25 / 56
本編
25
しおりを挟む「奥様、お手紙が届いております」
そう言って渡された無地の封筒に私は困惑していた。アレクから旅に出るなんて話はこの間会った時にも聞いていないし、何かあったのだろうかと不安になりながらそれを受け取る。
「…ありがとう」
出来るだけいつもと同じよう冷静に手に取り、私は何でもないように部屋へ戻ろうとした時だ。
「あ、奥様!こちらも奥様宛のお手紙でございます!」
受け取る様子を見ていたらしいメイドが慌てて駆けてくる。その手に持たれたのは、見覚えのある深い青色の封筒。
「……」
どうしよう、受け取りたくない。瞬時にそう思ってしまったけれど、そんなこと言えるはずがない。
「ありがとう」
少しばかり硬い表情で受け取ったその手紙の重さったらない。差出人を見て、真っ先に思い付いたのは父への罵倒の言葉だった。
「奥様?」
様子がおかしいことに気付いたのだろう、微動だにしない私に心配そうな視線を送ってくれるメイドに笑って首を振る。
「何でもないわよ。少し部屋にいるから、何かあったら呼びに来てちょうだい」
「承知致しました」
早々に部屋へ戻った私は、まず無地の封筒を開けた。その中に入っていたものは──。
「…なにも、入っていない…」
ドクンドクンと心臓がうるさいほどに鳴る。息が詰まりそうな感覚に何とか耐えながら、私は青い封筒の封を開ける。分厚い紙の、重みのあるそれ。
「っあぁ、もう、本当に…!」
パッと見て中にこんなものが入っていたなんて、全く分からなかった。出てきた、これもやはり見覚えのある鍵。
それは紛れもなくアレクの家の鍵だった。親鍵と、普段彼が旅に出る際に私に送られてくる合鍵。
中に一枚だけ入った便箋には、私の嫌いな香水の香りも混じっていた。
「…『お前のおかげで見つけられたことには感謝しよう。だが、二度と息子に会うな』…?…はっ、馬鹿じゃないの…!?」
いつしか見た、青い便箋。それは紛れもなく、アレクの実父であるおじ様からのものだった。
いつか、彼が笑いながら言ったことがある。
「俺が親父殿に捕まったらどうする?」
いつもなら私も適当に流したのだろうけれど、彼があまりに真剣な顔をしたのと、家を出てから初めて出た『親父殿』というワードに私は驚きを隠せず、本心を隠すこともせず答えてしまった。
「貴方を助けるわ。万事、貴方の望むままに」
恥ずかしいセリフだったと思う。けれど彼は本当に嬉しそうに笑ったのだ。
「俺に何かあればきっとお前にも迷惑をかけるだろうな」
「そんなこと」
「昨日考えていたんだ。俺がお前のために残せるもの」
「…ねぇ、縁起でもないことを言わないで」
「ずっと未来ことだ。親父殿に引き戻されることもあるかもしれない、旅先で不慮の事故で死ぬかもしれない、寿命で死んでも俺はきっとお前より先に死ぬ」
「アレク」
「恐い顔をするなよ。まぁ、俺は考えていたわけだ。それで考え付いたわけ、この部屋を丸ごとお前にあげようって」
実家にいた頃彼から奪われた大切な宝物が沢山詰まった部屋。ガラクタのように見えて、彼からすれば一つ一つが宝物だった。
「だから俺に何かあれば、どういう形でもお前にこの部屋の鍵を送る。その時はお前がこの部屋を好きにしていい。物を捨てても、壊しても、何をしても。万事、お前の望みのままに」
先ほどの私の言葉を返した彼はきっと悟っていた。いつか父親が自分の居場所を突き止めることを。
「──なら、貴方がここへ戻りたい時はどうするの?無理やり、誰かにここから離されたとして」
「そうだなぁ。その時はお前に助けてもらおうか」
「なら昔のように恥ずかしがっていないで私に声をかけるべきよ。もう、勝手にいなくなるなんて許さないわ」
あの日のように突然と彼が消えた、あんな苦しみは二度と味わいたくはない。アレクは私にとって、大切な人で、兄のような人で、優しい人で、面白い人で、弱い人で、けれども強がる人。そして私にとって、誰よりも家族でいてくれて、私のことを大切にしてくれていた人。
私を大切にするあまりに自分を傷付けるのは、もう、やめて欲しかった。
「お前に迷惑がかかるかもしれないぞ」
「女は時に、守られるよりも守りたい時だってあるわ」
「…強いなぁ、なかなか、思ってたより」
「もう子供じゃないもの」
そうだな、と返した彼は、俯いたまま笑った声を出した。
けれどそれは、彼が泣いている時の仕草だ。昔から涙を悟らせないように顔を伏せ、無理に笑い声を作る。
「アレク」
「そうだな、じゃあ、お前に助けて欲しい時、俺はお前に言おう」
「…そうして頂戴」
「最も、お前に届くか分からんが」
「そんなのその自慢の頭をお使いなさい」
「手厳しい。そうだな……じゃあ、いつも通りの封筒を空っぽで届けるよ。けど、お前に迷惑をかけたいわけじゃないからな。面倒なことだったら無視しろ、俺はお前を…」
「はいはい、分かったわよ」
脅しのために勘当を見せかけて、実際に家を出たら怒りに狂って私を散々罵倒して、そのくせ手紙には息子だなんて。
遠い日の記憶を思い返して私は青い手紙をぐしゃりと握った。
80
あなたにおすすめの小説
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる