うちの猫が強すぎる!

シンカワ ジュン

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第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常

魔王様の専属シェフは、魔王様に看病される

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 その後、私は再びベッドに横になることになった。頭痛が全然治らないのだ。二日酔いからくる頭痛だから、下手にお薬を飲めないのも辛いところだった。
 うーうー唸っている私をマロンも初めのうちは心配してくれていたのだが、今はもうすっかり興味を無くしたようでソファで丸くなっている。
 うちの猫が今日もお猫様ムーブで一安心だ、なんてくだらないことを考えたからだろうか、一際大きい頭痛が襲ってきて思わず「あ痛ぁ!」と叫んでしまった。
 その時、運がいいのか悪いのか……またもトレイを手にしたジャル様が私の部屋を訪れて、その叫びを聞かれてしまったのだ。

「アイラさん、大丈夫ですか!?」

 ひどく慌てた様子でジャル様は私の元にやって来ると、トレイをサイドテーブルに置いて大きな体を屈める。そして私の顔を覗き込んできた。
 体調が悪いせいなのか、ジャル様の精悍なお顔が近づいているというのに、いつものように恥ずかしいとかそういった感情が湧いてこない。どうやら自分が思っている以上に思考が鈍っているらしい。
 突然の頭痛で自然と滲み出てきた涙で視界がぼやける中、ジャル様の大きな手のひらが眼前いっぱいに広がった。そしてふわりと私の額に置かれる。ほんのりと温かい体温が心地よい。
 この温もりで少しホッとしたからだろうか、サイドテーブルから香ってくるいい匂いが気になった。

「この香りは……」

 思わず呟くと、ジャル様は私の額から手を離し、優しい笑みを浮かべて答えてくれる。

「これはダニーが悪酔いした時にガト殿に作ってもらう貝のスープだそうです。野菜をすり下ろしたものにランジューの果汁を加えた飲み物も一緒に摂取すると、体調が良くなるのも早いのだとか」

 なるほど、聞くだけで二日酔いに効くメニューだと分かる。貝のスープはいわゆるシジミの味噌汁の代用品で、もう一つは野菜ジュースだろう。
 アルコールで疲弊した胃と肝臓を労わる優しいメニューに、私のお腹がくぅ、と小さな悲鳴を上げた。先ほどのラモナ水で幾分か吐き気は治まっているからか、食欲が湧いてきたようだ。
 私はあまり頭を揺らさないようにしながら体を起こし、サイドテーブルに置いてある料理に手を伸ばす。しかしそれはジャル様によって遮られてしまった。

 いったいどうしたのだろう?

 私が目を白黒させている間にも、ジャル様はベッドサイドに椅子を運んできて腰掛けた。そしてスープの入っているお皿とスプーンを手に取ると、おもむろに一口分掬い上げる。

「アイラさん、まだ具合が悪いでしょう? あまり無理はしてはいけませんからね」

 ジャル様はそう言うと、なんとスプーンを私の口元に運んできた。
 これはもしや、世間一般で『はい、あーん』と呼ばれているやつではないだろうか。
 ……いやいやいやいや、待って待って! 魔王様直々の『はい、あーん』は贅沢を通り越して畏れ多い!

「ジ、ジャル様! 自分で食べられますから!」

 慌てて首を横に振って声を張り上げたせいか、今日一番の頭痛が私を襲う。それでうっかり顔をしかめると、ジャル様がほら、と口を開いた。

「その表情、頭痛がひどいのでしょう? やはり無理をしてはいけませんよ」

 ジャル様の口調は優しいけれど、どこか有無を言わさぬ迫力がある。
 私は諦めて小さく息を吐くと、差し出されたスプーンに恐る恐る口を付けた。

「……! 美味しい」

 口の中に広がる貝の旨味が体に染み渡っていく。味付けはシンプルに塩のみで、この塩味もごくごく薄い。本当に貝の旨味を存分に堪能するためのスープだった。うーん、これは肝臓に効く味だ。
 私がじっくりとスープの味を堪能して嚥下したのを見計らい、次のスープが口元に運ばれてきた。私はそのスープに自然と口をつける。
 ジャル様はこんな風に実にタイミング良くスープを運んでくれるから、私はあっという間にスープを完飲してしまった。はあ、美味しかった。
 温かいものを飲んで一息ついてから、今度は野菜ジュースの入ったコップが手渡される。私はこれもあっという間に飲み干した。野菜の苦味や青臭さが、ランジューの甘みと酸味、そして爽やかな香りで打ち消されていてとても飲みやすく美味しい一品だった。

「ごちそうさまでした」

 貝のスープと野菜ジュースを作ってくれたガトさんへのお礼を込めて食後の挨拶をする。そして、一臣下でしかない私のために食事の介助をしてくれたジャル様に対して、お礼を述べて頭を下げた。

「ジャル様、ありがとうございます」
「そんな、気にしないでください。私がやりたくてやったことですから」

 ジャル様はいつも通り穏やかに微笑むと、大きな手をこちらに伸ばしてくる。

 そしてふわ、と。

 彼の大きな手のひらが私の頬に添えられた。
 え、と声を上げる間もなく、ジャル様は私の頬を親指だけで優しく撫でて、うん、と小さく頷いた。

「先ほどよりも顔色が良くなりましたね。それでは、もう少しゆっくりお休みなさい。後ほど追加のラモナ水を持って来させますね」

 ジャル様はそう言うと私から手を離し、食器をトレイに乗せて立ち上がる。そしてソファで丸くなっているマロンに声をかけた。

「マロンちゃん、アイラさんを頼みますね」

 眠っているかと思っていたマロンはどうやら起きていたらしい。彼女はジャル様の言葉に、尻尾をゆらりと揺らすことで返事をした。
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