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第一章 田舎娘とお猫様の日常
田舎娘は、騎士を我が家に招く
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「なあ、アイラ。どうして騎士様がうちに……?」
森で出会ったガルさんを伴って帰宅した私を見て、お父さんが困惑したように声を漏らした。その反応は無理もない。だって、こんな田舎村に騎士様が来ること自体、年に一度あるかないかくらいの出来事なんだから。
さてそろそろ、未だに目を白黒させているお父さんを現実世界に戻すためにも、どうしてガルさんを我が家に招いたのかを説明しなきゃ。
「お父さん、こちらの騎士様はガルさん。冬ごもり前に出た見慣れない魔獣がいたでしょ? その件でゲパルドから森の様子を確認しに来たんだって」
「ああ、あの時の森の異変の件で」
そうそう、と頷いたら、お父さんは納得できたらしくさっきよりも落ち着いていた。
「どうも騎士様、こんな狭い家までわざざわお越しくださって……ご満足いただけるおもてなしはできないかもしれませんが、どうぞお掛けください」
「いいえ、お構いなく」
「そう仰らずに。今日はもう日も暮れてきてますから、せめて明日の朝までは我が家で暖を取ってください。最近は温かくなってきたとはいえ、夜はまだまだ冷えますから」
お父さんは言いながら、調理スペースではない、この家で一番暖かい場所に椅子を運ぶ。そしてガルさんをそこに座るように促した。我が父親ながら、なかなかの押しの強さだ。
ガルさんは元々が優しそうな人だからか、この押しに負けて勧められた椅子に素直に腰掛けた。ただ、体格があまりにも違うせいか、椅子がおもちゃか何かと思うくらいに小さく見える。明らかに座り心地が悪そうだ。
さすがにあれは少し可哀想というか、申し訳ない。だから私は慌ててクッションを引っ張り出した。これで少しはお尻に優しくもなるだろう。
「ガルさん、このクッションを使ってください」
「これは……もしかしてマロンちゃんの形ですか?」
「はい! 自信作です! うちの椅子、座面が固いのでそれを敷いてください」
胸を張って答えれば、ガルさんは眉をへにょ、と下げながら苦笑した。
「こんな可愛らしいクッションを、私のような大男の尻で潰すのはもったいないですよ」
それに可哀想です、なんてガルさんが言う。それに対して、私もあなたに不便を強いたくないんです、と伝えた。
こうして、少し前に森で行ったお辞儀合戦みたいに、『クッションを絶対に使って欲しい私』VS『クッションを絶対に潰したくないガルさん』の仁義なき戦いが始まるかと思った矢先のこと。ストーブの前にいたマロンがガルさんの元にトコトコと歩み寄って行った。
「ニャア」
「うん? どうしたんだい、マロンちゃん」
マロンの呼び掛けにガルさんが応える。その時自然と、彼はクッションを自身の膝に置いた。それを見計らい、マロンがガルさんの膝に飛び乗る。そしてそのまま丸くなって眠り始めた。これぞザ・猫ムーブと言えよう。
「わっ、マロンちゃん!」
まるで根を張ったかのように落ち着いてしまったマロンに対して、ガルさんが困ったようにわたわたと両手を忙しなく動かした。しかし彼がどれだけ困ろうがマロンには関係ないことなので、まるで動くなと言わんばかりに、にゃっ、と短く鳴く始末。
「お、お嬢さん、こうなった場合どうしたら……?」
ガルさんが私に助けを求めてきた。
「……優しく、撫でてあげてください」
その状態になったお猫様は、この世の誰よりも偉い存在なので。
今のセリフを言った私の表情は、たぶん見事なアルカイック・スマイルだったことだろう。
図らずもマロンのお世話をお客様であるガルさんに押し付ける形になってしまったけれど、なんだかんだ嬉しそうに撫で撫でしているのでたぶんこれで良かったと思う。
お父さんはガルさんに頼まれて、冬ごもり前の森の異変について話している。私から聞くより、森の狩人から詳細を教えてもらう方が確実だろうから、それはそれでこちらもいいだろう。
さて、それじゃあ、私は夕食の準備を始めようかな。
「あ、お父さん、今日はユキハルタケがたくさん採れたから、いくつか料理に使っていい?」
「お、いいぞ。騎士様もいらっしゃっているんだから、少しでも良いものを食べていただきたいしな」
お父さんからもユキハルタケを食材として利用していいという許可をもらったので、私は早速調理に取り掛かった。
今日のメニューはユキハルタケとテティラビーのクリームシチューだ。ガルさんもいることだし、いつもよりもミルクを贅沢に使ってもお小言は言われないだろう。大事にしすぎて悪くするよりかはずっといいと思うし。
床下の保冷庫からミルク瓶を取り出しながらそんなことを思ったけれど、実はその考えは杞憂だったりする。ミルクとかの魔族の人が生産に関わる足の速い食品は、現地で保存魔法が使用されているのが大半なのだ。
なので余裕で一ヶ月とか持つ。でも元日本人なので、そのことが分かっていても早く使い切りたくなってしまうのは仕方ないだろう。そのせいでお父さんに何度叱られたことか。
……おっと、思い出に浸っている場合じゃなかった。他の食材も取り出しておかないと。
用意するのはテティラビーの生肉、シロイモとジンジン、オリヨン。あとはバターと、エルブ粉、塩、胡椒。このくらいかな。あ、あとチーズ。ベースには三日前から継ぎ足しで作っていた野菜スープを使おう。
一応、この村では料理上手で通ってるんだ。ガルさんにも美味しいと言ってもらえるようなとびきりのシチューを作らないとね。
そういえば、パンはどうしよう。今から一から作るのは確実に間に合わない。となると、昨日の朝に焼いたアレの余りしか出せないことになるけど、それはちょっと気が引ける。
こういう時、ベーキングパウダーが心底欲しくなる。あれ本当に大発明だよ。ベーキングパウダーさえあればふかふかスコーンだってちゃっちゃと焼けるのに。ゲパルドにはあったりしないかな。重曹でもいいから。
そんなことを言ってもしょうがないことは分かっているので、私はすぐに気持ちを切り替えた。現代日本の快適ぶりと今の生活を比較したって、私にはどうにもできないことなんだから。
どうせなら自称神様に便利な生活をお願いした方が良かったかな。ああでも、それだとマロンと一緒になれなかっただろうから、やっぱり今のままでいいや。不器用に生まれなかっただけでも良しとしよう。
食材を切りながら、ちらりとマロンを盗み見る。
彼女はガルさんの膝の上で、くあ、と大きなあくびをしていた。
マロンをガルさんの膝から下ろすために、先に彼女のご飯を準備した。ご飯の気配を感じたマロンはそれはもう素早く私の元にやって来た。
まったく、現金なやつめ。ガルさんがちょっとショックを受けてるじゃない。しかしこれもれっきとした猫ムーブ。私にはどうすることもできないので、心の中だけでごめんなさいと謝っておいた。
さて、マロンの気も引いたので、次は私たちの分の用意をしないと。
出来上がったシチューを綺麗に皿に盛り付けてテーブルに並べる。我ながら、なかなかにいい感じの出来映えだ。これにはガルさんも感心したように頷いているし、心なしか目がキラキラしているように見えた。どうやら彼も、多くの魔族の方の例に漏れず、美味しいものが好きらしい。
そもそも魔王国でここまで人族が増えたのって、『料理が上手だった』とかいう嘘みたいな本当の理由があるからね。
なんでも何百年も昔に神王国と戦争していた頃、労働力を確保するために奴隷として人族は連れてこられたんだって。人族は脆弱だけど、魔族に比べて繁殖力は強いし手先は器用だったから。
それで、人族は生きるために食べないといけないから魔族は彼らに食料を与えたんだけど、それがとても食べられたものじゃなかったらしいの。実は魔族の人たちって別にご飯を食べなくても生きていけるから、味にまったく頓着してなかったんだって。
美味しくない食べ物を与えられた人族のやる気はもうだだ下がり。生産性に悪影響が出始めたから、仕方なしに料理することを許可した……んだけど、今度は魔族の方が美味しいご飯にメロメロになっちゃって、それで人族の待遇がグンと向上したってわけ。
今では美味しい料理は魔族にとっての最高の嗜好品。貴族の間では、腕の良い料理人を何人抱えてるって自慢話が出るくらいなんだとか。
この話を領都の教会で初めて聞いた時、リアルに「嘘やん」って声出たからね。魔族の方たち単純すぎない? もしかして昔から結構気が長くて大らかだったの? まあ、それで人族にとって住みやすい国になっているのなら、ご先祖様グッジョブとしか言いようがない。
この国の成り立ちを思い出しながら、温め直したパンもテーブルに置いて、私はガルさんに声を掛けた。
「お待たせしました。こんな田舎料理でしかおもてなしできないですけれど、どうぞ召し上がってください」
「とても美味しそうです。ありがたくいただきます」
全員が席に着いたことを確認して、私は手を組み食前の祈りを口にした。
「日々の糧を与えてくださった魔王様に、そして我らのために命を分け与えてくれた生命に、感謝の祈りを捧げます」
最後に小声で「いただきます」という言葉も追加して、スプーンを手に取る。味に関しては悪くないという自負はあるけど、きっと美味しいものを食べ慣れているだろうガルさんの口に合うか不安だ。
私はシチューを口に運ぶ前にガルさんを盗み見る。すると、彼はどうしてだか口元に手を当てていた。やっぱり美味しくなかったのかな、と気落ちしそうになったけれど、よく見たらガルさんはまだスプーンすら持っていない。それなら、いったいどうしたのだろうか。
「ガルさん、どうしましたか? もしかして具合が悪いとか?」
心配になって声を掛けると、ガルさんはほんの少しだけ眉尻を下げて微笑んだ。
「ああ、すみません、体調はいたって良好です。ただ、少しだけ気まずくなってしまって」
「気まずく……?」
「……あ、い、いえ。ええと、そう、突然お邪魔したにも関わらず、こんなに美味しそうな食事までご馳走してくださるので、なんだか申し訳なくて」
はは、と小さな笑い声を漏らしたガルさんのその姿が、何かを必死に誤魔化しているように見えたのは、私の気のせいなのかな。
森で出会ったガルさんを伴って帰宅した私を見て、お父さんが困惑したように声を漏らした。その反応は無理もない。だって、こんな田舎村に騎士様が来ること自体、年に一度あるかないかくらいの出来事なんだから。
さてそろそろ、未だに目を白黒させているお父さんを現実世界に戻すためにも、どうしてガルさんを我が家に招いたのかを説明しなきゃ。
「お父さん、こちらの騎士様はガルさん。冬ごもり前に出た見慣れない魔獣がいたでしょ? その件でゲパルドから森の様子を確認しに来たんだって」
「ああ、あの時の森の異変の件で」
そうそう、と頷いたら、お父さんは納得できたらしくさっきよりも落ち着いていた。
「どうも騎士様、こんな狭い家までわざざわお越しくださって……ご満足いただけるおもてなしはできないかもしれませんが、どうぞお掛けください」
「いいえ、お構いなく」
「そう仰らずに。今日はもう日も暮れてきてますから、せめて明日の朝までは我が家で暖を取ってください。最近は温かくなってきたとはいえ、夜はまだまだ冷えますから」
お父さんは言いながら、調理スペースではない、この家で一番暖かい場所に椅子を運ぶ。そしてガルさんをそこに座るように促した。我が父親ながら、なかなかの押しの強さだ。
ガルさんは元々が優しそうな人だからか、この押しに負けて勧められた椅子に素直に腰掛けた。ただ、体格があまりにも違うせいか、椅子がおもちゃか何かと思うくらいに小さく見える。明らかに座り心地が悪そうだ。
さすがにあれは少し可哀想というか、申し訳ない。だから私は慌ててクッションを引っ張り出した。これで少しはお尻に優しくもなるだろう。
「ガルさん、このクッションを使ってください」
「これは……もしかしてマロンちゃんの形ですか?」
「はい! 自信作です! うちの椅子、座面が固いのでそれを敷いてください」
胸を張って答えれば、ガルさんは眉をへにょ、と下げながら苦笑した。
「こんな可愛らしいクッションを、私のような大男の尻で潰すのはもったいないですよ」
それに可哀想です、なんてガルさんが言う。それに対して、私もあなたに不便を強いたくないんです、と伝えた。
こうして、少し前に森で行ったお辞儀合戦みたいに、『クッションを絶対に使って欲しい私』VS『クッションを絶対に潰したくないガルさん』の仁義なき戦いが始まるかと思った矢先のこと。ストーブの前にいたマロンがガルさんの元にトコトコと歩み寄って行った。
「ニャア」
「うん? どうしたんだい、マロンちゃん」
マロンの呼び掛けにガルさんが応える。その時自然と、彼はクッションを自身の膝に置いた。それを見計らい、マロンがガルさんの膝に飛び乗る。そしてそのまま丸くなって眠り始めた。これぞザ・猫ムーブと言えよう。
「わっ、マロンちゃん!」
まるで根を張ったかのように落ち着いてしまったマロンに対して、ガルさんが困ったようにわたわたと両手を忙しなく動かした。しかし彼がどれだけ困ろうがマロンには関係ないことなので、まるで動くなと言わんばかりに、にゃっ、と短く鳴く始末。
「お、お嬢さん、こうなった場合どうしたら……?」
ガルさんが私に助けを求めてきた。
「……優しく、撫でてあげてください」
その状態になったお猫様は、この世の誰よりも偉い存在なので。
今のセリフを言った私の表情は、たぶん見事なアルカイック・スマイルだったことだろう。
図らずもマロンのお世話をお客様であるガルさんに押し付ける形になってしまったけれど、なんだかんだ嬉しそうに撫で撫でしているのでたぶんこれで良かったと思う。
お父さんはガルさんに頼まれて、冬ごもり前の森の異変について話している。私から聞くより、森の狩人から詳細を教えてもらう方が確実だろうから、それはそれでこちらもいいだろう。
さて、それじゃあ、私は夕食の準備を始めようかな。
「あ、お父さん、今日はユキハルタケがたくさん採れたから、いくつか料理に使っていい?」
「お、いいぞ。騎士様もいらっしゃっているんだから、少しでも良いものを食べていただきたいしな」
お父さんからもユキハルタケを食材として利用していいという許可をもらったので、私は早速調理に取り掛かった。
今日のメニューはユキハルタケとテティラビーのクリームシチューだ。ガルさんもいることだし、いつもよりもミルクを贅沢に使ってもお小言は言われないだろう。大事にしすぎて悪くするよりかはずっといいと思うし。
床下の保冷庫からミルク瓶を取り出しながらそんなことを思ったけれど、実はその考えは杞憂だったりする。ミルクとかの魔族の人が生産に関わる足の速い食品は、現地で保存魔法が使用されているのが大半なのだ。
なので余裕で一ヶ月とか持つ。でも元日本人なので、そのことが分かっていても早く使い切りたくなってしまうのは仕方ないだろう。そのせいでお父さんに何度叱られたことか。
……おっと、思い出に浸っている場合じゃなかった。他の食材も取り出しておかないと。
用意するのはテティラビーの生肉、シロイモとジンジン、オリヨン。あとはバターと、エルブ粉、塩、胡椒。このくらいかな。あ、あとチーズ。ベースには三日前から継ぎ足しで作っていた野菜スープを使おう。
一応、この村では料理上手で通ってるんだ。ガルさんにも美味しいと言ってもらえるようなとびきりのシチューを作らないとね。
そういえば、パンはどうしよう。今から一から作るのは確実に間に合わない。となると、昨日の朝に焼いたアレの余りしか出せないことになるけど、それはちょっと気が引ける。
こういう時、ベーキングパウダーが心底欲しくなる。あれ本当に大発明だよ。ベーキングパウダーさえあればふかふかスコーンだってちゃっちゃと焼けるのに。ゲパルドにはあったりしないかな。重曹でもいいから。
そんなことを言ってもしょうがないことは分かっているので、私はすぐに気持ちを切り替えた。現代日本の快適ぶりと今の生活を比較したって、私にはどうにもできないことなんだから。
どうせなら自称神様に便利な生活をお願いした方が良かったかな。ああでも、それだとマロンと一緒になれなかっただろうから、やっぱり今のままでいいや。不器用に生まれなかっただけでも良しとしよう。
食材を切りながら、ちらりとマロンを盗み見る。
彼女はガルさんの膝の上で、くあ、と大きなあくびをしていた。
マロンをガルさんの膝から下ろすために、先に彼女のご飯を準備した。ご飯の気配を感じたマロンはそれはもう素早く私の元にやって来た。
まったく、現金なやつめ。ガルさんがちょっとショックを受けてるじゃない。しかしこれもれっきとした猫ムーブ。私にはどうすることもできないので、心の中だけでごめんなさいと謝っておいた。
さて、マロンの気も引いたので、次は私たちの分の用意をしないと。
出来上がったシチューを綺麗に皿に盛り付けてテーブルに並べる。我ながら、なかなかにいい感じの出来映えだ。これにはガルさんも感心したように頷いているし、心なしか目がキラキラしているように見えた。どうやら彼も、多くの魔族の方の例に漏れず、美味しいものが好きらしい。
そもそも魔王国でここまで人族が増えたのって、『料理が上手だった』とかいう嘘みたいな本当の理由があるからね。
なんでも何百年も昔に神王国と戦争していた頃、労働力を確保するために奴隷として人族は連れてこられたんだって。人族は脆弱だけど、魔族に比べて繁殖力は強いし手先は器用だったから。
それで、人族は生きるために食べないといけないから魔族は彼らに食料を与えたんだけど、それがとても食べられたものじゃなかったらしいの。実は魔族の人たちって別にご飯を食べなくても生きていけるから、味にまったく頓着してなかったんだって。
美味しくない食べ物を与えられた人族のやる気はもうだだ下がり。生産性に悪影響が出始めたから、仕方なしに料理することを許可した……んだけど、今度は魔族の方が美味しいご飯にメロメロになっちゃって、それで人族の待遇がグンと向上したってわけ。
今では美味しい料理は魔族にとっての最高の嗜好品。貴族の間では、腕の良い料理人を何人抱えてるって自慢話が出るくらいなんだとか。
この話を領都の教会で初めて聞いた時、リアルに「嘘やん」って声出たからね。魔族の方たち単純すぎない? もしかして昔から結構気が長くて大らかだったの? まあ、それで人族にとって住みやすい国になっているのなら、ご先祖様グッジョブとしか言いようがない。
この国の成り立ちを思い出しながら、温め直したパンもテーブルに置いて、私はガルさんに声を掛けた。
「お待たせしました。こんな田舎料理でしかおもてなしできないですけれど、どうぞ召し上がってください」
「とても美味しそうです。ありがたくいただきます」
全員が席に着いたことを確認して、私は手を組み食前の祈りを口にした。
「日々の糧を与えてくださった魔王様に、そして我らのために命を分け与えてくれた生命に、感謝の祈りを捧げます」
最後に小声で「いただきます」という言葉も追加して、スプーンを手に取る。味に関しては悪くないという自負はあるけど、きっと美味しいものを食べ慣れているだろうガルさんの口に合うか不安だ。
私はシチューを口に運ぶ前にガルさんを盗み見る。すると、彼はどうしてだか口元に手を当てていた。やっぱり美味しくなかったのかな、と気落ちしそうになったけれど、よく見たらガルさんはまだスプーンすら持っていない。それなら、いったいどうしたのだろうか。
「ガルさん、どうしましたか? もしかして具合が悪いとか?」
心配になって声を掛けると、ガルさんはほんの少しだけ眉尻を下げて微笑んだ。
「ああ、すみません、体調はいたって良好です。ただ、少しだけ気まずくなってしまって」
「気まずく……?」
「……あ、い、いえ。ええと、そう、突然お邪魔したにも関わらず、こんなに美味しそうな食事までご馳走してくださるので、なんだか申し訳なくて」
はは、と小さな笑い声を漏らしたガルさんのその姿が、何かを必死に誤魔化しているように見えたのは、私の気のせいなのかな。
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