うちの猫が強すぎる!

シンカワ ジュン

文字の大きさ
19 / 66
第二章 田舎娘とお猫様の初めての都会

田舎娘は、しばらく帰れない

しおりを挟む
 オルカリムとは、通称を『神の奇跡』というらしい。
 未だ長い戦争の時代に、先々代の神王が暇潰しにと人族の国に作り上げた盤上遊戯……『クラーガ・ゲーム』が、オルカリムのルーツなのだという。

「もう、『クラゲ』のせいで魔王国うちは本当に迷惑してるんだよ!」

 あ、そう略すんですね、なんて合いの手を入れる間もなく、サディさんはクラーガ・ゲームについて私に説明をしてくれた。

「あの性悪の先々代神王、普通に戦争するのも面白くないからってクラゲを作ったんだよ。人族に試練を与えて、それをクリアした者に強力な力を与えるっていう代物をね。で、力を得た人族に『諸悪の根源である魔王を倒せ!』なんて言って焚き付けたの!」
「当時の魔王国は人族を労働奴隷として攫っていたから、確かに彼らにとって大きな敵であったことは間違いありません。ですが、神王国も同じように人族を攫っていたのだから魔王国だけを一方的に悪と断定されるのは、まあ、さすがに腹が立ちましたよね」

 そう話すジャル様の眉間に深いしわが刻まれる。サディさんの顔にも女性を虜にする笑顔はない。
 彼らの表情を見た私は奇妙な違和感を覚えた。なんだろう、過去に起こった出来事を思い出して苛立ちを顕わにしているように思えないのだ。

 この私の疑問は、大きな溜め息をついたジャル様が放った言葉で解決されることになった。

「一般国民には公にしていないのですが、魔王国はここ三年ほど、人族の国から定期的に攻撃を受けているのです」

 そんなこと初耳だ。神王国との戦争は私が生まれるよりも遙か昔に終わってて平和そのものの魔王国が、どうして人族の国から攻撃されなければならないのだろう。少なくとも今の魔王国は侵略行為だとかそういったことは一切行っていないはずだ。神王国とも友好関係を築いているのだし。

 私が一人うんうんと唸っていると、ジャル様の説明を補足するようにサディさんが口を開いた。

「処分したはずのクラゲが十年くらい前に発掘されてしまったんだ。ボクたちや神王国からしてみたら、クラゲは先々代の性悪神王の嫌な置き土産だけど、人族にとっては神の遺産だからね」
「神の遺産、ですか?」
「そう。戦争を一番引っかき回してた先々代の神王が、人族の国では救世の神として信仰されてるんだよ。ヤツの名前から取って『ウォルフ教』っていう一大宗教になってるんだけどさ。そんなヤツが唱えた『魔王諸悪の根源説』があるせいで、人族の国ではボクたち魔族は悪者扱いされてるんだよ」
「ええー……」

 サディさんの説明を聞いて、思わず呆れたような声を漏らしてしまう。魔族の方々が悪者だなんて、はっきり言ってとんでもない。その先々代の神王様……名前をウォルフ様というらしいが、なんてことをしてくれたのだ。

「もうさ、戦争してる時も何かあったら大体アイツのせいってボクらは言ってたけど、本当に大体ヤツのせいなんだよね」
「ウォルフの享楽的な性格には本当に手を焼きました。戦争終結後、ウォルフの尻拭いをすることになった先代神王は過労で倒れてしまうし、本当にヤツは碌なことをしないですよ」

 まさかのジャル様にまで、先々代の神王様であるウォルフ様はボロクソ言われている。この二人の反応を見るに、ウォルフ様は相当なことを散々やらかしてきたようだ。

 何やら剣呑な空気が漂い始めるも、それを掻き消すように、台の上でお行儀良くお座りしていたマロンがにゃあ、と鳴いた。

「ゥルニャア」

 ちょっぴり甘え声だ。この声音には覚えがある。これは「病院の診察を我慢したんだから、おやつをちょうだい」の鳴き声だ。

「ああ、マロン、そうだったね、ちゃんと我慢できて偉いね」
「ニャーン」

 私はマロンを抱き上げて、彼女が喜ぶところをこしょこしょと撫でてやる。マロンは気持ち良さそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。

「うわあ、可愛い」

 そう言ったのはサディさんだ。彼はマロンからネコパンチで吹っ飛ばされるという塩どころか激辛の対応をされていたので、甘えん坊の姿が珍しいらしい。どことなく羨ましそうな目で見られてしまった。

「そうです。マロンちゃんは可愛いのですよ」

 こちらをじぃ、と見つめるサディさんに、ジャル様が自慢げに言い放つ。なぜジャル様がマロンの可愛さを布教するのかという疑問はあるけれど、その言葉には全面的に同意するのでもっと言って欲しい。私も一緒になって猫という生き物の素晴らしさをプレゼンしますから。

 思考がだんだんと逸れて行っていた私だったけど、すぐに軌道修正するべく頭を振る。いけないいけない、マロンのこととなるとすぐ周りが見えなくなっちゃう。
 私は一度だけ深呼吸して、ジャル様とサディさんに声を掛けた。

「あの、マロンに『オルカリム』が授けられているということでしたが、この場合私たちはどうなるのでしょうか?」

 そう、私が気になっているのはその一点だ。

 今回の検査で、マロンは『オルカリム』とかいうはた迷惑なものを授けられている生き物であることが発覚してしまった。そしてこの話の流れから、先々代の神王であるウォルフ様というのが、私とマロンがこの世界に転生するきっかけを作ったあのギャル男だろうということも察してしまった。

 私たちをトラックで轢き殺したアイツ、ジャル様たちが言う通り本当に碌なことをしないな。

 そんな心の声はおくびにも出さず、私はジャル様の言葉を待った。

 ジャル様とサディさんはお互いに顔を見合わせて、ううん、と難しい顔をする。しばらく悩んでいた二人は、ある程度脳内で考えをまとめたらしく、おもむろに顔を上げ口を開いた。

「そうですね……アイラさんとマロンちゃんには悪いですが、このままテスにお帰りいただく、ということはできません」
「とりあえず、なんでその子がオルカリムを持っているのかっていう調査をしないといけないかな。今までは人族だけがオルカリムを持つことができると考えられてきたから」

 やはり、私は帰ることができないらしい。だけど状況が状況だから、理解も納得もできる。

 どうしよう、私とマロンはそのウォルフ様とやらに転生させられた存在だと、ジャル様たちに話した方がいいのだろうか。
 そんなふうに迷ったのがいけなかったのだろう。ジャル様がとある提案をすることを、私は阻止することができなかった。

「仕方がありません。この件に関しては神王の協力を仰ぎましょう」
「それがいいだろうね。オルカリムに関しての専門は向こうだし、こういった例外も研究対象になるだろうから」

 ホワッツ? と。

 特に得意でもなんでもなかった英語が反射的に口からこぼれ出る。え、お隣の国の一番偉い人……神王様まで巻き込んでマロンのことを調べるの? 嘘でしょ?

「アイラさん、すみませんがもうしばらく協力をお願いします。こちらに滞在していただく間は、客人として丁重にもてなしますので」
「神王様がこっちに来るまでは、ボクがマロンの体調確認とかするよ。あ、せっかくだから、その子がどんなものを食べているのかとか、一日の活動内容だとか、そういったことを教えてもらえると嬉しいな!」

 ジャル様は申し訳なさそうに、サディさんは楽しそうにお願いをしてくる。この二人の申し出を断るなんて、私にはとてもできそうにない。

 これはいよいよ大事になってきたぞ。

 私はマロンをごねごねと撫でながら、ヒヤヒヤとしている内心を悟らせないように引きつった笑みを浮かべる。

 とりあえず、マロンの検査に時間が掛かりそうだっていうことと、ジャル様の専属シェフにならないかと誘われたことをお父さんに報告しなきゃ。さすがに手紙を出すくらいは問題ないはずだよね。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...