文系ドラゴン、旅に出る~老竜と行く諸国漫遊詩歌の旅~

八百十三

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第二章 放浪

第十九話 煌めく砂浜

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 飲食を終えて、オーケビョルンとマルクスは散歩がてら町の中を歩いていた。
 街路を行き、海沿いへ。海岸沿いを走る道から海側に入り、二人は北海に面する砂浜に足を踏み入れる。
 細かな砂の積もった砂浜は、バーリ公国の海沿いではなかなか見られなかったものだ。足元のサクサクした感触を楽しみながら、オーケビョルンが零す。

「そういえば、エクルンドの町とは海岸の様子が随分と違うのう」
「ああ、なるほどね?」

 老竜の言葉に、マルクスも頷きながら言った。
 エクルンドを始めとして、バーリ公国の海岸は石で固められ、切り立った地形のところが多い。こうした砂浜がなだらかに続く海岸というのは、あまり見られるものではなかった。
 故にオーケビョルンとしても新鮮な面持ちで、砂浜を歩いていたものだが、マルクスがにっこりと微笑みながら話す。

「エクルンドの町は海岸側に離着陸場があるし、港も広く取られている。海岸は石で固められているけれど、ルーベンソンの町の海岸は砂浜が多いからね」
「砂浜。ほう、これがそうか」

 友人が話すと、オーケビョルンの靴が足元の砂を踏んでぐりぐりと動かす。靴にかすかにかかる砂を、足を振って払いながら、オーケビョルンは口を開いた。
 その視線は海の方、砂浜の波打ち際に向いている。今も静かな波音を立てて、海の水が押して、引いてを繰り返していた。

「こういう場所じゃと、海の水にも触れやすいし、波が寄せる近くまで行けるのかの?」
「そうそう。だからこの町は、避暑地としても発展しているんだ」

 オーケビョルンの問いかけに、マルクスも頷きながら答えた。
 アールグレーン王国の海岸沿いの町は、避暑地としても有名だ。世界各国の貴族たちがこの町に別邸を構え、暑い夏の時期にここの町を訪れて、海岸で遊びながら夏を乗り切っている。故に海沿いにはレストランが多く並び、海と砂浜を見渡せるようになっているのだ。
 興味深そうに足元の砂を見るオーケビョルンに、マルクスが苦笑しながら言った。

「バーリ公国の海岸は、切り立っている場所が多くて港には向くけれど、砂浜が少ないから海遊びには向かない。だから海上交通の要所として発展した側面はあるね。アールグレーン王国やオーケリエルム帝国は港に適した海岸が少ない反面、砂浜が多いからレジャーに適しているんだ」
「ほうほう、なるほど」

 マルクスが説明すると、オーケビョルンがこくりと頷いた。
 アールグレーン王国、そしてその国と接するように西側、大陸の北西部を占めるように存在するオーケリエルム帝国は、どちらも海岸を観光資源として持っている国だ。特にオーケリエルム帝国は海岸の保全に力を入れているので、それは美しい砂浜を堪能することが出来る。
 オーケビョルンも目を細めながら、昔を懐かしむように口を開いた。

「オーケリエルム帝国の砂浜の美しさは、わしもドラゴンたちから耳にした覚えがあるのう」
「そうだろう? アッシュナー大陸北岸でも特に美しい浜辺があるからね。セイデリア市の海岸なんかは、いろんな作品で取り上げられている」

 その言葉を聞いたマルクスも、満足した様子で頷きながら言った。
 オーケリエルム帝国の北岸に面する町は、いずれも美しい砂浜でその名を知られているが、中でもセイデリア市は「輝石の海岸」と称されるほどに美しい海岸を有しているのだ。
 海も、砂浜も、キラキラと輝かんばかりに光りを帯びるその海岸は、様々なアートの題材となり、小説の題材となってきた。この海岸を詠んだ詩だって、何十とある。それほどに名の知られたものだ。
 オーケビョルンが目を細めながら、感慨深げに零す。

「いつか行ってみたいもんじゃのう」
「機会はあるだろうさ、この旅のさなかでね」

 オーケビョルンの言葉にマルクスも頷いた。彼の旅路がオーケリエルム帝国まで及ぶのなら、きっと行く機会もあるだろう。
 ともあれ、海岸を歩きながら思案を巡らせるオーケビョルンだ。太陽は頭上から燦々と照りつけて、オーケビョルンとマルクスの頭に熱を帯びさせる。少し顔が火照った様子の友人へと、マルクスが問いかける。

「さて、どうする? もし上空から風景を見たいと言うなら、人化を解除すれば見れると思うけれど」
「いや、いい。市内での竜化は申請が必要じゃろ。手間はかけたくない」

 マルクスの気遣いにオーケビョルンは首を振る。こうした町中での人化の解除は、特別な理由がない限りは市役所に申請を出さないとならない。ドラゴンの姿を晒せる場所なんて、離着陸場くらいしかないのだ。自分が済んでいたスヴェドボリ山周辺だったら、村の人々にドラゴンとしての姿を見せても平気だったが、こういう町の中ではそうもいかない。
 マルクスに視線を向けつつオーケビョルンは自分の体を見た。変温性物である自分は、マルクスのように汗をかけない。その分、こういう場所にいては体温が籠もって倒れてしまいやすくなる。そういうところはマルクスなど、人間のほうが詳しいだろう。

「しかし……そうじゃのう」

 そう唸ってから、オーケビョルンは視線を巡らせた。平日の昼頃とは言え、そこそこの観光客が来ている。ここで書くというのもオツなものだろう。
 それを見ながらオーケビョルンは、小さく頷きながらマルクスに声をかけた。

「マルクス、どこか、日陰になる場所はないかの。こう太陽に晒されていると、体温が上がっていかん」
「ああ、そうだね。パラソルを借りてこよう」

 マルクスにお願いごとをすると、すぐさまに友人は駆けていった。
 そこから数分後、マルクスが麻布の敷物と大きなパラソルを持って戻ってくる。そしてパラソルを開いて地面に立て、敷物を砂の上に広げながら微笑んだ。

「これでどうだい。敷物も借りてきたから座りやすいだろう」
「ああ、有り難い。さて……」

 麻布の上に腰を下ろしながら、オーケビョルンは大きな尻尾を揺らした。尻尾を揺らしながらオーケビョルンは、マルクスから借りた手帳に大陸文字を書き記していく。
 少しばかり時間が経って、オーケビョルンは満足したように硬筆を置いた。それを即座に回収するマルクスに、彼は視線を投げる。

「うむ、こんなもんじゃろ」
「出来たかい? どれどれ……」

 オーケビョルンは視線を巡らせながらも、手元の手帳に目を落とす。
 そこに書かれているのは、ルーベンソンの町の砂浜から見える絶景の様子だ。

――青い海。白い浜。燦々と照りつける太陽の光。
  輝かしい砂浜ときらめく波間は、鮮やかに揺らめいて海岸を麗しく彩る。
  ルーベンソンの砂浜、穏やかながら豊かな海。
  静かなる時も、荒ぶる時も、その海と浜は人々を惹き付けてやまないことだろう――

 オーケビョルンの書いた詩を呼んで、マルクスが目を見開く。この作風は旅を初めてから当初、まだ詩のことにそんなに詳しくない時にオーケビョルンの作品で見られた作品だ。
 驚きに目を見開いたまま、マルクスが隣に座るオーケビョルンに目を向けた。こういう詩を再び読めるようになったことに、かすかな喜びを感じている様子だ。

「へえ、いいじゃないか。元々の君の作風に近い書き方だね」
「うむ。この風景にはこの形が合うかと思ってのう」

 そう話すと、オーケビョルンは立ち上がってぐっと腕を伸ばした。このまま海水浴を楽しむのも一興だが、今日はそれ以上にやらなければならないものがあるのだ。

「さて……うーん、さすがに海沿いだとこれを記すのに具合の良い岩なんぞ、転がってはおらなんだか」
「仕方がないね。町の中ということもあるし、市役所に申請を出さないとならない。後で石屋を探しつつ、市役所に行こうか」

 オーケビョルンが視線を巡らせながら零すと、マルクスが海岸から逆側、南側に指を向ける。
 そういえばたしかに、この周辺にも新しい麺類食品店がオープンしたとか。そちらも行ってみなくてはならないな、と思いながら、オーケビョルンとマルクスはゆっくりとおしるこを口に運んでいくのだった。
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