転生少女は異世界で理想のお店を始めたい 猫すぎる神獣と一緒に、自由気ままにがんばります!

梅丸みかん

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第百十五話 ショウ・クランリーの決意

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 アーニャ殿の話は驚くべきものだった。カリンの母親であるメディアーナ様は精霊王の娘。とするとカリンは精霊王の孫。更にドメル帝国皇族の血筋。

 いつも飄々としているアークでさえ俺の隣で頭を抱えている。

 重苦しい空気が流れる。

 状況を把握するかのように俺は今聞いた話を頭の中で逡巡した。

「……話は分かった。だが、直ぐに王女に会わせるわけにはいかない。彼女は記憶を失っているらしい」
「記憶を失っている? どういう事だ……ですか?」
 アークの言葉にアーニャ殿が食い下がった。言葉遣いを訂正しながら話す彼女は騎士らしい言葉遣いが本来の話し方なのだろう。

「アーニャ殿言葉遣いは気にしなくて良い、話しやすい方で話してくれ。ショウ……」
 アークがアーニャに言葉をかけた後、俺の名を呼んだ。俺にカリンの事を説明するようにという意図であることが直ぐに分かった。アーニャ殿も俺の方を見ている。

「ふぅ、分かった。カリン……えーと王女殿下のことだが、カリンとずっと呼んでいるのでそう呼ぶことを許して欲しい。彼女は俺の友人だ」
 俺の言葉にアーニャ殿が怪訝な表情をした。

「勘違いしないで欲しい。本当にタダの友人だ。カリンは自分が王女だったことさえ忘れていると思う。本当に記憶がないんだ。タダ、藍色の髪に瑠璃色の瞳をしているからアーニャ殿が捜している王女殿下で間違いないと思う」

「ベアトリーチェ様に記憶がない…………?」
 アーニャ殿は俺の話を聞くと眉間に深い皺を寄せ、考え込むように一点を見つめた。

「でも、心配はいらない。カリンは自分の夢に向かって進んでいるから。カリンの周りには俺の家の者達もいるし、それにヨダの町にも友人が出来て楽しく暮らしている。それにさっきも言ったとおり神獣も傍でカリンを守っている」

「……夢? 夢とは何だ? それに何故ベアトリーチェ様の傍に神獣が?」
 アーニャ殿は目を丸くして驚きの声をあげた。

 まったくカリンの夢や神獣について心当たりがないようだ。だとしたら、カリンは記憶を失ってから夢が出来たのだろうか? 神獣も記憶を失った後からカリンの傍にいるのだろうか? 何が切っ掛けで? 

 父さんとラルクがカリンと出会ったときにはもう既にお店を開くという夢を持っていたようだ。それに神獣も既に傍にいたようだった。今思えば、カリンが住んでいる店舗が併設した家についても不思議だ。

 謎が深まるばかりだった。

「カリンの夢とは飲食店を営むことだ。神獣については俺がカリンと出会ったときには既に傍にいたから分からない」
「飲食店? ベアトリーチェ様が?」
 アーニャ殿は信じられないというような顔で聞き返してきた。

 それもそうだ。一国の王女様が持つような夢ではない。

「何が切っ掛けかは俺にも分からない。カリンは自分の夢を叶えようと頑張っている。だから、過去の哀しい記憶を無理に取り戻す必要は無いのではないか? きっと記憶を失うほどの出来事があったのだろうから」

 アーニャ殿が俺の話を聞いて硬く目を瞑り押し黙ったが、突然立ち上がり目の前にあるテーブルを叩いた。

「ダメだ! 例え今記憶を失っているとしても、ベアトリーチェ様には記憶を取り戻して貰わないと大変なことになる!」
 アーニャ殿が叫ぶように言い放った。

「何故そこまで?」
 アークがアーニャ殿の様子に驚き問いかけた。

「精霊樹が……枯れたままだからだ!」
 アーニャ殿は、アークの目を見据えた後俺の方を向いてそう言葉を放った。

「精霊樹? どういう事だ?」
 今度はアークがアーニャの目を見据えて問いただした。

「年に一度、精霊姫が精霊樹に魔力を注がないと枯れてしまう。今現在精霊樹は枯れたままだ。メディアーナ様が亡き今、精霊樹を蘇らせることが出来るのはベアトリーチェ様だけなんだ」
「アーニャ殿、枯れているとか、蘇らせるとか今一意味が分からないのだが」

 アークがそう疑問を述べるのも無理はない。俺だってアーニャ殿の言ってることが全然分からないのだから。

「ふぅ……そうだな」
 アーニャ殿が溜息を吐き、一瞬だけ考え込んだようだったが徐に口を開き精霊樹について語った。

 それは、メディアーナ様とフォルナックス様の婚姻が滞りなく結ばれて暫く経った後の事だったそうだ。

 二人の幸せそうな姿に安心したオルフェ様は、そろそろ寿命が尽きそうだったレティアーナ様を連れて精霊界に渡ることにしたと言う。

 但し、年に一度だけ精霊樹に魔力を流す事をメディアーナ様と約束したそうだ。

 メディアーナ様を、そして後に生まれ来る精霊王の血を引く者を守るために。

 最後にオルフェ様はクラレシアの民達に言葉を残した。

「一年以上魔力が流れなければこの精霊樹は枯れ精霊が生まれなくなり、私の血を引く者が不遇の死を迎え血が途絶えれば精霊樹が消滅するだろう。精霊は次第にこの世界から消え、自然にあるあらゆる物は朽ち果てることになる。そうならないために精々私達の血を受けた者を守ってくれ」

 この言葉を受けたクラレシアの人々は以前以上にメディアーナ様を守ることに尽力した。オルフェ様の思惑通りに。
 つまり、精霊樹は聖域の中に存在し精霊界と人間界を繋ぐ媒体となっているのだ。この精霊樹を保つ為には精霊王の血を引くものが年に一回魔力を注ぐ必要があるのだ。

「メディアーナ様が亡き今、精霊樹を復活することができるのはベアトリーチェ様しかいない」
 アークと俺はアーニャ殿の言葉を聞いて息を呑んだ。

「もしも、精霊樹が復活しなければどうなる?」
 アークが険しい顔でアーニャ殿に尋ねた。

「自然のエネルギーが徐々に枯渇していき、あらゆる生命の灯火が消えてしまうだろう」
「猶予はどれくらいだ?」

「それは私にも分からない。この国では他国よりも精霊が多い様だ。多分、ベアトリーチェ様がこの国にいるからベアトリーチェ様の魔力に引かれて精霊が集まったのだろう。他国でも今はまだそれ程切迫しているわけではないが、それはドメル帝国の精霊達が流れてきたからだろう」

「ああ……それでか」
 アーニャ殿の言葉にアークが納得がいったように呟いた。俺はその意味を覗うべくアークの方を見た。

「ドメル帝国内の半分以上が砂漠化していたんだ」
 俺はアークの言葉に絶句した。侵略した代償があまりにも大きすぎる。ドメル帝国の民が生活に困窮するわけだ。

 このことはきっと世界中に流布されることになる。そうなれば、きっとクラレシア人を邪険に扱う者はいなくなるだろう。

「ベアトリーチェ様の居場所を教えて貰えないか? 私達がベアトリーチェ様を捜していたのは精霊樹のこともあるが、ベアトリーチェ様の事を心配していた事の方が大きい。ただ分かって欲しい。聖域を守ってきた私達にもそれ以上に、この世界に責任があるのだと言うことを」

「アーニャ殿の言い分は理解した。私も王族としてこの国の民の生活を守ると言う責任がある。王女殿下はタングスティン領にいる」
「アーク! それでもカリンは記憶を失っているんだ!」

「落ち着け、ショウ。先ずはお前が王女殿下の元に言って説明するんだ。例え以前は彼女の護衛だったとしても記憶を失っているのだとしたら他人と同じだからな」
 俺はアークの言葉に口を噤んだ。

 そうだ、どっちにしろカリンには精霊樹のことを話さなければならないだろう。もしかしたら、そのせいで記憶が戻ってしまうかも知れない。

 もし、記憶が戻る前の体験がカリンの心を蝕むほど悲惨なものだったら……ハッキリ言ってそう考えると躊躇してしまう。

「しかし、万が一…………」
「ショウ、その為にお前がいるんだろう? それに王女殿下の周りには誰もいないわけではないだろう? 彼女の記憶が戻ってもお前や周りの者達が支えてやればいい。王女殿下に対するお前の気持ちはそんなに軽いものではない筈だ。それに何もしなくても彼女の記憶がずっと戻らないとは限らない」

 俺はアークの言葉にハッとした。

「アーニャ殿、先ずはショウに先行して王女殿下に説明して貰う。アーニャ殿は予定通りクラレシアの民達を護衛しながらタングスティン領に向かって欲しい」
「アークトゥルス殿、感謝する。直ぐにでもベアトリーチェ様にお会いしたいところだが、ベアトリーチェ様の気持ちを考えると先ずはショウ殿に説明して貰ったほうが良いのは理解している。ショウ殿、よろしく頼む」

「分かった。でも、カリンに話して記憶が戻らなくても無理に戻させるようなことはしないで欲しい。例え記憶が戻らなくてもカリンの魔力を流せば精霊樹は復活するのだろう?」

「ああ、それで構わない。ベアトリーチェ様に無理強いするつもりはない。だが、たとえ記憶が戻らなくても何とかクラレシアに行って精霊樹に魔力を流して貰えるよう説得して貰いたい」

「断言できないが、多分カリンに話せばそれは大丈夫だと思う。彼女はお人好しと言えるくらい優しいから」

 話を終えた俺は、カリンにこれから帰る事を伝える為に魔通器を手にした。カリンに会える嬉しさと共にこれから帰ってから伝えなければならない事を思うと素直に喜べない気持ちがあった。

 でも、何があっても絶対にカリンは俺が守る。この時、俺の心の中に不退転の決意が定着したのだった。
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