太陽と月

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出逢い そして救出

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少年の腋窩と鼠径部にペットボトルで作った即席の氷嚢をあてがい、佐伯は点滴の準備を始める。

部屋の隅に置かれていたポールハンガーをベッド脇に移動し点滴パックをかけると、慣れた手付きで少年の細い腕に駆血帯を巻き付ける。

『腕も細いけど血管も細いね。ちょっとチクッとするよ。ごめんね。』

指先で少年の血管を探るように触ると消毒を済ませ、迷いなく針を刺す。
滴下速度を確認し留置針と腕を固定すると再び少年に話しかける。

『頑張ったね。ご褒美だよ。』

枕元には子供向けアニメ、パンが擬人化したキャラクターが注射器や聴診器を持った、なんとも可愛らしいシールが置かれた。

不釣り合いなものだ。佐伯がそんなシールを持っていることも、それを少年の枕元に置くと言う行動も、普段の佐伯からは想像もできない。

『それから、これを置いていくよ。使った方がいい』

出されたそれは、紙オムツ。大人用の一番小さなものだと説明してくれた。ベッドも汚れないし尿量も確認できるから目を覚ますまでは少年に履かせるようにとのことだった。

佐伯はいくつかの道具を往診鞄にしまいながら吾妻を見る。

『吾妻君、コーヒーを入れてくれるかい?』

これは、佐伯からの合図だ。普段は相手が誰であっても佐伯が説明不要と考えれば治療後は何も言わずに早々に帰っていく。
今回は、そうではないのだろう。蒴也も吾妻も予想してはいたのだが。

『かしこまりました。すぐに用意致しますのでリビングへ』




洗面所で手を洗った佐伯は、リビング中央に置かれた革張りのソファに身を沈める。向かいには既に蒴也が座りコーヒーカップに口を付けていた。

『ねえ若、あの子はいったい何者なの?どんな生活をしていたの?』

無言の蒴也の、それが答えだと理解したのだろう。佐伯は質問を変えた。

『あの子、なぜあんなに衰弱してるんだろう?かなり酷い栄養失調だよ。』

吾妻が佐伯の前にコーヒーカップを置く。その褐色を口に含む佐伯には珍しく苛立ちの感情が色濃く見て取れた。
少年を前に今まで見せたことこのない幾つもの表情を浮かべる佐伯に観念した蒴也が口を開く。

盗聴を続けていたアパートでの隣室のことを佐伯に話せば当然の結論が導き出される。
蒴也の話に耳を傾けていた佐伯は、これまた今までに見たことがないほど苦い顔で独り言つ。

『ネグレクト…か』

話を聞いた誰もが見解を一致させる所だろう。

佐伯の診察では少年の体に痣や傷は見当たらなかった。触診の限りではあるが内臓の損傷もないだろう。

『あの子、体の大きさに対して少し手足が長いと思わない?それに足も大きいような気がする。』

あくまで個人差がある為、言い切れる訳ではないと前置きした佐伯は、

『歳は15,6、若しくはそれ以上であることもあり得るね』

と言うのだ。
蒴也にも吾妻にも到底信じられない見解だが、医師である佐伯のそれは、少年の身元を明らかにする上で大きなヒントになり得るものでもあった。

明朝もう一度往診すると言う佐伯を吾妻が玄関先まで見送る。

『お手数お掛け致しました。』

綺麗にお辞儀をする吾妻に、佐伯は面白そうに言う。

『若のあんな顔、初めて見たよ。』

実は私も、そう思っていました。とは言えず無言で再度頭を下げ、玄関を施錠する。
吾妻に言わせれば、少年を前に佐伯も十分に様々な表情を見せていたのだが。

そして『あんな顔』を初めて見せた張本人は、今もベッド脇で少年に張り付いている。
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