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𝐒𝐢𝐝𝐞 𝐬𝐭𝐨𝐫𝐲
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『睦美みたいな人初めてだ。…βだから誰でも良いわけじゃないよ。表裏の無い君との会話は、自分も本心を曝け出して話せるから』
『……』
『睦美と、誰も知らない所まで一緒に逃げ出したいくらい』
冗談なのか、本気なのか。彼のいつもと変わらない笑顔からは想像出来なかった。どう返せばいいか分からなくて固まる俺を見て、ブッと吹き出す柚月。初めて会った時みたいな怯え、軽蔑する視線では無い、純粋で楽しそうなーー……
『…なんてね』
『…?!柚月』
思わず怒った口調で指摘すると、彼はまた愉しそうに笑った。そして『側に居て』とだけ告げると、それ以上は何も言わずに、ただただ隣で心地良さそうに息を立てて寝始めた。俺も何も言わなかった。今は、この温もりを感じていたいと小さく思った。結局、柚月はその日、屋敷に帰らず俺の家に泊まった。
その日から、柚月は屋敷に帰らず、ずっと自分の家に居続けた。
正確に言うと、俺が彼を帰そうとしなかった。またあの時みたいにあの男が押し掛けてくる事も考え、用心して生活をしていたが、驚く事に一度も彼は訪れなかった。そのお陰もあって柚月との平穏な日々は続いていた。あの日迄はーー……
『睦美。これ、今日の買い物リスト?』
高校生を迎える迄、一週間を切っていた時の事だった。家に帰ると、柚月はそう言いながら一枚の紙切れをひらひらさせ、此方を見ていた。『今日買いに行こうと思っていたやつ』とだけ告げると、彼はニコッと笑みを浮かべて続けた。
『じゃあ僕が行ってくるよ。睦美と一緒に言っている内に色々覚えたし』
『え…一人で?流石に危ない…』
『最近は何も無かったから大丈夫大丈夫。直ぐに帰ってくるから待っててね』
それだけ言って、柚月は自分の頬に軽いキスをして出て行ってしまった。一人で買い物をしたいなんて珍しいと不思議に思いながらも、この時の俺は彼の言葉を素直に受け入れてしまっていた。それが柚月との最後の会話になるとも知らずに。
(……八時。いくら何でも遅過ぎる)
ダイビングで一人、貧乏ゆすりをしながら時計を見上げる。
二時間くらい経った今、外はすっかり暗いのにも関わらず、柚月は一向に帰って来る気配が無かった。嫌な予感を感じた俺は、スマホを手に取り、軽いダウンを羽織ると、そのまま家から飛び出した。しかし、扉を開けた矢先、コツン、と硬いモノが当たり、足を止めて見下ろす。
『……何で』
口から、短い一言が勝手に零れ落ちた。頼んでいた商品の入った袋だけがドアの前にきちんと置かれていた。ついでに置き手紙の様なモノもーー……。つまりこれは、柚月の意思で出て行ったという事…
『柚月』
上手くいっていると思っていたのに。やっぱり俺がβだから、番になれないから嫌気が差して出て行ったのか。彼処に行ってしまったら、また襲われるかもしれないというのに。
(ただ一つ分かる事は……)
柚月は、俺とさよならをするつもりで出て行ったという事だけ。
力の無くなった腕をだらんと下に垂らし、食べ物の入った袋を抱え、中に入り直す。ただただ柚月が居なくなってしまった事実からの虚無感で頭がいっぱいになってしまい、涙は一つも溢れなかった。
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『……』
『睦美と、誰も知らない所まで一緒に逃げ出したいくらい』
冗談なのか、本気なのか。彼のいつもと変わらない笑顔からは想像出来なかった。どう返せばいいか分からなくて固まる俺を見て、ブッと吹き出す柚月。初めて会った時みたいな怯え、軽蔑する視線では無い、純粋で楽しそうなーー……
『…なんてね』
『…?!柚月』
思わず怒った口調で指摘すると、彼はまた愉しそうに笑った。そして『側に居て』とだけ告げると、それ以上は何も言わずに、ただただ隣で心地良さそうに息を立てて寝始めた。俺も何も言わなかった。今は、この温もりを感じていたいと小さく思った。結局、柚月はその日、屋敷に帰らず俺の家に泊まった。
その日から、柚月は屋敷に帰らず、ずっと自分の家に居続けた。
正確に言うと、俺が彼を帰そうとしなかった。またあの時みたいにあの男が押し掛けてくる事も考え、用心して生活をしていたが、驚く事に一度も彼は訪れなかった。そのお陰もあって柚月との平穏な日々は続いていた。あの日迄はーー……
『睦美。これ、今日の買い物リスト?』
高校生を迎える迄、一週間を切っていた時の事だった。家に帰ると、柚月はそう言いながら一枚の紙切れをひらひらさせ、此方を見ていた。『今日買いに行こうと思っていたやつ』とだけ告げると、彼はニコッと笑みを浮かべて続けた。
『じゃあ僕が行ってくるよ。睦美と一緒に言っている内に色々覚えたし』
『え…一人で?流石に危ない…』
『最近は何も無かったから大丈夫大丈夫。直ぐに帰ってくるから待っててね』
それだけ言って、柚月は自分の頬に軽いキスをして出て行ってしまった。一人で買い物をしたいなんて珍しいと不思議に思いながらも、この時の俺は彼の言葉を素直に受け入れてしまっていた。それが柚月との最後の会話になるとも知らずに。
(……八時。いくら何でも遅過ぎる)
ダイビングで一人、貧乏ゆすりをしながら時計を見上げる。
二時間くらい経った今、外はすっかり暗いのにも関わらず、柚月は一向に帰って来る気配が無かった。嫌な予感を感じた俺は、スマホを手に取り、軽いダウンを羽織ると、そのまま家から飛び出した。しかし、扉を開けた矢先、コツン、と硬いモノが当たり、足を止めて見下ろす。
『……何で』
口から、短い一言が勝手に零れ落ちた。頼んでいた商品の入った袋だけがドアの前にきちんと置かれていた。ついでに置き手紙の様なモノもーー……。つまりこれは、柚月の意思で出て行ったという事…
『柚月』
上手くいっていると思っていたのに。やっぱり俺がβだから、番になれないから嫌気が差して出て行ったのか。彼処に行ってしまったら、また襲われるかもしれないというのに。
(ただ一つ分かる事は……)
柚月は、俺とさよならをするつもりで出て行ったという事だけ。
力の無くなった腕をだらんと下に垂らし、食べ物の入った袋を抱え、中に入り直す。ただただ柚月が居なくなってしまった事実からの虚無感で頭がいっぱいになってしまい、涙は一つも溢れなかった。
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