王子様と朝チュンしたら……

梅丸みかん

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08-リナリアの回想④

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次第に病院内でも私と斗真が付き合っていることが知れ渡って来た。人気者の斗真と付き合っている事もあって、やっかむ人もいるかも知れないと思っていたが意外に周りは温かく見守ってくれていた。

 私より2年先輩の一人は
「貴方みたいな普通の人でもあんなハイスペックの人と付き合えるなんて勇気がでるわ」
 なんて言ってくれた。もしかしたら、ちょっと嫌みも入っていたのかも知れないけど私は素直に応援の言葉だと受け取ることにした。

 斗真と付き合い始めてから半年以上経った頃、斗真から思いもよらぬ物を渡された。

「莉奈、これを持っていて欲しい」
 そう、斗真から渡されたのは黒いカードキーだった。

 恋人同士のアイテムの定番「合い鍵」というヤツだ。

「斗真……」

 私は戸惑いながらもそれを受け取った。

「ほら、俺達宿直とかあってすれ違いがちだろ? 本当は一緒に暮らしたいんだけどそれまではいつでも俺のマンションに来て良いから」

「一緒に……? でも……」

 最初は斗真の言葉に戸惑ったけど内心は嬉しかった。

 同棲にはまだ踏み切れないけど、斗真のマンションに通って慣れた頃には一緒に暮らしたい。そしていつか結婚して夫婦になりたい。

 次第にそんな思いが重なっていった。

 勤務中は女性の看護師が多く業務を円滑にするためには邪険に出来ないことも理解できたからそれ程気にならなくなって来た。それに、私に向ける眼差しと他の女性に向ける眼差しに違いがあることに気付いてホッとした。

 私達の間には次第に信頼関係が生まれ、ずっと私の隣には斗真がいてくれるものと思っていた。

 あの時までは…………


 それは、私が早番で斗真が遅番の日だった。

 今日は斗真の誕生日。ケーキは買ってきたし、サプライズで美味しいものを作ってあげよう。そうね、莉奈様特製のビーフシチューが良いわね。以前作ってあげたときに絶賛していたし、と考えながら買い物を終え斗真のマンションの鍵を開ようとしたら鍵が開いていた。

 あら? 斗真ってば鍵をかけ忘れたのかしら?

 不思議に思い、玄関の扉を開けると赤いパンプスが綺麗に揃えてあった。

 ん? もしかして斗真のお母様とか? でもお母様だとしたら随分若いセンスね。いや、それよりも私斗真のお母様に会ったことないし、私みたいな女が自分の息子のマンションに出入りしていたらどう思われるかしら?

 どうしよう。ふしだらな、とか思われたら。でも、斗真だってもうじき30だしいい年した男が女性経験ゼロだなんて流石に思わないわよね。

「斗真ぁ~?」
 私が頭の中で色々思考を巡らせていると部屋の奥から甘さを含んだ高い声が聞こえた。

 その瞬間胸がざわめいた。

 若い女性の声……

 いつの間にか私が見つめる先にはエプロン姿の若い女性が立っていた。

 私と違って華やかな化粧、緩やかなウェーブのかかった柔らかそうな髪をハーフアップにしていかにも育ちが良さそうだった。

「あら? 貴女が斗真の遊び相手の女性? 私は斗真の婚約者よ。ごめんなさぁい、今日は斗真の誕生日で特別な日なの。ご遠慮してもらえるかしら?」

 この女は何を言っているのかしら?

 婚約者?

 そんなの聞いていない。

 特別な日? 斗真の誕生日?

 そんなの知っている。だって、だからケーキを買ってプレゼントも用意して、斗真の好きなビーフシチューを作るために来たんだから?

 私の手からケーキの箱も買い物袋も離れて足下に落ちた。

 気がついたらその場所から逃げ出していた。

 どうして? どうして?

 私の瞳からは次々と涙が零れた。

 やっぱり私は単なる遊び相手で、斗真には婚約者がいて……だったら初めからそう言ってくれれば良かったのに。

 自分には婚約者がいるから君とは結婚できないって。

 叶わぬ夢を見てしまったじゃない。いつか斗真と結婚して夫婦になって、二人の子供を産んで家族を作るんだろうなって。

 それが全て私の独りよがりだったなんて……涙を流しながら街を歩いていると驚いて道行く人が振り返っている。でもそんなことはどうでもいい。

 心の中に広がる哀しみは人の目さえも気に止められないほど私の思考能力を奪っていた。

 どうやって帰ったか思い出せないほど、虚ろな意識は涙だけを促し朝目覚めた時には目を明けることが出来なかった。

 今日は休みで良かった。そう思ったけど休み明けの勤務がとてつもなく憂鬱になった。こんな時、恋人と同じ職場であることは大きなデメリットだと気がついた。

 それから私は斗真を出来るだけ避けるようにしていた。斗真の方は私と話したそうにしていたけど私は、メールでもう別れる旨を伝え、電話は着信拒否の設定をした。

 きっと斗真から婚約者のことを聞くのが怖かったのかも知れない。私は避けることで何とか自分の気持ちを守ろうとしたのだ。転職したくても直ぐに仕事を辞めるわけにはいかない。

 だったら、たくさん残っている有休を使って心を落ち着かせるために旅に出ようと思った。

 予定は一週間。同僚に引継ぎをして帰路につくため病院を後にした。

 思ったより引継ぎに時間がかかってしまった。もう9時を回っていた。急いで駅に向かった。駅までもう少しと言うところで不意に私は誰かに腕を掴まれた。

 振り返ると斗真が何時にもなく真剣な顔で私を見据えていた。

「斗真……なぜ……」
「莉奈……誤解だ! 誤解なんだよ!」
「話して! 言い訳は聞きたくない! どうぞ婚約者とお幸せに!」
「婚約者? 何のことだ?」
「貴方のマンションにいた女よ!」
「違う! あれはっ……」

「危ない! 避けろッ!」
 その時、近くで叫び声が聞こえた。

 その声に反応したが、何のことか分からなくて気がついたら目の前にヘッドライトの光りが迫ってきていた。斗真が咄嗟に私を庇うように抱きしめたが、その瞬間強い衝撃を受け私の意識は闇の中に吸い込まれたのだった。
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