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しおりを挟むできるだけ人のいないところを求めて移動したカトリーナは、夜風の冷たさなど気にもならなかった。頭の中がこんなにも混乱に陥ったのは初めてで、感じたことのない知らないものが胸の辺りに込み上げてくる。
私の前でいつも笑顔でいたレジスの裏の顔。それを目の当たりにしてしまったいま、彼とまともに向き合える気がしなかった。
「ふ、うっ……」
いけないとは分かっていても涙がこぼれ落ちる。化粧が落ちてしまうのにと慌てて目元をハンカチで押さえたけれど、それでも止まってくれない。
運命だと信じていた。呑気にも愛されていると信じて疑わなかった。なにより悲しかったのは私の純粋に彼を慕う気持ちを都合のいいものと利用されていたことだ。
こんなことなら彼に心を奪われたときに手ひどい言葉で振られた方がよほどマシだったとすら思う。そうであれば悲しみはしただろうけれど、こんなにも苦しむことはなかったのに。
急いでここへ逃げ込んだせいかせっかく治療した靴擦れがまた新しく出来て血を流している。もう治す気にもなれなくてその場にうずくまったとき、頭上から声が聞こえた。
「大丈夫ですか。気分がすぐれないなら人を呼びますが」
男性の声だった。優しい色のそれは温かさも含んでいて、けれど私は顔を上げられない。こんな涙に濡れた情けない顔を晒せなかった。
「大丈夫です」
しかし声色で泣いていたのが分かったのだろう、しばらくの沈黙のあとに男性は風上に立った。
「ここは冷えますね。上着を貸したいところだが……見知らぬ男の服など着たくはないでしょうから、風を遮る壁にくらいはなります」
放ってどこかへ行ってくれてもいいのに、その人は本当に私の風除けになりそこに立っていた。しばらくすると落ち着いてゆっくり顔を上げる。いつまでもこうしてはいられないし、話が終わればレジスは先ほど私がいたテラスまで戻ってくるだろう。
のろのろと視線をあげる。白の服に金の刺繍、どこの貴族だろうと顔を見て──絶句した。
「おや。どこのご令嬢かと思えば……久しぶりだね、カトリーナ嬢」
「お、王子殿下……っ!」
まさかそこにいたのが恋人の兄、ルシウスだとは思いもしなかった。慌てて立ち上がり頭を下げる。
「申し訳ございません……!まさか殿下とは思わず……」
「堅苦しいのはやめてくれ、知った仲だろう」
そうはいってもたった数度、神殿で顔を合わせたことがある程度だ。彼のもてなしは全て神官が行ったし私は最初に名乗って頭を下げただけ。
「そうか、今夜はレジスと共にパーティーに参加すると言っていたな。面倒でこんなにも遅刻してきたが、こんなにも美しい君を見られるのならもっと早くに来ればよかったな」
相変わらず軽口を叩くルシウスは周りを見渡し、誰もいないことを確認してから私の肩に上着をかけた。
「見知らぬ男じゃないから預かってくれ。ここは冷えただろう、おいで。その顔で中には戻れないだろう?レジスを呼んだほうがいいならそうするが……」
「やめてください!」
私が一人で泣いていた理由が彼であることは何となく察していたのだろうルシウスは分かっていると言いたげに緩く頷いた。
「侍女に控え室に案内させる。知り合いに見られそうになったらこの上着で顔を隠せばいい。何があったのか分からないが──弟が悪かった」
ぽんっと頭を撫でた殿下の優しさに、私はまた涙がこぼれそうになった。
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