46 / 66
第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常
魔王様の専属シェフは、二日酔いで具合が悪い
しおりを挟む
「うう……あたまいたい」
眩しい光で目が覚めて、見知らぬ天井に驚いて、次いで襲ってきた頭痛に驚いて呻き声を上げる。
どうやら私は二日酔いとやらになってしまったらしい。まあ、『潮騒亭』で調子に乗ってランジューワインをがぶ飲みしたから、こうなることは当然だろう。
それにしても、ここはいったいどこだろう?
痛む頭を押さえながらゆっくりと体を起こしてみれば、なかなかに豪奢な調度品が目に飛び込んでくる。キラキラしているのとはまた違うけれど、装飾がかなり立派なものばかりだ。
よくよく観察しなくとも、私が寝ていたベッドもかなりの上物だ。ほどよい反発力を持つふかふかのベッドは、お城で使用されているものに引けを取らないだろう。
そこまで考えてようやく冷静になった私は、ぽつりと呟いた。
「……ここ、もしかして宿屋?」
いや、もしかしなくても宿屋だ。どう考えても高級な宿屋だ。
「嘘でしょ……私、お酒の飲み過ぎで寝ちゃったの?」
確か、潮騒亭で食事をしたのはまだ昼前だったはず。それだというのに、この外の明るさはなんなのだ。
「まさか私、丸一日寝てた?」
むしろ、考えられるのはそれくらいだ。そして私が宿屋で寝ていたということは、ここまで運んでくれた人がいたはずだ。
それはいったい誰なのか。
……あまり考えたくはないけれど、きっと、おそらく、あの人だろう。
「ニャアン」
「ああ、目が覚めましたか?」
頭を抱えていた私の耳に、マロンとジャル様の声が届いた。慌てて顔を上げると、そこには水差しとコップが乗っているお盆を手にしたジャル様が立っていた。
どうして国王様が水を運んでいるのかという疑問が湧き上がるが、それをさせている原因がほぼ間違いなく自分にあるであろうことは分かる。
だから私は、掛けられていた毛布を慌てて剥ぎ取って誠心誠意を持って土下座をしようとした。しようとしただけで、不恰好に頭を下げるだけになったけれど。
「ジャル様、申し訳ありません! 私ってば、酔ってこんな時間になるまで寝てるなんて!」
この私の謝罪は、ジャル様にとってあまりにも突然のものだったのだろう。彼は驚いたように声を上げた。
「ア、アイラさん! そんなふうに頭を下げる必要はありませんよ。元はといえば、ダニーに飲酒を許可した私が悪いのですから。そんなことより、頭を上げてください。よく冷えたラモナ水です。気分がすっきりしますよ」
「うう……ありがとうございます……」
ジャル様の優しさに甘え、私は顔を上げた。そして彼の手から爽やかな香りのラモナ水を受け取りちびちびと飲む。ほのかな酸味が二日酔いの気持ち悪さを癒してくれた。
ラモナ水を飲み干して、ベッドサイドの小さなテーブルにコップを置く。するとこのタイミングを待っていたと言わんばかりに、マロンが私の膝に飛び乗ってきた。
「ニャン!」
可愛く一声鳴いてから、私の手に頭を擦り付けてくる。この仕草は甘えたくて仕方がない時のものだ。
「ふふ、マロンは可愛いねぇ」
この状態のマロンはとても気前がいいので、ひたすらにごねごねと撫で回すことができる。頭や顎はもちろん、耳の付け根に首元、背中、尻尾の付け根、なんならお腹だって撫でさせてくれるのだ。
しばらくマロンを撫でていた私だったが、一際強くズキンと頭が痛んだことでその手が止まる。うう、と小さく呻いていると、ジャル様が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「アイラさん、頭痛がするのですか?」
「は、はい。二日酔いみたいで……」
ちょっと恥ずかしかったけれど、私は自分の状態をジャル様に正直に伝える。これ以上ジャル様の手を煩わせるのもどうかと思うけれど、痩せ我慢して状況を悪化させる方が後々に響くと考えたら、こっちの方がいくらかいいはずだ。
私の「二日酔い」という言葉を聞いて、ジャル様はああ、と頷いた。
「お酒が残ってしまいましたか。それなら、もう少しゆっくり休んでいてください」
「え、ジャル様、視察は……」
「視察は大丈夫ですよ。ダニーからいくつか報告を受けて、その件で処理しなければならない書類が出てきましたので」
そう言ったジャル様の表情は穏やかだったけれど、少しばかり怒りが滲んでいたのはたぶん気のせいではないだろう。
そうか、ダニーさんもサディさんと同類なのか……。
「……アイラさんが考えていることはなんとなく分かりますよ。まあ、ダニーの名誉のために言っておきますと、彼のそれはサディと比べたら至って常識の範囲内ですよ。今回はたまたま提出書類に不備があった程度ですから」
その程度なら、良かったといえるかもしれない。提出書類の不備なんてもちろん無い方がいいんだけれども、前世でも度々起こることだった。
そんなふうに納得したのも束の間。
「まあ、基本的に毎回不備があって本処理までに三ヶ月くらい掛かるんですけどね」
……これはこれで大問題じゃない?
眩しい光で目が覚めて、見知らぬ天井に驚いて、次いで襲ってきた頭痛に驚いて呻き声を上げる。
どうやら私は二日酔いとやらになってしまったらしい。まあ、『潮騒亭』で調子に乗ってランジューワインをがぶ飲みしたから、こうなることは当然だろう。
それにしても、ここはいったいどこだろう?
痛む頭を押さえながらゆっくりと体を起こしてみれば、なかなかに豪奢な調度品が目に飛び込んでくる。キラキラしているのとはまた違うけれど、装飾がかなり立派なものばかりだ。
よくよく観察しなくとも、私が寝ていたベッドもかなりの上物だ。ほどよい反発力を持つふかふかのベッドは、お城で使用されているものに引けを取らないだろう。
そこまで考えてようやく冷静になった私は、ぽつりと呟いた。
「……ここ、もしかして宿屋?」
いや、もしかしなくても宿屋だ。どう考えても高級な宿屋だ。
「嘘でしょ……私、お酒の飲み過ぎで寝ちゃったの?」
確か、潮騒亭で食事をしたのはまだ昼前だったはず。それだというのに、この外の明るさはなんなのだ。
「まさか私、丸一日寝てた?」
むしろ、考えられるのはそれくらいだ。そして私が宿屋で寝ていたということは、ここまで運んでくれた人がいたはずだ。
それはいったい誰なのか。
……あまり考えたくはないけれど、きっと、おそらく、あの人だろう。
「ニャアン」
「ああ、目が覚めましたか?」
頭を抱えていた私の耳に、マロンとジャル様の声が届いた。慌てて顔を上げると、そこには水差しとコップが乗っているお盆を手にしたジャル様が立っていた。
どうして国王様が水を運んでいるのかという疑問が湧き上がるが、それをさせている原因がほぼ間違いなく自分にあるであろうことは分かる。
だから私は、掛けられていた毛布を慌てて剥ぎ取って誠心誠意を持って土下座をしようとした。しようとしただけで、不恰好に頭を下げるだけになったけれど。
「ジャル様、申し訳ありません! 私ってば、酔ってこんな時間になるまで寝てるなんて!」
この私の謝罪は、ジャル様にとってあまりにも突然のものだったのだろう。彼は驚いたように声を上げた。
「ア、アイラさん! そんなふうに頭を下げる必要はありませんよ。元はといえば、ダニーに飲酒を許可した私が悪いのですから。そんなことより、頭を上げてください。よく冷えたラモナ水です。気分がすっきりしますよ」
「うう……ありがとうございます……」
ジャル様の優しさに甘え、私は顔を上げた。そして彼の手から爽やかな香りのラモナ水を受け取りちびちびと飲む。ほのかな酸味が二日酔いの気持ち悪さを癒してくれた。
ラモナ水を飲み干して、ベッドサイドの小さなテーブルにコップを置く。するとこのタイミングを待っていたと言わんばかりに、マロンが私の膝に飛び乗ってきた。
「ニャン!」
可愛く一声鳴いてから、私の手に頭を擦り付けてくる。この仕草は甘えたくて仕方がない時のものだ。
「ふふ、マロンは可愛いねぇ」
この状態のマロンはとても気前がいいので、ひたすらにごねごねと撫で回すことができる。頭や顎はもちろん、耳の付け根に首元、背中、尻尾の付け根、なんならお腹だって撫でさせてくれるのだ。
しばらくマロンを撫でていた私だったが、一際強くズキンと頭が痛んだことでその手が止まる。うう、と小さく呻いていると、ジャル様が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「アイラさん、頭痛がするのですか?」
「は、はい。二日酔いみたいで……」
ちょっと恥ずかしかったけれど、私は自分の状態をジャル様に正直に伝える。これ以上ジャル様の手を煩わせるのもどうかと思うけれど、痩せ我慢して状況を悪化させる方が後々に響くと考えたら、こっちの方がいくらかいいはずだ。
私の「二日酔い」という言葉を聞いて、ジャル様はああ、と頷いた。
「お酒が残ってしまいましたか。それなら、もう少しゆっくり休んでいてください」
「え、ジャル様、視察は……」
「視察は大丈夫ですよ。ダニーからいくつか報告を受けて、その件で処理しなければならない書類が出てきましたので」
そう言ったジャル様の表情は穏やかだったけれど、少しばかり怒りが滲んでいたのはたぶん気のせいではないだろう。
そうか、ダニーさんもサディさんと同類なのか……。
「……アイラさんが考えていることはなんとなく分かりますよ。まあ、ダニーの名誉のために言っておきますと、彼のそれはサディと比べたら至って常識の範囲内ですよ。今回はたまたま提出書類に不備があった程度ですから」
その程度なら、良かったといえるかもしれない。提出書類の不備なんてもちろん無い方がいいんだけれども、前世でも度々起こることだった。
そんなふうに納得したのも束の間。
「まあ、基本的に毎回不備があって本処理までに三ヶ月くらい掛かるんですけどね」
……これはこれで大問題じゃない?
0
あなたにおすすめの小説
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる