転生少女は異世界で理想のお店を始めたい 猫すぎる神獣と一緒に、自由気ままにがんばります!

梅丸みかん

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第百二十五話 記憶の渦【其の五】

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「残念だったな。残ったのは君たちだけになった。街中も我々の兵士が制圧している頃だと思うのだが。さあ、どうする?」
 勝利を確信したようにドメル帝国皇帝フェルカドはニヤリと自信に満ちた笑みを零した。

「お前は一体何をしたのです? 我が国の騎士が施した結界ばかりでなくこの国に張り巡らされている結界さえも破壊するとは! 普通の人間の魔力では不可能であるはずなのに!」
 納得することが出来ない気持ちを露わにして眉を顰め睨み付けるメディアーナ。

 アーニャとエゴンも同じくフェルカドを睨み付けメディアーナとベアトリーチェを守るように二人の前で剣を構えている。

 ベアトリーチェは真っ青な顔でブルブル震え立っているのがやっとのようだ。

 私は観客席で映画を見ているような感覚に陥っていた。失っていた記憶が罪悪感と共に徐々に頭を擡げて私の心に暗い影を落としていくのを感じた。

 重苦しい空気が辺りを包み破滅の足音が近づいているのを私は黙って見ていることしか出来ない。

「10年前、君たちの置き土産のペットがいい仕事をしてくれたよ」
「まっ、まさかっ! ノアのことか? お前、ノアに何をした?」

 ノア……?

 私にはその名前に聞き覚えがあった。

 どこでだっただろうか…………?

 ああ、そうだ。エミュウさんの魔導具店で見たのだった。確かグレンが妖精猫だと言っていた。

 置き土産のペット……
 私はフェルカドが放った言葉の意味を考えた。そうだ、妖精猫はクラレシアを守護していた妖精王の眷属。

 と言うことは、いつからかクラレシアから消えてしまった妖精猫ノアはドメル帝国に囚われていたということ?

「義妹殿、そう怖い顔をしないで欲しいな。あの妖精猫は存分に我々の役に立ってくれたよ。とは言っても、魔力を頂いただけだけどね。魔力を全て抜き取ったらただの猫になって消えたからどこかで生きているかも知れないね」
 容赦ないフェルカドの言葉にメディアーナと護衛達は悔しさに顔を歪ませた。

 これは過去の出来事だ。

 私が会ったときのノアはこの時から大分時が経っていたせいか元気そうに見えた。

 エミュウさんと一緒にいたと言うことは、エミュウさんに助けて貰ったのだろうか? と言うことは、その頃エミュウさんはドメル帝国にいたということ?
 
 私がノアのことを考えているとメディアーナが憤慨した声をあげる。

「なっ、何と言うことを!!」
「さあ、話はこのくらいにしようか」
 フェルカドが言葉を放った瞬間、かれの左親指の指輪から黒い霧が立ち上った。

「ベアトリーチェ、こちらへおいで。君はこれから私の息子に嫁いぎ、将来は魔力の高い子を成して貰おう」
「世迷い言を!」
 メディアーナが叫んだ瞬間、ベアトリーチェは黒い霧に包まれいつのまにかフェルカドの腕の中に囚われていた。ベアトリーチェはぐったりと気を失ったように力が抜け、瞼が閉じられている。

「なっ、いつの間に?!」
 メディアーナは、今まで隣にいたベアトリーチェが一瞬でフェルカドに囚われていたことに驚愕の声をあげた。

「クスクスクスッ、驚いたかい? これは破魔の筐体と私のこの指輪が連動していてね。ああ、破魔の筐体と言うのはベアトリーチェが魔力を注いだ箱なんだけどね。以前、うちにいた天才魔導具師が発明した魔道具なんだけど、こうして魔力を注いだ者を召喚することも出来るんだ。実に良くできているよね」
 フェルカドが説明するとまた楽しそうにクスクス笑いながらベアトリーチェの首に封魔の魔導具を嵌めた。

「貴様!! 何と言うことを! ベアトリーチェ様を返せ!!」
「それよりも義妹よ、この娘が可愛いなら私と共に参れ。私の側室となり君も魔力の多い子を成すのだ。ああ、心配には及ばん。この国は君の代わりに私がしっかり統治するからな」
 アーニャの叫びを無視して言い募るフェルカド。

 メディアーナの顔が憤怒の表情で包まれた。

「巫山戯るな!! フォルナックスを殺めたお前なんかに屈するものか!!」
「ほう、それではお前の娘がどうなっても良いのだな?」
 悔しげに顔を歪ませ、メディアーナはアーニャとエゴンに目で合図するとフェルカドの方に向かって歩を進めた。

 クラレシア人は念話で会話をすることができる。きっとメディアーナはアーニャとエゴンに念話で指示を出したのだろうと私はその様子から察した。


 そう思った瞬間、急に場面が切り替わった。一瞬で辺りが真っ白になった。するとまた私の目の前に扉が現れた。私はこの先の出来事を知っている。戸惑いながらもその扉を開いた。

 クラレシアにいた頃とすっかり様相が変わったベアトリーチェが豪華な部屋にあるソファーに虚空を見つめボウッと座っていた。ドメル帝国に囚われてから私はすっかり生きる気力もなくなって食事も喉を通らなくなり、痩せ細っていった。自分の中にある罪悪感に囚われたのだ。

  部屋には鍵がかけられ、窓には鉄格子が施されている。部屋は豪華ではあるが明らかに監禁されている。

 私はベアトリーチェの目の前まで近づいて行く。でも、ベアトリーチェには私は見えない。これは過去の映像だから。映画のワンシーンに紛れ込んだような感覚だがこれは確かにベアトリーチェの過去の記憶なのだ。

 この世界に存在する私は幻でさえない。それなのに私の頬に伝わる涙を感じた。

 ベアトリーチェの目の前にゆっくりと目映い光が現れ、やがてそれが人の形に変化する。

 藍色の髪に瑠璃色の瞳。窶れてはいるもののその威厳と美しさは損なわれてはいない。

「お母……様……」
 ベアトリーチェは目の前に現れた懐かしい人物に向かって呟いた。痩けた頬に涙が伝い空虚な瞳に僅かに光りが宿った。

「ベアトリーチェ……ああ、ベアトリーチェ……。遅くなってごめんなさい。可哀想に、こんなに窶れて……」
 ベアトリーチェの目の前に現れたメディアーナは、ゆっくりとベアトリーチェの折れそうな体を温かな両腕で包み込んだ。

「お母様……ごめんなさい。私のせいで」
「いいえ、貴方のせいではありません。私がもっと気を付けるべきだったのです。フォルナックスが殺されたと言うのにクラレシアの結界は破られることはないと高を括っていたのです。全ての責任は女王であり、母親である私にあるのです」
 メディアーナはベアトリーチェの言葉に被せるように後悔の念を込めて発した。その言葉に更にベアトリーチェの頬が涙に濡れた。

「さあ、時間がありません。ベアトリーチェ、私は貴方の元に辿り着く為に多くの魔力を使ってしまいました。今度は最後の力で貴方を逃がします。アーニャに貴女の事をお願いしておきます」

「お母様‥‥‥いや‥‥‥お母様も一緒に‥‥‥」
 ベアトリーチェが涙ながらに声を発すると部屋の外からドタドタと複数の足音が聞こえ、バタンっと大きな音と共に扉が開いた。

「急に消えたと思ったらやはりここにいたか!」
 そこに現れたのは怒りを滲ませた表情のフェルカドだった。

「さあ、早く! 行くのです」
 メディアーナは自分の体から魔力を放出し、術式をベアトリーチェに向かって展開した。

 
「お前! 何を勝手な事を!」
 怒りの形相でフェルカドはメディアーナの胸を剣でついた。

 ガフッ‥‥‥

 メディアーナの口から真っ赤な血が噴き出た。

 それでも魔力を放出し続けた。

 残りの命をかけて、魂の灯火さえ全て振り絞る様に‥‥‥

「お母様‥‥‥」

 その瞬間、メディアーナの術式が発動し、ベアトリーチェは涙を流しながら光に包まれその場所から消えた。

 一連の過去の映像を傍観者のように見せられて私の中にベアトリーチェとして生きていた記憶が蘇った。

 ああ、そうだ……何で忘れていたのだろう。あの時、私は大罪を犯したのだ。クラレシア神聖王国が滅んだ原因もお母様が命を落とした原因も私のせい…………

 私は……罪深い……

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