夫に離縁が切り出せません

えんどう

文字の大きさ
17 / 56
本編

17

しおりを挟む


「お前はアレクと結婚し、一族の繁栄を支えるのだ」
 それが幼い頃からの父の口癖だった。縁者でまた縁を組み、血をより強固なものに。それは二代前の当主が異国の女に入れ込んでいたことからの危機感とも言うが、私たちは幼い頃からとにかく一緒にいた。
 けれど彼は伯爵家の子息とは思えないような言動を繰り返した。俗世間の話題に夢中になり、早々に女遊びを覚えたほどだ。
「いい加減にした方が良いのではなくて?おじ様がとてもお怒りだと聞いたわ」
 アレクが色んなことを仕出かしても怒られなかった理由は沢山あるが、一番大きな要因は彼がとにかく優秀であったことだろう。
 学園に通えば右に出る者はなく、神童と言われた王族の方々を押し退ける勢いだった。頭は良く回り口も立つ、そんな彼に別の可能性を見出した彼の父であるおじ様は、私との縁談話を無かったことにした。
 もっと高位の良い縁談が舞い込んできたのだろうことはすぐに分かった。お父様はお怒りだったけれど、私はそのすぐ下のアレクの弟であるステューとまた縁談を組むことで勝手に話が付いていたのだ。なのに。
「俺、カレンと結婚しないでいいならこの家出るわ」
 久しぶりに私に会いにきた彼はふとそんなことを言った。私は「は?」と自分の耳を疑い、つい令嬢としてあるまじき発言をした。
「俺がこの家に縛られてたのってお前のことがあるからだし。それがないなら、もういいだろ」
 
 次の日、彼はおじ様と勝手に絶縁して家を出た。要はおじ様の承認がないのに、勝手に籍を抜けたのだ。

 おじ様は怒り狂って彼を探したが、一足遅く彼は国外へと逃亡していた。
 私は驚きや何やで良く覚えていないけれど、ただ後悔していた。
 ずっと旅に出たいと言っていた言葉は冗談ではなくて、そんな自由を思い描いていた彼を私が引き留めてしまっていた。
 私のせいで彼はずっと自由になれなかった、そんなことにも気付けなかった私。
 そして彼が居なくなって初めて、私は気付いた。彼以外に心開ける者も居なければ、私を気にかけてくれる者もいない。私の全てはアレクで回っていて、もう、そんな彼はここにはいない。
 彼が何も言わずに去ったのは、どうしてだろう。勿論別れを告げる時間など無かったのだろうけれど、何故か、心が痛んだ。心苦しくて堪らなかった。
 ただ何もせずに放心ばかりをしていた私に、ある日無地の封筒が届いた。差出人の名前は無かったために危険なものではないかとお父様に見せられる予定だったが、私の名前が書いていたからとメイドが内緒で持ってきてくれたものだった。
 中には一枚、目を奪われるほど綺麗な絵葉書に一言。
[お前も自由になれ]
 それがアレクからであるというのは、嫌という程一緒にいたせいで見慣れた筆跡で分かった。
 彼はしがらみから抜け出したのだ。全てを捨てて、それでも自分の一番大切なものを守り抜いた。私は全てを家のためだと、自分の意思など持ったこともなかったのに。

「お父様、ステューとの縁談は無いことにして下さい」
 それが私の初めての父への反抗だった。
 父は怒るでもなく、ただちらりとこちらを見て、また卓上に視線を戻した。
「理由は?」
「──アレクに捨てられた上に今度はその弟と結婚なんて、何が好きで、そんなことをする必要が?一度目はお父様の言う通りにしました。二度目の結婚相手は、自分で決めます」
 叩かれることも予想した。けれど、家の言いなりになれと迫られていたアレクが逃亡したことを父も頭の隅に置いていたのだろう、長い沈黙の後に彼は小さく「わかった」と言った。
「だが半端な家の者は許さん。それからお前に来た縁談をはねのける事も無い」
「…承知しました。ありがとうございます」
 それが、私の人生の大半。

 思えばあの頃、私は自分の生活に彼がいることが当たり前だった。

 私はもしかすると、そういう意味で、彼のことを好き──いや、それ以上に愛していたのかもしれない。

 まぁ、今となってはもうどうでもいい話だけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...