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本編
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しおりを挟むくすんだ色の鍵を少し持ち上げてカレンは窓から外を見た。
庭では昔から仕えているという庭師が、正面玄関ではメイドたちが掃除をしている。
「まま」
ふと声がして振り返ってみれば、ゼノが立ってこちらをじっと見つめていた。
「…ゼノ」
手を伸ばせば駆け寄ってきた彼がにこにこと笑みを浮かべる。
柔らかいその頰に触れた時に胸にムズムズと湧いてくる変な感情はなんだろう。分からないけれど、不快ではない。
もうすぐゼノは二歳になる。
それはつまり私が離縁する予定だった日から、二年が、経とうとしていた。
「奥様、お出かけですか?」
メイドが見ていないうちにさっさと馬車に乗り込もうとしたけれど、どうやら見つかってしまったらしい。
「…えぇ、少し。すぐに戻るわ」
「どちらへお越しですか?」
彼女たちが私の動向を知るのは仕事だし当たり前のことだと分かっていても煩わしく思ってしまう。完璧なセキュリティのこの屋敷に抜け穴など無いから正面突破するしかないのだが。
「昔から馴染みのある人と会うの。遅くはならないから安心して、旦那様にも言わなくて良いわ」
「…かしこまりました」
旦那様に言わなくて良い、その一言をどう受け取ったのかは知らないけれど深掘りしてこないメイドに有り難さを感じる。
「共をお付けしましょうか」
「いいえ、大丈夫よ。本当にすぐに戻るから」
それだけ言って私は馬車に乗り込む。以前とは違う場所で待機してもらった方が良いだろう。
「アーリア通りまで出て頂戴。いつもの一本中の路地に入ってね」
「かしこまりました」
どうせ夫は今は仕事中だ、前のように寝落ちて遅くでもならない限り来ることはない。
そんなことを思い、私は久しぶりにアレクに会うために馬車に揺られた。
(…今の人、どこかで)
なんとなく気にかかったのは、馬車から降りてアレクの住むアパートを訪ねた時のことだった。
どうやら私より先に彼の部屋の前にいたのに、私に気付くなりさっさとどこかへ行ってしまった。訝しげに思いながらも部屋の扉をもらった合鍵で開ければ、嗅ぎ慣れない紅茶の匂いがふと鼻に付く。
「アレク」
「──カレン。随分早かったな」
久しぶりに見た彼に笑みを浮かべながら部屋の扉をしっかりと閉める。
「外に誰かいたわ。お友達でもきていたの?」
「いや?誰も来てないし、家まで来るような友達なんかいないが」
「…そう?」
ならば誰だったのだろう。階段を上がった時、確かにアレクの部屋の前にいたのに。間違いだろうか?
「まぁいいわ、おかえりなさい」
「俺がいない間に鍵は使わなかったのか?片付いてる部屋を想像してたんだが」
「馬鹿なこと言ってるわね。来ようとはしたけれど、中々屋敷の人が目ざとくて」
今日だって少し抜け出してすぐに戻ってくる予定だったのに、抜け出す前に知られてしまった。
「お疲れさん。ほら、土産」
「あら」
何かしら、と小包を開けてみれば綺麗な赤の宝石が埋め込まれたブレスレットが出てきた。
「綺麗!」
私の好みの核心を得ているその土産に目を輝かせれば、彼はそうだろうと笑った。
「お前は絶対喜ぶと思った」
「嬉しいわ、ありがとう!」
「おう。茶は?」
「飲むわ、ありがとう」
「あっちで買ってきたヤツだ。気に入ったらお前の分も分けてやるよ」
「本当に?嬉しいわ」
彼は昔から一番の仲良しで、互いのことで知らぬことなど何も無いというほど好みも何もかもを知り合っている。
勿論紅茶はやはり私の好みで、初めから分かっていたのか彼はあらかじめ分けていた袋を渡してきた。
この時にもらった紅茶の葉が後に面倒ごとのタネになると、私は知る由も無く茶を楽しんでいた。
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