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第3章 邂逅と恐怖

第41話 着ぐるみ士、思い出す

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 無事に討伐が完了したら、その後は素材回収の時間だ。
 爪を抜いて、牙を抜いて。この回収した素材がエフメンド討伐の証になるし、俺達の追加報酬にもなる。
 ノーラがエフメンドの鋭い爪を引っこ抜きながら、呆れたようにぼやいた。

「全く、本当にやっちゃったわよこいつは」
「すごかったですね……ノーラさんたちの攻撃は殆ど通らなかったのに、ジュリオさんの一撃が入るたびに押し返して……たったの6発で……」

 アニータも彼女を手伝いながら、感心するように話している。
 今回、後方でモニタリングを行っていたアニータには直接の被害は及んでいないが、それでも激戦の結果と、その合間に俺たちが放った攻撃の威力は伝わっている。
 物見鳥リトルバードがこの場にいれば明細画も出力できるのだろうが、こんな地下ではしょうがない。
 人化して、エフメンドの頭に登って頭の角を抜く作業をしていた俺が、額から引っこ抜いた角を真下のノーラに向けて放る。

「仕方ないだろ、ステータスに大きな差があるんだから……ほら、これ」
「わ……!? ちょっ、投げんじゃないわよ!」

 慌てて角を受け取ったノーラが、小さくよろけた。文句を言ってくるが、こうするより他にないのだ。いちいち下に降りるのは面倒だし。
 足の爪を抜く作業をしているトーマスが、ふと額の汗を拭った。

「これだけ体躯が大きいと、素材の確保も面倒だな」
「これこそしょうがないですよー、こんな地下じゃ、物見鳥リトルバードの目も届かないでしょうし……討伐実績の証拠は多いほうがいいですから」

 ミルカもぼやくが、しかし作業の手を止めない。後ろではロセーラが回収した素材の数を確認している。皆に付与エンチャントを施しているから、作業の手も早い。
 頭の角と、口の中の牙、両手足の爪を抜いて、下に降りた俺はきょろきょろと視線を巡らせた。

「角取って、牙取って、爪取って……あとは、他にあったか?」
「バカあんた、いちばん重要なのがあるじゃないのよ」

 厳しい口調で言いながら、ノーラがエフメンドの死体の頭を持ち上げる。胸元の毛皮をかき分けると、そこには深い紫色をした石が埋め込まれていた。

「あったあった、よかったー割れてないわ」
「あー……魔王軍の証である魔石か。忘れてた」

 彼女が見つけ出し、肉体から引っこ抜いた魔石を見て、俺はぽんと手を打った。
 魔王軍に在籍している魔物には、証として魔石が埋め込まれる。この紫色をした魔石には強い魔力が宿っているため、非常に高値で取引されるのだ。
 魔石を覗き込む俺に、ノーラが不満げな声を漏らす。

「ホントよ、もー。あんた達が胸元と首元バッサリ行った時、ちょっと不安だったんだからね」
「この魔石が、回収素材の中でも最重要だからな。俺たちの討伐記録の大きな証明にも出来る」

 トーマスも彼女に同意して腕を組んだ。
 エフメンドの角や爪でも、勿論討伐したことの証拠には出来る。しかし魔石を回収できれば、間違いなく一発で証明が出来るのだ。
 ふ、と少し前のことを思い出しながら、俺は人化したリーアに声をかける。

「魔王軍の魔石……そういえば、ルングマールさんにはなかったよな、あれ」
「うん、パパは後虎院の一員じゃなかったもの」
「神魔王時代に後虎院を務めた魔狼王フェンリルは、長兄のシグヴァルド殿だぞ。まさか知らなかったわけではあるまいな」

 リーアがうなずくと、俺達の中で唯一姿を変えていないアンブロースが顎をしゃくった。
 神魔王ギュードリン時代の後虎院の構成員にも、フェンリルは居た。「北の魔狼王」と名高いシグヴァルドがそれだ。彼は今もギュードリン自治領にいて、母親のそばで暮らしているとか。
 俺たちの話を聞いていたノーラとロセーラが、感心したように眉を上げた。

「へー、噂には聞いていたけど、ジュリオがルングマールと契を結んで兄弟になったって話、本当だったんだ?」
「なるほど……ということは、そっちの彼女が、ルングマール殿の末の娘か」

 ズバッと正解を言い当ててくる二人に、俺は思わずリーアと顔を見合わせた。
 俺のことが冒険者に伝わっているのは仕方ない。話題性も大きいだろうから。しかし、リーアはなかなかそうは行かないだろう。
 それが、ここまで情報が、周知のものとして伝わっているのは予想外だった。

「そんなに、俺とリーアの噂は世の中に広まっているのか……」
「すごいね、人間の情報網」

 俺の言葉にリーアも、感心したように尻尾を振った。アルフィオが素材を、大きな麻袋の中にまとめながらうなずく。

「ヤコビニ王国の冒険者は、もう皆知っていると思いますよ。ジュリオさんがフェンリルの資格を持っていること。『白き天剣ビアンカスパーダ』を離れたことも」
「冒険者ギルドにもXランク規格外扱いの魔物として認知されているしな。魔法看板にも所在の印がついていただろう」

 トーマスも一緒になって指を振ると、それに反応をしたのはノーラだった。俺の肩を掴みながら、ぐいと顔を寄せてくる。近い。

「そうそう、それよ。あのクソ勇者のパーティーを離れたことは知っているけれど、何があったの? あんた、あいつに何を言われてもめげずにくっついて行ってたじゃない」
「あー……実はな……」

 思わず視線を逸らしながら、俺はオルニの町を出立した翌日のことを話した。
 山の中で突如クビを告げられ、パーティーを離脱したこと。その日の夜にリーアと出会い、更にはルングマールとも出会ってフェンリルの力を得たこと。
 それらの話に、冒険者六人は揃ってため息を付いていた。

「あぁ、そういうことですか……」
「グラツィアーノ帝国はたしかに、国の中心に砂漠の広がる暑い国ですけれど……随分、身勝手な放り出し方ですね」

 アルフィオが肩を落とすと、アニータも口をへの字に曲げながら零した。
 やはり、誰がどう聞いてもあの解雇の仕方はよろしくないと思うようで。よかった、俺が間違っているわけでは、いよいよ無さそうだ。
 肩を小さくすくめて、俺は話を続ける。

「俺を解雇してから、すぐに子供の相手に慣れている冒険者を雇用していたけどな。ま、俺の力が必要じゃなくなったって言うなら、いいんだよそれで」
「ふーん……?」

 あっけらかんと話す俺に、ノーラが小さく首を傾げる。少し意地悪な笑みを浮かべながら、彼女が言葉を重ねてきた。

「誰よ、あの悪名高いクソ勇者についていこうって決めた物好きは」
「A級の付与術士エンチャンターの女性だったな。マリサっていう――」
「は!?」

 俺がマリサの名前を出した途端だ。俺の肩を掴むノーラの手に、ぐっと力が入る。
 目を白黒させる俺に、彼女は大きな声を上げてきた。

「ちょっと待ってあんた、マリサってあの!? 『夜明けの星ステラデラルバ』のマリサ・ダミアーノ!?」
「え……」

 「夜明けの星ステラデラルバ」。マリサ・ダミアーノ。
 そのパーティー名を聞いて、俺は大きく目を見開いた。
 そうだ、なんであの時は気が付かなかったんだ。超有名なパーティーではないか、あそこは。

「あぁっ!?」
「何だ、急に大声を上げて」

 俺が声を上げるのを聞いて、アンブロースが眉間にしわを寄せる。リーアも不思議そうに俺の方を見てきた。

「思い出した……そうだ、あの顔どこかで見た気がしたんだ」
「えー、なになに、どうしたの?」

 額を抑える俺に、リーアが小首を傾げる。
 二人に対し、俺は俺の知る限りの、結構重大な情報を口にした。

「後虎院の一人……『闇の奏者』ドロテーアを撃破した・・・・パーティー、『夜明けの星ステラデラルバ』の一員だった冒険者だよ」
「えぇっ!?」
「何だと……!?」

 後虎院の一人を倒したパーティー、その構成員。それが今、「白き天剣ビアンカスパーダ」に所属しているという現実。
 何故、そんな事になったのか。前のパーティーはどうなったのか。
 俺とノーラが、ふと視線を合わせる。彼女の瞳にも、間違いなく疑念の色が浮かんでいた。
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