のちからが異質だから、使えるの。……まあ、私は使えないから……これは受け売りだけど」

 そう言えば、さっきも何度か似たようなことを言ってたな。
 チアさんは“幸福の魔女”だから、呪いは使えない……って。

「呪いって、魔女なら誰でも使えるってわけじゃないんですね」
「ええ……。呪いは……あまり良くないものを使うから……。私が契約した魔族は、神に通じているだけあって、そういうたぐいの術を嫌って教えてくれなかったし」

 なるほど、こちらの世界の古代の“呪い”も、やっぱり良くない物なのか。
 まあ「まじない」じゃなく「のろい」だもんな……。

 同じ文字を使うけど、その言葉が意味する者はだいぶ違う。
 元々は呪いにも「良い呪い」が有ったのかも知れないけど、今となっては俺の世界もこちらの世界も、意味をくつがすことは難しいだろう。

 だから、人の幸福を願ったチアさんが「呪い」をあつかえないのは当然とも言えた。

「なら、あの【翠華すいか】が魔女の薬を使って僕達を再び狙ったら、その香り袋じゃ僕達を隠し切れない可能性があるんじゃないのか?」

 まーたネガティブな事を……。
 でも、ブラックの言う事も一理いちりあるんだよな。

 今回【翠華すいか】が使ってきた霧状の「魂が抜ける薬」は、デタラメな存在だった。
 当然、情報も実在すらも知らない俺達には対策なんて出来なかったし、ただ相手の思うがままになるしかなかったんだ。

 でも、それは仕方ないよな。失われた古代の薬なんて、調べる事すら難しい。
 そんなものを再び使われたらと思うと、確かに何も安心は出来ないだろう。
 だからブラックは、確信が欲しいんだ。

 ――――本当に、チアさんの香り袋で相手を撹乱かくらんできるのか。
 また醜態しゅうたいさらすような事にならないと言えるのか、って。

 ……作って貰う側が何を言ってるんだと思うけど、その確認は大事だもんな。
 でもかなり失礼な物言いには変わりない。チアさんが気分を害さないかと心配したけど、しかし彼女は怒る事も無く「さもありなん」と小さくうなずくだけで。
 そうして、液状にした薬草をポットにそそぎながら静かに答えた。

「否定は出来ないわ。……私も全てを知っているわけじゃない。だから、絶対に相手を妨害できるとは言えないけれど……無いよりはマシ。そうでしょう?」
「…………」
「私以上に古い魔女であれば、もっと完璧な薬や呪いを使えたんでしょうけれど……今となっては、幻だものね……。せめて、記録でも残っていれば良かったのだけど」

 残念そうなチアさんの言葉に、ブラックは腕を組んで押し黙る。
 どうやら、何か考えているようだ。

 邪魔しちゃ悪いなと思って俺も静かにしていると、ブラックが不意に顔を上げた。

「魔女には、記録を残す習慣は無いのか?」

 ブラックが問うと、チアさんは少し悩みながら火にかけたポットを見つめた。

「そうね……無い、とは言えないけれど……。私達の時代は、紙がとても貴重な物だったから、あまり考えられないわね。奇特な人がいるなら、魔女の薬の製法が気になって、研究していたかもしれないけれど……」

 と、言った後に、チアさんは「あ」と小さく声を出した。
 これは……何かを思い出したような感じだな。

 もしかして、心当たりがあるのだろうか。
 悪いとは思いつつも期待してチアさんを見やると、ポットを温めていた火を止めて彼女はこちらを向いた。

「昔……“薬学院”という所の若い学士が、何度かここに来ていたの。その人は、大陸の各地に居る魔女と話をして、魔女の薬を研究していると言っていたわ」
「なにっ……!?」

 ブラックが思わず席を立つ。
 こんな反応をするブラックは珍しい……。思わぬ情報だったからか、それとも自分が知らない文献が存在する事を知って、ちょっと興奮したからなのか。

 どちらにせよ、その……い、いや何でもない。熱くなるな俺の顔。

「今も残っているかは分からないけれど……その“薬学院”という所を訪ねてみたら、あの人の記録が保管されているかも知れない。確か、名のある人だったから」
「ソイツの名前は!?」

 チアさんは少し考えて――――
 それから、綺麗な真紅の瞳を真っ直ぐにこちらへ向けて答える。

「ランザ・リンネス。街の名前が変わっていなければ……北限の港町【エスクレプ】にある“薬学院”に在籍していたはずよ」

 ――――エスクレプ。

 聞いた事がある名前の街だ。
 その街って、確か……“百眼の巨人”の街があるエーリス領に存在する、唯一の港町じゃなかったっけか。しかも、かなり古い街って話だったような……。

 うーん……港町【エスクレプ】か。
 言われてみると、確かに以前、そこには薬師が学ぶ場所がるって話を聞いた事があるぞ。でも、知っている場所が出てくるなんて思わなかった。

「エーリス領か……隣の領地だし、そこまで移動も苦じゃないな。ツカサ君、そっちの街に行ってみよう。もしかしたら、対抗策が見つかるかもしれない」
「お、おう……」

 何だかブラックがやる気だ。
 【翠華すいか】に一矢いっしむくいるためなんだろうけど、それにしても鼻息が荒い。

 ……よっぽど魂を抜かれたのがくやしかったんだろうな……。

「私も、貴方達がエスクレプに行っている間に……家に何かないか、探してみる。私と契約した魔族が、まだ生きているかわからないけれど……そちらとも、連絡を取ってみて、話が出来るようならいてみるわ」

 そんなことまで協力してくれるのか。
 本当に、何から何まで優しい人だな……チアさんは……。

「ありがとうございます、チアさん」

 俺達のためにそこまでしてくれるのがありがたくて、心からの感謝の気持ちを向けると、チアさんは嬉しそうにひかえめな微笑みを見せてくれた。

「私こそ、ありがとう」

 どうしてお礼にお礼を返されたんだろうか。
 少し不思議に思ったけれど、チアさんは照れ臭かったのか、それ以降は香り袋作りに集中して、何も答えてはくれなかった。

 ううん、照れてる美少女もすっごく可愛……何も思ってない。何も思ってないから人を殺しそうな目でこっちを見るなブラック!!










 
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