異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

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本編~1ヶ月目~

第3話~日曜日~

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~新宿・大久保~
~メゾン・リープ 203号室~


 日曜日、朝8時。
 僕、マウロ・カマンサックは自室のベッドで目が覚めた。
 簡素だがしっかりした造りのステンレス製ベッドに、備え付けのクローゼット。
 窓からはカーテンの隙間から朝日が差し込み、板張りの床と天井を照らす。
 この部屋の光景にも、ようやく違和感を感じなくなってきた。

 新宿区大久保1丁目に建つアパート、メゾン・リープ。
 この建物全体が「リンクス株式会社」の所有で、食堂併設の社員寮となっている。
 部屋は約12平方メートルと広くはないが、最低限の設備は整っているため不便はない。
 強いて言うならキッチンスペースが狭いのが悩みだが、食堂があるためさして問題にはならなかった。

 歯を磨き、顔を洗い、頭の毛を整え、スリッポンに足を入れる。
 服装はTシャツにジャージというゆるさ極まる状態だが、どうせ食堂に行くだけなのだ、気にする必要もない。
 部屋のドアを開けると、同じタイミングで隣の部屋のドアが開く。
 202号室。中から欠伸をしながらエティが姿を現した。ネグリジェ姿にスリッパを履いている、これまたラフな服装だ。

「エティ、おはよう」
「おはよう、マウロ」

 互いに朝の挨拶を交わし、そして再びあくびをする。仕事の疲れは、互いにまだ抜けきっていないようだ。
 昨晩は午前0時の閉店まで、なかなかに忙しかった。22時頃に人の入りは落ち着いたものの、長く席にいて飲み食いするお客様もちらほらといたため、仕事が途切れることはなかった。
 それでも途中でちゃんと、休憩を一時間取ることが出来たのは有り難かったが。
 そしてお客様が帰った後の閉店作業。お金の管理は澄乃が行うため、僕とシフェールは厨房の後片付けと食材のチェック、エティとアンバスはフロアの掃除を行ったのだが、これもこれでなかなかに大変だ。
 結局部屋に帰り、シャワーを浴びてベッドに入ったのは、午前2時という有り様だった。

「昨日は大変だったね……」
「本当……こんな忙しさがこの先も続くのかしら……」

 二人してぼやきながら、一階の食堂へと向かう。
 食堂は本来澄乃の管理下にあるらしいが、料理を作ってくれる専門の職員が、別に2人入っている。澄乃が店長業務で不在の場合は、彼らに任せる形だ。
 ちなみに朝食は一食200円、牛乳、コーヒー、紅茶はお代わり自由。なかなかに格安だ。

「おはよう、二人とも」
「おはよー」

 トーストとオムレツ、サラダの乗ったプレートを手に二人で席を探すと、先に食事を取っていたシフェールとパスティータが声をかけてきた。
 部屋番号はシフェールが303号室、パスティータが305号室だ。

「おはようシフェール、パスティータ。先に来ていたのか?」
「あぁ、つい数分前だがな。二人も座るといい」

 シフェールが隣の空いている席を示す。僕とエティは促されるまま二人の隣に腰を下ろした。

「三人とも、昨日は大変だったんだってね、お疲れさまー」

 パスティータが牛乳を飲み干し、苦笑してみせる。彼女は昨日は休みだったため、一人だけ昨日の現場にいなかったわけだが、それでも話は伝わっているらしい。

「本当に昨日は忙しかった……居酒屋ってあんなに忙しいんだな……」
「世界各地の酒場を見てきたが、あそこまで人入りの多い酒場も、私達の世界にはなかなかないだろうな……」
「パスティータは明日が初日でしょ、頑張ってね……」

 げっそりした表情でぼやく三人に、震えあがるパスティータ。健闘を祈るしかない。

「そういえば僕は明日が研修なんだけど、研修ってどんな感じだったんだ?」

 サラダをフォークで突きながら、僕はシフェールに問いかけた。月曜日は僕が研修の日なのだ。
 シフェールはトーストにイチゴジャムを塗りつつ、何度か頷いて見せる。

「そんなに特別なことをやったわけではないな。よく出る料理の作り方、お酒の注ぎ方、接客の仕方などが中心だ……あ」
「何か?」

 ふと何かを思い出したように声を上げたシフェールに、僕は首をかしげた。そのシフェールは首を傾げつつ、ジャムを塗ったトーストをかじる。

「いや、最後の一時間ほどでな、「故郷の料理を一品作る」という課題があったんだ。最終的にジャガイモのグスターシュを作ってクリアしたんだが……」

 グスターシュとは、細切りにした野菜をフライパンに薄い円形に広げて、卵を割り落して焼いた北部地方の料理だ。
 この地球だと「ガレット」と呼ぶ料理が近いように思う。

「グスターシュか……こっちの人の受けも良ければ、店で提供してみるのもいいかもしれないな」

 サラダの野菜を咀嚼し飲み込んでから、僕は軽く宙を見上げた。
 どうせだったら僕達の世界の料理を、積極的にお店のメニューに取り入れていきたい。
 その思いは他の三人も同様な様子で、何度か頷いてくれた。

「そういえばアンバスは?」

 エティがコーヒーを飲みつつ、辺りを見回す。食堂の中に姿は見えない……アンバスは大柄だし全身が朱色の鱗に覆われているから、いやでも目立つはずなのに、だ。

「大方、まだ寝こけているんだろう。あいつも疲れているだろうしな」

 シフェールがトーストの最後の一口を口に放り込み、咀嚼した後息を吐く。相応に付き合いが長い故に、疲れたらどうなるかも把握しているのだろう。
 程なくして、全員が朝食を終えた。空になった皿と食器を返却口に返した後、パスティータが声を上げた。

「そういえば今日は皆お休みでしょ?どこか一緒に遊びに行く?」

 その言葉に、僕達三人は少しの間考え込んだ。そしてそれぞれが言うことには。

「私は服を買いに行こうと思っている」
「私は……そうね、喫茶店にでも行こうかしら」
「僕は、そうだな……午後からボウリングにでも行こうかな、とは」

 僕達の返答に、パスティータは不満げだ。

「むー、結構バラバラじゃないか……まぁいいや、それ全部やろうよ。午後からくらいでも充分できるでしょ」

 全部。服を買い、喫茶店に行き、ボウリングを、一日……いや半日ですべてやろうというのか。
 しかし新宿は様々な店、娯楽がひしめき合うように集まっている街だ。不可能ではないだろう。

「いけるね?よーし決まり!お昼前に玄関に集合ね!」

 そのままパスティータに押し切られるようにして、日曜日の予定が決まってしまった。
 やれやれ。とはいえこうして引っ張ってくれるのも、パスティータのいいところだ。今回は有り難く乗せてもらおう。


~第4話へ~
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