うちの猫が強すぎる!

シンカワ ジュン

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第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常

魔王様の専属シェフは、宿屋の正体を知る

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 一国の主に看病をさせたおばかはどこのどいつだ。

 ……私です。

 私はあの後、マロンの顔ペロペロ攻撃により起きざるを得なくなったのだ。

「うー、まだ頭痛い」

 高級宿のメイドさんだろうキッチリした人が持ってきてくれたラモナ水を飲みながら、私は膝の上で丸くなっているマロンの頭を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らす様はやはり可愛い。寝るのを邪魔されても怒る気にはなれないのは、こうして甘えてくれるからだろう。

「まったく、猫っていうのはつくづく罪な生き物だね」

 本当に猫ってやつは、この可愛さで人間をあっという間に奴隷に変えちゃうんだから。

 そんなどうでもいいことを考えていると、部屋の扉がコンコンと叩かれた。
 またメイドさんが来たのだろうか。私が「はい」と返事をすると、すぐに扉が開いた。メイドさんにしては少々荒っぽい開け方だったが、そこに立っている人を見て納得するのと同時に驚いてしまった。

「ダニー様?」

 なんとそこにはダニーさんがいたのだ。彼はカラカラと笑うと私に声を掛けてきた。

「うんうん、どうやら少しは元気になったみたいだな」

 ダニーさんと初めて出会った時から思っていたけれど、やはり彼はなかなかに気安い雰囲気だ。だからだろうか、私はホッと息をついて返事をした。

「はい、まだ少し頭は痛みますが、だいぶ良くなりました」
「そいつは良かった」

 彼は少し離れた位置にある椅子に腰を下ろすと私をじっと見つめ、ふむ、とひとつ頷く。

「早く調子を戻してくれよ。そうしないと、俺がジャルにずっと見張られることになっちまうから」

 冗談めかしてダニーさんは言うと、今度は私の膝の上で丸くなっているマロンに視線を移した。

「マロンは気持ちよさそうに寝てんなぁ。やっぱり俺たちの知る魔獣や神獣とは違う生き物なんだな」
「ふふ、可愛いでしょう?」
「ああ。もしこの世界に猫ってやつがいたら、テティラビーと同じくらい人気があったろうぜ。何せジャルを骨抜きにするくらいだからな」

 確かに、この国の王様すら魅了するこの毛玉は、もしもこの世界に普通に生息していたらペットとして大人気だっただろう。前世でも犬と並んでもっともポピュラーなペットだったんだから。
 マロンが誉められたことが嬉しくて、私は頬の筋肉が緩むのを自覚する。この私の表情につられたのか、ダニーさんもニカリと白い歯を見せて笑った。

「笑えるようになってるなら体調が戻るのもあと少しだな。俺も安心したぜ。でもあまり無理はすんなよ? 嬢ちゃんがぶっ倒れたらジャルの奴まで心労で倒れちまうから」

 いささか大袈裟にすぎる表現をしながら、ダニーさんは立ち上がる。先ほど部屋に来たばかりなのに、もう席を外すようだ。

「それじゃ、俺は仕事に戻るぜ。定期的にメイドを来させるけどよ、それ以外でも何かあったら備え付けのベルで呼ぶんだぜ」
「あ、はい」

 思わず反射的に返事をしたけれど、ダニーさんの今の発言がどうにも引っかかる。その引っかかりがいったいなんなのか考えたが、二日酔いの頭では答えを導き出すことができなかった。
 しばらくうんうん唸っている私を見て、ダニーさんがカラカラと笑う。

「どうした、難しい顔をして」
「あ……ええと、ダニー様もお仕事なのにわざわざ私のお見舞いに来てくださって、ご迷惑をおかけしたんじゃないかと」

 ダニーさんは私の言葉を聞いて、一瞬だけ目を丸くした。だけど本当に一瞬だけで、すぐにニカリと気のいい笑みを浮かべる。

「その辺は気にしなくていいぜ。こっちも書斎に向かうついでに寄っただけだからな」
「え、書斎? この宿って書斎まであるんですか?」

 珍しい宿屋もあるものだ。だけど、明らかに高級な宿屋だし、そんな部屋があってもおかしくないのかもしれない。
 もう少し体調が良くなったらこの宿屋を探検してみたいなぁ、なんて子供っぽいことを考えてしまった。そして、その考えが表情に現れていたのだろう。ダニーさんは「もしかして」と声を上げた。

「お嬢ちゃん、もしかしてここがどこかよく分かってないな?」

 ここがどこか、なんて、宿屋以外にあるのだろうか?
 うっかり小首を傾げると、ダニーさんはそうかそうかと頷いて『ここがどこなのか』誰にでも分かるくらいに簡潔に教えてくれたのだ。

「ここ、俺ん家だぜ」
「……え?」
「というか、ジャルもどうせ書類仕事があるだろうからって、はじめから俺の家に泊まるつもりでいたぞ?」

 ここは実はダニーさんの家だと聞いて、驚くと同時にどこか納得してしまった。そして先ほど抱いた引っかかりの正体についても理解する。なるほど、ここは宿屋じゃなくてダニーさんのお屋敷だったのか。
 普段なら本処理に三ヶ月を要する書類を前にして、ジャル様が何もしないわけがないのだ。

「とりあえず今日は書類関係の処理に費やすつもりらしいから、お嬢ちゃんも明日に備えてゆっくりしてな」
「明日、ですか?」

 明日の予定はなんだったか。特にジャル様からは何も聞かされていないのだけれど。とりあえず名目上は視察となっているから、街の様子を見て回るのだろうか。
 そんな私の予想は、すぐに裏切られることになった。

「明日は船に乗ってもらうからな。ついでに漁の様子も見てもらうぜ」

 なんと、船に乗ることになるとは! この世界で船に乗るのは初めてなので、柄にもなくワクワクしてしまう。

「ニャ?」

 私がソワソワしていることに気が付いたのか、マロンは頭を持ち上げて小さく鳴いた。
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