夫に離縁が切り出せません

えんどう

文字の大きさ
1 / 56
本編

しおりを挟む


 私──カレンが今の夫であるシーク・ラストハート公爵に初めて抱いたのは期待だった。
 若い令嬢の憧れの的であった彼の、政略的なものではあるが婚約者候補となったことに、私は少なからず期待と希望を抱いていた。
 初めての顔合わせの日に彼が言ったのはたった一言。
「シーク・ラストハートだ」
 その名前だけ。それだけを言って、残りの時間を彼はひたすら無言で過ごした。
 私がどんな話題を投げても答えることはなく、面倒臭そうに目を背けただけだった。仕方がないので一人でひたすらに話していたけれど、ついに別れの挨拶まで彼は言葉を発しなかった。
 恐らく私が気に入らなかったのだろう、破談になると思った話は何故か続行され、気が付けば婚約者となり、気が付けば夫婦になっていたのだが。


「おかえりなさいませ、旦那様」
 どんなに遅くなっても出迎える私に、彼はただいまの一言もない。結婚して半年も経てば、もう諦めてしまった。何にも期待をしなくなった。
 こんな時間まで何をしていたかなんて容易に想像がつく。大方はと会っていたのだろう。いっそ泊まってきてくれたら出迎えずに済むのに、なんて考えてしまう。
「お食事の用意が出来ておりますのでどうぞ。申し訳ありませんが私は先に休みます。おやすみなさいませ」
 最後に声を聞いたのは半年前の挙式の挨拶の言葉。最後に会話を求めたのは四ヶ月前。最後に共に食事をしたのは三ヶ月前。最後に身体を重ねたのは二ヶ月前で、愛人がいたことを知ったのはつい先月のことだった。
 別に愛人がいるのは貴族の間では普通だし、殆どが政略結婚の私たちが夫婦仲良いことなど滅多にない。
 だから別に愛人がいるのは構わないけれど、それならせめて自己申告しておくべきだろうとカレンは思った。既に心を通わせる相手がいるのなら不必要な会話はしなくて良いのに、と。
 カレンは愛人がいたわけではないが、別にシークを愛しているわけでもない。
 外に愛人を作ろうが夫として、公爵としてあるべき立ち振る舞いをしてくれるのならばカレンが口を出すことはない。

 シークが日に日に帰る時間が遅くなり、度々何も言わずに外泊するようになった頃、カレンの妊娠が判明した。

 カレンは喜んだ。
 もしこの子が男ならば、私はようやくこの息の詰まる生活から逃れられるのか──と。
 後継さえ産んでしまえば私は社交以外に不要になる。その社交も別に私でなくとも出来る。言い方は悪いが別に愛してもいない人の子供を手放すのを惜しいとは思えない。それならばいっそ離縁をしてしまい、後妻として愛人を嫁がせれば良いのではと考えたのだ。
 そうと決まれば善は急げ、早速離縁届を取り寄せた私は出産の日を心待ちにしていた。

 そして迎えたその日、私は出血多量で死の淵を彷徨った。

 目を覚ませば、そこには。
「カレンっ…!よかった、よかった…!」
 真っ赤な目から流した涙で顔をぐちゃぐちゃにした、無口で無表情なはずの夫が、何故か私の手を握って泣いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします… ⬜︎小説家になろう様にも掲載しております

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...