うちの猫が強すぎる!

シンカワ ジュン

文字の大きさ
10 / 66
第一章 田舎娘とお猫様の日常

田舎娘は、騎士に料理を振る舞う

しおりを挟む
「なんと……美味い……!」

 私のお手製シチューを食べて、ガルさんがやたらと感動している。嬉しいやら恥ずかしいやらで、私は頬に熱が集まるのを感じていた。

「そうでしょう、そうでしょう! 何せアイラはこの村で一番の料理上手ですから!」

 しかもお父さんまで娘自慢を始めてしまったので、余計に恥ずかしい。お願いだからお父さん、そのドヤ顔やめて! 本当に恥ずかしいから! というか、料理上手って言っても、私自身は料理のレパートリーそんなにないからね! 田舎料理くらいしか作れないよ!

 なんて心の底から叫びたくなったけど、食事の席でそんなみっともないことはできない。だからこの羞恥を耐え忍ぶだけなんだけど、なんかだんだん味が分からなくなってきた。せっかくのユキハルタケなのに。

 ちみちみとシチューを口に運ぶ私とは対照的に、ガルさんは大きな口でゴロゴロ野菜や肉、そしてユキハルタケを頬張っている。彼は体が大きいから我が家の食器が小さく見えてしまうのも仕方がない。まるで子供用の食器を使って一生懸命食事をしているみたいだ。なんだか微笑ましい。

 ちょっと失礼なことを考えてしまったが、結局何が言いたいのかというと、とても美味しそうに食べてくれているので見ているこちらとしては気分が良いということだ。

「まさか、ユキハルタケがこんなにも美味しいものだったとは……」

 ガルさんの独り言を耳ざとく聞き付けた私は、おや、と首を傾げた。

「ゲパルドではユキハルタケを食べないんですか?」
「食べませんね。採取できる地域がゲパルドの近郊にはありませんし、この茸は生では日持ちもしませんから、薬の材料として出回っているところしか見たことがありません」

 それにしても本当に美味しいですね、なんて言いながら、ガルさんはパクパクとユキハルタケを口に運ぶ。料理を喜んでもらえたのは嬉しいが、まさかユキハルタケがゲパルドでは食用にされていないなんてちょっと驚いてしまった。こんなに美味しいのに。

 だけど、それも納得できることではある。ガルさんが言う通り、ユキハルタケは傷みやすい茸なのだ。食用として流通させるにはコストが掛かりすぎるのだろう。だからすぐに乾燥させて薬の材料にするのか。そっちの方が高く売れるしね。

 でも、そっか。ユキハルタケを提供することは、ガルさんへのおもてなしとしては大正解だったのか。

「ガルさんのお口に合ったようで良かったです」
「口に合うも何も、ここまで美味しいものは久し振りに食べました。ユキハルタケが美味であることはもちろんですが、それ以上にお嬢さんの味付けが非常にお上手です。なんならうちで雇……オホンッ」

 ガルさんは何かを誤魔化すようにわざとらしい咳払いをして、今度はパンを手に取った。丸くてむっちりとしたそれを見て、彼は驚いたように声を上げる。

「わっ、こんなパンは初めて見ます。輪っか……? 結構ずっしりしていますが、これは?」
「それもうちのアイラが焼いたんですよ。なかなか美味いんで、騎士様もどうぞ」

 お父さんに勧められるまま、ガルさんはむっちりパンをちぎってパクリと口に含んだ。

「おおっ、これはなんと噛み応えのある……もちもちしているし、噛めば噛むほど味が出るというか……美味い……」
「はっはっは! そうでしょう、美味いでしょう!」

 まるで我がことのようにお父さんは喜んでいる。だんだんこの光景にも慣れてきた。それに、ガルさんが『丸くてむっちりした謎のパン』の正体を聞きたそうにしているから、もう恥ずかしいなんて言っていられない。
 私は努めて笑顔を作り、たった今ガルさんが食したパンがいったいなんなのか説明を始めた。

「このパンはベーグルっていいます。発酵させた生地を輪っか状に成形して、一度茹でてから焼くんです。酵母には森で採れたテティベリーを使ってます」
「茹でる! パンにそのような作り方があったなんて! それにしても、このふわりと香る甘い匂いは、テティベリーの酵母を使っているからだったんですね」

 ガルさんは感心したように何度も頷いてから、ベーグルをもぐもぐと食べる。本当はハムやチーズなんかを挟んで食べるともっと美味しいんだけど、それを言ったらたぶん彼を期待させてしまうのでグッと堪えた。ベーグルサンドは明日の朝の楽しみとして取っておくのだ。

 なんてことを私が考えているなんて知る由もないガルさんは、シチューもベーグルも綺麗に食べ終わってしまっていた。空の皿を見つめる彼は、一目で分かるほどにしょんぼりしている。その姿は空の餌入れを前にした大型犬のようだ。

 ……なんだか可哀想に思えてきた。もしもこれが本当にわんこ相手なら甘やかしてはいけないのだろうが、彼は立派な男性だ。体格だって大きいから、むしろシチュー一杯では物足りないだろう。

 私は小さく笑って、ガルさんに声を掛ける。

「おかわりはいかがですか?」
「……いただきます」

 私の言葉を受けて、ガルさんは空いたお皿をおずおずと差し出した。



 和やかな食事も終わり、森で採れたハーブで淹れたお茶を楽しんでいた私たち。ホッと一息ついたところでガルさんが、そうでした! と慌てて口を開いた。

「本日は森に異常が出ていた時の様子を聞き取りたくこちらに伺ったのですが、もう一つお伝えしたいことがあったのでした」
「騎士様? 伝えたいこととは、いったいなんなのでしょうか」

 お父さんがそう聞き返すと、ガルさんは私をちらりと横目で見た。

 ……あ、そうだった! 忘れてた!

「帰ってきてすぐ言えば良かった。お父さん、実はね、マロンをゲパルドで検査しなくちゃいけなくなったの」
「マロンを? なぜ?」
「その理由については私から説明します」

 ガルさんはそう言って、マロンを検査しなければいけない理由の説明を始めた。

「マロンちゃんはこの見た目の通り、魔獣でも神獣でもありません。しかしだからといって、人族の国に生息している動物にもそれらしいものがいないのです」

 この説明を聞いて、お父さんがううむと唸る。先ほどまで弛緩していた空気が、ほんの少し張り詰めたような気がした。

「私も知らない未確認の生物なので、万が一のことも考えてゲパルドにある施設でマロンちゃんを検査したいと考えています。もちろん、マロンちゃんが危険な生き物だと決めてかかっているわけではないので、その点は安心してください」
「は、はあ、そうでしたか。しかしマロンのやつ、騎士様も知らないような生き物だったとは……」

 そんなこと考えもしなかった、とお父さんはしみじみと呟いて、ストーブの前で丸くなっているマロンを見る。私もつられて視線を移した。話の中心にいるはずのマロンは、私たちの話になんか興味がないようだ。ご飯も食べ終わったし、あとはもう寝るだけといった空気を醸し出している。

「あなた方の大切なマロンちゃんをゲパルドへと連れて行くことを、どうかお許しください」

 ガルさんの真摯な訴えに、私とお父さんが揃って首を縦に振ろうとしたその時、にゃおん、というマロンの鳴き声が耳に届いた。

「ンゥニャー」

 マロンはちょっとだけ気の抜けた声を出しながらぐぐっと伸びをすると、トコトコと歩いて私の膝に飛び乗ってくる。そして丸くなって落ち着いてしまうというのがお決まりのパターンだ。うん、いつも通り動けなくなっちゃった。

 ああでも、マロンがゲパルドに連れて行かれるということは、このいつもの触れ合いがなくなるということでもあるので、それは少々寂しい。
 マロン、ゲパルドに行く時はガルさんの言うことを聞いて大人しくするんだよ、とそこまで考えて、私は内心でうん? と首を捻った。

 ちょっと待って、マロンを検査するのはいいんだけど、どうやってゲパルドまで連れて行くの?

 猫という生き物は知っての通り、嫌なものに対するセンサーが凄まじい。動物病院に連れて行こうとした時には姿を消す、いざ見付けたとしても逃げ回る、ようやく捕まえてもキャリーケースに入るのを全力で嫌がるなどなど。病院に連れて行く準備だけで一苦労なんていうのは当然なのだ。

 うちのマロンも大多数のお猫様の例に漏れず、病院は大嫌いだった。この時ばかりは大好物のおやつにも釣られてくれないから、捕まえるだけで四苦八苦していたのを覚えている。最終的には洗濯ばさみで首を挟んで大人しくさせたところで、洗濯ネットを使って捕獲していた。

 そんな、とても一般的なお猫様であるマロンを、何度も言うけどどうやってゲパルドまで連れて行くの? 検査をするってことはつまり、病院ではないにしろそういう施設に行くってことだよね?

 洗濯ばさみと洗濯ネットどころか、キャリーケースすらこの世界には無いのに、という、いわゆる『そもそも論』というものが脳裏をよぎった私は、発言の許可を得るためにそろそろと手を上げた。

「あのー……」
「どうしました、お嬢さん」
「ガルさん、ひとつお聞きしたいんですけど、マロンをどうやってゲパルドに連れて行く予定ですか?」
「それは……あ、どうしましょう」

 私が質問すると、ガルさんはしまった、というような表情をする。どうやらマロンの運搬方法までは考えていなかったようだ。

「マロンちゃんは大人しいので抱っこして……いや、手が塞がれるのはだめですね」
「たぶん抱っこしたところで嫌になったら腕から抜け出しちゃいますよ。こう、ぬるっと」
「……とても身に覚えがありますね、それは」

 マロンが液体になって腕の中から出て行った時のことを思い出しているのだろう。ガルさんはへにょりと眉を下げると、困ったようにううむと唸る。

 ガルさんが自分のことで頭を悩ませているなんてきっと気が付いていないマロンは、可愛い声でにゃおんと鳴いた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...