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第百六話 パスティナ領①
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ティデイアール王国最北端、パスティナ領領都ソネラの町中央に建つ領主邸である石造りの建物は城と言うよりも砦と呼んだ方が良いかも知れない。その一室で仕事着に着替えている赤髪に深緑の瞳の女性メラニー・パスティナは紛うことなきパスティナ領領主マーカス・パスティナ伯爵の長女である。
「さて、これで準備はいいわね」
メラニーは呟くと呼び鈴を鳴らした。
「メラニー様、お呼びでございますか?」
「ベッキー、出かけるわよ」
「ですが、旦那様が……」
「大丈夫よ。お父様は今は難民達の事でお忙しそうだから。今のうちに出かけましょう。そうそう、ティアも呼んで頂戴。ああ、それから私のことはお嬢様ではなくてメラニーと呼んでね。同じ冒険者パーティーなんだから」
「ふぅ、分かったわ、メラニー。ティアももう呼んでいるから間もなくこちらに来るでしょう」
伯爵令嬢であるメラニー、メラニーの侍女兼護衛であるベッキー、そしてもう一人ティアは平民であるが若いながらもピカイチである狩猟の腕を買われて冒険者パーティー乾坤の戦乙女の一員に選ばれたのである。
幼い頃から冒険者に憧れていたメラニーは15才の時に何とか父親のマーカスに冒険者になりたいと縋った。説得の甲斐があり、腕に覚えのある者とパーティーを組む条件で何とか3年間の約束を取り付けた。
マーカスが一時的とは言え、メラニーが冒険者になることを許したのはメラニーの魔法が王宮魔導師に匹敵するほど優れていたという理由もある。マーカスは内心、王宮にメラニーの力が知られる前に婚姻を結ばせたいと計画していた。
もし、メラニーの力が王宮に知られればメラニーを取り込もうと画策されるのを危惧していたのだ。3年間とは言え、冒険者としてこの家を離れればその間王宮に知られることはないだろう。その間にメラニーの嫁入り先を探せば良い。マーカスはそう考えていた。
マーカスが一番恐れていたのは、狡猾さに定評のある第二王子アークトゥルス殿下との婚姻である。今だ独身であり、婚約者さえいない殿下が伴侶に求めるのは家柄や見た目ではなく本人が持つ力に注視していると言う噂があった。
どんな美姫にも、家柄にも、経済力にも興味を示さない殿下が求める者にメラニーが当てはまるかどうかは分からないが、この国の貴族の娘の中でも最上位にあると思えるほどの魔法力を持つメラニーの事が知られれば取り込まれる可能性が高いとマーカスは考えていた。
メラニーが邸に戻るとマーカスは待っていましたとばかりにメラニーに釣書を持ち出した。パスティナ領はティディアール王国の中でも最北端の領地だが、鉄鉱山があるため経済はそこそこ潤っている。その恩恵に与ろうと多くの釣書が届けられていた。
メラニーの下には今王都にあるティディアール王立学園に通っている13才になる弟のレグルスがいる。伯爵家を継ぐのはレグルスだからメラニーは他に嫁ぐのは決定事項だ。
一方、メラニーは父親の考えも露知らず、少しでも結婚を伸ばしたいと思っていた。密かに政略ではなく恋愛結婚を夢見るメラニーは出来れば結婚相手も自分で見つけたいと言う考えも心の片隅にあった。
冒険者をしている限り、貴族の子息と巡り会えるのは殆どないと知っていたメラニーは別に平民でも構わないと思っていた。ベッキーとティアはそんなメラニーの気持ちを知ってはいたが、密かに平民の男をメラニーに近づけないように牽制していた。
冒険者としての仕事は大変な事も有ったが依頼を達成する度に自分の存在価値を認識することが出来た。そんな充実した日々を送るほど、3年間はあっという間に過ぎてしまった。
そこで、何とか後2年間延長して貰えないか父親に強請っている所だが、最近パスティナ領で受け入れた難民問題に進展があったようで忙しくて中々会えなくなってしまった。
業を煮やしたメラニーは父親がいない隙に再度冒険者業に復帰しようと計画した。
「お父様には手紙を置いていくわ。王都にいるお母様にも手紙であと2年間冒険者をすると伝えた方がいいかしらね。最もお母様はレグルスの事しか頭にないでしょうけど。レグルスがマザコンにならなければいいんだけど……」
「もう手遅れでしょうね」
ベッキーがメラニーの言葉に容赦なく応えた。
メラニーの母親であるパスティナ伯爵夫人スティファニーはメラニーの弟で嫡男のレグルスに付き添って王都の邸に滞在している。メラニーを邪険にするわけではなく、嫡男であるレグルス中心に行動しているだけである。
以前はそんな母親に寂しさを覚えることもあったが、今では却って干渉されないことは都合が良いとメラニーは思っていた。
邸の外に出るとパーティーメンバーの一人であるティアが待っていた。
「ティア、お待たせ、お家の方々は大丈夫なの?」
メラニーはティアに確かめるように声をかけた。
ティアは平民であり、両親と兄夫婦と一緒に暮らしていると言うことをメラニーは知っていた。兄夫婦には子供が三人おり大所帯の暮らしは楽しそうであった。兄夫婦ばかりか両親も現役の猟師で確かな腕を持っていることはこの町では有名だった。
「はい、大丈夫です。みんなに『婿はまだつかまえてないのか』って言われちゃったけど……」
「まぁ、そうね。今度の旅ではみんなでお婿さん捜しをしましょうか?」
「メラニー様はダメですよ」
「そう、メラニー様はダメです」
「えー? 何でよ。それよりも様は止めてね。同じパーティー仲間なんだから」
「分かったわ、でもメラニーはダメです」
「ええ、メラニーは伯爵令嬢なんだから相手を選ぶ必要がありますよ」
ベッキーとティアの言葉に納得がいかないメラニーは
「もう、伯爵令嬢とか関係無いんだけどな……」
と言いながら口を噤んだ。これ以上何を言っても平行線だと思ったのだ。
それから三人はそろってソネラの町にある冒険者ギルドに向かったのだった。
「さて、これで準備はいいわね」
メラニーは呟くと呼び鈴を鳴らした。
「メラニー様、お呼びでございますか?」
「ベッキー、出かけるわよ」
「ですが、旦那様が……」
「大丈夫よ。お父様は今は難民達の事でお忙しそうだから。今のうちに出かけましょう。そうそう、ティアも呼んで頂戴。ああ、それから私のことはお嬢様ではなくてメラニーと呼んでね。同じ冒険者パーティーなんだから」
「ふぅ、分かったわ、メラニー。ティアももう呼んでいるから間もなくこちらに来るでしょう」
伯爵令嬢であるメラニー、メラニーの侍女兼護衛であるベッキー、そしてもう一人ティアは平民であるが若いながらもピカイチである狩猟の腕を買われて冒険者パーティー乾坤の戦乙女の一員に選ばれたのである。
幼い頃から冒険者に憧れていたメラニーは15才の時に何とか父親のマーカスに冒険者になりたいと縋った。説得の甲斐があり、腕に覚えのある者とパーティーを組む条件で何とか3年間の約束を取り付けた。
マーカスが一時的とは言え、メラニーが冒険者になることを許したのはメラニーの魔法が王宮魔導師に匹敵するほど優れていたという理由もある。マーカスは内心、王宮にメラニーの力が知られる前に婚姻を結ばせたいと計画していた。
もし、メラニーの力が王宮に知られればメラニーを取り込もうと画策されるのを危惧していたのだ。3年間とは言え、冒険者としてこの家を離れればその間王宮に知られることはないだろう。その間にメラニーの嫁入り先を探せば良い。マーカスはそう考えていた。
マーカスが一番恐れていたのは、狡猾さに定評のある第二王子アークトゥルス殿下との婚姻である。今だ独身であり、婚約者さえいない殿下が伴侶に求めるのは家柄や見た目ではなく本人が持つ力に注視していると言う噂があった。
どんな美姫にも、家柄にも、経済力にも興味を示さない殿下が求める者にメラニーが当てはまるかどうかは分からないが、この国の貴族の娘の中でも最上位にあると思えるほどの魔法力を持つメラニーの事が知られれば取り込まれる可能性が高いとマーカスは考えていた。
メラニーが邸に戻るとマーカスは待っていましたとばかりにメラニーに釣書を持ち出した。パスティナ領はティディアール王国の中でも最北端の領地だが、鉄鉱山があるため経済はそこそこ潤っている。その恩恵に与ろうと多くの釣書が届けられていた。
メラニーの下には今王都にあるティディアール王立学園に通っている13才になる弟のレグルスがいる。伯爵家を継ぐのはレグルスだからメラニーは他に嫁ぐのは決定事項だ。
一方、メラニーは父親の考えも露知らず、少しでも結婚を伸ばしたいと思っていた。密かに政略ではなく恋愛結婚を夢見るメラニーは出来れば結婚相手も自分で見つけたいと言う考えも心の片隅にあった。
冒険者をしている限り、貴族の子息と巡り会えるのは殆どないと知っていたメラニーは別に平民でも構わないと思っていた。ベッキーとティアはそんなメラニーの気持ちを知ってはいたが、密かに平民の男をメラニーに近づけないように牽制していた。
冒険者としての仕事は大変な事も有ったが依頼を達成する度に自分の存在価値を認識することが出来た。そんな充実した日々を送るほど、3年間はあっという間に過ぎてしまった。
そこで、何とか後2年間延長して貰えないか父親に強請っている所だが、最近パスティナ領で受け入れた難民問題に進展があったようで忙しくて中々会えなくなってしまった。
業を煮やしたメラニーは父親がいない隙に再度冒険者業に復帰しようと計画した。
「お父様には手紙を置いていくわ。王都にいるお母様にも手紙であと2年間冒険者をすると伝えた方がいいかしらね。最もお母様はレグルスの事しか頭にないでしょうけど。レグルスがマザコンにならなければいいんだけど……」
「もう手遅れでしょうね」
ベッキーがメラニーの言葉に容赦なく応えた。
メラニーの母親であるパスティナ伯爵夫人スティファニーはメラニーの弟で嫡男のレグルスに付き添って王都の邸に滞在している。メラニーを邪険にするわけではなく、嫡男であるレグルス中心に行動しているだけである。
以前はそんな母親に寂しさを覚えることもあったが、今では却って干渉されないことは都合が良いとメラニーは思っていた。
邸の外に出るとパーティーメンバーの一人であるティアが待っていた。
「ティア、お待たせ、お家の方々は大丈夫なの?」
メラニーはティアに確かめるように声をかけた。
ティアは平民であり、両親と兄夫婦と一緒に暮らしていると言うことをメラニーは知っていた。兄夫婦には子供が三人おり大所帯の暮らしは楽しそうであった。兄夫婦ばかりか両親も現役の猟師で確かな腕を持っていることはこの町では有名だった。
「はい、大丈夫です。みんなに『婿はまだつかまえてないのか』って言われちゃったけど……」
「まぁ、そうね。今度の旅ではみんなでお婿さん捜しをしましょうか?」
「メラニー様はダメですよ」
「そう、メラニー様はダメです」
「えー? 何でよ。それよりも様は止めてね。同じパーティー仲間なんだから」
「分かったわ、でもメラニーはダメです」
「ええ、メラニーは伯爵令嬢なんだから相手を選ぶ必要がありますよ」
ベッキーとティアの言葉に納得がいかないメラニーは
「もう、伯爵令嬢とか関係無いんだけどな……」
と言いながら口を噤んだ。これ以上何を言っても平行線だと思ったのだ。
それから三人はそろってソネラの町にある冒険者ギルドに向かったのだった。
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