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第1章 追放と覚醒

第7話 着ぐるみ士、慰められる

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 支部長の執務室を出てスタッフに礼を言って、リーアが居るであろうギルド併設の酒場に行ったら、予想通り、いた。

「あ、おかえりなさーい」
「おうおう、今回は災難だったな!」

 朗らかに笑って木製のジョッキを掲げるリーアと、もう一人。これまた木製のジョッキを手にした、大柄な男性が俺に声をかけてくる。
 見ず知らずの男と一緒に酒席を共にするなんて、と言う人は言うだろうが、そんなことを気にするほどリーアは人見知りをしないだろう。
 実際、その男性の顔には覚えがあった。ヤコビニ王国内で何度か、顔を合わせたことがある。

「お気遣いどうも……えーと、イレネオさんでしたっけ?」
「おう、『地を這う熊ストリチアンテオルゾ』のな。三回顔を合わせたくらいだったが、覚えていてくれてたか」

 おぼろげな記憶を頼りに男性に問いかけると、男性――イレネオ・スカビエッティは黄色味を帯びた歯を見せながらにかっと笑った。
 Aランクパーティー「地を這う熊ストリチアンテオルゾ」は、このヤコビニ王国内で主に活動している冒険者パーティーだ。リーダーで拳闘士グラップラーのイレネオを始め、前衛職が集まった血気盛んな集団として知られている。その実はイレネオも他の面々も、明るくて気のいい連中だが。
 冒険者パーティーはCランクになるとパーティーを結成した国の外に出られるのだが、彼らはAランクになった今でもヤコビニ王国で活動し、魔物を退治している。
 どうやらリーアに、俺の話を聞かせていたらしい。ジョッキの中身をぐいと飲んだ彼女が、ぶんぶんと尻尾を振った。

「イレネオに、ジュリオの話を聞いてたの。すごいね、普通の・・・着ぐるみでもたくさんいろんな活躍してて!」
「まあ、うん。この先は、求められる活躍も桁違いになるんだろうな……ははは」

 朗らかに俺の仕事を褒め称えるリーアに、複雑な気持ちになりながら一緒のテーブルを囲む俺だ。
 今までの『普通の』着ぐるみでも、普通の着ぐるみ士なりの仕事は出来ていたし、それで十分活躍していられたのだ。俺だって伊達に「白き天剣ビアンカスパーダ」にいたわけではない。
 ただし、今のフェンリルの着ぐるみでこれまでと同様の仕事をやろうとしたら、確実に一瞬で終わってしまう・・・・・・・・・・。それだけの能力を持っている。それはそれで賞賛されるだろうが、身の丈に合っていなさそうで恐ろしい。
 乾いた笑いを零す俺の肩を、イレネオがばしっと叩いた。

「ま、今日までは今日、明日からは明日だ。心機一転、新しい仲間とやっていくんだろ? 気楽にいこうや」
「……ありがとうございます」

 俺を励ますイレネオに、そっと俺は頭を下げた。こういう時、パーティーの枠組みを超えて気楽に接してくれるのは有難い。
 そして再びジョッキの中のエールを飲み始めるイレネオに、俺はきょろきょろとあたりを伺いながら問いかけた。

「イレネオさん、『地を這う熊ストリチアンテオルゾ』の他の皆さんは?」
「あっちのテーブルで飲んでるよ、ギガントセンチピード討伐の依頼を終えたから、今日は宴会だ。呼べば来るだろうが、どうする?」

 俺の言葉に、イレネオがくいと親指で指し示したのは、ここから少し離れたところにあるテーブルだ。そこでは三人の男がエールがなみなみ注がれたジョッキを、嬉々としてつき出して合わせている。
 この位置からでも顔を判別できる。『地を這う熊ストリチアンテオルゾ』の構成メンバーだ。もちろん俺とも顔見知りである。
 口角を持ち上げるイレネオだが、俺は小さく首を振った。

「いえ、大丈夫です……絶対いじられるでしょうし」
「はっはっは、そりゃそうだ」

 俺の言葉に、彼は苦笑しながらジョッキをテーブルに置いた。俺を取り巻く今一番ホットな話題は、間違いなく「白き天剣ビアンカスパーダ」の解雇だろう。次点でリーアとのパーティー結成か。
 俺の内面を推し量るように、イレネオがバンダナを巻いた頭をぼりぼりと掻く。

「『白き天剣ビアンカスパーダ』のナタリア・デ・サンクトゥス。少しでも気に入らないことがあればパーティーメンバーをとっかえひっかえするわがまま娘。わがままに付き合わされる方は、たまったもんじゃないよな」
「……ほんとに、そうです。俺も一年と少し、あそこに在籍しましたけど、毎回彼女の顔色をうかがってて、大変でした」

 俺を慰める彼の言葉に、否定を返せない俺はうなだれるより他になかった。
 ナタリアは、勇者の称号をかさにかかってわがままを押し通してくることが、頻繁にあった。彼女と付き合いが長く、ある程度意見をすることを認められていたイバンも、ナタリアの機嫌を損ねないことを念頭に置いて動いていた。
 機嫌を損ねることがあれば、俺がされたように、即解雇である。次の町の冒険者ギルドでまた新しい人員を募るから、解雇した人間をおもんばかることもない。
 リーアにも言ったことだが、薄情なものである。
 しょぼくれる俺の肩を、イレネオが再び強く叩いた。

「ま、自分を捨てた勇者様のことなんざ、すっぱり忘れちまえ! こんな可愛い仲間が傍にいるんだからな!」
「えへへー、そうだよこんなに可愛いあたしが一緒にいてあげるんだから」

 リーアもリーアで尻尾を振りながら、俺の腕にくっついてきた。
 確かに、リーアは顔立ちも性格も可愛い。そして強い。オルニの町の人達に可愛がられるのもよく分かる。

「……ふふ、確かに」

 そんな彼女が俺の仲間になったことが、なんだか嬉しくて、つい口から笑みが漏れた。

「よーし、気持ちを切り替えるために飲むぞジュリオ! エールでいいな?」
「あ、はい。すみません」
「姉ちゃん、エール二つ追加なー!」

 俺が笑ったことに気を良くしたか、イレネオが俺の肩を抱いた。ぐっと身体を引き寄せられて驚くも、彼の言葉に同意を返す。
 実際そうだ。こんな日は、こんな夜は、飲まなきゃやっていられない。
 かくしてイレネオが酒場の中で行ったり来たりするスタッフに声を張り上げて、それを受けたスタッフが手を上げる。
 それから幾らか時間を置いて、樽から注がれたばかりのエールを満たした木のジョッキを二つ、スタッフがテーブルに置いた。

「はーい、エールお待たせー!」
「ありがとうございます」
「ありがとさん。よし、今日は飲んだくれるぞ!」

 俺とイレネオでスタッフに礼を述べてから、それぞれのジョッキの持ち手を握る。リーアも一緒になって、自分の手元のジョッキを持ち上げた。

「ジュリオ・ビアジーニとリーアちゃんの新たな門出を祝して、かんぱーい!!」
「かんぱーい!」
「乾杯……ところで今更だけどリーア、その手の中にあるそれは」
「麦茶だから大丈夫よ」

 そうして、三人でジョッキを掲げて。ジョッキを持ち上げながらリーアに視線を向けると、平然とした顔で彼女はジョッキの中を見せてきた。
 なるほど、酒場のノンアルコールの定番、麦茶だったか。それなら安心だ。
 ホッとした俺がジョッキに口を付けていると、酒場にまた一人、新たな客がやってくる。

「いらっしゃいませー。あ、ルチアーノさん、こんばんは」
「こんばんは、アーシアちゃん。今日も……おや」

 酒場に入店してきて、スタッフと親しげに会話するのは、一人の男だった。
 銀に近い髪を撫でつけて、上等そうなシャツとスラックスを身に着けている。革製の靴もよく磨かれていた。
 それだけ見ればどこかの豪商か、貴族の誰かかと思うところだが、見るからにそうではない。
 何故ならその男性、頭に三角耳を生やし・・・・・・・・・腰から尻尾を生やして・・・・・・・・・・いる・・のだ。隣にいるリーアと同じように。
 事実、入り口の方を向いたリーアが、目を見開いて驚いている。

「あれ?」
「リーア、どうした……ん?」

 そして俺が振り返り、入り口の方を見ようとした時には。
 その狼耳狼尻尾の男性は俺達のテーブルまで来ていて、リーアの頭に手を乗せながらものすごい笑顔を顔いっぱいに浮かべていた。

「私の可愛い可愛いリーア、なんでお前がこんなところで男と一緒にいるのかなー?」
「パパ!?」
「えっ」

 そして男性に触れられているリーアが発した言葉に、俺の口から思わず声が漏れた。
 リーアの父親が、この男性。

「……ってことは、えっ、フェンリル!?」

 世界最強の魔物が、人間に化けて目の前にいるという現実に、俺は俺自身の目を疑うしかなかった。
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