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第二章 田舎娘とお猫様の初めての都会
田舎娘は、初めてポータルを利用する
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私の初めての旅行は、ガルさんと一緒に行動していることもあってとても順調だった。今日はなんと、ポータルを利用してゲパルドまで一気に移動するという。
あ、ポータルっていうのは離れた場所同士を繋ぐ施設のことね。いわゆるワープさせてくれる場所なんだけど、これの利用料がまた高いのよ。
大富豪しか利用できないって言われてるポータルを、ガルさんはとても気軽に使おうとする。確かにゲパルドの騎士ともなれば各地に派遣されることもあるだろうから、もしかしたら利用料は国が負担してくれているのかもしれない。
そんなことを考えながら、私はとても仰々しくて立派な門構えをしている施設の扉をくぐった。ここがテスの村から一番近いポータルだ。
ポータルで働いている人たちはほとんど全員魔族の人たちみたいだけど、人族の姿も見える。人族はワープ装置の利用受付や案内、書類手続き、あとは接客なんかをしているみたいで、どことなく前世の駅や空港を思い出させる。実際、定期券みたいなものも発行されているらしく、商人風の男性が何かのカードを魔道具にスキャンさせるだけで入場できていた。
完全にお上りさんになっていた私は、ほへー、と辺りを見渡す。正直に言って、私のような田舎娘にはこの場所はあまりにも似合わない。本当にもう、場違いでしかない。そのせいでそわそわと落ち着かなかった。
「私は向こうで利用手続きをしてきます。アイラさんはマロンちゃんと一緒に、この辺りで待っていてください」
ガルさんは私に優しく声を掛けると、さっさと受付に行ってしまった。彼もまた何かカードらしきものを持っていたので、受付自体はすぐに終わるだろう。だけどこの場の空気に気後れしてしまっていたからか少し疲れていたので、私は近くのソファに腰掛けた。
「うわっ、ソファまで高級品だこれ」
さすがは金持ちが利用する施設。調度品まで上等な品で揃えられているようだ。このソファなんて、前世でも経験したことがないような座り心地で感動してしまう。
「ニャアン」
「あ、マロン、まだ出ちゃだめだよ」
この旅路でだいぶ大人しくなったマロンだけれど、さすがに外に出してあげることはまだできない。だから私は袋の上からマロンの体を撫でて、彼女のことを落ち着かせた。
もしもここでマロンが出てきて暴れたら、私はきっと生きた心地がしないだろう。何せ、この場所にはマロンがいたずらをしたくなるような物がたくさんあるからだ。
今私が座っているソファも、マロンの鋭い爪の犠牲になることは想像に難くない。ソファというものは、人間も座れる爪研ぎということはお猫様の下僕たちの間では周知の事実なのである。うん、絶対にマロンを外に出さないようにしないと。
私が気合いを入れて決意を新たにしていると、手続きを終えたらしいガルさんがこちらへ足早に戻ってきた。
「お待たせしました。次の転送を利用できるみたいなので、ゲートへ向かいましょう」
「はい、分かりました」
頷いて立ち上がる。もうすでにお尻がソファの柔らかさを恋しがっているけど、私は意思を強く持ってその誘惑に耐えた。さようなら、高級ソファ。私は今から、一般庶民には一生縁がないであろうワープを体験してくるよ。
マロンを抱っこし直して、私はガルさんの後に続く。しばらく歩けば、私たち以外には利用者のいないゲートに辿り着いた。
今までに見たことのないくらいに大がかりな魔道具が私たちを出迎える。傍らにはその魔道具を操作する魔族が四名いて、私たちの姿を目に留めるなりゲートの真ん中に案内してくれた。
「それでは、準備が完了次第転送を始めます。事故の元になりかねないので、転送が始まったらゲート内のサークルから出ないようにしてください」
私たちを案内してくれた魔族が、ワープをする時の注意点を話してくれる。私は心の中で注意事項を反復して、マロンを逃がさないようにしっかりと抱え直す。だけど今回ばかりはマロンも空気を読んでいるみたいで、警戒が必要ないくらいに大人しくしていた。
「準備完了。転送開始まで十、九、八、七、六……」
ワープまでのカウントダウンが始まった。私は緊張でドクドクと心臓が暴れ回っているけれど、ガルさんは慣れたものみたいでとても自然体で立っている。その姿がなんとも頼もしくて、私は強ばっていた体中の筋肉から力が抜けていくのを感じた。
「二、一、ゼロ。転送を開始します」
私たちの足下から眩い光が立ち上る。その光が私たちの全身を包み込んだと思ったら、前後左右上下がどうにも分からなくなって、浮いていながら落ちているような感覚があって、高速で回転しているようにも感じて。
そんな未知の体験をした私はどうなったかというと……。
「きもちわるい」
世界がぐるぐる回っているし、胃の中もひっくり返ったような感覚がある。そう、私は完全に酔っていた。前世で覚えのある乗り物酔いの何倍もひどく、気持ち悪い以外の言葉が紡げなかった。
「ああっ、アイラさん、転送酔いしてしまったんですね」
私の異変にすぐ気が付いたガルさんが、心配そうに声を掛けてくる。彼は自然な動作で私の手からマロンの入った袋を受け取ると、ふらふらしている体も支えてくれた。
「近くに休憩室がありますので、そこに行きましょう」
「は、い」
下手をしたら吐きそうなので、私は慎重に返事をする。そのせいか、言葉が途切れ途切れになってしまった。
「……ご自分で移動するのは辛そうですね。アイラさん、すみません」
「はぇ?」
ガルさんがなぜか私に謝罪をすると、次の瞬間には浮遊感が襲ってきた。先ほどまでは辛うじて地に足が着いていた感覚があったのに、今はそれがない。背中と足裏に温かくて太い何かが回されていることは分かるんだけど……って、ちょっと待って。まさかとは思うけど、今の体勢って。
「ガル、さん、この格好は、さすが、に、恥ずかしいです……!」
「私も申し訳ないとは思っています。ですが、この体勢が一番楽でしょう?」
「そう、かも、しれません、けど……!」
お姫様抱っこは、精神年齢アラフォーにはちょっと難易度が高いんです!
思わず両手で顔を覆って、湧き上がる羞恥心を必死に耐える。あまりの恥ずかしさに、私は寿命が十年は縮まったような気がした。
私の口からはもう呻き声しか出なかったけれど、ガルさんはどうやらそれを具合が悪いからだと判断したらしい。いや、間違いではないんだけれど、どちらかというと恥ずかしさが七割くらいを占めているんだけど。
でも、そんなことはもちろん伝えられるはずもない。なので、私はお姫様抱っこをされたまま、施設内の休憩室に連れてこられていた。
「すみません、一名転送酔いです。しばらく休憩させてください」
「転送酔いですね。では、そちらのベッドをご利用ください。薬はどうされますか?」
「ください」
「分かりました」
ガルさんの声の他に、かっちりとした女性の声が聞こえてくる。話の内容から察するに、この休憩室に常駐している職員さんだろうか。薬という言葉も聞こえてきたので、もしかしたらお医者さんという可能性もある。
眩暈がひどい中でも、周囲の様子を窺うくらいの余裕は出てきた。良かった、とは思うけれども、具合が悪いことには変わりなく、うえ、と小さく声を漏らしてしまう。
「アイラさん、大丈夫ですか?」
「まだ気持ち悪いです」
素直に答えると、ガルさんは私が少しの振動も感じないように、そっとベッドに横たえさせてくれた。そのまま目を閉じて何度か深呼吸をすると、気持ち悪さが少しだけ緩和された気がする。
ふー、と長く息を吐いていると、ガルさん以外の気配が傍に立ったのを感じた。
「転送酔いに効く薬です。飲めそうですか?」
職員さんと思われる女性の声が聞こえたので、私は小さく頷いて目を開ける。女性は私のこの反応を確認してから、薬と水をガルさんに渡していた。
ガルさんの手の中にある薬の形を見るに、どうやら粉タイプらしい。この具合の悪い時に粉薬はなかなか辛いものがあるけれど、贅沢は言っていられない。
私はゆっくりと体を起こして、ガルさんから薬と水を受け取った。うう、見た目からして苦そうな薬だ。これはもう速効で飲み干さないと。でも失敗したら薬が喉に張り付いて咳き込むなんてこともあるから、そこは慎重にいかなければ。
脳内で何度も薬の飲み方をシミュレートしてから、私は実践に臨む。その結果、危うく失敗しかけたけれど、そこは二杯目のお水をもらうことで事なきを得た。
あ、ポータルっていうのは離れた場所同士を繋ぐ施設のことね。いわゆるワープさせてくれる場所なんだけど、これの利用料がまた高いのよ。
大富豪しか利用できないって言われてるポータルを、ガルさんはとても気軽に使おうとする。確かにゲパルドの騎士ともなれば各地に派遣されることもあるだろうから、もしかしたら利用料は国が負担してくれているのかもしれない。
そんなことを考えながら、私はとても仰々しくて立派な門構えをしている施設の扉をくぐった。ここがテスの村から一番近いポータルだ。
ポータルで働いている人たちはほとんど全員魔族の人たちみたいだけど、人族の姿も見える。人族はワープ装置の利用受付や案内、書類手続き、あとは接客なんかをしているみたいで、どことなく前世の駅や空港を思い出させる。実際、定期券みたいなものも発行されているらしく、商人風の男性が何かのカードを魔道具にスキャンさせるだけで入場できていた。
完全にお上りさんになっていた私は、ほへー、と辺りを見渡す。正直に言って、私のような田舎娘にはこの場所はあまりにも似合わない。本当にもう、場違いでしかない。そのせいでそわそわと落ち着かなかった。
「私は向こうで利用手続きをしてきます。アイラさんはマロンちゃんと一緒に、この辺りで待っていてください」
ガルさんは私に優しく声を掛けると、さっさと受付に行ってしまった。彼もまた何かカードらしきものを持っていたので、受付自体はすぐに終わるだろう。だけどこの場の空気に気後れしてしまっていたからか少し疲れていたので、私は近くのソファに腰掛けた。
「うわっ、ソファまで高級品だこれ」
さすがは金持ちが利用する施設。調度品まで上等な品で揃えられているようだ。このソファなんて、前世でも経験したことがないような座り心地で感動してしまう。
「ニャアン」
「あ、マロン、まだ出ちゃだめだよ」
この旅路でだいぶ大人しくなったマロンだけれど、さすがに外に出してあげることはまだできない。だから私は袋の上からマロンの体を撫でて、彼女のことを落ち着かせた。
もしもここでマロンが出てきて暴れたら、私はきっと生きた心地がしないだろう。何せ、この場所にはマロンがいたずらをしたくなるような物がたくさんあるからだ。
今私が座っているソファも、マロンの鋭い爪の犠牲になることは想像に難くない。ソファというものは、人間も座れる爪研ぎということはお猫様の下僕たちの間では周知の事実なのである。うん、絶対にマロンを外に出さないようにしないと。
私が気合いを入れて決意を新たにしていると、手続きを終えたらしいガルさんがこちらへ足早に戻ってきた。
「お待たせしました。次の転送を利用できるみたいなので、ゲートへ向かいましょう」
「はい、分かりました」
頷いて立ち上がる。もうすでにお尻がソファの柔らかさを恋しがっているけど、私は意思を強く持ってその誘惑に耐えた。さようなら、高級ソファ。私は今から、一般庶民には一生縁がないであろうワープを体験してくるよ。
マロンを抱っこし直して、私はガルさんの後に続く。しばらく歩けば、私たち以外には利用者のいないゲートに辿り着いた。
今までに見たことのないくらいに大がかりな魔道具が私たちを出迎える。傍らにはその魔道具を操作する魔族が四名いて、私たちの姿を目に留めるなりゲートの真ん中に案内してくれた。
「それでは、準備が完了次第転送を始めます。事故の元になりかねないので、転送が始まったらゲート内のサークルから出ないようにしてください」
私たちを案内してくれた魔族が、ワープをする時の注意点を話してくれる。私は心の中で注意事項を反復して、マロンを逃がさないようにしっかりと抱え直す。だけど今回ばかりはマロンも空気を読んでいるみたいで、警戒が必要ないくらいに大人しくしていた。
「準備完了。転送開始まで十、九、八、七、六……」
ワープまでのカウントダウンが始まった。私は緊張でドクドクと心臓が暴れ回っているけれど、ガルさんは慣れたものみたいでとても自然体で立っている。その姿がなんとも頼もしくて、私は強ばっていた体中の筋肉から力が抜けていくのを感じた。
「二、一、ゼロ。転送を開始します」
私たちの足下から眩い光が立ち上る。その光が私たちの全身を包み込んだと思ったら、前後左右上下がどうにも分からなくなって、浮いていながら落ちているような感覚があって、高速で回転しているようにも感じて。
そんな未知の体験をした私はどうなったかというと……。
「きもちわるい」
世界がぐるぐる回っているし、胃の中もひっくり返ったような感覚がある。そう、私は完全に酔っていた。前世で覚えのある乗り物酔いの何倍もひどく、気持ち悪い以外の言葉が紡げなかった。
「ああっ、アイラさん、転送酔いしてしまったんですね」
私の異変にすぐ気が付いたガルさんが、心配そうに声を掛けてくる。彼は自然な動作で私の手からマロンの入った袋を受け取ると、ふらふらしている体も支えてくれた。
「近くに休憩室がありますので、そこに行きましょう」
「は、い」
下手をしたら吐きそうなので、私は慎重に返事をする。そのせいか、言葉が途切れ途切れになってしまった。
「……ご自分で移動するのは辛そうですね。アイラさん、すみません」
「はぇ?」
ガルさんがなぜか私に謝罪をすると、次の瞬間には浮遊感が襲ってきた。先ほどまでは辛うじて地に足が着いていた感覚があったのに、今はそれがない。背中と足裏に温かくて太い何かが回されていることは分かるんだけど……って、ちょっと待って。まさかとは思うけど、今の体勢って。
「ガル、さん、この格好は、さすが、に、恥ずかしいです……!」
「私も申し訳ないとは思っています。ですが、この体勢が一番楽でしょう?」
「そう、かも、しれません、けど……!」
お姫様抱っこは、精神年齢アラフォーにはちょっと難易度が高いんです!
思わず両手で顔を覆って、湧き上がる羞恥心を必死に耐える。あまりの恥ずかしさに、私は寿命が十年は縮まったような気がした。
私の口からはもう呻き声しか出なかったけれど、ガルさんはどうやらそれを具合が悪いからだと判断したらしい。いや、間違いではないんだけれど、どちらかというと恥ずかしさが七割くらいを占めているんだけど。
でも、そんなことはもちろん伝えられるはずもない。なので、私はお姫様抱っこをされたまま、施設内の休憩室に連れてこられていた。
「すみません、一名転送酔いです。しばらく休憩させてください」
「転送酔いですね。では、そちらのベッドをご利用ください。薬はどうされますか?」
「ください」
「分かりました」
ガルさんの声の他に、かっちりとした女性の声が聞こえてくる。話の内容から察するに、この休憩室に常駐している職員さんだろうか。薬という言葉も聞こえてきたので、もしかしたらお医者さんという可能性もある。
眩暈がひどい中でも、周囲の様子を窺うくらいの余裕は出てきた。良かった、とは思うけれども、具合が悪いことには変わりなく、うえ、と小さく声を漏らしてしまう。
「アイラさん、大丈夫ですか?」
「まだ気持ち悪いです」
素直に答えると、ガルさんは私が少しの振動も感じないように、そっとベッドに横たえさせてくれた。そのまま目を閉じて何度か深呼吸をすると、気持ち悪さが少しだけ緩和された気がする。
ふー、と長く息を吐いていると、ガルさん以外の気配が傍に立ったのを感じた。
「転送酔いに効く薬です。飲めそうですか?」
職員さんと思われる女性の声が聞こえたので、私は小さく頷いて目を開ける。女性は私のこの反応を確認してから、薬と水をガルさんに渡していた。
ガルさんの手の中にある薬の形を見るに、どうやら粉タイプらしい。この具合の悪い時に粉薬はなかなか辛いものがあるけれど、贅沢は言っていられない。
私はゆっくりと体を起こして、ガルさんから薬と水を受け取った。うう、見た目からして苦そうな薬だ。これはもう速効で飲み干さないと。でも失敗したら薬が喉に張り付いて咳き込むなんてこともあるから、そこは慎重にいかなければ。
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