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本編
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しおりを挟む「門の外で騒いでいる男がいると聞いて、私が確認をしに行ったんです。勿論取次などしないつもりだったのですが、あまりにも怪我が酷かったのと、譫言でずっと奥様の名前をお呼びするもので…」
アレクを屋敷に入れたという使用人達の謝罪にカレンは首を横に振った。
「ありがとう。貴方達はもう下がって。後は私が診ますから」
頭を下げて部屋を出て行く彼女たちを見送ってカレンはベッドに横たわるアレクの額に触れる。熱くて堪らなかった。包帯に滲み出る血が、あまりにも生々しかった。
何があったの、と今すぐにでも叩き起こして聞きたいことは沢山ある。けれどそんなことを躊躇うほどの大怪我にもう何も言うことなど出来なかった。
「旦那様。お医者様を呼んで頂き、ありがとうございました」
部屋の扉の枠にもたれかかっていた彼に振り返って礼を言うと、彼はやや時間を空けてから「あぁ」と言われた。
「…先ほど、私にこの男は私にとっての何なんだとお聞きになりましたね」
「あぁ、聞いたな。俺はまだ君からその答えを聞いていないように思うが」
「もうお察しとは思いますが」
先に断りを入れたのは、話す前に謝らねばならぬことがあるからだ。
「ゼノのことに託けておじ様──ブラックリード伯爵邸に行くように言ったのは、あわよくば彼が伯爵邸にいるのかどうかを確認して欲しかったからです」
「……正直、俺はもうどうすればいいのか分からない。君に怒りをぶつけるべきなのか、この男のことを問いただすべきなのか、もう分からないんだよ」
「私は旦那様が思うよりもきっと、ずっと、最低な人間です」
目的の為ならどんな手段を使ったって厭わなかった。シークと別れるために子作りに励むことだって、その子供を産んだって。
子供を十月十日この腹のなかに宿していた間だって、私はこの屋敷を出た後どこを旅しよう、なんて呑気に考えていたくらいには清々しい屑だった。
この子供の母親になることを考えもしなかった。次の夫の再婚相手が勝手にやってくれるものだと信じて疑わなかった。
夫に愛人がいるだろう、と、それは私が理想を織り交ぜて作ったものだ。だってもしそうならば、私は罪悪感を感じずに済む。
夫が無口なままだったら良かった。未だに挨拶ひとつをすることもなく、今日あったことを話すでもなく、ただ顔を見ても何も交わさない日々が続けば、こんな風に苦しくはならなかったのだろうか。
「そんな私をまだ愛して、知りたいと、仰って頂けますか」
自分がどれほど愚かなことをしていたのか、気付いたのはゼノが初めて私のことを認識して呼んだ日だった。
「言ったはずだ。君を愛している、君のためならどんなことだってすると。それが他の男の為を思うことなら腹も立つし嫉妬もするが、知らぬうちに使われるよりは良い。どんなことを聞いたって君を愛している気持ちに嘘はない、変わることもない。だから話してくれないか」
そう言って困ったように微笑んだ彼は、あまりにも、私のようなつまらない者にはあまりに眩しすぎた。
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