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第4章 魔王と英雄

第61話 着ぐるみ士、血華と相対する

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 顔合わせを済ませた俺たちは、ギュードリン自治区外縁の森、その結界の内側に展開していた。
 『血華けっか』のアルビダの向かってくる方角は既に特定されている。俺たちはその侵攻ルート上で、相手を迎え撃つ格好だ。
 リーアもアンブロースも本来の姿に戻って、森の一点をまっすぐに見つめている。ライニールが大剣の柄に手をかけながら、自身の後方に立つシェルトに声をかけた。

「そろそろか?」
「恐らく……アルヤン、状況は」

 シェルトも頷くと、同じく『雪中の狐ヴォルペネーヴェ』の探査士サーチャー山羊竜ゴートドラゴンのアルヤンに視線を飛ばす。
 今回はアルヤンが戦場のモニタリングを担当する。ドラゴン故に空も飛べる彼は、人間の探査士サーチャーよりも広範囲を見ることが出来るのだ。
 果たして、魔力探査を行ったアルヤンが口を開く。

「大きな魔力が急速に接近中……ああ、今しがた『門番』が破壊・・されました」

 そして発せられた現状報告に、俺はぎょっとした。肩の上でティルザがびくっと身を縮こませたのも分かる。
 「門番」を突破ではなく、破壊したというのか。リーアとアンブロースも、驚きの声を上げている。

「破壊!?」
「実体の無い『門番』を破壊するとは……相当だな」

 二人とも、信じられないと言いたげな口調だ。だがその気持ちも分かる。
 ギュードリン自治区の外縁を守る「門番」には実体がない。肉体を持たない、概念のような存在であるが故に傷つけるのは至難の業だ。それを破壊するだなんて、規格外もいいところである。
 果たして、ライニールが舌打ちをしながら話す。

「『血華』のアルビダは呪う技量に長ける。実体を持たない存在にこそ、あれの呪いは効果を発揮するってわけだ」
「あれの体液、血液は様々な呪いに満ちています。自らを傷つけ、体液を撒き散らして広範囲の地を呪うことも得意とする。悪辣なやり方ですが、効果は絶大です」

 続いてシェルトも忌々しそうに言った。
 『血華けっか』のアルビダは夜魔ナイトゴーントで、呪いの技量に長けている。敵対する相手どころか大地そのものも呪うことができ、ともすれば人間界を呪いで染め上げることも出来る、恐ろしい相手だ。
 シェルトが顔を上げて、頭上のアルヤンに呼びかける。

「アルヤン」
「はい……森の一部が濃密に呪われています・・・・・・・。倒したとして、解呪には時間が掛かるでしょう」

 アルヤンの言葉にも、悔しそうな色が見て取れた。探査士サーチャーの彼には、視覚化された呪いが見えているはずだ。きっと、おぞましい物が見えているんだろう。
 ライニールがまたも舌打ちをしながら、地面の下草を蹴り飛ばした。

「くそっ、アルビダの野郎め。俺らの森になんてことをしてくれる」
「そうとも旦那、こんなことをしやがった報いは受けてもらわねえと」

 『岩石の翼アリディロッキア』の重装兵ガードの一人、竜人ドラゴヒューマンのディルクが気炎を上げる。愛する故郷を傷つけられた怒りか、『岩石の翼アリディロッキア』の面々は全員が怒りをあらわにしていた。
 竜人ドラゴヒューマンたちが口々に怒声を上げ、アルビダへの怒りを表明する中、勇者マルヨレインもだしだしと地面を強く踏みしめていた。

「うん、おばあちゃんの大事にしている森を傷つけるなんて許せないんだから! 皆、頑張ろうね!」
「マルヨレイン、気持ちは分かるが、先走ってはいけないですよ」
「そうです。貴女はいつも無理に飛び出して怪我をするんですから」

 パーティーリーダーのその様子に、『砂色の兎コニーリョサビア』の治癒士ヒーラー、ハトの鳥人バードヒューマンヘリーが言うと、魔法使いソーサラー火精ファイアスピリットイェットも口をそろえて言った。
 二人の仲間の言葉に、マルヨレインは頬をふくらませる。

「でも、今回はフェンリルさんが一緒にいるんだよ? 勇者として、ちょっとは活躍しないといけないじゃん!」
「あの、それは勿論そうなんですけど」

 そこに俺は、おずおずと口を挟んでいく。
 マルヨレインだけではなく、ライニールもシェルトも、俺への信頼には驚くものがある。ステータス的には俺は確実に格上なのだし、そこは別に、今更どうこう言うことでもない。
 だが、俺はまだ魔狼形態にはなっていないし、俺の前には何人もの魔物が、壁を作るようにして立っているのだ。完全に、後衛として・・・・・守られる位置関係だ。

「いいんですか、何なら俺、もうちょっと積極的に前に出ますけれど」

 今回の作戦は、『岩石の翼アリディロッキア』の4人、『雪中の狐ヴォルペネーヴェ』の重装兵ガードのフレーデリック、マルヨレインが前衛に立ち、俺とリーア、アンブロース、ティルザ、シェルトがその後ろ・・・・
 そのさらに後ろに『雪中の狐ヴォルペネーヴェ』や『砂色の兎コニーリョサビア』の弓使いアーチャー魔法使いソーサラー治癒士ヒーラー付与術士エンチャンターが位置し、上空でアルヤンがモニタリングする布陣だ。
 本当なら、最大戦力である俺が一番柔軟に動けるように、俺を前衛に持ってくるのが一番いいと思うのだが、それはよくない、とライニールとシェルトから止められたのだ。

「いいや、ジュリオ殿は後方から魔法をバカスカ撃ちまくってくれ。前衛は俺たち『岩石の翼アリディロッキア』が請け負う」
「ビアジーニ殿やリーア嬢に前に出ていただく時、それはライニール殿やマルヨレイン殿が呪いを浴びて戦えなくなった時です。そうなることがないよう、私も全力を尽くします」

 ライニールとシェルトが重ねて言ってくる。そうなると、俺も反論は出来ない。
 確かに俺が真っ先に飛び出して、アルビダに呪われて使い物にならなくなる、という事態は避けたいことだ。なら、遠距離から魔法で攻撃していくのがいいだろう。
 と、だん、と地面を踏み鳴らす音が聞こえた。マルヨレインが一歩、足を前に踏み出してから言う。

「皆、来たよ」

 その言葉に、全員が武器を抜き、魔力を溜め始めた。果たして前方から、薄汚いローブに身を包んだ、顔が隠れて見えない生き物がゆらゆらと、身体を揺らしながらこちらに近づいてくる。
 あれが、後虎院の一人、『血華』のアルビダ・ヘーフェルスだ。

「ああ、ああ、ああ!! 忌々しいギュードリンの愛し子たちめ、よくも私のアウフステュスを殺したな!!」

 地の底から響くような、ぞわりと背筋の寒くなる声を上げて、アルビダが怒りを表明する。足があるのか無いのか、ローブに隠れて見えないが、その足元の地面や下草が、みるみるうちに黒く変色しているのが見えた。

「ああ、ああ、お前たちが同じ魔物だからといって、私は一片の慈悲もくれてはやらない!! 全て、全て、この森もろとも私の呪いに沈めてやる!!」

 怒りとともに、呪いの声を撒き散らすアルビダ。その声だけで、頭上の木々の葉が枯れて、朽ちて、はらはらと落下してくる。
 その落ちてきた葉を踏み砕きながら、マルヨレインが力強く声を上げた。

「ハッ、やってみなさいよ! あんたが身体中の血を吐き出しきっても、自治区どころかこの場所以外のどこも、呪ったりなんて出来ないんだから!」
「アルビダ、この森がてめえの墓標だ! 俺たちギュードリン自治区支部の冒険者の力を、侮るんじゃねぇぞ!」

 ライニールも大剣の切っ先をアルビダに向けて吠える。他の魔物たちも次々に、威勢のいい声を上げてアルビダへと力を示した。
 その魔物たちの集団をぐるりと見ながら、アルビダが枯れ枝のような両腕を天へと掲げて言う。

「ああ、ああ、蛮勇とはこのことだ!! たったの17匹・・・で私を殺す!? 後虎院がなめられたものだ!!」

 その言葉で、地面が、大気がビリビリと震えた。
 アルビダの言葉はある意味で正しいだろう。後虎院の一員をたったの・・・・4パーティーで迎え撃つなど、無茶もいいところだ。後虎院としては飛び抜けて弱い、と言われていた『闇の奏者』ドロテーア相手でも、5パーティーを要してやっと、という形だったのに。
 だが、ここにいるのはいずれも一人が十人にも値する強者たちだ。加えて、俺という無視できない存在がいる。
 ざ、と俺の足が枯れ葉を踏んだ。

「『血華』のアルビダ・ヘーフェルス。お前は人間の……いや、この世界の敵だ。お前の呪いが世界に撒き散らされる前に、お前の存在ごと、俺たちが消し去ってやる」
「む……!?」

 そして、俺の言葉を聞きつけたアルビダの目が、俺に留まる。魔物たちの居並ぶ中で唯一人、着ぐるみに身を包んだ俺に。
 それをどう見たか。俺の簡易ステータスを見てどう思ったか。今まで以上の怒りをあらわにしてアルビダががなり立てた。

「吠えるな、紛い物の・・・・魔狼王フェンリル風情が!!」
「っ……!」

 だが、その言葉が俺の着火剤になる。紛い物、だなんて言われたら俺も黙ってはいられない。
 歯を噛み締め、右手をぐっと握り込む。風の魔力が練り上げられ、アルビダの足元の草が爆発するように舞い上がった。無詠唱の風魔法第三位階、暴風テンペスト。初級クラスの魔法までなら、俺の力でも無詠唱でなんとか形には出来る。
 果たして、急に足元で爆発が起きたことにアルビダがおののく。

「ぐぉっ!?」
「今です、結界展開!!」
「ジュリオ殿の攻撃に続け!!」

 それが戦いの始まりを告げた。シェルトが魔法発動の指示を出し、ライニールが地面を蹴ってアルビダに斬りかかっていく。
 こうして、後虎院の一員を相手取った魔物と魔物の戦いが、人知れず幕を開けたのだった。
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