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第二章 田舎娘とお猫様の初めての都会
田舎娘は、大変なことを聞かされる
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一人わたわたと食事の準備をしていると、いつの間にか太陽も傾き始めていた。
「うわ、もうこんな時間!」
もうすぐジャル様とリオン様が隣の部屋にやって来る。とうとう私の初仕事の成果をお披露目する時がきたのだ。
「ええと、プリンは無事に出来上がったから氷で冷やしてるし、スープは温めて器に注ぐだけ。ハンバーグも下準備はバッチリだし、お魚のフライも揚げるだけ。チキンライスも準備できてる。あとは卵で包むだけだけど、せっかくだから出来立てを食べてもらいたいし……」
指を折りながら口に出してこれからの流れを確認する。お皿と、あと飲み物の準備。他にはナイフとフォーク、スプーンはオムライス用とプリン用の二つが必要だね。
パタパタとなるべく埃を立てないように走り回っていると、即席ベッドで丸くなっていたマロンがぐぐっ、と伸びをしてにゃあ、と鳴いた。
「マロン?」
「ニッ」
彼女は私を見上げて尻尾をピンと立てると、ベッドから出てトコトコと厨房の出入り口まで歩いて行く。そしてドアの前でお行儀良くお座りすると、また短く鳴いた。
「どうしたの?」
マロンの行動が気になって駆け寄ると、ドアの向こうが何やら騒がしいことに気が付く。いったい何があったのだろう、私がそんなありきたりな疑問を抱くのと同時に、ドアの向こうからサディさんの声が聞こえてきた。
「アイラ、いるかい!?」
普段の彼女の様子からは考えられない真剣でありつつ慌てた声に、私は急いでドアを開けた。
「サディさん、どうしたんですか?」
「わあっ、いい匂い! ……じゃなかった! アイラには悪いんだけど、今日の食事会は中止になったことを伝えに来たんだ」
一瞬だけ普段のサディさんに戻ったけれど、すぐに真面目な態度に切り替わる。これはひょっとしなくても、かなり大変な状況なのではないだろうか。
少しだけ張り詰めた空気が辺りに漂う。そのせいか私の背筋もピンと伸びた。
サディさんは一度だけ短く咳払いをすると、申し訳なさそうに眉尻を下げて私の目をまっすぐに見つめてくる。相変わらず顔がいい、なんてことを頭の片隅で考えてしまいそうになったその時、サディさんが口を開いた。
「実は、人族の国が魔王国に喧嘩吹っ掛けてきてさ……」
「え……?」
喧嘩を吹っ掛けてきたって地味に軽いノリで言っているけれど、それってつまり戦争を仕掛けてきたということだよね?
不安になってサディさんを見れば、彼女はぷう、と頬を膨らませている。その表情はまるで子供のようで、私は拍子抜けしてしまった。先ほどまで抱いていた緊迫感も霧散してしまうというものだろう。
そう考えた私はどうやら正しかったらしい。
「もう、今何時だと思ってるんだよアイツら! しかもよりによって今日!」
「え、怒るところそこですか?」
サディさんも、なんだかズレていると思われることを口走る。
私の口をついて出た言葉を耳にしたサディさんは、そりゃそうさ! といつも以上に大仰な身振り手振りでここに来るに至った経緯を話し始めた。
「もうすぐ夕食の時間だって時に、人族の……たぶんアレ勇者とか呼ばれてる連中かな、そいつらが国境付近の砦を攻撃し始めたって連絡が入ったんだよ。ジャルの奴、今日の夕食を楽しみにしてたのに、それを邪魔される形になったワケじゃん?」
「はぁ」
ワケじゃん? と聞かれても。
私はなんて答えたらいいのか分からず生返事をする。この返事を相槌と受け取ったのか、サディさんはそれでさ、と言葉を続けた。
「アイツ、たぶん百年ぶりくらいにブチ切れてたんだよね」
一瞬思考が停止したと思う。だって、サディさんの口から飛び出したその言葉はそれほどまでに耳を疑うものだったのだ。
「え、あの温厚の塊みたいなジャル様がですか?」
「そう、あの全力でぶん殴ったら怒りはしてもブチ切れはしないジャルが、ブチ切れた。それだけアイラの料理が楽しみだったんだよ」
私の料理を楽しみにしてくれていることは素直に嬉しいけれど、今はそんな話をしている場合じゃない。
ジャル様がサディさんの言う通りに『ブチ切れ』たら、その人族の勇者とかいう人たちはどうなってしまうのだろう?
「あの、私が聞くようなことではないとは思うんですけど、ジャル様は今どちらに?」
「ああ、アイツなら現地に行ったよ。魔王ともなると世界中どこでも一瞬で行けるし」
「うわあ」
「今頃勇者たちを制圧し終わってるんじゃない? ジャルってば普段が温厚だから忘れがちだけど、アイツ、たぶん今はこの世界で一番強いし」
衝撃の事実である。
いや、ジャル様は魔王様なんだから、そりゃあ強いとはぼんやりとは思ってたよ。だけどまさか、この世界で一番強いだなんて。
「正直な話、人族と魔族じゃあ、生物的に強さが違いすぎて勝負にならないんだよ。いくらウォルフが『オルカリム』を授けたとしてもね」
「そうなんですか?」
「ああ。アイラにも分かりやすく話をすると、マロンがいい例だよ。あの子、軽く小突いてボクたちを吹っ飛ばす力を持ってるけど、でもそれだけじゃないか。致命傷にならないんだよ」
「……ああ!」
言われてみれば確かにそうだ。マロンは今まで散々魔獣とかサディさんとか、他の魔族の人とかサディさんとか、サディさんとかに対して幾度となくネコパンチを放ってきたけれど、彼らは勢い良く吹き飛ぶだけで直接的な怪我をしている様子はなかった。いや、吹き飛ぶのも大概だけど。
「もしもマロンのパンチにあの現象通りの威力があったら、さすがの魔族でも怪我だけじゃ済まないよ」
「うう、マロンがいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
これはさすがに謝った方がいい。もちろんいつも謝罪してたけど、マロンのネコパンチの危険性について正しく認識していなかったから。結果的には魔族の人たち相手ならそこまでの危険は無いみたいだけどね。
私が平謝りし始めたからだろう、サディさんは一瞬だけ目を丸くした。
「え? あ、いや、それについては気にしないで! ボクらはなんともないから」
「でも」
「でもじゃなーい。はい、この話はおしまい! それより、今は今後の流れの共有だよ。実はさ、食事会は中止になったんだけど、食事は中止になってないんだよね」
……うん? 食事会は中止になったけれど、食事は中止になっていない? え、いったいどういう意味?
いまいち理解できなかったので、私はサディさんに尋ねた。
「あの、どういう意味ですか?」
「あー……実はさ、今回の襲撃を受けてリオンもジャルに『一緒に行こうか』って提案したんだよ。だけど、リオンにも王としての立場があるからさ、魔王国からの支援要請がない限りは来なくていいってジャルが言ったんだ」
「なるほど」
「つまり、リオンはまだこの城に残ってるんだよ。だけど、夕食は厨房では準備していない。この意味、分かるよね?」
……私が今日必死に作った料理を、リオン様だけに提供することになった、と。
「えっと、うん、初めからリオン様にも召し上がっていただくように作っていたけれど……」
とはいえ、私の味方であろうジャル様が食事の席にいないというのは、心細いというか胃がキュッてなるというか。
「すっごく緊張する」
私のこの言葉を聞いたサディさんの目がキラリと光り、待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべた。
「だよね? 実はそう思ってさ、ボクも一緒にご飯を食べていいかい!?」
「サディさん、もしかしなくてもそれが目的で私の所に来ました?」
「当たり前じゃないか!」
えっへん! と、サディさんはまるで子供が得意げに胸を張るかのような動作をする。まったく、この人はどんな状況でも変わらないな。
私はホッと息をつく。どうやら普段通りのサディさんを見て緊張が解れたようだ。
「ふふ。それでは、今から最後の仕上げに取り掛かりますね」
「わーい! それじゃ、もう少ししたらリオンを連れてくるよ! いやあ、楽しみだなぁ!」
ルンルンと今にもスキップをしそうな足取りで、サディさんは一度ここから離れて行った。
よし、それじゃ、今からハンバーグを焼いて、魚のフライも揚げて、チキンライスも軽く炒めて温めて、スープにも火を入れて、卵もたくさん準備しないと。
今後の段取りを頭の中でまとめてから、私は早速作業に取り掛かった。
「うわ、もうこんな時間!」
もうすぐジャル様とリオン様が隣の部屋にやって来る。とうとう私の初仕事の成果をお披露目する時がきたのだ。
「ええと、プリンは無事に出来上がったから氷で冷やしてるし、スープは温めて器に注ぐだけ。ハンバーグも下準備はバッチリだし、お魚のフライも揚げるだけ。チキンライスも準備できてる。あとは卵で包むだけだけど、せっかくだから出来立てを食べてもらいたいし……」
指を折りながら口に出してこれからの流れを確認する。お皿と、あと飲み物の準備。他にはナイフとフォーク、スプーンはオムライス用とプリン用の二つが必要だね。
パタパタとなるべく埃を立てないように走り回っていると、即席ベッドで丸くなっていたマロンがぐぐっ、と伸びをしてにゃあ、と鳴いた。
「マロン?」
「ニッ」
彼女は私を見上げて尻尾をピンと立てると、ベッドから出てトコトコと厨房の出入り口まで歩いて行く。そしてドアの前でお行儀良くお座りすると、また短く鳴いた。
「どうしたの?」
マロンの行動が気になって駆け寄ると、ドアの向こうが何やら騒がしいことに気が付く。いったい何があったのだろう、私がそんなありきたりな疑問を抱くのと同時に、ドアの向こうからサディさんの声が聞こえてきた。
「アイラ、いるかい!?」
普段の彼女の様子からは考えられない真剣でありつつ慌てた声に、私は急いでドアを開けた。
「サディさん、どうしたんですか?」
「わあっ、いい匂い! ……じゃなかった! アイラには悪いんだけど、今日の食事会は中止になったことを伝えに来たんだ」
一瞬だけ普段のサディさんに戻ったけれど、すぐに真面目な態度に切り替わる。これはひょっとしなくても、かなり大変な状況なのではないだろうか。
少しだけ張り詰めた空気が辺りに漂う。そのせいか私の背筋もピンと伸びた。
サディさんは一度だけ短く咳払いをすると、申し訳なさそうに眉尻を下げて私の目をまっすぐに見つめてくる。相変わらず顔がいい、なんてことを頭の片隅で考えてしまいそうになったその時、サディさんが口を開いた。
「実は、人族の国が魔王国に喧嘩吹っ掛けてきてさ……」
「え……?」
喧嘩を吹っ掛けてきたって地味に軽いノリで言っているけれど、それってつまり戦争を仕掛けてきたということだよね?
不安になってサディさんを見れば、彼女はぷう、と頬を膨らませている。その表情はまるで子供のようで、私は拍子抜けしてしまった。先ほどまで抱いていた緊迫感も霧散してしまうというものだろう。
そう考えた私はどうやら正しかったらしい。
「もう、今何時だと思ってるんだよアイツら! しかもよりによって今日!」
「え、怒るところそこですか?」
サディさんも、なんだかズレていると思われることを口走る。
私の口をついて出た言葉を耳にしたサディさんは、そりゃそうさ! といつも以上に大仰な身振り手振りでここに来るに至った経緯を話し始めた。
「もうすぐ夕食の時間だって時に、人族の……たぶんアレ勇者とか呼ばれてる連中かな、そいつらが国境付近の砦を攻撃し始めたって連絡が入ったんだよ。ジャルの奴、今日の夕食を楽しみにしてたのに、それを邪魔される形になったワケじゃん?」
「はぁ」
ワケじゃん? と聞かれても。
私はなんて答えたらいいのか分からず生返事をする。この返事を相槌と受け取ったのか、サディさんはそれでさ、と言葉を続けた。
「アイツ、たぶん百年ぶりくらいにブチ切れてたんだよね」
一瞬思考が停止したと思う。だって、サディさんの口から飛び出したその言葉はそれほどまでに耳を疑うものだったのだ。
「え、あの温厚の塊みたいなジャル様がですか?」
「そう、あの全力でぶん殴ったら怒りはしてもブチ切れはしないジャルが、ブチ切れた。それだけアイラの料理が楽しみだったんだよ」
私の料理を楽しみにしてくれていることは素直に嬉しいけれど、今はそんな話をしている場合じゃない。
ジャル様がサディさんの言う通りに『ブチ切れ』たら、その人族の勇者とかいう人たちはどうなってしまうのだろう?
「あの、私が聞くようなことではないとは思うんですけど、ジャル様は今どちらに?」
「ああ、アイツなら現地に行ったよ。魔王ともなると世界中どこでも一瞬で行けるし」
「うわあ」
「今頃勇者たちを制圧し終わってるんじゃない? ジャルってば普段が温厚だから忘れがちだけど、アイツ、たぶん今はこの世界で一番強いし」
衝撃の事実である。
いや、ジャル様は魔王様なんだから、そりゃあ強いとはぼんやりとは思ってたよ。だけどまさか、この世界で一番強いだなんて。
「正直な話、人族と魔族じゃあ、生物的に強さが違いすぎて勝負にならないんだよ。いくらウォルフが『オルカリム』を授けたとしてもね」
「そうなんですか?」
「ああ。アイラにも分かりやすく話をすると、マロンがいい例だよ。あの子、軽く小突いてボクたちを吹っ飛ばす力を持ってるけど、でもそれだけじゃないか。致命傷にならないんだよ」
「……ああ!」
言われてみれば確かにそうだ。マロンは今まで散々魔獣とかサディさんとか、他の魔族の人とかサディさんとか、サディさんとかに対して幾度となくネコパンチを放ってきたけれど、彼らは勢い良く吹き飛ぶだけで直接的な怪我をしている様子はなかった。いや、吹き飛ぶのも大概だけど。
「もしもマロンのパンチにあの現象通りの威力があったら、さすがの魔族でも怪我だけじゃ済まないよ」
「うう、マロンがいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
これはさすがに謝った方がいい。もちろんいつも謝罪してたけど、マロンのネコパンチの危険性について正しく認識していなかったから。結果的には魔族の人たち相手ならそこまでの危険は無いみたいだけどね。
私が平謝りし始めたからだろう、サディさんは一瞬だけ目を丸くした。
「え? あ、いや、それについては気にしないで! ボクらはなんともないから」
「でも」
「でもじゃなーい。はい、この話はおしまい! それより、今は今後の流れの共有だよ。実はさ、食事会は中止になったんだけど、食事は中止になってないんだよね」
……うん? 食事会は中止になったけれど、食事は中止になっていない? え、いったいどういう意味?
いまいち理解できなかったので、私はサディさんに尋ねた。
「あの、どういう意味ですか?」
「あー……実はさ、今回の襲撃を受けてリオンもジャルに『一緒に行こうか』って提案したんだよ。だけど、リオンにも王としての立場があるからさ、魔王国からの支援要請がない限りは来なくていいってジャルが言ったんだ」
「なるほど」
「つまり、リオンはまだこの城に残ってるんだよ。だけど、夕食は厨房では準備していない。この意味、分かるよね?」
……私が今日必死に作った料理を、リオン様だけに提供することになった、と。
「えっと、うん、初めからリオン様にも召し上がっていただくように作っていたけれど……」
とはいえ、私の味方であろうジャル様が食事の席にいないというのは、心細いというか胃がキュッてなるというか。
「すっごく緊張する」
私のこの言葉を聞いたサディさんの目がキラリと光り、待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべた。
「だよね? 実はそう思ってさ、ボクも一緒にご飯を食べていいかい!?」
「サディさん、もしかしなくてもそれが目的で私の所に来ました?」
「当たり前じゃないか!」
えっへん! と、サディさんはまるで子供が得意げに胸を張るかのような動作をする。まったく、この人はどんな状況でも変わらないな。
私はホッと息をつく。どうやら普段通りのサディさんを見て緊張が解れたようだ。
「ふふ。それでは、今から最後の仕上げに取り掛かりますね」
「わーい! それじゃ、もう少ししたらリオンを連れてくるよ! いやあ、楽しみだなぁ!」
ルンルンと今にもスキップをしそうな足取りで、サディさんは一度ここから離れて行った。
よし、それじゃ、今からハンバーグを焼いて、魚のフライも揚げて、チキンライスも軽く炒めて温めて、スープにも火を入れて、卵もたくさん準備しないと。
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