うちの猫が強すぎる!

シンカワ ジュン

文字の大きさ
8 / 66
第一章 田舎娘とお猫様の日常

田舎娘は、騎士と出会う

しおりを挟む
「私は……ガルといいます。この辺りに生息していないはずの魔獣が現れたという話がゲパルドの騎士団の方まで届いたので、確認をするために私が派遣されました」

 魔族の男性……ガルさんは、とても丁寧な物腰でこの森を訪ねた理由を説明してくれたのだが、それを聞いて驚いた。まさかゲパルドの騎士様だなんて。

 ゲパルドといえば、誰もが知っている魔王国の首都だ。そこの騎士様ということは、つまり彼は、この国の超エリート集団である魔王国騎士団に所属しているのだろう。ちなみに、基本的に魔族イコール貴族だ。
 そんなエリートのはずのガルさんだが、私の目線の高さに合わせて屈んでくれるという気遣いを自然にしてくれた。私の身長は百六十インテいかない程度だから、二エルトもありそうな彼が屈むのはたぶん辛いはずだけど、体がまったくブレていないのはさすが騎士といったところか。

 私がそんなことで感心していると、ガルさんは軽く周りを見回した。何かを警戒しているみたいに見えるけど、もしかして件の魔獣を探しているのだろうか。そんな警戒しなくてもいいのに。だってその魔獣、冬ごもり前に退治できちゃってるから。

「あの……騎士様」

 すでに解決済みのことでガルさんの気を揉ませるのも申し訳なくて、私は勇気を出して声を掛ける。それに対して、ガルさんは微笑んで口を開いた。

「ガルで構いませんよ」

 とても優しい声色だ。その声を聞いただけで、ガルさんが気が長くて大らかな人が多い魔族の中でも、特に穏やかな気質なのだということが分かる。だからだろうか、彼の見た目から感じる圧迫感は、いつの間にかなくなっていた。

「ええと、それでは……ガルさん」
「はい、なんでしょう」
「その、見慣れない魔獣の件なんですけど……冬ごもり前に村の人族で退治してますし、その後も現れてないですよ」
「……なるほど」

 ガルさんはがっくりと項垂れ、はは、と乾いた声を漏らした。

「……本当に、すみません。この土地の領主にはもっと危機感を持つようにと言っておきます」
「そんな、大丈夫ですよ。なんにもなかったですし」
「そういうわけにはいきません。今回の問題を放置していて、もし住民の方に危害が及んでいたら取り返しのつかないことになっていたんですよ。これは職務の怠慢です」

 毅然と言い放ったガルさんは一瞬だけ鋭い目をしたものの、すぐに表情を和らげる。そして軽く頭を下げた。

「お嬢さん、お話しくださりありがとうございました。引き止めてすみません」
「いいえ、こちらこそ、わざわざこちらまでご足労いただいて……」

 私もすぐさま頭を下げる。前世日本人だった頃の血が騒いだ私と、ものすごく腰の低いガルさんという組み合わせがそうさせたのか、うっかりお辞儀合戦が始まってしまった。
 そんな不毛な戦いとも呼べない戦いを止めたのは、抱っこひもに包まれていたマロンの可愛い鳴き声だった。

「ミャウ」
「ん? 今の声は……」
「あ、マロン」

 ひょこ、と抱っこひもから顔を出したマロンが、もう一度にゃあ、と一鳴きする。ああもう、相変わらず最高に可愛い。……じゃなくて!

 ガルさんが驚いたように目を見開いている。そりゃそうだろう。だってこの世界、猫がいないんだもの。

「あの、お嬢さん、そちらの生き物は……?」
「こ、この子は」

 しまった、マロンのことはテスの村の人たちしか知らないんだった。領主様にも報告していないし、ガルさんになんて説明しよう。

 私は一人でわたわたと慌ててしまう。だけどマロンはそんなことなどお構いなしに、ガルさんに愛嬌を振りまき始めた。うちの子は初対面の相手にも臆さない奇跡のにゃんこなのである。

「ニャーン」
「え、えっ」

 ガルさんが本気で困惑している。マロンがどういった生き物なのか分からなくてどうしたらいいのか迷っているんだろう。
 二エルトもありそうな大男が小さな猫相手に狼狽える姿は少し滑稽だ。しかし、そんなことを考えるなんてガルさんに失礼だと思い、お詫びの気持ちを込めて私は彼に助け船を出した。

「頭を撫でて欲しいって言ってるんですよ」
「頭を撫でる?」
「ほら、こうしてあげるんです」

 ガルさんにお手本を見せるようにマロンの頭を撫でる。マロンはいつも通り気持ち良さそうに目を細めた。更にはこれもまたいつも通りゴロゴロと喉を鳴らして、もっと撫でてと言わんばかりに私の手のひらに頭を押しつけてくる。まったく、調子のいいやつめ。

「この子、こんな感じでとても懐っこいので、ぜひ撫でてあげてください」

 私とマロンのふれあいをポカンとした表情で見つめていたガルさんに、さあ、とマロンを抱き上げて差し出す。ガルさんは、その体格に見合った大きな手を恐る恐るマロンへと伸ばした。
 ガルさんの指先がマロンの耳に触れる。マロンが反射的に耳をピコピコと動かしたのを見て、ガルさんは大きな体をビクリと震わせた。

「ふふ、恐くありませんよ」
「そ、そう言われましても、このような小さな……動物、でしょうか。見るのは初めてで」

 彼は言いつつも、マロンの頭にそっと手を乗せ、慣れない手つきで撫で始めた。マロンはというと、ようやくきたかと言わんばかりにガルさんの手に頭を押しつけている。
 しばらく撫でていたガルさんだったが、どうやらもうコツを掴んだらしい。彼のあまりのテクニシャンぶりに、マロンがデロデロに溶け始めていた。

 その姿にギョッとしたのは、もちろんガルさんだ。彼は、猫好き界隈に広がる『猫は液体説』を知らないから、無理もない反応だろう。
 私は溶けてしまったマロンを抱っこし直して、ガルさんに「安心してください」と笑い掛けた。

「この子、ものすごく体が柔らかいんですよ。だから、こんな状態でも何も悪いことはないので、気にしないでください」
「そうなのですね。しかし、これは……柔らかな……」

 ガルさんは先ほどまでマロンを撫でていた自分の手を見つめ、小さく呟いている。たぶんだけど、にゃんこの魅惑のボディにメロメロになってしまったのだろう。とても良く分かる。
 マロンも満足したらしく、にゃん、と一声鳴いて私にくっ付いてきた。

「ふふ、マロンも嬉しかったみたいです」

 私の言葉を聞いて、ガルさんは安心したように息をついた。ちょっぴり緊張していたようだ。それもそうか。こんな小さな生き物、この世界では赤ちゃんくらいでしかお目に掛かれないし。

 あ、赤ちゃんといえば、魔獣の赤ちゃんは結構可愛い。だけど、まーすぐ大きくなるんだ。
 テティラビーはもふもふ毛玉だったのが凶暴な毛玉に進化するし、ベルギアルも赤ちゃんの頃のサイズのままだったらぜひともペットにしてみたいと思えるのに、こっちもやべえパワー持ちの大型魔獣になってしまう。

 魔獣を家畜化したくても彼らは自然進化した存在じゃないから、品種改良とかできないんだって。だからミルクとか卵とか、この世界では高級品の部類なんだよね。そのへんは魔王様謹製の、魔獣を隷属させる魔道具がないと生産できないからだとか。

 そんな高級品を田舎にも融通してくれるうちの領主様、のんびり屋だけどやっぱりいい人だよなぁ、なんて考えていた私の耳に、あの、というガルさんの困ったような声が届いた。いけない、いけない。騎士様が目の前にいるのに別のことを考えるなんて。
 私は慌てて「はいっ!」と返事をした。

「どうしました?」
「ああ、すみません。そちらの……あなたがマロンと呼んでいる動物なのですが、よければゲパルドの方で検査をさせてはいただけませんか?」
「え、検査ですか?」

 どうして検査が必要なんだろう。もしその検査で、マロンがとっても強いことがバレてしまったら、この子はどうなってしまうんだろう。
 そんな不安を抱いてガルさんの様子を窺っていると、彼は私を安心させるように穏やかな声で理由を説明してくれた。

「マロンちゃんはあなたにとても懐いているようですし、私も特段害意というものを感じておりません。ですが、やはり見たことのない生物ですので、万が一何かがあってはいけません」

 なので、こちらで検査をさせて欲しい、とガルさんは真摯な目で私とマロンを見つめた。
 こんなふうに男の人に見つめられることなんて、生まれてこのかた、それこそ前世に遡ってもなかったように思う。だから、正直に言って恥ずかしい。ガルさん、都会の人のオーラに溢れてる上に普通にカッコイイんだもん。

 ああでも、ガルさんみたいな男の人の口から「マロンちゃん」なんて言葉が飛び出したのは、結構意外で可愛いかったかも。
 なんて現実逃避をしても、きっと彼の申し出を断ることなんてできないのだろう。いくら魔族は大らかな人が多いからと言って、それが身分差を考慮しなくていいということにはならないからだ。

 私は小さく溜め息をついて、こくりと頷いた。

「……分かりました」
「了承いただけてよかったです。……お嬢さん、可愛がっているマロンちゃんを検査することに不安はあるでしょう。私もあなた方の不利益にならないように尽力しますので、どうか安心してください」

 ガルさんは不安を感じている私の目を見て、優しく微笑んでくれる。

 ああだめだ、やっぱりちょっと恥ずかしい。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...