転生少女は異世界で理想のお店を始めたい 猫すぎる神獣と一緒に、自由気ままにがんばります!

梅丸みかん

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第百二十四話 記憶の渦【其の四】

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 白銀のガゼボの中央にあるテーブルの上から夥しいほどの黒い霧が溢れてくるとどんどんそこから周辺を覆っていった。

よく見ると精霊達に黒い霧が纏わり付き、光りの粒子となって消滅していくのが見える。

「あっ……何が起こっているの……?」
 呆然と立ち尽くすベアトリーチェ。

「こっ、これは!! 何と言うことだ! 精霊達の気配が消えていく?!」
 驚きに瞳を見開き固まるアーニャ。

「とっ、兎に角、お城に戻りましょう。ベティ様、こちらへ」
 我に返ったアーニャは、ベアトリーチェの肩を抱き二人で城に向かった。

 そうする間にも黒い霧は景色を消す勢いで次第に辺りに広がり、空の上で滞っていた。徐々にガラスにススがこびり付いたかのように結界に沿ってその範囲を広げて行く。

 黒い雲が空全体を覆うかのように辺りが暗くなり、遠くの方で人々の驚きの声が微かに聞こえた。異変に気付いた民達が次々に外に飛び出したのか街内が騒然となったのだろう。

 暫くするとギーンという不快な音と共にクラレシアの国土を守っていた結界が崩れてパラパラと空中に黒い霧を纏いながら霧散していった。

「まっ、まさか! 結界が崩壊したというのか?!」
 城に辿り着くと、エントランスに立ち止まりアーニャは呟いた。
「アーニャ……」
 不安そうにアーニャの腕に捕まりながらベアトリーチェが呟いた。戸惑うベアトリーチェは今何が起こっているのか理解できていないように見えた。

 城内でも彼方此方から騎士達や侍従達が騒ぎ出し何事かと空を見上げている。

 私は為す術もなく呆然とその様子を見ている事しかできない。あくまでもこれはベアトリーチェの過去の記憶なのだから……

「アレは何だ!」
「おい! あそこを見てみろ!」
 城の塔からの騎士達の叫び声が、ビリビリとした緊張感を増長させた。開け放たれている城門の外を見ると砂埃を背に纏い、多くの兵士達がこの城に向かって駆けてくるのが見えた。

 身につけている防具や掲げている国旗を目にしてクラレシアの兵士ではないことは明らかだった。

「ベティ様、早くメディアーナ様の元へ!」
 騎士達の叫び声に反応したアーニャはベアトリーチェの背中を押し込み城内に避難した。

「閉門せよ! 急げ!」
「城を守るのだ」
「この城には絶対に突破させてはならない!」

 騎士達が口々に声を張り上げているのを後ろで聞きながら、私はベアトリーチェとアーニャの後を追いかけた。

「何事です! 何が起こっているのですか? アーニャ、状況を説明しなさい!」
 慌てた様子でエントランスを通り過ぎようとしているアーニャとベアトリーチェの正面に現れたのは、ベアトリーチェにそっくりな美しい女性だった。

 彼女がベアトリーチェの母親でこの国の女王メディアーナである事はすぐにわかった。

「メディアーナ様、危険です。お待ち下さい!」
 後ろからメディアーナを追いかけるように声をかけたのは短髪でがっしりとした体格の男性騎士。

「エゴン、結界が破壊されたようです。一刻も早く対応を急がねばなりません。それで、アーニャ、状況は?」
 メディアーナは追いかけて来た騎士に告げるとアーニャに問うた。


「それが…………結界が破壊されたのはある魔導具が原因である可能性が高いと思われます」
「魔導具……? それは何です?」
「それは……」

 メディアーナの問いかけに答えようとしたアーニャは言い淀んだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私のせいよ……私のせいで……」
 思いあまってぽろぽろ涙を零しながら告白するベアトリーチェ。
「ベティ? どういうこと?」

「お……母様……私が……たぶん……私があの魔導具を……発動させてしまったの。私のせいで……」
 ベアトリーチェは嗚咽を漏らしながらその場に泣き崩れた。

 その様子を見ていた私の心の中は鉛が侵食していくかのように重くなっていった。これ以上見ている事が辛くなり、目を背けたいのに背くことも出来ない。黙ってこの過去に起こった出来事をただ傍観者のように見ていることしか出来なかった。

 それは、まるで過去に犯した罪を認めさせるかのように私の中に食い込んでくる。

 ああ、ベアトリーチェ。無知であるが故に愚かなベアトリーチェ。人を疑うことを知らず温室の中でぬくぬくと育ったことがベアトリーチェに大きな罪を背負わせた。果たして、これはベアトリーチェが悪いのか、周りの環境が悪いのか。

 この先に起こることを私は知っている。いいえ、思い出した。ベアトリーチェの記憶として。

「魔導具? 何のことを言っているの?」
「伯父様に頼まれたの。お父様の双子のお兄様よ。そっくりだったもの。間違いないわ」
「まさか! 何て言うことなの!!」
 メディアーナの言葉にベアトリーチェの方が揺れた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……私」
 涙ながらにベアトリーチェは謝罪の言葉を繰り返した。

 その時だった。
 沢山の足跡と騎士達の怒声が交差し、喧騒の中エントランスの扉が開かれた。

 カッカッと靴音を鳴らし無遠慮に真っ直ぐにメディアーナとベアトリーチェが立つ場所に向かって来るのは数時間程前に森でベアトリーチェと向き合っていたドメル帝国皇帝フェルカド・ベガ・ドメル。

 メディアーナとベアトリーチェを守るようにアーニャとエゴンが前に出る。

「久しいな、義妹よ」
「お前に義妹と呼ばれる筋合いなどないわ!」
 フェルカドの馴れ馴れしい言葉に顔を顰め、嫌悪感を隠すこともなくメディアーナは低い声を上げた。

「此れは此れは手厳しい。私の実の弟の嫁であるのだから義妹で変わりなかろうに」
「何を戯言を言っている? フォルナックスを殺めたお前はもはや敵でしかない。早急に此処から立ち去れ!」

 笑みを湛えながら悪びれることもなく宣うフェルカドにメディアーナは怒りを露わにした。

 その間にもエントランスに多数のドメル兵達が雪崩れ込んで来る。

 クラレシアの騎士達も城の彼方此方から駆け付け、メディアーナとベアトリーチェを守るように前へ出た。

 フェルカドは瞬時に右手を上げてドメル帝国の兵士たちに合図を送ると、彼らは黒い霧を纏った剣を掲げた。

 突然の攻撃にも魔力が高いクラレシアの騎士達は結界を施し難なく躱した。

 いや、躱したかに見えた。

 ドメル兵の剣に纏っていた黒霧は、結界にこびりつき即座に結界ごと霧散して行った。

「「「なっ、何だと!!」」」
 驚きに叫び声を上げるクラレシアの騎士達。

 刹那、ドメル兵達が振り回す剣によってクラレシアの騎士達が崩れる様に倒れて行った。

 結局、その場に立っていられたのは、メディアーナ、ベアトリーチェ、アーニャ、エゴンの4人のみだった。


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