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第3章 邂逅と恐怖

第39話 着ぐるみ士、闇を駆ける

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 ザンドナーイ峡谷底の洞窟の中に立ち入って、一時間が経過しただろうか。
 道中に発生した小型の魔物を蹴散らしつつ、着ぐるみの下の肌からどんどん魔力が蒸発していくような感覚を覚えながら、俺は注意深く視線を巡らせた。
 洞窟の中は岩や岩盤を避けるようにくねくねと折れ曲がっているが、ほぼ一本道だ。恐らくエフメンドは、魔力を頼りにどんどん下へ下へと掘り進め、岩などにぶつかったところは避けるようにして掘ったのだろう。
 当然中は真っ暗。空気の流れはあるから呼吸が苦しくなる感じはしないが、圧迫感はひしひしと感じる。

「だいぶ深くまで潜って来たな……」
「身体から魔力が抜ける感覚も強まってきた。いよいよだぞ」

 アンブロースが俺の肩に乗った状態で、鼻をひくつかせる。彼女にも、敵が近いことは分かるようだ。
 俺は一旦立ち止まり、後方からついてくる冒険者たちに振り返った。

「皆、大丈夫ですか?」

 振り返りつつ声をかけると、六人ともが真剣な表情で頷いた。全員、MP魔法力は空っぽだ。
 HP体力と違って、MPは枯渇したからと言って命に係わることはない。ゼロになっても平気な顔して動けるし、戦える……が、魔法による基礎能力の底上げが無くなるので、戦闘力はいくらか落ちるのだ。
 しかしそこは上位ランクの冒険者パーティー。ノーラが不敵に笑ってみせる。

「はん、誰に物を言ってるのよ?」
「MPが空になったくらいで、戦えなくなる私たちじゃないですよ」
「僕たち三人はMP切れの状況にも慣れています、問題ありません」

 ミルカも杖を持ち上げながら笑い、アルフィオも弓を手にしながら口角を持ち上げた。やはりというか、俺達だけに任せっぱなしと言うのは、彼らのプライドが許さなかったらしい。
 「七色の天弓アルコバレーノ」は調査・探索を主な仕事にするパーティーだから、長期間洞窟やダンジョンに潜り続けることも多いらしい。極限状態は慣れっこなのだそうだ。
 この中で唯一、MPが切れたら仕事が出来ない付与術士エンチャンターのロセーラが肩をすくめる。

「となると、完全な戦力外は私だけだな。だとしてもジュリオたちに何とかしてもらわないと、この状況ではエフメンドは倒せない……よろしく頼みたい」
「いつもならロセーラの付与エンチャントで能力の底上げが出来るけど、今は基礎の底上げすら出来てないからね、仕方ないわ」

 ノーラがため息をつきながら言う。彼女たちの会話を聞きながら、俺は曲がり角の手前でそっと立ち止まった。
 もうすぐ、エフメンドがいるであろう源泉の場所だ。相手が食らい切れなかった魔力が流れてくるのが、肌感覚で判る。俺のMPはこの道中で5,000ほど削られたが、まだまだ十分だ。

「分かった。俺が変化を解いて特攻をかける、リーアとアンブロースは俺に乗って、接敵のタイミングで飛び降りて変化を解いて、やつを取り囲んでくれ」
「うん」
「分かった」

 リーアとアンブロースに小声で声をかけると、彼女達も声を潜めながら返事を返す。今回の戦いは俺達三頭が主戦力にしてほぼ全戦力だ。相手が相手だし、連携を取りながら攻めないと厳しいかもしれない。
 頷いて、今度は俺の肩に手を置くアニータに目を向ける。

「アニータさんは引き続き魔力捜査マナプローブでモニタリングをお願いします。なるべくロセーラさんと一緒に後方へ……ランタンの燃料は、まだありますよね?」
「ああ、問題ない」
「よろしくお願いします」

 アニータと、ついでにロセーラにも目を向けると、彼女はオイルランタンを小さく掲げた。灯りはまだまだ煌々と灯っている。燃料切れの心配はなさそうだ。

「アルフィオさんはなるべくロセーラさんとアニータさんの傍にいてください……三人は、俺が飛び出したら追いかけて、交戦に入ってください。でもなるべく、俺やエフメンドとの距離は保ってくださいね」
「わかったわ」
「了解」

 あとはアルフィオと、前衛に出てくるであろうノーラ、ミルカ、トーマスだ。彼らも進んで戦闘に参加するつもりだが、俺の攻撃に巻き込んだりはなるべくしたくない。気をつけて立ち回ってもらう必要があるだろう。
 作戦の相談が済んで、アニータが後方に下がったところで、俺は人化を解いて魔狼の姿に戻る。その状態で人化したリーアと小さいままのアンブロースを背に乗せ、今いる位置からまっすぐ続く洞窟と、その奥に見える魔力の光を見据えた。

「……さて、と」
「ここからまっすぐ、源泉の周囲の空洞まで繋がっているね」
「おおかた、源泉を発見して考えなしに一直線に掘り進んだのであろう。そして魔力を食いやすいように周辺を掘りぬいた。好都合だ」

 リーアが確認するように口を開き、アンブロースも鼻を鳴らしながら言う。
 ありがたいことに空洞まで一直線だ。巨大なモグラの姿をしたエフメンドが後ろ足で立ち上がって、獣毛に覆われた背中をこちらに向けているのが見える。相手は源泉から溢れ出る魔力を喰らうのに夢中なようだ。これなら、奇襲を仕掛けるのは簡単だ。

「よし。行くぞ、二人とも」

 そう言って、俺はゆっくり、静かに洞窟の中を進む。冷静に距離を測りながら、エフメンドを攻撃するタイミングを計っていく。

「(距離……およそ500ライン。障害物……なし。道幅十分。これなら一息で行ける)」

 ある程度距離を詰めたところで、静かに息を整えて。俺は一気に地を蹴った。
 風が走る。魔力が流れていくのが分かる。そしてエフメンドの背中が一気に近づいて。

「『枯らす者』、覚悟ぉぉぉーっ!!」
「ッ!?」

 猛々しく吼えながら、俺はエフメンドの背中に思いっきり前脚を振り下ろした。
 爪がエフメンドの背中の肉を、深くえぐるのを感じる。

「グォォォ!!」
「っし! 二人とも、行け!」

 俺が合図するや、リーアとアンブロースが同時に飛び出し、人化と小獣化をそれぞれ解く。すぐさま、ウルフ二頭とサンダービースト一頭が、困惑する相手を取り囲んだ。
 俺たち三頭の姿を認めたエフメンドが、魔獣語で声を張り上げる。

「ぐぬ……フェンリルにウルフにサンダービーストだと!? ばかな、王国南部から貴様らが出てくるなどと言うことが!?」
「悪いな、神獣は神獣でも、俺はひとところに留まらない性質なんでね」

 顎をしゃくりながら言葉を返すと、俺の頭上のステータスを見たエフメンドが目を見張った。
 そうだろう、どこからどう見てもフェンリルの俺の頭上には、冒険者であることを示すステータスウィンドウが見えているのだから。

「そのステータス……貴様、冒険者か! 神獣を冒険者ギルドに引き入れたとはぬかったわ!」
「はん、神魔王の前例があるのにそれに思い至らないとは、随分と愚鈍だな、後虎院の直属ともあろう者が」

 驚きを露わにする彼へと、アンブロースが鼻を鳴らしながら嘲笑した。嘲りの言葉を聞いて、エフメンドの背中の毛がぶわりと逆立つ。

「おのれ……どこまでもコケにしおって! 源泉を制圧して我が魔力は莫大に膨れ上がっている、すぐにそんな減らず口を叩けなくしてやる!」

 そう吠えながら、エフメンドが鋭い爪のついた前脚を大きく振り上げる。
 追いついてきた冒険者たちも次々武器を抜いて、ここに後虎院直属の部下との戦闘が幕を開けた。
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