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第二章 田舎娘とお猫様の初めての都会
田舎娘は、しばらく帰れない
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オルカリムとは、通称を『神の奇跡』というらしい。
未だ長い戦争の時代に、先々代の神王が暇潰しにと人族の国に作り上げた盤上遊戯……『クラーガ・ゲーム』が、オルカリムのルーツなのだという。
「もう、『クラゲ』のせいで魔王国は本当に迷惑してるんだよ!」
あ、そう略すんですね、なんて合いの手を入れる間もなく、サディさんはクラーガ・ゲームについて私に説明をしてくれた。
「あの性悪の先々代神王、普通に戦争するのも面白くないからってクラゲを作ったんだよ。人族に試練を与えて、それをクリアした者に強力な力を与えるっていう代物をね。で、力を得た人族に『諸悪の根源である魔王を倒せ!』なんて言って焚き付けたの!」
「当時の魔王国は人族を労働奴隷として攫っていたから、確かに彼らにとって大きな敵であったことは間違いありません。ですが、神王国も同じように人族を攫っていたのだから魔王国だけを一方的に悪と断定されるのは、まあ、さすがに腹が立ちましたよね」
そう話すジャル様の眉間に深いしわが刻まれる。サディさんの顔にも女性を虜にする笑顔はない。
彼らの表情を見た私は奇妙な違和感を覚えた。なんだろう、過去に起こった出来事を思い出して苛立ちを顕わにしているように思えないのだ。
この私の疑問は、大きな溜め息をついたジャル様が放った言葉で解決されることになった。
「一般国民には公にしていないのですが、魔王国はここ三年ほど、人族の国から定期的に攻撃を受けているのです」
そんなこと初耳だ。神王国との戦争は私が生まれるよりも遙か昔に終わってて平和そのものの魔王国が、どうして人族の国から攻撃されなければならないのだろう。少なくとも今の魔王国は侵略行為だとかそういったことは一切行っていないはずだ。神王国とも友好関係を築いているのだし。
私が一人うんうんと唸っていると、ジャル様の説明を補足するようにサディさんが口を開いた。
「処分したはずのクラゲが十年くらい前に発掘されてしまったんだ。ボクたちや神王国からしてみたら、クラゲは先々代の性悪神王の嫌な置き土産だけど、人族にとっては神の遺産だからね」
「神の遺産、ですか?」
「そう。戦争を一番引っかき回してた先々代の神王が、人族の国では救世の神として信仰されてるんだよ。ヤツの名前から取って『ウォルフ教』っていう一大宗教になってるんだけどさ。そんなヤツが唱えた『魔王諸悪の根源説』があるせいで、人族の国ではボクたち魔族は悪者扱いされてるんだよ」
「ええー……」
サディさんの説明を聞いて、思わず呆れたような声を漏らしてしまう。魔族の方々が悪者だなんて、はっきり言ってとんでもない。その先々代の神王様……名前をウォルフ様というらしいが、なんてことをしてくれたのだ。
「もうさ、戦争してる時も何かあったら大体アイツのせいってボクらは言ってたけど、本当に大体ヤツのせいなんだよね」
「ウォルフの享楽的な性格には本当に手を焼きました。戦争終結後、ウォルフの尻拭いをすることになった先代神王は過労で倒れてしまうし、本当にヤツは碌なことをしないですよ」
まさかのジャル様にまで、先々代の神王様であるウォルフ様はボロクソ言われている。この二人の反応を見るに、ウォルフ様は相当なことを散々やらかしてきたようだ。
何やら剣呑な空気が漂い始めるも、それを掻き消すように、台の上でお行儀良くお座りしていたマロンがにゃあ、と鳴いた。
「ゥルニャア」
ちょっぴり甘え声だ。この声音には覚えがある。これは「病院の診察を我慢したんだから、おやつをちょうだい」の鳴き声だ。
「ああ、マロン、そうだったね、ちゃんと我慢できて偉いね」
「ニャーン」
私はマロンを抱き上げて、彼女が喜ぶところをこしょこしょと撫でてやる。マロンは気持ち良さそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「うわあ、可愛い」
そう言ったのはサディさんだ。彼はマロンからネコパンチで吹っ飛ばされるという塩どころか激辛の対応をされていたので、甘えん坊の姿が珍しいらしい。どことなく羨ましそうな目で見られてしまった。
「そうです。マロンちゃんは可愛いのですよ」
こちらをじぃ、と見つめるサディさんに、ジャル様が自慢げに言い放つ。なぜジャル様がマロンの可愛さを布教するのかという疑問はあるけれど、その言葉には全面的に同意するのでもっと言って欲しい。私も一緒になって猫という生き物の素晴らしさをプレゼンしますから。
思考がだんだんと逸れて行っていた私だったけど、すぐに軌道修正するべく頭を振る。いけないいけない、マロンのこととなるとすぐ周りが見えなくなっちゃう。
私は一度だけ深呼吸して、ジャル様とサディさんに声を掛けた。
「あの、マロンに『オルカリム』が授けられているということでしたが、この場合私たちはどうなるのでしょうか?」
そう、私が気になっているのはその一点だ。
今回の検査で、マロンは『オルカリム』とかいうはた迷惑なものを授けられている生き物であることが発覚してしまった。そしてこの話の流れから、先々代の神王であるウォルフ様というのが、私とマロンがこの世界に転生するきっかけを作ったあのギャル男だろうということも察してしまった。
私たちをトラックで轢き殺したアイツ、ジャル様たちが言う通り本当に碌なことをしないな。
そんな心の声はおくびにも出さず、私はジャル様の言葉を待った。
ジャル様とサディさんはお互いに顔を見合わせて、ううん、と難しい顔をする。しばらく悩んでいた二人は、ある程度脳内で考えをまとめたらしく、おもむろに顔を上げ口を開いた。
「そうですね……アイラさんとマロンちゃんには悪いですが、このままテスにお帰りいただく、ということはできません」
「とりあえず、なんでその子がオルカリムを持っているのかっていう調査をしないといけないかな。今までは人族だけがオルカリムを持つことができると考えられてきたから」
やはり、私は帰ることができないらしい。だけど状況が状況だから、理解も納得もできる。
どうしよう、私とマロンはそのウォルフ様とやらに転生させられた存在だと、ジャル様たちに話した方がいいのだろうか。
そんなふうに迷ったのがいけなかったのだろう。ジャル様がとある提案をすることを、私は阻止することができなかった。
「仕方がありません。この件に関しては神王の協力を仰ぎましょう」
「それがいいだろうね。オルカリムに関しての専門は向こうだし、こういった例外も研究対象になるだろうから」
ホワッツ? と。
特に得意でもなんでもなかった英語が反射的に口からこぼれ出る。え、お隣の国の一番偉い人……神王様まで巻き込んでマロンのことを調べるの? 嘘でしょ?
「アイラさん、すみませんがもうしばらく協力をお願いします。こちらに滞在していただく間は、客人として丁重にもてなしますので」
「神王様がこっちに来るまでは、ボクがマロンの体調確認とかするよ。あ、せっかくだから、その子がどんなものを食べているのかとか、一日の活動内容だとか、そういったことを教えてもらえると嬉しいな!」
ジャル様は申し訳なさそうに、サディさんは楽しそうにお願いをしてくる。この二人の申し出を断るなんて、私にはとてもできそうにない。
これはいよいよ大事になってきたぞ。
私はマロンをごねごねと撫でながら、ヒヤヒヤとしている内心を悟らせないように引きつった笑みを浮かべる。
とりあえず、マロンの検査に時間が掛かりそうだっていうことと、ジャル様の専属シェフにならないかと誘われたことをお父さんに報告しなきゃ。さすがに手紙を出すくらいは問題ないはずだよね。
未だ長い戦争の時代に、先々代の神王が暇潰しにと人族の国に作り上げた盤上遊戯……『クラーガ・ゲーム』が、オルカリムのルーツなのだという。
「もう、『クラゲ』のせいで魔王国は本当に迷惑してるんだよ!」
あ、そう略すんですね、なんて合いの手を入れる間もなく、サディさんはクラーガ・ゲームについて私に説明をしてくれた。
「あの性悪の先々代神王、普通に戦争するのも面白くないからってクラゲを作ったんだよ。人族に試練を与えて、それをクリアした者に強力な力を与えるっていう代物をね。で、力を得た人族に『諸悪の根源である魔王を倒せ!』なんて言って焚き付けたの!」
「当時の魔王国は人族を労働奴隷として攫っていたから、確かに彼らにとって大きな敵であったことは間違いありません。ですが、神王国も同じように人族を攫っていたのだから魔王国だけを一方的に悪と断定されるのは、まあ、さすがに腹が立ちましたよね」
そう話すジャル様の眉間に深いしわが刻まれる。サディさんの顔にも女性を虜にする笑顔はない。
彼らの表情を見た私は奇妙な違和感を覚えた。なんだろう、過去に起こった出来事を思い出して苛立ちを顕わにしているように思えないのだ。
この私の疑問は、大きな溜め息をついたジャル様が放った言葉で解決されることになった。
「一般国民には公にしていないのですが、魔王国はここ三年ほど、人族の国から定期的に攻撃を受けているのです」
そんなこと初耳だ。神王国との戦争は私が生まれるよりも遙か昔に終わってて平和そのものの魔王国が、どうして人族の国から攻撃されなければならないのだろう。少なくとも今の魔王国は侵略行為だとかそういったことは一切行っていないはずだ。神王国とも友好関係を築いているのだし。
私が一人うんうんと唸っていると、ジャル様の説明を補足するようにサディさんが口を開いた。
「処分したはずのクラゲが十年くらい前に発掘されてしまったんだ。ボクたちや神王国からしてみたら、クラゲは先々代の性悪神王の嫌な置き土産だけど、人族にとっては神の遺産だからね」
「神の遺産、ですか?」
「そう。戦争を一番引っかき回してた先々代の神王が、人族の国では救世の神として信仰されてるんだよ。ヤツの名前から取って『ウォルフ教』っていう一大宗教になってるんだけどさ。そんなヤツが唱えた『魔王諸悪の根源説』があるせいで、人族の国ではボクたち魔族は悪者扱いされてるんだよ」
「ええー……」
サディさんの説明を聞いて、思わず呆れたような声を漏らしてしまう。魔族の方々が悪者だなんて、はっきり言ってとんでもない。その先々代の神王様……名前をウォルフ様というらしいが、なんてことをしてくれたのだ。
「もうさ、戦争してる時も何かあったら大体アイツのせいってボクらは言ってたけど、本当に大体ヤツのせいなんだよね」
「ウォルフの享楽的な性格には本当に手を焼きました。戦争終結後、ウォルフの尻拭いをすることになった先代神王は過労で倒れてしまうし、本当にヤツは碌なことをしないですよ」
まさかのジャル様にまで、先々代の神王様であるウォルフ様はボロクソ言われている。この二人の反応を見るに、ウォルフ様は相当なことを散々やらかしてきたようだ。
何やら剣呑な空気が漂い始めるも、それを掻き消すように、台の上でお行儀良くお座りしていたマロンがにゃあ、と鳴いた。
「ゥルニャア」
ちょっぴり甘え声だ。この声音には覚えがある。これは「病院の診察を我慢したんだから、おやつをちょうだい」の鳴き声だ。
「ああ、マロン、そうだったね、ちゃんと我慢できて偉いね」
「ニャーン」
私はマロンを抱き上げて、彼女が喜ぶところをこしょこしょと撫でてやる。マロンは気持ち良さそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「うわあ、可愛い」
そう言ったのはサディさんだ。彼はマロンからネコパンチで吹っ飛ばされるという塩どころか激辛の対応をされていたので、甘えん坊の姿が珍しいらしい。どことなく羨ましそうな目で見られてしまった。
「そうです。マロンちゃんは可愛いのですよ」
こちらをじぃ、と見つめるサディさんに、ジャル様が自慢げに言い放つ。なぜジャル様がマロンの可愛さを布教するのかという疑問はあるけれど、その言葉には全面的に同意するのでもっと言って欲しい。私も一緒になって猫という生き物の素晴らしさをプレゼンしますから。
思考がだんだんと逸れて行っていた私だったけど、すぐに軌道修正するべく頭を振る。いけないいけない、マロンのこととなるとすぐ周りが見えなくなっちゃう。
私は一度だけ深呼吸して、ジャル様とサディさんに声を掛けた。
「あの、マロンに『オルカリム』が授けられているということでしたが、この場合私たちはどうなるのでしょうか?」
そう、私が気になっているのはその一点だ。
今回の検査で、マロンは『オルカリム』とかいうはた迷惑なものを授けられている生き物であることが発覚してしまった。そしてこの話の流れから、先々代の神王であるウォルフ様というのが、私とマロンがこの世界に転生するきっかけを作ったあのギャル男だろうということも察してしまった。
私たちをトラックで轢き殺したアイツ、ジャル様たちが言う通り本当に碌なことをしないな。
そんな心の声はおくびにも出さず、私はジャル様の言葉を待った。
ジャル様とサディさんはお互いに顔を見合わせて、ううん、と難しい顔をする。しばらく悩んでいた二人は、ある程度脳内で考えをまとめたらしく、おもむろに顔を上げ口を開いた。
「そうですね……アイラさんとマロンちゃんには悪いですが、このままテスにお帰りいただく、ということはできません」
「とりあえず、なんでその子がオルカリムを持っているのかっていう調査をしないといけないかな。今までは人族だけがオルカリムを持つことができると考えられてきたから」
やはり、私は帰ることができないらしい。だけど状況が状況だから、理解も納得もできる。
どうしよう、私とマロンはそのウォルフ様とやらに転生させられた存在だと、ジャル様たちに話した方がいいのだろうか。
そんなふうに迷ったのがいけなかったのだろう。ジャル様がとある提案をすることを、私は阻止することができなかった。
「仕方がありません。この件に関しては神王の協力を仰ぎましょう」
「それがいいだろうね。オルカリムに関しての専門は向こうだし、こういった例外も研究対象になるだろうから」
ホワッツ? と。
特に得意でもなんでもなかった英語が反射的に口からこぼれ出る。え、お隣の国の一番偉い人……神王様まで巻き込んでマロンのことを調べるの? 嘘でしょ?
「アイラさん、すみませんがもうしばらく協力をお願いします。こちらに滞在していただく間は、客人として丁重にもてなしますので」
「神王様がこっちに来るまでは、ボクがマロンの体調確認とかするよ。あ、せっかくだから、その子がどんなものを食べているのかとか、一日の活動内容だとか、そういったことを教えてもらえると嬉しいな!」
ジャル様は申し訳なさそうに、サディさんは楽しそうにお願いをしてくる。この二人の申し出を断るなんて、私にはとてもできそうにない。
これはいよいよ大事になってきたぞ。
私はマロンをごねごねと撫でながら、ヒヤヒヤとしている内心を悟らせないように引きつった笑みを浮かべる。
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