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第二章 田舎娘とお猫様の初めての都会
田舎娘は、初めて都会に足を踏み入れる
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その後一時間ほど休憩し体調が回復したところで、私たちはゲパルドのポータルを出た。
扉が開いた先に広がる光景が目に入り、私は思わず歓声を上げてしまう。
「うわあ……!」
たくさんの人々が行き交うレンガ造りの大通りには、いい香りを漂わせる屋台がたくさん並んでいて、人族だけでなく魔族も商品を買い求めていた。他にも通りに面したお店はおしゃれなものも多く、着飾った女性が楽しそうに買い物をしている。
あっちは家族連れだろうか。小さい男の子がおもちゃをねだっているみたいだ。こっちは恋人同士かな、露店のアクセサリーをしげしげと眺めている。きっちりと髭を整えている品の良い男性は、花屋さんで綺麗な花束を受け取っていた。奥さんへのプレゼントなのかな。
とにかく、観察が追い着かないくらいの人、人、人。この視界に入る人たちだけで、テスの村の人口を超えていることは確実だ。
ああ、都会だ。私はとうとう、都会にやって来たのだ。
「ふああ、都会すごい」
前世でも全国的に見て都会とは言えない場所に住んでいたので、この人波や喧噪は新鮮に思えるし感動する。ゲパルドを訪れることになった経緯はあまり嬉しくないものだったけれど、ここまで旅行ができたと思えば十分におつりが来るレベルだ。しかもタダだし、騎士様のエスコート付き。
なんて贅沢をさせてもらったんだ、と内心で呟いて、私は隣に立つガルさんを見上げた。彼はとても微笑ましいものを見たとでもいうように、穏やかな笑顔を浮かべている。
あ、これ、私がお上りさん状態だったのをしっかり見られていたな。ここまでくると恥ずかしいという感情が麻痺してきたぞ。
「……えっと、マロンの検査に行きましょうか、ガルさん」
「そうですね。ですが、いいのですか? 少し観光をしても構いませんよ?」
ガルさんはわざとらしく私に尋ねる。え、という言葉を飲み込んでガルさんを見上げれば、彼はちょっぴり意地悪な表情をしていた。
「っ、もうっ! ガルさん、からかわないでくださいよ!」
「ふふ、すみません。アイラさんがとても楽しそうにしていたので、つい」
クスクスと控えめな笑い声を漏らしたガルさんは、ですが、と更に言葉を続ける。
「マロンちゃんの検査が終わったら、ゆっくり観光しましょう。私が案内しますよ」
「え? ガルさんが? お仕事は大丈夫なんですか?」
私のこの質問に、ガルさんの体がぴしりと固まる。うーん、この反応。まさかとは思うけど、ガルさん、お仕事溜め込んでいたりしないよね? とても真面目そうに見えるから、サボり癖があるようには思えないけれど。
そんな風に私が心配していると、ガルさんは小さく咳払いをして口を開いた。
「……大丈夫です。あの森へ派遣される前に、デスクワークは一通り終わらせてきたので」
ガルさんの言葉に一瞬の間があったように感じたんだけど、気のせいだろうか。疑問を抱いた私はうっかり首を傾げたんだけど、ガルさんはそれに対してわずかに眉を動かしただけで、特に何も言うつもりはないらしい。彼はこれ以上の追求を逃れるように、さあ! と不自然に声を上げた。
「検査施設に行きましょう。マロンちゃんも袋から出ることができなくて窮屈な思いをしているでしょうから」
ガルさんの態度に思うところはあるけれどマロンのことを考えたら彼の言う通りなので、私は素直に頷いた。
検査施設はポータルからはだいぶ離れた所にあるということなので、私たちはそちらへ向かっていた。その場所というのが、魔王様の居城であるお城の近くにある森の中。その森は国が所有しているらしく、他にも様々な研究機関が集まっているということだった。
「森の中が一つの町のようになっているんですよ」
そう説明してくれたのはもちろん、ガルさんだ。
この森は通称『アルケミーフォレスト』と呼ばれているらしい。それというのも、あらゆる分野の専門家たちが集まっていつしか町を形成していたからだとか。
研究者はほとんどが魔族とのことだけど、最近は人族も増えているという。種族の垣根を越え、彼らは手を取り合い日夜研究に励んでいるそうだ。
例えば古代魔法を研究する者や、逆に新たな魔法を作り出そうとする者がいる。
例えば植物の成分を研究する者もいれば、それを用いた薬の開発をする者もいる。
例えばより美味しく、そして栽培が容易な作物を開発するべく、品種改良に心血を注ぐ者もいる。
例えば鉱物の新たな加工技術や利用方法を模索し続ける者もいる。
私たちの生活に遠からず関係している研究だけでもたくさんあるそうだが、中には自分の興味関心のためだけに研究をしている者もいるという話だ。しかしそういった研究の中から革新的な技術やアイディアが生まれることもあるので、国は研究資金を出し惜しみしないんだって。
そうそう、歴史研究も盛んに行われているそうだ。ただ、長命な魔族にとっては千年前ですらも割と最近という認識らしく、人気があるのは創世期と呼ばれている魔族が誕生したとされる時代と、古代魔法時代と呼ばれている現魔王国が建国される以前の歴史とのこと。
……まあ、その理由も頷ける。だって、神王国と戦争していた時代の魔族の人たち、まだ普通に生きてるんだもの。
「長命であるという点は、長期的に連続する記録を取るのにはとても向いているのですが、短期間に何かしらの結果を出して欲しい時は発破を掛けないと報告書の一つも上がってこないんですよね」
気が長すぎるというのも困りものだ。聞くところによると、ガルさんの部下も書類を溜めこみがちらしい。長いこと口酸っぱく注意をし続けたことである程度改善はしたそうだけど、未だに半年前や、下手したら一年以上前に提出された要望書などが紛れ込んでいることがあるのだという。
「だから緊急性の高い書類などを扱う行政機関などでは人族の雇用が多いんですよ。彼らは仕事が速いですから」
人族がいなかったらここまで魔王国は発展していなかっただろうし、むしろ国として機能していたかすら怪しいです、とガルさんは言い切る。
彼の言葉に、そんなことはないでしょう、と言葉を返そうとしたけれど、自分のところの領主様ののんびり加減を思い出したら、そうも言っていられないことに気が付いたので私は口を噤んだ。
森と一口に言っても、やはり人が住んでいるためか道がきちんと整備されている。ガルさんの後に続いてしばらく進むと、これからマロンがお世話になる研究施設に辿り着いた。そこは魔獣だけでなく、神獣や動物の生態を研究する機関だそうだ。
「彼らの最重要課題は、魔力によって生み出された魔獣が、どうやってこの世界の生命体として定着するに至ったのかを解明することです」
「え? それってどういう意味ですか?」
ガルさんの説明を聞いてもよく分からなかったので尋ねると、彼は思案する様子を見せる。ううむ、としばらく唸っていたガルさんは、そうですね、と言葉を選びながら私の質問に答えてくれた。
「アイラさんは魔獣が前魔王によって生み出された存在だということはご存知ですよね? この魔獣なんですけど、元々は『使い魔』という魔力人形だったんです」
「使い魔、ですか?」
「ええ。あ、使い魔というのは魔族が己の魔力で生み出すしもべのようなものです。しかし詳細な命令はできないので、部下への伝令や遠方にいる者へ手紙を送るなど、そういったことにしか利用されていませんでした」
当時の常識を覆した前魔王様はその使い魔を兵器として転用し、魔獣を生み出した。ガルさんはそう言って、更に言葉を続ける。
「ですが、使い魔というものは本来、体が魔力でできているから生物にはなれないはずなんです。だからこそ、こちらの『デモナベスタガーデン』では、魔獣がどうして生物になったのか、自ら繁殖して数を増やすことができるようになったのか、そういったことを中心に研究をしているんですよ」
私にも分かり易いようにという配慮だろう、ガルさんはなるべく簡単な言葉で、魔獣や使い魔、そして目の前の研究施設……デモナベスタガーデンについて教えてくれた。
それにしても、魔獣にはそんな秘密があっただなんて。
本当なら生き物ですらないはずの魔獣。それがなぜかこの世界の生態系の一部となってしまったのだと聞かされたら、その理由を解明したいという欲求が生まれるのはごく自然なことだろう。私だって気になる。
だって、これはつまり、私が人形やぬいぐるみを作ったら、生き物になって勝手に数を増やし始めたってことなんだから。……冷静に考えたら恐いな?
大繁殖したぬいぐるみが村に大量に押し寄せて襲いかかってくるなんていう、B級ホラーも真っ青なくだらない想像をしている私を現実に呼び戻したのは、マロンのか細い声だった。
「ナァオ」
「あっ、ごめんねマロン。早く袋から出たいよね」
「そうですね。マロンちゃんのためにも早く中に入りましょう」
ガルさんに促された私は、マロンの入っている袋を抱き直し、大きく深呼吸をしてからデモナベスタガーデンの門をくぐった。
扉が開いた先に広がる光景が目に入り、私は思わず歓声を上げてしまう。
「うわあ……!」
たくさんの人々が行き交うレンガ造りの大通りには、いい香りを漂わせる屋台がたくさん並んでいて、人族だけでなく魔族も商品を買い求めていた。他にも通りに面したお店はおしゃれなものも多く、着飾った女性が楽しそうに買い物をしている。
あっちは家族連れだろうか。小さい男の子がおもちゃをねだっているみたいだ。こっちは恋人同士かな、露店のアクセサリーをしげしげと眺めている。きっちりと髭を整えている品の良い男性は、花屋さんで綺麗な花束を受け取っていた。奥さんへのプレゼントなのかな。
とにかく、観察が追い着かないくらいの人、人、人。この視界に入る人たちだけで、テスの村の人口を超えていることは確実だ。
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「ふああ、都会すごい」
前世でも全国的に見て都会とは言えない場所に住んでいたので、この人波や喧噪は新鮮に思えるし感動する。ゲパルドを訪れることになった経緯はあまり嬉しくないものだったけれど、ここまで旅行ができたと思えば十分におつりが来るレベルだ。しかもタダだし、騎士様のエスコート付き。
なんて贅沢をさせてもらったんだ、と内心で呟いて、私は隣に立つガルさんを見上げた。彼はとても微笑ましいものを見たとでもいうように、穏やかな笑顔を浮かべている。
あ、これ、私がお上りさん状態だったのをしっかり見られていたな。ここまでくると恥ずかしいという感情が麻痺してきたぞ。
「……えっと、マロンの検査に行きましょうか、ガルさん」
「そうですね。ですが、いいのですか? 少し観光をしても構いませんよ?」
ガルさんはわざとらしく私に尋ねる。え、という言葉を飲み込んでガルさんを見上げれば、彼はちょっぴり意地悪な表情をしていた。
「っ、もうっ! ガルさん、からかわないでくださいよ!」
「ふふ、すみません。アイラさんがとても楽しそうにしていたので、つい」
クスクスと控えめな笑い声を漏らしたガルさんは、ですが、と更に言葉を続ける。
「マロンちゃんの検査が終わったら、ゆっくり観光しましょう。私が案内しますよ」
「え? ガルさんが? お仕事は大丈夫なんですか?」
私のこの質問に、ガルさんの体がぴしりと固まる。うーん、この反応。まさかとは思うけど、ガルさん、お仕事溜め込んでいたりしないよね? とても真面目そうに見えるから、サボり癖があるようには思えないけれど。
そんな風に私が心配していると、ガルさんは小さく咳払いをして口を開いた。
「……大丈夫です。あの森へ派遣される前に、デスクワークは一通り終わらせてきたので」
ガルさんの言葉に一瞬の間があったように感じたんだけど、気のせいだろうか。疑問を抱いた私はうっかり首を傾げたんだけど、ガルさんはそれに対してわずかに眉を動かしただけで、特に何も言うつもりはないらしい。彼はこれ以上の追求を逃れるように、さあ! と不自然に声を上げた。
「検査施設に行きましょう。マロンちゃんも袋から出ることができなくて窮屈な思いをしているでしょうから」
ガルさんの態度に思うところはあるけれどマロンのことを考えたら彼の言う通りなので、私は素直に頷いた。
検査施設はポータルからはだいぶ離れた所にあるということなので、私たちはそちらへ向かっていた。その場所というのが、魔王様の居城であるお城の近くにある森の中。その森は国が所有しているらしく、他にも様々な研究機関が集まっているということだった。
「森の中が一つの町のようになっているんですよ」
そう説明してくれたのはもちろん、ガルさんだ。
この森は通称『アルケミーフォレスト』と呼ばれているらしい。それというのも、あらゆる分野の専門家たちが集まっていつしか町を形成していたからだとか。
研究者はほとんどが魔族とのことだけど、最近は人族も増えているという。種族の垣根を越え、彼らは手を取り合い日夜研究に励んでいるそうだ。
例えば古代魔法を研究する者や、逆に新たな魔法を作り出そうとする者がいる。
例えば植物の成分を研究する者もいれば、それを用いた薬の開発をする者もいる。
例えばより美味しく、そして栽培が容易な作物を開発するべく、品種改良に心血を注ぐ者もいる。
例えば鉱物の新たな加工技術や利用方法を模索し続ける者もいる。
私たちの生活に遠からず関係している研究だけでもたくさんあるそうだが、中には自分の興味関心のためだけに研究をしている者もいるという話だ。しかしそういった研究の中から革新的な技術やアイディアが生まれることもあるので、国は研究資金を出し惜しみしないんだって。
そうそう、歴史研究も盛んに行われているそうだ。ただ、長命な魔族にとっては千年前ですらも割と最近という認識らしく、人気があるのは創世期と呼ばれている魔族が誕生したとされる時代と、古代魔法時代と呼ばれている現魔王国が建国される以前の歴史とのこと。
……まあ、その理由も頷ける。だって、神王国と戦争していた時代の魔族の人たち、まだ普通に生きてるんだもの。
「長命であるという点は、長期的に連続する記録を取るのにはとても向いているのですが、短期間に何かしらの結果を出して欲しい時は発破を掛けないと報告書の一つも上がってこないんですよね」
気が長すぎるというのも困りものだ。聞くところによると、ガルさんの部下も書類を溜めこみがちらしい。長いこと口酸っぱく注意をし続けたことである程度改善はしたそうだけど、未だに半年前や、下手したら一年以上前に提出された要望書などが紛れ込んでいることがあるのだという。
「だから緊急性の高い書類などを扱う行政機関などでは人族の雇用が多いんですよ。彼らは仕事が速いですから」
人族がいなかったらここまで魔王国は発展していなかっただろうし、むしろ国として機能していたかすら怪しいです、とガルさんは言い切る。
彼の言葉に、そんなことはないでしょう、と言葉を返そうとしたけれど、自分のところの領主様ののんびり加減を思い出したら、そうも言っていられないことに気が付いたので私は口を噤んだ。
森と一口に言っても、やはり人が住んでいるためか道がきちんと整備されている。ガルさんの後に続いてしばらく進むと、これからマロンがお世話になる研究施設に辿り着いた。そこは魔獣だけでなく、神獣や動物の生態を研究する機関だそうだ。
「彼らの最重要課題は、魔力によって生み出された魔獣が、どうやってこの世界の生命体として定着するに至ったのかを解明することです」
「え? それってどういう意味ですか?」
ガルさんの説明を聞いてもよく分からなかったので尋ねると、彼は思案する様子を見せる。ううむ、としばらく唸っていたガルさんは、そうですね、と言葉を選びながら私の質問に答えてくれた。
「アイラさんは魔獣が前魔王によって生み出された存在だということはご存知ですよね? この魔獣なんですけど、元々は『使い魔』という魔力人形だったんです」
「使い魔、ですか?」
「ええ。あ、使い魔というのは魔族が己の魔力で生み出すしもべのようなものです。しかし詳細な命令はできないので、部下への伝令や遠方にいる者へ手紙を送るなど、そういったことにしか利用されていませんでした」
当時の常識を覆した前魔王様はその使い魔を兵器として転用し、魔獣を生み出した。ガルさんはそう言って、更に言葉を続ける。
「ですが、使い魔というものは本来、体が魔力でできているから生物にはなれないはずなんです。だからこそ、こちらの『デモナベスタガーデン』では、魔獣がどうして生物になったのか、自ら繁殖して数を増やすことができるようになったのか、そういったことを中心に研究をしているんですよ」
私にも分かり易いようにという配慮だろう、ガルさんはなるべく簡単な言葉で、魔獣や使い魔、そして目の前の研究施設……デモナベスタガーデンについて教えてくれた。
それにしても、魔獣にはそんな秘密があっただなんて。
本当なら生き物ですらないはずの魔獣。それがなぜかこの世界の生態系の一部となってしまったのだと聞かされたら、その理由を解明したいという欲求が生まれるのはごく自然なことだろう。私だって気になる。
だって、これはつまり、私が人形やぬいぐるみを作ったら、生き物になって勝手に数を増やし始めたってことなんだから。……冷静に考えたら恐いな?
大繁殖したぬいぐるみが村に大量に押し寄せて襲いかかってくるなんていう、B級ホラーも真っ青なくだらない想像をしている私を現実に呼び戻したのは、マロンのか細い声だった。
「ナァオ」
「あっ、ごめんねマロン。早く袋から出たいよね」
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