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第二章(4)
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彰は隣で眠る、由季を見つめる。
彼女はまるで幼子のような愛らしい寝顔で、すぅすぅと小さな寝息をたてながら無防備に眠っている。
こうして高校時代も、彼女のゆるんだ表情を愛おしく思いながら見下ろしていたことを思い出す。付き合っている間、彰の前でどこか緊張している彼女も、寝顔は無防備だった。
学校でも、きっと親の前でも見せないだろう無防備さを独占できる特権に、彰は酔い痴れる。
――これが由季の素顔、なんだな。
由季のどこかミステリアスな雰囲気に興味をもった。
由季とは三年間同じクラスだったが、付き合う前に彼女の声を聞いたのは、数えるほど。
一度目は二年生。ばったり廊下であった時。
これまでクラスで擦れ違うだけの相手だったから構わず通り過ぎようとした時、
『司馬君って、走る時のフォーム、すごく綺麗だよね』
彼女はそれだけ言うと、彰からの返答を避けるように走っていってしまった。
いきなりのことだったし、そんな言葉をかけられるとも思わなかった。
その時の彰はかなり間抜けな顔をしていたと思う。
彰は自分がイケメンであるという自覚がある。
陸上部の練習をすれば、下級生から上級生まで女子たちが煩わしいほどの黄色い声をあげるのは、当然と思うくらい自然に受け止めていたし、「格好いい」と言われるのは正直、耳にたこができるほどでもあった。心の中で「知ってるよ」と呟くのもセットだ。
だからこそ、なのだろうか。
フォームの綺麗さを褒めてきた女子は初めてだったから、妙に記憶に残った。
島原由季。
クラスで特別浮いている訳でもないし、いわゆるカーストで底辺というわけでもない。
一人でいるところをよく見かけたけど、だからと言って、孤立しているわけでもない。
行事とか、修学旅行の班決めでは自然とどこかのグループに所属している、そんな感じ。
そして読書をする時の姿勢がすごく綺麗。
とはいえ、特別なことは何も起こらない。
でも三年の五月の放課後。彰が忘れ物を取りに教室に戻ると、由季が一人で本を読んでいる場面に遭遇した。その姿を見た時、二年生の時に言われたことが不意に、脳裏に蘇ったのだ。
気づくと声をかけていた。
『島原さんってさ、今、付き合ってる人っているの?』
彼女は他の女子と違うのだろうか。高校生活も一年を切った中で、由季のことを知りたいと思ったのだ。
『いない、けど……』
『俺も今フリーなんだよね。だったらさ、付き合わない?』
『……で、でも』
『合わなかったら別れれば良いし。夏になったら本格的に受験だろ。高校最後の思い出、ってのは大袈裟だけどさ。どう?』
『……あ、うん』
由季があの時、彰のことをどう思っていたのかは分からないけど、彼女は頷いた。
本当に駄目と思ったららすぐに別れれば良いと思っていた。でも由季は想像以上に面白かった。
普段は生真面目なのに、若干天然ぽかったりする。
デートコースの予習をしてきたり、率先して案内してくれようとしたかと思えば方向音痴で、地図アプリをみるのにスマホを何回回転させるんだよというシーンを初めて見たときは、マジでこういう子いるんだ、と大笑いした。
彰がスイーツ好きだと知ると、スイーツのフードテーマパークを調べてきて、どういう順番なら効率よく回れるかまで考えてきたと自慢げに行って、いざ試してみると、さすがに店が多すぎて、いくらスイーツ好きでも限度があると、途中でギブアップしたり。
見た目だけで中身が空っぽだったり、彰の懐具合を目当てに寄ってくる女たちの何百倍も一緒にいることが楽しかった。
女子なんてみんな一緒と、これまで表面的にしか付き合ってこなかった彰にとって、もっと彼女のことを知りたいと思わせてくれるような子だった。
興味本位で付き合っていたはずが、いつの間にか由季に夢中になっていた。
教室でもどこでも由季の姿を追いかけた。
一緒にいて気を遣わないというより、一緒にいたいと思える相手、それが由季だった。
由季は東京の大学に進学すると行っていたし、彰も同じだった。
何となく、大学になってからも一緒にいるんだろうな、と思った。
その先も正直、考えてはいた。それくらい彰は由季が好きになっていた。
でも、夏休みが明け、秋になってしばらくして、
『ごめん……私……ごめん……』
放課後の教室で別れを切り出された。
由季は泣きながら何度も謝罪の言葉を口にして、教室を飛び出していった。
彰は人生ではじめて自分から告白し、そして、はじめてフられた。
自分の心を守るので手一杯で、別れる理由を聞かなかったことをどれほど後悔しただろう。
三年の冬休み明け。あと間もなくで卒業というところで由季は学校に来なくなった。教師からは退学した、と聞かされた。
彼女はまるで幼子のような愛らしい寝顔で、すぅすぅと小さな寝息をたてながら無防備に眠っている。
こうして高校時代も、彼女のゆるんだ表情を愛おしく思いながら見下ろしていたことを思い出す。付き合っている間、彰の前でどこか緊張している彼女も、寝顔は無防備だった。
学校でも、きっと親の前でも見せないだろう無防備さを独占できる特権に、彰は酔い痴れる。
――これが由季の素顔、なんだな。
由季のどこかミステリアスな雰囲気に興味をもった。
由季とは三年間同じクラスだったが、付き合う前に彼女の声を聞いたのは、数えるほど。
一度目は二年生。ばったり廊下であった時。
これまでクラスで擦れ違うだけの相手だったから構わず通り過ぎようとした時、
『司馬君って、走る時のフォーム、すごく綺麗だよね』
彼女はそれだけ言うと、彰からの返答を避けるように走っていってしまった。
いきなりのことだったし、そんな言葉をかけられるとも思わなかった。
その時の彰はかなり間抜けな顔をしていたと思う。
彰は自分がイケメンであるという自覚がある。
陸上部の練習をすれば、下級生から上級生まで女子たちが煩わしいほどの黄色い声をあげるのは、当然と思うくらい自然に受け止めていたし、「格好いい」と言われるのは正直、耳にたこができるほどでもあった。心の中で「知ってるよ」と呟くのもセットだ。
だからこそ、なのだろうか。
フォームの綺麗さを褒めてきた女子は初めてだったから、妙に記憶に残った。
島原由季。
クラスで特別浮いている訳でもないし、いわゆるカーストで底辺というわけでもない。
一人でいるところをよく見かけたけど、だからと言って、孤立しているわけでもない。
行事とか、修学旅行の班決めでは自然とどこかのグループに所属している、そんな感じ。
そして読書をする時の姿勢がすごく綺麗。
とはいえ、特別なことは何も起こらない。
でも三年の五月の放課後。彰が忘れ物を取りに教室に戻ると、由季が一人で本を読んでいる場面に遭遇した。その姿を見た時、二年生の時に言われたことが不意に、脳裏に蘇ったのだ。
気づくと声をかけていた。
『島原さんってさ、今、付き合ってる人っているの?』
彼女は他の女子と違うのだろうか。高校生活も一年を切った中で、由季のことを知りたいと思ったのだ。
『いない、けど……』
『俺も今フリーなんだよね。だったらさ、付き合わない?』
『……で、でも』
『合わなかったら別れれば良いし。夏になったら本格的に受験だろ。高校最後の思い出、ってのは大袈裟だけどさ。どう?』
『……あ、うん』
由季があの時、彰のことをどう思っていたのかは分からないけど、彼女は頷いた。
本当に駄目と思ったららすぐに別れれば良いと思っていた。でも由季は想像以上に面白かった。
普段は生真面目なのに、若干天然ぽかったりする。
デートコースの予習をしてきたり、率先して案内してくれようとしたかと思えば方向音痴で、地図アプリをみるのにスマホを何回回転させるんだよというシーンを初めて見たときは、マジでこういう子いるんだ、と大笑いした。
彰がスイーツ好きだと知ると、スイーツのフードテーマパークを調べてきて、どういう順番なら効率よく回れるかまで考えてきたと自慢げに行って、いざ試してみると、さすがに店が多すぎて、いくらスイーツ好きでも限度があると、途中でギブアップしたり。
見た目だけで中身が空っぽだったり、彰の懐具合を目当てに寄ってくる女たちの何百倍も一緒にいることが楽しかった。
女子なんてみんな一緒と、これまで表面的にしか付き合ってこなかった彰にとって、もっと彼女のことを知りたいと思わせてくれるような子だった。
興味本位で付き合っていたはずが、いつの間にか由季に夢中になっていた。
教室でもどこでも由季の姿を追いかけた。
一緒にいて気を遣わないというより、一緒にいたいと思える相手、それが由季だった。
由季は東京の大学に進学すると行っていたし、彰も同じだった。
何となく、大学になってからも一緒にいるんだろうな、と思った。
その先も正直、考えてはいた。それくらい彰は由季が好きになっていた。
でも、夏休みが明け、秋になってしばらくして、
『ごめん……私……ごめん……』
放課後の教室で別れを切り出された。
由季は泣きながら何度も謝罪の言葉を口にして、教室を飛び出していった。
彰は人生ではじめて自分から告白し、そして、はじめてフられた。
自分の心を守るので手一杯で、別れる理由を聞かなかったことをどれほど後悔しただろう。
三年の冬休み明け。あと間もなくで卒業というところで由季は学校に来なくなった。教師からは退学した、と聞かされた。
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