夫に離縁が切り出せません

えんどう

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「どうしてあの男が城にいたんだ」
 ガタガタと荒く揺れる馬車の中で、向かいに座ったシークはジロリとこちらを睨んだ。
「…そんなこと、私も知りませんわ」
 シークがどういう答えを求めていたのかは知らないけれど、そんなこと分かっていたらこんな風に気を揉むこともなかっただろう。
 それにしたって、本当に王子に任せても良いのだろうか。アレクがどういう用事で、どんな経緯で国王に謁見することになったのかは分からない。けれど少なくとも自分の意思だったなら、あんな風に屈強な男たちが周りを囲むことはないだろう。
 武術にとても秀でていた彼でも、あの体格の男をあの人数相手に逃げることなど容易ではないはずだ。
「…もしかして、私があの人に会うために城に来たとお思いですか」
 眉にぐっと力を入れた夫は「違うのか」と尋ねてくる。
「お話しした通りです。父への荷物を届けに城へ来ただけです。それに、彼を見かけたのは…」
 あまり気が進まなかったけれど来て良かったとは思う。思わぬ収穫だった。まぁ、そのせいで夫の機嫌は最悪だが。
「…本当に偶然です」
「『受け取った』と言ったな。なにを?」
「そんなに気になりますか」
「気にならねば聞いていない」
 はて、ここまで彼が私を詮索する理由は何だろう。あんなにも私に対して無関心な上にまともに話もしなかったのに、何故なにゆえそこまで気にするのだろう。
「旦那様には分からないことだと思いますわ」
 顔合わせの時に何度か話した義両親もあまり話す人たちでは無かったけれど、少なくとも夫のことを可愛がっていた。きっと愛されて育ったのだろう、私たちとは違って。
(…もしこの人が私の味方になってくれたら)
 私一人でおじ様の元からアレクを連れ出すなんて不可能だ。それはあの頃から何も変わっていなくて、だからあの頃もアレクは私に何も言わずに姿を消した。勿論おじ様は私が関わっていると思い込んで散々罵倒してきたけれど、のちに彼の元家庭教師の手が介入していたと知ってからはそちらに怒り心頭だった。
 もし、この人が私の代わりにおじ様の家へ入り込むことが出来るのならば。
「──そういえば、旦那様」
「なんだ?」
「ゼノの家庭教師の話をこの間しておりましたわね」
「あぁ、していたな」
「…私の父の弟であるおじ様が、教育の場にいたく投資していらっしゃるんです。おじ様ならばきっと素晴らしい家庭教師を見つけて下さるに違いないと思いますわ」
「そうなのか。それなら君から」
「実は私は少し前におじ様と仲違いを致しまして、旦那様が取り次いで頂けると有難いのですが。勿論、私のことは伏せて」
 何を言ってもこちらは公爵家、歳は関係なくこちらのいうことを無視するなんてことは出来ないだろう。それが跡取りになり得る子供の話ならば尚更。
 一か八かの賭けに、私は心を悟られぬようにこりと微笑んだ。
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