夫に離縁が切り出せません

えんどう

文字の大きさ
30 / 56
本編

30

しおりを挟む


「用が済んだのなら早く帰れ」
 迷惑だと言わんばかりのシークの言葉に、私は仕方がないと肩を竦めた。
「はい、旦那様」
 むやみやたらに王城内を歩き回るわけにもいかない。それに父がこの状態であったならおじ様もそれなりに忙しいはずだ。
(…そんな忙しい時にアレクを連れ戻したの?)
 確かにアレクに執着しているとはいえ、多忙期の高官の様子は父を見ての通りだ。普段の威厳はどこへやら、ただのどこにでもいる小汚いおっさんである。
「俺ももう仕事が終わるところだ。待っていてくれるのなら共に帰ることも出来るが」
「…私のせいで急かしてしまうのも何ですので、先に帰らせて頂きます。王子殿下、お声掛け頂きありがとうございました」
 シークと二人で帰るなんて冗談じゃない。またアレクのことに首を突っ込まれ──え?
「どうした?」
 向かいの廊下を呆然と見ていた私をシークが訝しげな表情で尋ねてくる。
 だって、見えたのだ。アレクの姿が、このいるはずのない王城で。
「…どうしてあの男が」
 ポツリとシークが呟く。どうやら私の視線を辿ったらしい。あぁやはり、彼で間違いない。何人もの者を付き従ぇ大きな扉の中に吸い込まれていくその姿に、私はすぐに向かおうと足を踏み出した。
 けれど行くことが出来なかったのは、強い力でシークが腕を引いたからだった。
「行くな」
 何を悠長なことを言っている。もしおじ様の家へ帰ってしまえばそれこそ会うことすら困難になる。特におじ様は私を嫌っているしアレクを唆す悪女とまで思っているのだ。
「離してください!」
 抵抗した私の耳元でシークが囁く。
「あそこは国王との謁見の間だ。それともなんだ、あの男が出てくるまで待つか?自分の立場を理解していないのか!君は俺の妻なんだぞ…!」
 確かに、勘当された今や平民となったアレクと関わることが良しとされていないのは分かっている。だからこそカレンは誰に言うこともなく忍んで会っていたのだ。
 けれど国王との謁見の間なんて、彼が望んだことでないのは分かる。出仕なんてしたくも無いと言った彼の笑う顔を思い出して、私はぐっと眉間に力を入れた。
「…何やら詳しいことが分かりませんが、私が中で様子を見てきましょうか?」
 不意にそんなことを言ったのは王子だった。え、と声を漏らせば、柔和な笑みで少年は謁見の間を指差す。
「確か今日の謁見の間はブラックリード伯爵からの頼みだったと父上が零していたから乗り気ではなさそうだったし、私が入っていっても特に問題はないでしょうから」
「王子、何を勝手に…」
「ですから夫人はどうぞこのまま公爵と共にお戻りを。貴女は思ったよりも溺愛されていますし、公爵は嫉妬狂いで心が狭いことで有名ですよ」
 王子の言葉に顔を上げれば、シークは否定の言葉は言わず「少しお黙りになった方がよろしいのでは」と王子を睨んだ。
「まぁ、こんなにも美しい奥方なのだからこんなに心が狭くなるのも頷けます。なにか、あの男に伝言があれば」
 頼んで良いのだろうか。けれど私があの場所でずっと待っていても、アレクと話せるとは限らない。少なくとも周りにいた男たちは護衛と言うよりは監視のようだった。
「…受け取った、とだけ、お伝え願えれば幸いです」
 お願い致します、と頭を下げたカレンに、王子は「承知した、お任せを」と頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

【完結】恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?―――激しく同意するので別れましょう

冬馬亮
恋愛
「恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?」 セシリエの婚約者、イアーゴはそう言った。 少し離れた後ろの席で、婚約者にその台詞を聞かれているとも知らずに。 ※たぶん全部で15〜20話くらいの予定です。 さくさく進みます。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

処理中です...