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本編
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しおりを挟む「これは美味しいな」
平日の昼下がり、陛下の体調が優れないだとかで会議が無くなり仕事が無くなったと、早くに帰宅したシークは私の向かいに座りながら茶を飲んだ。
今日のものはアレクから貰ったもので作るように言っていた。別に何か理由があるわけでもないけれど、彼がこんなに早くに帰宅すると知っていたら頼まなかったのに、なんて考えてしまう。
「今度から俺にもこれで淹れてくれ」
カップに注いだメイドはシークの言葉に戸惑ったような視線をこちらに投げかけた。私が知人から分けてもらったと渡したのを知っているのだろう。
「…旦那様、そういえば今度、ディオラート公爵邸の方で夜会を開くのだとか」
「あぁ、そうだ。あの方には仕事のことでよく世話になっているし挨拶も兼ねて行かなければならない。すまないが支度だけしておいてくれ」
思い出したように頷いた夫にうまく話をそらせたとホッとしてしまう。どうやら彼はアレクを良く思っていないようだから、アレクから頂いたものだなんて言わない方が良いだろう。
「ドレスを新しく作らせよう、仕立て屋を呼んでおく」
「まだ袖を通していないものが」
「愛しい妻に贈り物をする機会などこんな時しかないだろう?宝石商も呼んでおくから、適当に俺の分も見繕っておいてくれないか」
自分の分もと言われては断ることなどできない。それを見越した上で言ったのだろう、頭の回ることだ。
「…承知致しました」
昔、私がまだ結婚に夢を馳せていた時に欲しかったもの。
自分だけのドレスでも、世界にまたとない宝石でもない。
たった一つ、私を私個人として尊重してくれる言葉だけだ。そしてそれをくれるのは、きっと、ずっと、一人だけ。
だから私は離れられない。私が妹にするにはあまりに距離が近く面倒な存在でも、自覚があってもアレクを手放すことが出来ないのは、私の、甘えだ。
「おぉ、とてもよくお似合いになられております!」
宝石商の調子のいい声に、そう、と冷たく返してしまう。宝石ならばたくさん持っているし、ただ公爵邸の小規模でやるという夜会に張り切ってジャラジャラと付けていくものでもない。
精々ネックレスくらいだろうかと並べられたそれらに目を向けていると、宝石商の男が首を傾げた。
「奥様、そのブレスレットは…?」
「…え?あぁ、これ…」
アレクから貰った土産を付けたのは、ただ今日のスカートの色に合うと思ったからだが。
「頂き物なの。土産だとかで」
「もしやオルカ王国では?」
「──よく分かったわね」
驚いて彼の顔を見れば、先ほどと打って変わってキラキラとした瞳をこちらに向けた。
「オルカ王国でしか取れない、それもあちらでも希少なラピルという宝石をあしらったものですね!」
「……え?」
「この宝石欲しさに何億と出す者までいるだとか。入手するのだって困難でしょうに、それを奥様にお渡しになるとは愛されておられるのですね!」
恐らくこの男はこれがシークからの贈り物だとでも思ったのだろう。でなければ普通、夫以外が贈ったものなど身には付けないし、女同士でブレスレットを送り合うなんてまずない。
けれどこれは特別だ。私の心の均衡を保つために必要な、何やりも大切なものだ。
「…そうね…」
どれだけ迷惑をかけてもきっとアレクは怒らない。だから、私はそれに甘え続ける。
「私にとっても、何よりも、大切な人だわ…」
アレクをそういう目で見たことはない。それでも彼と結婚できたらどれほど良かっただろうと思うのは、自由に魅せられたからだろうか。
ブレスレットを眺め微笑んでいたのを、まさか書類を取りに一時屋敷へ戻っていた夫が見ていたことに、カレンが気付くことはなかった。
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