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第二章 田舎娘とお猫様の初めての都会
田舎娘は、楽しく料理をする
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マロンがひょこりと起き上がったのは、揚げ物用の油をようやく見つけ出した時だった。
「ニャー」
「マロン、どうしたの?」
成形したハンバーグや衣を付け終えた魚などは冷蔵庫(と、私は呼ぶことにした)にしまい、鍋類にも蓋をしていたので、私はにゃあにゃあ鳴いているマロンをよいしょと抱き上げる。ゴロゴロと喉を鳴らし、私の胸に額を擦り付けてくる様子がとても愛らしい。
「ふふ、どうしたの? 甘えん坊さんだね」
抱っこしたままマロンの鼻先をこしょこしょとくすぐると、彼女はうっとりと目を細めた。
「ニャン」
ゴロゴロと喉を鳴らしたまま、マロンが私を見つめてくる。黄色いお目々がきらきらと光っていて、そのあまりの綺麗さに私は感嘆の溜め息を漏らしてしまった。
まったく、猫という生き物は本当に奇跡の産物としか思えない。世界中の人間が猫の奴隷になってしまうのも頷けるという話だ。
「ニャー、ニャァ」
マロンが右前足をぐっと伸ばし、私のあごをペシペシと叩く。肉球が柔らかくて冷たい。これは最高のご褒美だ、なんてことを考えていると、唐突にマロンの爪がニュッと伸びて私のあご先を掠った。傷にはなっていないだろうけど、地味に痛い。
「もう、どうしたの?」
「ニャーン」
マロンは一声鳴くと、私の腕の中からするりと抜け出てしまった。そしてトコトコと歩き出し、冷蔵庫の前にちょこんと座る。
ああ、なるほど。
「ご飯ね」
お猫様が何を所望しているのか察した私の声を聞いてか、マロンの尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れた。
まったく、そんなに嬉しそうにしてくれるのなら、とびきり美味しいものを作ってあげないといけないじゃない。
「でも、ここの食材はお仕事用のだから、ジャル様に許可を取ってからしか作れないよ」
「ニャ!?」
マロンは私の言葉を聞いてこちらを振り向くと「なんで!?」とでも叫んでいるかのような声を上げた。
……マロン、もしかしてとは思っていたけれど、私の言っている言葉の意味分かってるよね? これもオルカリムとかいうものの効果なのかな。
「マロン、ごめんね。お仕事っていうのは責任を持ってきちんとしなきゃいけないの。まあでも、ジャル様だったらマロンが甘えてお願いしたら許可してくれると思うよ」
だってジャル様、マロンに対してデレデレだし。
ある程度仕込みも終了したのでマロンも連れて厨房から出た私は、必死にエプロンをパタパタしていた。何せ毛だらけなのだ。マロンはとても可愛いのだけれど、こうして毛が付いてしまうのだけはいただけない。
「サディさんに言ったら粘着テープ作ってくれないかなぁ」
エプロンのおかげで服は毛まみれの刑から逃れられたけれど、それでも腕の部分には付いている。これはもうエプロンよりも割烹着の方がいろいろと都合がいいかもしれない。
どうにかこうにか毛を落とし、ふう、と一息つく。お昼ご飯はろくに食べていないけれど、味見をちょこちょことしていたからかお腹はあまり空いていない。
「うーん、お昼の時間というには中途半端だし、だからといってお茶の時間にするのもなんか違うよなぁ」
今までは一応客人扱いだったけれど、今はもうこのお城で働く人間の一人だ。メイドさんたちにお茶をお願いするなんてことはとてもできない。
今まで食べていた美味しいお菓子のことを考えると、その味を思い出して口の中に唾液が溢れる。お茶の時間に出してもらっていた焼き菓子、美味しかったよなぁ。
「……じゃなくて! そうだった、デザートの準備もしないと!」
エプロンに猫の毛が付着していないことを確認してから、私は慌てて厨房に戻った。マロンはというと、自分の居場所を理解しているのか即席ベッドでさっさと丸くなっていた。
「まったく、お猫様って生き物は本当に自由なんだから」
まあ、そこがいいのだけれど。
きっとジャル様も同意してくれるだろう感想を抱きながら、私は冷蔵庫の扉を開けた。
さて、今日作る食後のデザートは実はもう決まっている。
「お子様ランチといえば、やっぱりプリンだよね」
幸い、プリンは作るのが簡単だ。材料である卵もミルクも砂糖もある。バニラビーンズかエッセンスが欲しいところではあるけれど、それはさすがに見付からなかった。
「今度ジャル様か厨房の人にお菓子作りに使えるものがないか聞いてみよう」
もしかしたらここに材料を揃える時に、お菓子作りまでは想定していなかったのかもしれない。だからだろうか、フルーツの類いもあまり充実していなかった。
「お城だからもちろん美味しいジャムなんかたくさんあるんだろうけど、自分好みの味で作り置きとかしたいなぁ」
夢だけがどんどん広がっていく。うっかり変な笑い声を漏らしそうになったところで、そんなふうに確定もしていない未来のことに思いを馳せている場合じゃないことを思い出した。
「いけない、いけない。早くプリンを作らなきゃ」
とはいえ、プリンは本当にお手軽に作れてしまう。カラメル作りが若干苦手だけれど、それは材料さえあれば上手くいくまで何度でもチャレンジできるから心配ない。
頭の中で作業工程をまとめ、よし、と気合いを入れる。さて、まずはカラメルから作ろう。
カラメルの材料は砂糖と水だ。二つを混ぜて鍋を火に掛ける。このカラメルが色付くのを待ちつつ、熱湯も準備する。この熱湯がないと、カラメルはあっという間に焦げ付いてしまうのだ。熱湯を忘れて何度失敗したことか。
そうこうしているうちにカラメルが少しずつ色付いてきた。同時にお湯も沸いたので、いつでも次の作業に移れるように身構える。
白い煙が立つ。鍋を火から下ろす。ここだというタイミングでお湯を入れる。
……失敗した。
なんか真っ黒焦げになった。すぐに作り直せるとはいえ、失敗するとさすがに凹む。でもなんとなくコツを思い出したので、次は大丈夫だろう。
そう前向きに考えて、私はカラメル作りに再挑戦した。その後二回ほど失敗したけれど、どうにかほどよい苦みが美味しいカラメルが出来上がったので満足だ。
さて、次はプリンの卵液作りだ。
まずはミルクと砂糖を混ぜて鍋に入れ、五十から六十度手前程度まで温める。これは温めすぎないのがポイントだ。温めすぎると、次の工程で割り溶いた卵が固まってしまう。そうなるとプリン作りを大失敗したと言っても過言ではない。実際に過去にやった。
「でも温度計なんて便利なもの、ここにあるわけないし……」
こういう時は面倒なので、温めたミルクに指を突っ込むという荒技を行う。火傷するまでいかないけれど熱い、くらいの感覚なら温度的にはたぶん大丈夫だ。
そういうわけで、ミルクを温めつつ次の工程に移る。
次は卵を割り溶くのだが、ここで泡立てないように慎重に混ぜなければならない。これはなめらかな食感を生み出すための大事なポイントだ。うっかり泡立ててしまうと舌触りが悪くなって美味しさが激減してしまう。これも実際に過去にやった。
途中で猫を撫でるという癒やしの工程を挟みたいけれど、ここはぐっと我慢する。自身の分の料理を作っているのなら別にいいけれど、お客様に提供するものに動物の毛が混入していたなんてことになったら洒落にならないからだ。
さて、ミルクもちょうど温まったことだし、先ほどの卵と混ぜていこう。少量別に分けて卵とミルクを混ぜて、変に凝固しなければ準備は完了だ。
「よし、残りも全部まぜてしまおう」
泡立てないように慎重に混ぜ、更なるなめらか食感を生み出すために一度濾す。これで上手く混ざりきらなかった卵黄や卵白が取り除けるので、舌触りが良くなるのだ。
「あとはプリンの容器……になりそうなものにバターを塗って、冷ましたカラメルを流し入れて、その上に卵液を泡立たないように注ぎ入れて……」
天板に五十度くらいのお湯を張って、そこにプリン液を注ぎ入れた容器を並べて、温度低めのオーブンで二十分から二十五分くらい蒸し焼きにしたら完成だ。
「たぶん大丈夫だと思うけど……上手くできますように!」
そんな祈りを込めて、私はオーブンのスイッチを入れた。
「ニャー」
「マロン、どうしたの?」
成形したハンバーグや衣を付け終えた魚などは冷蔵庫(と、私は呼ぶことにした)にしまい、鍋類にも蓋をしていたので、私はにゃあにゃあ鳴いているマロンをよいしょと抱き上げる。ゴロゴロと喉を鳴らし、私の胸に額を擦り付けてくる様子がとても愛らしい。
「ふふ、どうしたの? 甘えん坊さんだね」
抱っこしたままマロンの鼻先をこしょこしょとくすぐると、彼女はうっとりと目を細めた。
「ニャン」
ゴロゴロと喉を鳴らしたまま、マロンが私を見つめてくる。黄色いお目々がきらきらと光っていて、そのあまりの綺麗さに私は感嘆の溜め息を漏らしてしまった。
まったく、猫という生き物は本当に奇跡の産物としか思えない。世界中の人間が猫の奴隷になってしまうのも頷けるという話だ。
「ニャー、ニャァ」
マロンが右前足をぐっと伸ばし、私のあごをペシペシと叩く。肉球が柔らかくて冷たい。これは最高のご褒美だ、なんてことを考えていると、唐突にマロンの爪がニュッと伸びて私のあご先を掠った。傷にはなっていないだろうけど、地味に痛い。
「もう、どうしたの?」
「ニャーン」
マロンは一声鳴くと、私の腕の中からするりと抜け出てしまった。そしてトコトコと歩き出し、冷蔵庫の前にちょこんと座る。
ああ、なるほど。
「ご飯ね」
お猫様が何を所望しているのか察した私の声を聞いてか、マロンの尻尾が嬉しそうにゆらゆらと揺れた。
まったく、そんなに嬉しそうにしてくれるのなら、とびきり美味しいものを作ってあげないといけないじゃない。
「でも、ここの食材はお仕事用のだから、ジャル様に許可を取ってからしか作れないよ」
「ニャ!?」
マロンは私の言葉を聞いてこちらを振り向くと「なんで!?」とでも叫んでいるかのような声を上げた。
……マロン、もしかしてとは思っていたけれど、私の言っている言葉の意味分かってるよね? これもオルカリムとかいうものの効果なのかな。
「マロン、ごめんね。お仕事っていうのは責任を持ってきちんとしなきゃいけないの。まあでも、ジャル様だったらマロンが甘えてお願いしたら許可してくれると思うよ」
だってジャル様、マロンに対してデレデレだし。
ある程度仕込みも終了したのでマロンも連れて厨房から出た私は、必死にエプロンをパタパタしていた。何せ毛だらけなのだ。マロンはとても可愛いのだけれど、こうして毛が付いてしまうのだけはいただけない。
「サディさんに言ったら粘着テープ作ってくれないかなぁ」
エプロンのおかげで服は毛まみれの刑から逃れられたけれど、それでも腕の部分には付いている。これはもうエプロンよりも割烹着の方がいろいろと都合がいいかもしれない。
どうにかこうにか毛を落とし、ふう、と一息つく。お昼ご飯はろくに食べていないけれど、味見をちょこちょことしていたからかお腹はあまり空いていない。
「うーん、お昼の時間というには中途半端だし、だからといってお茶の時間にするのもなんか違うよなぁ」
今までは一応客人扱いだったけれど、今はもうこのお城で働く人間の一人だ。メイドさんたちにお茶をお願いするなんてことはとてもできない。
今まで食べていた美味しいお菓子のことを考えると、その味を思い出して口の中に唾液が溢れる。お茶の時間に出してもらっていた焼き菓子、美味しかったよなぁ。
「……じゃなくて! そうだった、デザートの準備もしないと!」
エプロンに猫の毛が付着していないことを確認してから、私は慌てて厨房に戻った。マロンはというと、自分の居場所を理解しているのか即席ベッドでさっさと丸くなっていた。
「まったく、お猫様って生き物は本当に自由なんだから」
まあ、そこがいいのだけれど。
きっとジャル様も同意してくれるだろう感想を抱きながら、私は冷蔵庫の扉を開けた。
さて、今日作る食後のデザートは実はもう決まっている。
「お子様ランチといえば、やっぱりプリンだよね」
幸い、プリンは作るのが簡単だ。材料である卵もミルクも砂糖もある。バニラビーンズかエッセンスが欲しいところではあるけれど、それはさすがに見付からなかった。
「今度ジャル様か厨房の人にお菓子作りに使えるものがないか聞いてみよう」
もしかしたらここに材料を揃える時に、お菓子作りまでは想定していなかったのかもしれない。だからだろうか、フルーツの類いもあまり充実していなかった。
「お城だからもちろん美味しいジャムなんかたくさんあるんだろうけど、自分好みの味で作り置きとかしたいなぁ」
夢だけがどんどん広がっていく。うっかり変な笑い声を漏らしそうになったところで、そんなふうに確定もしていない未来のことに思いを馳せている場合じゃないことを思い出した。
「いけない、いけない。早くプリンを作らなきゃ」
とはいえ、プリンは本当にお手軽に作れてしまう。カラメル作りが若干苦手だけれど、それは材料さえあれば上手くいくまで何度でもチャレンジできるから心配ない。
頭の中で作業工程をまとめ、よし、と気合いを入れる。さて、まずはカラメルから作ろう。
カラメルの材料は砂糖と水だ。二つを混ぜて鍋を火に掛ける。このカラメルが色付くのを待ちつつ、熱湯も準備する。この熱湯がないと、カラメルはあっという間に焦げ付いてしまうのだ。熱湯を忘れて何度失敗したことか。
そうこうしているうちにカラメルが少しずつ色付いてきた。同時にお湯も沸いたので、いつでも次の作業に移れるように身構える。
白い煙が立つ。鍋を火から下ろす。ここだというタイミングでお湯を入れる。
……失敗した。
なんか真っ黒焦げになった。すぐに作り直せるとはいえ、失敗するとさすがに凹む。でもなんとなくコツを思い出したので、次は大丈夫だろう。
そう前向きに考えて、私はカラメル作りに再挑戦した。その後二回ほど失敗したけれど、どうにかほどよい苦みが美味しいカラメルが出来上がったので満足だ。
さて、次はプリンの卵液作りだ。
まずはミルクと砂糖を混ぜて鍋に入れ、五十から六十度手前程度まで温める。これは温めすぎないのがポイントだ。温めすぎると、次の工程で割り溶いた卵が固まってしまう。そうなるとプリン作りを大失敗したと言っても過言ではない。実際に過去にやった。
「でも温度計なんて便利なもの、ここにあるわけないし……」
こういう時は面倒なので、温めたミルクに指を突っ込むという荒技を行う。火傷するまでいかないけれど熱い、くらいの感覚なら温度的にはたぶん大丈夫だ。
そういうわけで、ミルクを温めつつ次の工程に移る。
次は卵を割り溶くのだが、ここで泡立てないように慎重に混ぜなければならない。これはなめらかな食感を生み出すための大事なポイントだ。うっかり泡立ててしまうと舌触りが悪くなって美味しさが激減してしまう。これも実際に過去にやった。
途中で猫を撫でるという癒やしの工程を挟みたいけれど、ここはぐっと我慢する。自身の分の料理を作っているのなら別にいいけれど、お客様に提供するものに動物の毛が混入していたなんてことになったら洒落にならないからだ。
さて、ミルクもちょうど温まったことだし、先ほどの卵と混ぜていこう。少量別に分けて卵とミルクを混ぜて、変に凝固しなければ準備は完了だ。
「よし、残りも全部まぜてしまおう」
泡立てないように慎重に混ぜ、更なるなめらか食感を生み出すために一度濾す。これで上手く混ざりきらなかった卵黄や卵白が取り除けるので、舌触りが良くなるのだ。
「あとはプリンの容器……になりそうなものにバターを塗って、冷ましたカラメルを流し入れて、その上に卵液を泡立たないように注ぎ入れて……」
天板に五十度くらいのお湯を張って、そこにプリン液を注ぎ入れた容器を並べて、温度低めのオーブンで二十分から二十五分くらい蒸し焼きにしたら完成だ。
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