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第3章 邂逅と恐怖

第38話 着ぐるみ士、潜る

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 冒険者各位がなんとか立ち上がれるようになるまで、俺たち三頭は峡谷の底の様子を確認していた。
 あちこちに大穴が空き、穴の周辺の岩肌には細かくひびが入っている。足元の地面にもあちらこちらに亀裂が走り、大地が弱っているのは目に見えていた。
 予想以上に状態が悪い。このままでは峡谷の崩落や、底面の崩壊が起こってもおかしくない。

「これは……ひどいな」
「大地がすっかり枯れ果てているではないか。エフメンドのやつめ」

 人化した俺がざらついた岩肌を撫でながら零すと、小さくなって俺の肩に乗ったアンブロースも憎々し気に声を発した。
 俺の指が触れた箇所が、目の前で砂のように崩れていく。その様子を見ながら、ノーラが小さく舌を打った。

「ひどいもんでしょう? それに加えて地面をガンガン掘り進めて食らっているから、峡谷の下は穴ぼこだらけ。以前の景観は見る影もないわけ」

 そう話す彼女の瞳は悲しげだ。確かに在りし日のザンドナーイ峡谷は、ヤコビニ王国有数の絶景スポットだった。それが今では、この有り様である。これでは人目を引くことも出来ないだろう。
 アニータも力なく頭を振りながら口を開く。

「エフメンドは峡谷の地下に自ら掘った洞窟の中で、大地から湧き出す魔力を貪っています。恐らく、源泉げんせんの箇所にいると思われます」
「なるほど……これは本当に、早く何とかしないとならないですね」

 その言葉を聞いて、俺もそっと奥歯を噛んだ。
 危機感をつのらせる俺の隣で、これまた人化したリーアがアンブロースに声をかける。

「アンブロースさん、源泉って、確か大地の魔力が湧き出す中心点のことだったよね?」
「そうとも。我々神獣が住処すみかを定める際に、最も重要視するものだ。源泉から湧き出す魔力が自分の属性に適していて、かつ量が豊富なことが、我々が長く居付くのに重要だからな」

 彼女の説明に、リーアがはぇー、と気の抜ける声を上げた。まあ、彼女は生まれた時からオルネラ山にいるのだし、オルネラ山に強い源泉があることを知っているのはルングマールの方だ。意識することもそうそうないのだろう。
 この大陸の大地と大気には様々な属性の魔力が満ちており、それを体内に吸収することで冒険者や魔物はMP魔法力を回復させていくが、その魔力が特に強い場所、というのがいくつも存在する。その魔力の発生源となっている箇所が、源泉だ。
 膨大なMPを有し、種族によっては生命活動に魔法を用いることもある神獣にとって、源泉のある土地の確保は重要なことなのだ。
 ようやく立ち上がれるようになったアルフィオが、こちらに視線を向けつつ話し始める。

「はい。神獣の皆さんにとって、源泉の存在は非常に大きいです。しかし同様に、魔王陣営もその存在を重要視している。獄王イデオンが各地の神獣を自軍の配下に引き入れようとしているのは、その源泉を神獣ごと我がものにしよう、と目論もくろんでいるからです」
「その源泉を、無理やり奪い取って我がものにしているわけだからな……俺たちはここまでやれるんだぞ、とフェニックスに見せつけているのは間違いない」

 トーマスも腕を組みながら、苦々しい表情で声を発した。
 そう、今のところ、エフメンドとその上司のアニトラ、さらに言うなればその上のイデオン、いずれの目論見もこのザンドナーイ峡谷については成功しつつあるのだ。
 土地の魔力の発生源を押さえ、その土地に住む神獣の命をおびやかし、冒険者は手も足も出ない状況に陥れる。そうしてこの土地を手中に収めることが出来れば、獄王側の企みは実を結ぶことになるわけだ。
 フェニックス一家の命はかろうじて救えたものの、魔力枯渇の影響がいつ峡谷の外に及ぶかも分からない。早急に退治が必要だ。

「そうですね、進みましょう。このままだとホーデリフェさんを封じ込めたエフメンドが、ますます調子づいてしまう」
「そうよ、行きましょう。あのクソ魔獣、今日こそブチ転がしてやるわ」

 俺の言葉に、ノーラも拳を打ち合わせる。そうして俺を先頭に、峡谷の底に開いた洞窟の中で、最も深くまで続いているというものの前に立った。
 洞窟の中は掘られっぱなし、当然灯りなど設置されているはずもなく真っ暗だ。俺やリーア、アンブロースの目には、全く問題なく洞窟内部が見えているけれど、それにしたって内部はかなり広い。

「アニータさん、魔力探査マナプローブは使えているんですよね?」
「はい、こちらはスキルの範疇なので問題ありません」

 前方に目を向けたまま、俺の真後ろについているアニータに声をかける。
 捜査士サーチャーの固有スキルである魔力探査マナプローブは、非常に広範囲の空間、地中における魔力を可視化するスキルだ。汎用はんようスキルである魔力探知マナサーチより広範囲を、いっぺんに見ることが出来る。
 それを踏まえた上で、俺は立ち止まったまま後ろのアニータに振り返った。

「今現在、土地の魔力がこれだけ枯れているとなると、エフメンドの居場所を特定するのは容易だと思いますが、その認識に間違いないですか?」
「はい」

 その言葉を聞いて、アニータがすぐさまに返事を返す。
 エフメンドの居場所は魔力の有無で明確に分かる。それまでの道中の洞窟は、俺達なら問題なく進める。冒険者たちでもいくらかルートの把握は出来ているだろう。ならば、後はその目的地に向かってどんどん進んでいけばいい。
 俺の肩の上で、アンブロースがにやりと笑った。

「ああなるほど、魔力の発生源に奴が居座って魔力を貪っているなら、その発生源の魔力が探知できれば問題ないわけか」
「あたしたちは暗くても問題なく進めるし、大丈夫そうだね!」

 リーアも元気な声でうなずいた。
 全く何の障害もない、と言わんばかりの俺達を見て、ノーラが額を押さえながら小さくうめく。

「はー、魔獣種の魔物ってのはこれだから……」
「羨ましいですよねー、スキルも何も使わないで、ハイレベルな暗視が出来るんですもん」
「魔獣種の魔物の特性なんだから仕方ないだろう。いいからランタンを点けるぞ。すまないがジュリオ、先導を頼む」

 ミルカとロセーラも苦笑しながら俺達を見た。確かに、魔獣種の魔物のほとんどはスキル無しで暗視が出来る。俺の着ぐるみだって、フェンリル以外の魔獣種のそれにも暗視効果が付いているくらいだ。
 逆に言えば、人間がその能力を使おうと思ったら暗視スキルを持たないといけない。それも魔獣種の暗視相応に見るには、暗視4が必要だ。結構、習得難易度が高い。
 ともあれ、ロセーラがオイルランタンに火を点けて洞窟内を照らす。魔力枯渇が起こっているから、一般的な魔法ランタンは使えないのだ。その光を後に見ながら、俺はアニータに声をかけて歩き出した。

「分かりました。アニータさん、案内をお願いします。俺の肩に掴まってください」
「はい、よろしくお願いします」

 返事を返したアニータの左手が、俺の左肩にかかる。そうしてはぐれることのないように、俺は洞窟の中へと踏み出した。
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