11 / 66
第一章 田舎娘とお猫様の日常
田舎娘は、初めて村を出る【ΦωΦ】
しおりを挟む
「ゥナーオ、ナーァオォ……」
「マロン、窮屈だね、ごめんね。お出かけだから、その間、少しだけ我慢してね」
先ほどから悲痛な鳴き声を上げるマロンに、私は声を掛け続けていた。どうしてそんなことになっているのかというと、実はマロンは現在、狩猟の際に使う丈夫な袋に入っているからだ。
それというのも、昨日の夕食の時に話した通り、マロンはゲパルドで検査を受けることになった。その運搬のために利用しようということになったのが、この袋である。見た目があまりよろしくないけれども、これ以外にキャリーケースの代わりになるようなものが無かったので仕方がない。
初めはガルさんがその袋を持っていたんだけど、彼が手を焼くほどにマロンが大暴れしていた。やはり猫。うちの子がいくら賢くていい子だからといって、それはあくまで『猫』という生き物の中では、なのだ。いわゆる当社比というやつである。
結局困り果てたガルさんが私に協力を要請して現在に至る。私が抱っこしてからは、マロンは比較的大人しくなっていた。
「やはり、お嬢さんも私と共にゲパルドへ行ってはくれませんか?」
よしよしとマロンをあやしていた私の耳にガルさんのそんな声が届いたので、私は驚いて顔を上げた。
「私もゲパルドへ?」
「はい。マロンちゃんも、そちらの方が安心できると思うのです」
一理どころか百理ある。
他人様にも愛想の良い奇跡のにゃんこと名を馳せたマロンだけれども、それは縄張り内に限っての話だ。ちなみに前世では我が家、今世ではこの村の中と私の行動範囲が縄張りである。
そんなマロンが突然、飼い主でもないガルさんにゲパルドに連れて行かれそうになったとしたら、大人しくしているわけがない。恐怖心から逃げ出すだろうことが容易に想像できた。
でも、私もゲパルドまで同行したとしたら……たぶん、マロンも少しは安心するだろう。今は悲痛な声で鳴いているけれども、病院に行く時はいつもこんな感じだった。しばらくしたら諦めて眠りにつくはずだ。現に、もう動きが落ち着き始めている。
「やはり、マロンちゃんはお嬢さんがいいんですね」
ふふ、とガルさんは上品に笑うと、赤い目を私に真っ直ぐと向けてきた。
「私だけでは、マロンちゃんをゲパルドへと連れて行く間に逃がしてしまうかもしれません。それではお嬢さん方に申し訳が立ちません」
「それは……私も、マロンをゲパルドへ送り出してそれっきりなんて、嫌です」
ガルさんの優しい眼差しと声に、私は思わず本心を吐露してしまう。慌てて口を手で覆ったけど、しっかり聞かれていたはずだ。その証拠に、ガルさんがフッと柔らかな表情を浮かべている。
「突然の申し出なので、私も無理にとは言いません。ですが、ゲパルドまで同行していただけるのでしたら、道中の旅費だけでなく、その他の必需品なども私の方で出しますので、ご一考願えませんか?」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。だって、ガルさんの言う通りなら、それはつまりタダでゲパルドまで行けるということに他ならないからだ。
ゲパルド。もしかしたら一生縁が無かったかもしれない、憧れの都会。
正直に言おう。ものすごく行きたい。行っちゃだめかな? ああでも、お父さんを残していくのも心配だ。
どうしよう、どうしよう、と悩んでいると、お父さんがポンポンと私の肩を叩いた。
「お父さん?」
「アイラ、行きたいなら行くといい。お父さんは一人でもどうにかなるから」
「本当? 大丈夫? ご飯の準備とかも?」
「アイラほど美味いものは作れないと思うが、そこはまあどうにかするさ。それに、騎士様が同行してくださる旅程なんて、お父さんたちみたいな平民からしてみたら贅沢以外の何ものでもないぞ。安全が保証されているようなものだからな」
お父さんは笑うと、そのままガルさんに向き直る。
「そういうことですので、うちのアイラもぜひ連れて行ってやってください」
ガルさんからの申し出があったとはいえ、まさかお父さんが直々にお願いしてくれるとは思っていなかった。娘離れできない父親というわけでもなかったけれど、それでも意外だ。
でも……これはもしかしたら、都会に憧れていた私の背中を押してくれているのかもしれない。お父さんを一人にしないためにこの村に残った私のために、行ってこいって言ってくれているのだ。
マロンの検査を済ませたらすぐ戻ってくることになるんだろうけど、それでもゲパルドに行けるなんて貴重な経験だ。私の迷いはもう吹っ切れていた。
「ガルさん、私も行きます。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、お嬢さん。私が責任を持ってお嬢さんとマロンちゃんをゲパルドにお連れしますので、父君もどうかご安心ください」
「はい、騎士様。こちらこそアイラとマロンをよろしくお願いします」
こうして、私は思いがけず旅立つことになったのである。憧れの首都、ゲパルドへ。
ちなみに。
「それでは、私は一度旅の荷物を……」
「あ、それらは途中の町で揃えましょう。お嬢さんはマロンちゃんを抱っこしているので両手が塞がっているでしょう? だから、今はまだ荷物を増やさない方がいいですから」
「え、でも」
「私にはできないことをしてもらうので、それに対する報酬だと思ってください。さあ、行きましょう。ここから隣町まで、少し距離がありますからね」
私が荷造りをしようとしたら、ガルさんから穏やかなのに有無を言わせぬ口調でそう言われてしまった。
報酬って、そんな大げさな。私はマロンをゲパルドまで運ぶだけだから自分の分は自分で用意しますと伝えてみたんだけど、ガルさんは頑なに首を縦に振ってくれなかった。ケチ。いや、全然ケチじゃなかった。むしろ逆に羽振りが良すぎる。
ガルさんの善意に気後れしていた私の耳に、今度はお父さんの声が届いた。
「ううっ、アイラぁ~、元気でなぁ~」
「大げさな……今生の別れじゃないんだから……」
お父さんはさっきまでは私を気持ちよく送り出そうとしてくれていたのに、今はなぜか涙ぐんでいる。情緒不安定なの? と私がツッコミを入れる前に、ガルさんが口を開いた。
「可愛い娘が数日でも自分の元を離れるのは寂しいものだと、私の部下も言っておりましたから、父君の気持ちも分かります」
ああでも、あまり娘離れできないところは直した方がいいと、別の部下にからかわれていましたけどね。と、ガルさんは私にだけ聞こえるように小声で囁いた。それがなんだかおかしくて、私は小さく吹き出してしまう。
未だに涙目のお父さんに、私はそれじゃあ、と声を掛けた。
「行ってきます、お父さん!」
「ニャッ!」
私の出発の挨拶に被せるように、マロンも袋の中から元気な声で鳴いた。
ΦωΦ
昨日、見慣れないオスがアタシたちの前に現れた。ご主人さまがそのオスと話をしているけど、そんなに警戒していないみたい。悪いヤツじゃないのかな? 悪いヤツならアタシがやっつけてあげるわよ。
そう思って、ご主人さまに声を掛けたの。そうしたら、オスの方がなんか驚いていた。どうしたのかしら。あ、ひょっとして、アタシが可愛すぎてびっくりしちゃったのかしら。もう、しょうがないわね。ちょっとサービスしてあげるわ。
ごそごそと顔を出して、可愛く鳴いてあげる。すると、目の前のオスは変な声を出した。おかしいわね、いつもなら「可愛い」って言ってもらえるのに。
なんか様子がおかしくなったオスに、ご主人さまが何か話し掛けている。なになに? 頭を撫でて欲しいって言ってるって?
むー、アタシはそんなことを言ってるんじゃないのよ。でも、気分は悪くないから触らせてあげるわ。撫でられるのは嫌いじゃないの。
ご主人さまは私を撫でた後、抱き上げてオスの前に差し出した。あら、このオス、思っていた以上に大きいわ。アタシに伸びてくる手もおっきい。大丈夫かしら、雑に撫でたりしないわよね?
そう思っていた自分を叱りつけたいわ。だってこのオス、ご主人さまより撫でるのが上手なんだもの! 本当、ダメだわ、気持ち良すぎて力が抜けちゃう。
ふにゃふにゃになったアタシの体をご主人さまは抱き直す。その時気が付いたけれど、オスはもうアタシを撫でていなかった。残念な気もするけれど、少し安心したわ。でも、私を気持ち良くしてくれたお礼は言ってあげる。
おうちに帰ってきたんだけど、なぜかあのオスも付いてきた。どうしたのかしら。気になったけど、それよりも今は体を温めたいわ。やっぱりお外は寒いわね。
ご主人さまが『ストーブ』って呼んでいるものの前でぬくぬくしていると、なにやらバタバタという足音が聞こえてきた。どうしたのかしら。おうちではこんな足音が聞こえることなんてないのに。
気になってご主人さまが何をしているのかを見たら、アタシもお気に入りの『クッション』をあのオスに押し付けていた。どうしてそんなことをしているのかしら。オスにあげるくらいなら、アタシにちょうだいよ。
そう言いたくてクッションを持っているオスの所に行ったら、オスはクッションを膝に乗せた。あら? アナタが使うわけじゃなかったの? なら、アタシが使っても問題ないわよね。
アタシはオスの膝の上に飛び乗った。下にはふかふかのクッション。うん、悪くないわ。
そのまま丸くなって寝たんだけど、オスが私を撫でてくるのは誤算だったわ。気持ち良すぎてオスの膝から落っこちちゃいそうなんだもの。
今日は朝からご主人さまの様子がおかしいような気がした。よくよく思い出してみたら、昨日からおかしかったかもしれない。でも、この違和感を覚えた時は、だいたいアレだった。そう、病院の日。
もしかしてアタシ、病院に連れて行かれるの? ねえ、そのおっきな袋は何?
これは逃げないといけないわね、って思ったんだけど、一足遅かった。油断してたわ。ご主人さまが素早くアタシを捕まえて、おっきな袋に放り込んだ。
ヤだわ! なんだか気持ち悪い! あの『キャリーケース』っていうのも狭くて嫌だったけど、こっちはもっと嫌!
袋の中で大暴れしてやったけれど、体がぐにゃぐにゃになって疲れるだけだった。袋を持っているのもたぶんあのオスね。あいつ、いいヤツかと思ってたのに、悪いヤツだったのね!
アタシがぷんぷん腹を立てていると、今度はご主人さまが袋ごとアタシを抱っこしてくれた。
ねえ、ご主人さま、ここから出してよ。アタシがそう訴えると、ご主人さまはずっとごめんねって謝っていた。これは、病院に行く前に聞いていた声にそっくりだ。やっぱりアタシ、病院に行かないといけないのね。
……病院はイヤ。でも、分かってるの。病院に行くのもアタシのためなんだって。アタシが具合悪くなった時とか、アタシが病気にならないために連れて行ってくれているって、本当は知ってるの。
うん、しょうがないわね。イヤなものはイヤだけど、我慢してあげるわ。
でも、病院が終わったら、うんと美味しいものをちょうだいね。
「マロン、窮屈だね、ごめんね。お出かけだから、その間、少しだけ我慢してね」
先ほどから悲痛な鳴き声を上げるマロンに、私は声を掛け続けていた。どうしてそんなことになっているのかというと、実はマロンは現在、狩猟の際に使う丈夫な袋に入っているからだ。
それというのも、昨日の夕食の時に話した通り、マロンはゲパルドで検査を受けることになった。その運搬のために利用しようということになったのが、この袋である。見た目があまりよろしくないけれども、これ以外にキャリーケースの代わりになるようなものが無かったので仕方がない。
初めはガルさんがその袋を持っていたんだけど、彼が手を焼くほどにマロンが大暴れしていた。やはり猫。うちの子がいくら賢くていい子だからといって、それはあくまで『猫』という生き物の中では、なのだ。いわゆる当社比というやつである。
結局困り果てたガルさんが私に協力を要請して現在に至る。私が抱っこしてからは、マロンは比較的大人しくなっていた。
「やはり、お嬢さんも私と共にゲパルドへ行ってはくれませんか?」
よしよしとマロンをあやしていた私の耳にガルさんのそんな声が届いたので、私は驚いて顔を上げた。
「私もゲパルドへ?」
「はい。マロンちゃんも、そちらの方が安心できると思うのです」
一理どころか百理ある。
他人様にも愛想の良い奇跡のにゃんこと名を馳せたマロンだけれども、それは縄張り内に限っての話だ。ちなみに前世では我が家、今世ではこの村の中と私の行動範囲が縄張りである。
そんなマロンが突然、飼い主でもないガルさんにゲパルドに連れて行かれそうになったとしたら、大人しくしているわけがない。恐怖心から逃げ出すだろうことが容易に想像できた。
でも、私もゲパルドまで同行したとしたら……たぶん、マロンも少しは安心するだろう。今は悲痛な声で鳴いているけれども、病院に行く時はいつもこんな感じだった。しばらくしたら諦めて眠りにつくはずだ。現に、もう動きが落ち着き始めている。
「やはり、マロンちゃんはお嬢さんがいいんですね」
ふふ、とガルさんは上品に笑うと、赤い目を私に真っ直ぐと向けてきた。
「私だけでは、マロンちゃんをゲパルドへと連れて行く間に逃がしてしまうかもしれません。それではお嬢さん方に申し訳が立ちません」
「それは……私も、マロンをゲパルドへ送り出してそれっきりなんて、嫌です」
ガルさんの優しい眼差しと声に、私は思わず本心を吐露してしまう。慌てて口を手で覆ったけど、しっかり聞かれていたはずだ。その証拠に、ガルさんがフッと柔らかな表情を浮かべている。
「突然の申し出なので、私も無理にとは言いません。ですが、ゲパルドまで同行していただけるのでしたら、道中の旅費だけでなく、その他の必需品なども私の方で出しますので、ご一考願えませんか?」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。だって、ガルさんの言う通りなら、それはつまりタダでゲパルドまで行けるということに他ならないからだ。
ゲパルド。もしかしたら一生縁が無かったかもしれない、憧れの都会。
正直に言おう。ものすごく行きたい。行っちゃだめかな? ああでも、お父さんを残していくのも心配だ。
どうしよう、どうしよう、と悩んでいると、お父さんがポンポンと私の肩を叩いた。
「お父さん?」
「アイラ、行きたいなら行くといい。お父さんは一人でもどうにかなるから」
「本当? 大丈夫? ご飯の準備とかも?」
「アイラほど美味いものは作れないと思うが、そこはまあどうにかするさ。それに、騎士様が同行してくださる旅程なんて、お父さんたちみたいな平民からしてみたら贅沢以外の何ものでもないぞ。安全が保証されているようなものだからな」
お父さんは笑うと、そのままガルさんに向き直る。
「そういうことですので、うちのアイラもぜひ連れて行ってやってください」
ガルさんからの申し出があったとはいえ、まさかお父さんが直々にお願いしてくれるとは思っていなかった。娘離れできない父親というわけでもなかったけれど、それでも意外だ。
でも……これはもしかしたら、都会に憧れていた私の背中を押してくれているのかもしれない。お父さんを一人にしないためにこの村に残った私のために、行ってこいって言ってくれているのだ。
マロンの検査を済ませたらすぐ戻ってくることになるんだろうけど、それでもゲパルドに行けるなんて貴重な経験だ。私の迷いはもう吹っ切れていた。
「ガルさん、私も行きます。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、お嬢さん。私が責任を持ってお嬢さんとマロンちゃんをゲパルドにお連れしますので、父君もどうかご安心ください」
「はい、騎士様。こちらこそアイラとマロンをよろしくお願いします」
こうして、私は思いがけず旅立つことになったのである。憧れの首都、ゲパルドへ。
ちなみに。
「それでは、私は一度旅の荷物を……」
「あ、それらは途中の町で揃えましょう。お嬢さんはマロンちゃんを抱っこしているので両手が塞がっているでしょう? だから、今はまだ荷物を増やさない方がいいですから」
「え、でも」
「私にはできないことをしてもらうので、それに対する報酬だと思ってください。さあ、行きましょう。ここから隣町まで、少し距離がありますからね」
私が荷造りをしようとしたら、ガルさんから穏やかなのに有無を言わせぬ口調でそう言われてしまった。
報酬って、そんな大げさな。私はマロンをゲパルドまで運ぶだけだから自分の分は自分で用意しますと伝えてみたんだけど、ガルさんは頑なに首を縦に振ってくれなかった。ケチ。いや、全然ケチじゃなかった。むしろ逆に羽振りが良すぎる。
ガルさんの善意に気後れしていた私の耳に、今度はお父さんの声が届いた。
「ううっ、アイラぁ~、元気でなぁ~」
「大げさな……今生の別れじゃないんだから……」
お父さんはさっきまでは私を気持ちよく送り出そうとしてくれていたのに、今はなぜか涙ぐんでいる。情緒不安定なの? と私がツッコミを入れる前に、ガルさんが口を開いた。
「可愛い娘が数日でも自分の元を離れるのは寂しいものだと、私の部下も言っておりましたから、父君の気持ちも分かります」
ああでも、あまり娘離れできないところは直した方がいいと、別の部下にからかわれていましたけどね。と、ガルさんは私にだけ聞こえるように小声で囁いた。それがなんだかおかしくて、私は小さく吹き出してしまう。
未だに涙目のお父さんに、私はそれじゃあ、と声を掛けた。
「行ってきます、お父さん!」
「ニャッ!」
私の出発の挨拶に被せるように、マロンも袋の中から元気な声で鳴いた。
ΦωΦ
昨日、見慣れないオスがアタシたちの前に現れた。ご主人さまがそのオスと話をしているけど、そんなに警戒していないみたい。悪いヤツじゃないのかな? 悪いヤツならアタシがやっつけてあげるわよ。
そう思って、ご主人さまに声を掛けたの。そうしたら、オスの方がなんか驚いていた。どうしたのかしら。あ、ひょっとして、アタシが可愛すぎてびっくりしちゃったのかしら。もう、しょうがないわね。ちょっとサービスしてあげるわ。
ごそごそと顔を出して、可愛く鳴いてあげる。すると、目の前のオスは変な声を出した。おかしいわね、いつもなら「可愛い」って言ってもらえるのに。
なんか様子がおかしくなったオスに、ご主人さまが何か話し掛けている。なになに? 頭を撫でて欲しいって言ってるって?
むー、アタシはそんなことを言ってるんじゃないのよ。でも、気分は悪くないから触らせてあげるわ。撫でられるのは嫌いじゃないの。
ご主人さまは私を撫でた後、抱き上げてオスの前に差し出した。あら、このオス、思っていた以上に大きいわ。アタシに伸びてくる手もおっきい。大丈夫かしら、雑に撫でたりしないわよね?
そう思っていた自分を叱りつけたいわ。だってこのオス、ご主人さまより撫でるのが上手なんだもの! 本当、ダメだわ、気持ち良すぎて力が抜けちゃう。
ふにゃふにゃになったアタシの体をご主人さまは抱き直す。その時気が付いたけれど、オスはもうアタシを撫でていなかった。残念な気もするけれど、少し安心したわ。でも、私を気持ち良くしてくれたお礼は言ってあげる。
おうちに帰ってきたんだけど、なぜかあのオスも付いてきた。どうしたのかしら。気になったけど、それよりも今は体を温めたいわ。やっぱりお外は寒いわね。
ご主人さまが『ストーブ』って呼んでいるものの前でぬくぬくしていると、なにやらバタバタという足音が聞こえてきた。どうしたのかしら。おうちではこんな足音が聞こえることなんてないのに。
気になってご主人さまが何をしているのかを見たら、アタシもお気に入りの『クッション』をあのオスに押し付けていた。どうしてそんなことをしているのかしら。オスにあげるくらいなら、アタシにちょうだいよ。
そう言いたくてクッションを持っているオスの所に行ったら、オスはクッションを膝に乗せた。あら? アナタが使うわけじゃなかったの? なら、アタシが使っても問題ないわよね。
アタシはオスの膝の上に飛び乗った。下にはふかふかのクッション。うん、悪くないわ。
そのまま丸くなって寝たんだけど、オスが私を撫でてくるのは誤算だったわ。気持ち良すぎてオスの膝から落っこちちゃいそうなんだもの。
今日は朝からご主人さまの様子がおかしいような気がした。よくよく思い出してみたら、昨日からおかしかったかもしれない。でも、この違和感を覚えた時は、だいたいアレだった。そう、病院の日。
もしかしてアタシ、病院に連れて行かれるの? ねえ、そのおっきな袋は何?
これは逃げないといけないわね、って思ったんだけど、一足遅かった。油断してたわ。ご主人さまが素早くアタシを捕まえて、おっきな袋に放り込んだ。
ヤだわ! なんだか気持ち悪い! あの『キャリーケース』っていうのも狭くて嫌だったけど、こっちはもっと嫌!
袋の中で大暴れしてやったけれど、体がぐにゃぐにゃになって疲れるだけだった。袋を持っているのもたぶんあのオスね。あいつ、いいヤツかと思ってたのに、悪いヤツだったのね!
アタシがぷんぷん腹を立てていると、今度はご主人さまが袋ごとアタシを抱っこしてくれた。
ねえ、ご主人さま、ここから出してよ。アタシがそう訴えると、ご主人さまはずっとごめんねって謝っていた。これは、病院に行く前に聞いていた声にそっくりだ。やっぱりアタシ、病院に行かないといけないのね。
……病院はイヤ。でも、分かってるの。病院に行くのもアタシのためなんだって。アタシが具合悪くなった時とか、アタシが病気にならないために連れて行ってくれているって、本当は知ってるの。
うん、しょうがないわね。イヤなものはイヤだけど、我慢してあげるわ。
でも、病院が終わったら、うんと美味しいものをちょうだいね。
0
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる