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本編
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しおりを挟む「いい加減にした方が良いのではなくて?おじ様がとてもお怒りだと聞いたわ」
十六歳の夏のことだった。時間が空いたからと私の部屋に転がり込んだアレクに冷たいお茶を淹れた私は、ふとそんなことを口にした。
何のことだか言わなくとも分かったのだろう、彼はにやりと笑ってこちらを見た。
「なんだ、嫉妬か?」
「…学園中の美女に手を出したら次は下町へ。最近はあまりガラの宜しくないお友達といらっしゃるようね」
「良い奴らだぜ」
開いていた本を閉じた彼は私の淹れたカップに手を伸ばした。夏だというのに長袖を着た彼は、額から汗を流していた。
「暑いのなら上着を脱ぎなさいよ」
「いやぁ」
「…大丈夫なの?」
いつか聞いた言葉に、彼は恐ろしいほどの無表情をこちらに向けた。
「大丈夫じゃないって言ったら、どうにかなんの?」
正直ゾッとした。初めて見るその表情は、怒りのような、焦りのような、何かが確かに滲み出ていた。
この時きっと私は縋るべきだった。話してくれと、彼に向き合うべきだった。けれども私はそうはしなかった。
「確かにそうね。私には何も出来ないもの」
逃げたのだ。彼と向き合うことから、彼の事情に首を突っ込むことから、真夏でも長袖のシャツに袖を通す理由から。
「だよな。気にするな。俺は大丈夫だから」
彼は笑った。泣きそうな顔で、いつものように取ってつけたような笑みを浮かべようとして失敗したような顔で、笑った。
それを見て後悔したけれど、その時の私はやはり見て見ぬ振りをした。
たった一人の大切な人を、私は見捨てたのだ。
十七歳の夏、アレクと私の婚約が解消された。
「おい、勝手すぎるんじゃないのか!」
「──兄さんには分からないだろう。アレックスは、私の息子はカレンなどでは釣り合わん。アイツならばもっと上の、もっと素晴らしい家系に入ることも出来るだろう!」
父と叔父の言い合いを、私とアレクは呆然と見つめていた。来年には入籍だけ済ませてしまおうという話すらあったのに、こんな歳になってから婚約解消されるなんて思ってもいなかったのだ。
私たちに興味なんてなかったくせに、アレクに人並み外れた能力があると分かった途端に言い合いを始める。馬鹿馬鹿しい、と感じた。
「ちょっと待ってください、俺はカレンと婚約解消するなんて話は…」
話に割って入ったアレクを、叔父は躊躇いなく殴った。
「私のすることに反論するのか!お前は私の駒となり忠実にあれば良いのだ、余計なことを考えるな!!」
ただ一発殴っただけならまだマシだろう。だが彼は何度も何度も、アレクを殴り叩いた。
「何をなさるんですか!!」
止めて入った私を睨みつけた叔父はふんっと鼻で笑った。
「正気ですか!?自分の息子をこんなに痛めつけるなんて!!」
「何が悪い?私の息子ならば私の所有物だ。所有物をどうしようが私の勝手だろう」
その時にようやく気付いた。ある日から何年も、彼の身体に絶えなかった生傷。
彼が何年も、真夏でも長袖を着た理由。
叔父の思い通りにならないと、彼はひどい折檻を受けていたのだ。
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