大関誠は温泉大臣~俺、異世界に温泉旅館作ります!~

八百十三

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第3章 温泉を引こう

第15話 湯温チェックなう

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 魔導ポンプが稼働して、タンクに温泉が程よく溜まっていき、タンクから湯船へのお湯を流す石樋も無事に完成したその日。
 俺とアリシアとイーナは大浴場の湯船の前で、お湯が流れてくるのを今か今かと待ち構えていた。
 今回、俺のたっての希望で源泉かけ流しスタイルで作っている。湯量も十分あるし、加温が必要なほど低温の源泉でもない。ついでに言うと循環システムを作るのが思った以上に大変そうだった。
 なのでもう思い切ってかけ流しにしてしまおう、と下水道工事を作業員の皆さんに頑張ってもらったわけである。
 湯船も内側こそホーローの輝きを残しているが、湯船の上端、洗い場と繋がるところは石材が貼られ、なんとも味わい深い見た目に仕上がっている。

 ちなみにこの場にいるのは俺達三人だけではない。
 俺の隣に立っている、恰幅がよく背丈の低い、藤色の鱗をした竜人ドラゴンレイスの中年男性が、髭をゆるりと撫でながら笑った。

「いやぁ、こうして万能霊泉ソーマスプリングが湯船に注がれ始める瞬間に立ち会えるとは、光栄の極みですなぁ。
 イーナ女史から就任のお話を伺った際には戦々恐々としたものですが、この記念すべき時を共有できますこと、嬉しく思いますぞ」

 俺より頭一つくらい背の低い、しかし横には頭一つ分くらい広い男性が目を細めるのを見て、俺のまなじりは自然と下がった。
 この男性はクレマン・ピアンターテ。帝都の商業ギルドから派遣されてきた、この温泉旅館の経営責任者。つまり主人になる人物だ。
 元々は神聖クラリス帝国内の各所の街に宿屋を所有する、名うての商人とのこと。旅館の経営にあたって彼ほどの適任はいない、とのお墨付きを貰って派遣してもらったのだが、なかなか現地に足を運んでもらう日取りが作れず、今日までタサック村に来られなかったのだ。

「ときにマコト殿。万能霊泉ソーマスプリングがどれ程の集客力・・・を持つか、貴方は想像したことがありますかな?」
「えっ?」

 髭を撫でる手を止めないまま、クレマンは俺の顔を見上げてくる。唐突な問いかけに、俺の思考が一瞬フリーズした。
 集客力。集客力か。なんとなく、神聖クラリス帝国の東部に住む人々に対しては、訴求力があるんだろうなぁというイメージは持っていた。だが帝国内の万能霊泉ソーマスプリングがここだけとは聞いていないし、もしかしたらあまり遠方からの客は望めないかもしれない。
 具体的な数字を挙げたいところだが、正直帝国の国民がどれほどいるかとか、そういうイメージが掴み切れないのが実情だ。
 しばし思考を巡らせた後に、俺は思ったことを素直に述べてみる。

「少なくとも……ヴェノを中心とした帝国の東部地域の人々は、集められるんじゃないでしょうか。
 この世界、長距離移動は基本馬車ですし……道中魔物とかも出ますから、あまり遠方からの集客は見込めなさそうな……」

 俺の回答に、クレマンがすぅとその目を細めた。にんまりするように。ちょっとうざい。

「その見通しは甘いと言わざるを得ませんなぁ、マコト殿。さながら砂糖菓子シュクレリーのようですぞ。
 既に帝都クラレンスでも、タサックの万能霊泉ソーマスプリング発見の報は子供から老人まで知るところとなっております。北部のダッソー、西部のクロワザード、南部のアレでも同様に市井に広く伝わっており、帝国全域に伝わっていると見てよいでしょうな。
 さらに帝国の近隣諸国、アチソン公国やローゼンダール大公国だけでなく、大陸の東の果てに位置するシュマル王国、北の大地のエルデナー共和国、南方海上に浮かぶアグロ諸国連合に至るまで、帝国宛てにお祝いの書簡をいただいております。
 ヴェノやクラレンスからタサックに繋がる街道を整備する事業も始まっておりますし、人の流入も格段に増えるでしょうな」
「……マジですか……」

 規模の大きさに、俺はちょっと血の気が引く思いがした。
 神聖クラリス帝国一国の中で済む話だとばかり思っていたのに、大陸全土どころか世界中から注目を浴びているような気がしてならない。
 帝国以外の国の規模とかは、アリシアやイーナから話に聞いたくらいなのでぼんやりとだが、地球ソレーアで言えば、日本で新しい源泉が発見されたことをアメリカやイギリス、ロシアが祝福するくらいの大事になっている、と認識すればいい話だ。
 つまり、それだけこの温泉旅館が世界からの注目を集めているということ。
 日本だと数が多すぎて比較対象が難しいけれど、箱根や草津みたいになっていくのかなぁ、タサックも。

 飛んでいきそうな意識を何とか留めようとしている俺に、イーナが心配そうに声をかけてくる。

「オオゼキさん、そろそろ栓を開けるよう指示を出します、よろしいですか?」
「あっ、はい。お願いします」

 途端に現実に引き戻された俺は、こくこくと頷きつつ開栓をお願いした。いかんいかん、今は目の前の温泉に集中しなくては。
 俺の言葉を受けてイーナが手元の魔法板タブレットに文字を入力する。これでタンクの傍にいる作業員に指示を飛ばすのだという。
 しかして30秒程経った頃合いだろうか。俺達の視線の先、湯の注ぎ口から、もくもくと湯気が立ち始めた。
 そして間もなく。
 ドドド……と大きな音を立てて、注ぎ口から大量の温泉が、大量の湯気と共に湯船に注がれ始めた。

「「おぉぉぉーーーっっ!!」」

 その場にいる四人が四人とも、瞳をキラキラさせた感動の面持ちで、感嘆の声を漏らした。
 壁の向こう側でも作業員の歓声が聞こえてくる。道中の石樋に水漏れもなく、湯がちゃんとタンクから運ばれているようだ。俺としてもほっとした。
4 .5畳ほどある湯船に、徐々に温泉が注がれ水位を上げていく。そして水位はやがて、湯船の上端に達しようとしていた。

「皆さん、いいですか。この瞬間の温度が大事ですので!熱いか冷たいかちょうどいいか、ハッキリ言ってくださいね!」

 湯船から溢れようとしているお湯を前に、俺は傍らのクレマンに、イーナに、アリシアにいつも以上に鋭い口調で告げた。
 この温泉は源泉かけ流し。加温も加水もしていない。適温ならばこのままでいいが、熱すぎるならもう少し冷ましてから入浴してもらわないとならない。冷たすぎるならタンクでの貯蔵期間を調整するか、加温しないとならない。
 つまり、溢れた瞬間のこのタイミングで、どのような温度になっているかが非常に大事なのだ。

 全員が唾を飲み込む、ごくりという音が嫌に大きく耳に響く。
 水位はますます上昇し、今にも湯船の縁を乗り越えんとしていた。
 表面張力で水面が僅かに湯船の縁から盛り上がった、次の瞬間。

「わ……っ!」

 どばっとお湯が溢れ、洗い場の石造りの床の上に広がった。
 俺とイーナの素足の上に、アリシアの肉球があって短い毛に覆われた足の上に、クレマンの薄い藤色の鱗に覆われた足の上に、湯がかかる。
 アリシアとイーナが揃って、軽くたたらを踏んだ。

「あつっ……!」
「ひゃ……!」

 思わず俺の左側、声を漏らした二人の方を見る。反対側に立つクレマンは平然としているが、やはり種族によって差があるのだろうか。
 そして俺自身の感じるところとしては、ちょっと熱いかなと思わなくもない程度。摂氏にして42度というところだろうか、もうちょっと冷ました方が入りやすいかな。
 それにしてもイーナさん、「ひゃ」って。可愛いな案外と。

「……俺としては、まぁちょっと熱いかなと思う温度ですが、皆さんはどうですか?」
「熱いですぅ……」
「私もこれに浸かるのは、ちょっと……」
「ふむ、私はこのくらいがちょうどいいですなぁ。アリシア殿やイーナ女史と異なり、鱗に覆われているせいもありそうですが」

 三人の意見を聞いて、俺はしばし考えた。
 湯船に浸かる方式、この世界だと沈み風呂ヴァン・エヴィエだったか、あまり高温の湯には浸からず低温の湯に長時間浸かる形が主流らしい。
 本当ならこちらの世界チェルパのやり方に合わせ、もっと温度を下げるべきなんだろうが。
 しかしやっぱり、低温だとこの万能霊泉ソーマスプリングの良さを生かせない。何せ空気中に発散させて吸入することで効果を発揮するのだ。ついでに高温で湿度も高いとなおいい。
 やはり、「40℃」くらいがちょうどいいだろう。俺は大きく頷いた。

「了解しました、もう少し温度を下げましょう。確か石樋に温度を調節する魔法をかけていましたよね?」
「そうですね、石樋で温度を少し下げましょうか」

 俺の言葉に、イーナが頷く。温度調節も魔法で一発なんだから、本当にこの世界は便利だ。
 元の世界ソレーアに戻った時に、俺は果たして魔法なしの生活に耐えられるのか。
 些か不安になりながら、俺は久しぶりの「湯に足を浸ける」感触を、しばらく楽しむのであった。
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