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第3章 邂逅と恐怖

第40話 着ぐるみ士、刈り取る

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「グォォォォ!!」
「くっ……!」
「うわ……っ!!」

 エフメンドが魔力を乗せて咆哮を放つ。音が圧力を持って身体にぶつかってくる。
 彼が本来持つ大地属性の魔力だけでなく、しこたま吸収した炎属性の魔力も上乗せされた咆哮だ。毛がひりつくような感触を感じるとともに、まるで岩壁に叩きつけられたかのような圧を感じた。
 俺でさえその場にとどまるので精一杯な威力だ。冒険者たちが無事でいられるはずはない。ノーラが、トーマスが、空間を構成する岩盤に身体をしたたかに打ち付けた。

「あぐっ!」
「ノーラ、トーマス! 大丈夫か!?」

 振り返って二人に声をかける。ミルカにも視線を向けるが、岩盤付近に位置どっていたので無事のようだ。叩きつけられた二人も、ゆっくりと立ち上がって武器を構える。

「っく、問題ない!」
「平気よ、このくらい! 『虎牙』ノーラをなめんじゃないわよ!!」

 トーマスはナイフを、ノーラは両手斧を、それぞれ構えて、再びエフメンドへと突進する。戦闘意欲もまだまだ十分らしい。
 そんなノーラに目を向けながら、エフメンドが鋭く前脚で迎え撃つ。

「ふん、威勢だけは一人前だな。今の貴様は、牙を抜かれた猫にも劣ろうものを!」
「くっ!」

 振るわれる鋭い爪。それを斧の腹で受け止めようと、ノーラが両手斧を構える。そこに俺は身をねじ込んだ。鼻先で相手の爪を弾きながら、俺は吠えた。

「ノーラ、無茶するな! 位置取りを誤ったら死ぬぞ!」
「分かってるわよ!」

 俺の言葉に憮然と返しながらも、ノーラが後退してエフメンドの側面に回り込む。
 モグラの魔獣であるエフメンドは、前方からの攻撃には殊更に強い。なにしろ地面の中をどんどん掘り進め、喰らっていく生き物だ。何があろうとも受け止める力がある。
 だからノーラ、ミルカ、トーマスの三人には、なるべく側面、および後方からの攻撃を頼んでいた。そうしてそちらに意識が向き、方向転換するその時間が、大きな隙を生む。
 ノーラとの間に割り込んだ俺へと、魔獣語でエフメンドががなり立てる。

「フェンリル、貴様も貴様だ! 貴様も魔物だろう、何故人間の冒険者をかばう!」

 そんなことを告げながら、俺に向けてもう一度前脚を突き出してくる魔獣。それを蹴り上げていなしながら、後方に飛んだ俺は唸った。
 何故だなんて。そんなこと、今更問われるまでもない。

「決まってるだろ、そんなこと……!」
「あたしたち、魔物ではあるけれど、冒険者でもあるもんね!」

 俺の横まで移動してきたリーアが、声を上げながら前に飛び出した。位置的にかち上げられた腕は当たらない。そのままエフメンドまで一直線だ。
 行ける。俺は魔力を練りながらリーアに声を飛ばした。

「リーア、そのまま大きく跳べ!」
「うん!」

 俺の声を受けてリーアがその場所から跳び上がった。顎に向かって真っすぐ飛び出す。その後ろで、俺は前脚の爪先から魔力を放った。

「万物を引き裂け、空虚なる刃! 形無き死神が命を奪う! 真空波バキュイティシュート!」
「はぁぁーっ!!」

 風魔法第六位階、真空波バキュイティシュート。空気の断裂を発生させ、急速に発生する突風の刃で対象を切り裂く魔法だ。第二位階の風刃ウインドカッターとは原理が異なるゆえに、威力も規模も大きい。
 だが、それでも。リーアを追いかけるようにして発生した風の刃は、エフメンドの全身を両断して余りある大きさだ。
 そうこうするうちにリーアの前脚がエフメンドの顎を上方向に蹴り上げる。跳ね上げられて露わになった首に、風の刃が直撃した。

「ぐわ――!!」

 飛び散る肉片、撒き散らされる血。エフメンドの首はぱっくりと割れていた。ぼたぼたと血と魔力が流れ出している。致命傷に近いだろうが、まだ息はあるようで。
 俺の魔法を見ていた冒険者たちが、呆気に取られて頭上を見ている。

「うっわ……なに、今の」
「風魔法第六位階、真空波バキュイティシュートです……それを、リーアさんがエフメンドを蹴り上げるのに合わせて……」
「えぐいな、あの威力……岩盤がぱっくり割られているじゃないか」

 彼らが視線を向けるのは、エフメンドの後方、空間を構成する岩盤だ。放たれた風の刃の延長線上に、一直線に太い割れ目が走っている。
 あの割れ目も、俺の風の刃が生じさせたものだ。俺の魔法はエフメンドの首を切り裂いてなお、あれだけの威力を持っていたのだ。
 首元を押さえながら、魔獣が呻く。

「ぐ、ぐ……!」
「ほう、ジュリオのあれに首を刈られて、まだ息があるのか。さすがは後虎院直属、というところか?」
「いや、違う……」

 感心した様子のアンブロースに、俺は首を振る。視線を向けるのはその傷口、そこから溢れ出している魔力の光だ。

「見ろよ、あの傷。火属性の魔力を傷口に集中させて、傷の周りの肉体を活性化させている」
「浅くない傷は負ったけど、それをすぐに回復させているんだね」

 俺は未だ警戒を解かないまま、後ろの足で未だ立ち続けるエフメンドを見やる。
 何も、後虎院直属の幹部だからここまで戦えているのではない。源泉を制圧し、その溢れる魔力を我が物にしているから、それによる回復で立ち続けているのだ。
 対等の立場で戦っていたら、魔力の使える量がお互い同じだったら、間違いなく俺に軍配が上がるだろう。
 自分の役目は終わったとばかりに、俺達の後方に回ってきたノーラが鼻を鳴らす。

「ジュリオが最初に負わせた爪傷もそうみたいよ。見た感じ、もう塞がってる」

 そう話す彼女の声は、何とも忌々しそうだ。自分でも力になれればと思って踏み込んだはいいものの、この旺盛な回復力。ちょっとの傷はすぐに塞がってしまうのだ。腹立たしいことだろう。
 既に喉の器官を回復させたらしいエフメンドが、口角をにぃと持ち上げた。

「ふ、は、は、そう、いうこと、だ……我の命を、か、刈り取ることなど、何人たりとも、出来は、しない……ゴホッ!」

 たどたどしくも声を発する魔獣が、咳き込んで血を吐き出す。べちゃりと地面を濡らす血を見ながら、アンブロースが呆れたように言葉を吐いた。

「血を吐きながら言うセリフではなかろうが、エフメンド」
「だが悪いな、そんな言葉程度で、俺たちは諦めたりしない」

 俺はそう告げながら、改めてエフメンドの前に立つ。
 既に勝敗はほぼ明らかだ。それでもなお、諦めないエフメンドは目を細めながら俺を見てくる。

「分からんな……何故、貴様は、そちら側に立つことを決めた? 貴様ほどの、力があれば……後虎院に名を連ねることも、容易に出来ように……」

 先程より流暢な声で喋りながら、疑問を投げてくる魔獣。
 その質問こそ、今更だ。鼻を鳴らしながら、俺はきっぱり答える。

「何でもなにも、俺は元々こちら側・・・・だからな。それに、イデオンの配下になるなんて、まっぴらごめんだ」

 俺の返答に、エフメンドが大きく目を見開く。
 彼の驚きに追い討ちをかけるように、ノーラ達が俺の後ろから顔を出した。

「残念だったわね『枯らす者』、ジュリオはあんたたちの仲間になんて、絶対ならないわ」
「今でこそ魔物ですけれど、元々は人間の冒険者でしたからね」
「そんな彼が、魔王直属組織の後虎院に、どうして入れると思う?」

 その言葉を聞いて、エフメンドの足がよろけた。僅かに後方に後ずさり、信じられないものを見るように俺を見てくる。

「何だと……!?」

 その言葉に、僅かに目を細める俺だ。
 そうだろう、これほどの能力を持つフェンリルが、元は人間だったなどと。
 しかし事実だ。どうしようもないくらいに事実だ。

「皆の言う通りだよ。俺は元々、ただの人間の冒険者だった。それがいくつかの幸運に恵まれて、こうなったってだけだ」
「馬鹿な、貴様まさか、先代の――」

 俺が一歩踏み出せば、彼は途端に慌てだす。
 先代の……ギュードリンのことだろうか? しかしその言葉を聞く理由は、俺にはない。

「おしゃべりはそこまでだ……終わりにしよう、『枯らす者』エフメンド」
「覚悟せよ、貴様はここまでだ」

 俺が、アンブロースが、リーアがその全身に風の魔力を纏った。風魔法第二位階、肉体強化の一環である速度強化ソニックアームズを発動する。

「「疾風のごとく駆け、疾風のごとく刈り取れ! 速度強化ソニックアームズ!」」
「待て、話を――」

 エフメンドが何かを叫んでいる。しかし、その声は暴風にかき消された。
 室内を駆け抜ける突風。俺達三頭が、同時に地面を蹴ることで発生したそれが、凄まじい圧力となる。

「うぉぉぉーーーっ!!」
「おぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁぁ!!」

 一つ、二つ、三つ。
 エフメンドの頭を、胸を、首を深々と斬り裂いた三本の爪痕から、大量の血と、炎属性の魔力が溢れ出す。

「あ……が……」

 そのまま瞳から色を失い、倒れていくエフメンド。その胸の傷が、爆発する。

「わっ!?」
「なんっ、これは――」

 ノーラとミルカが顔に腕をかざす。あの爆発で、彼の貪っていた魔力が解き放たれたのだろう。俺も、MP魔法力が回復し始めたのを感じる。
 『枯らす者』エフメンド、これにて討伐完了だ。

「……よし」
「これで、討伐完了、だな」
「うんっ!」

 アンブロースが、リーアが俺に顔をすり寄せる。
 冒険者たちもはっとしたように、俺に駆け寄ってきた。
 仕事は成し遂げた。これで不死鳥フェニックスの状態も良くなるだろう。俺の心は、達成感で満たされていた。
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