太陽と月

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陽光と新月

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胃腸がしっかり動いているから、陽に少し水分を摂らせたいと言う佐伯に吾妻は早速動き出す。

湯冷ましを用意し、カップに注ぎスプーンを付けるようにと随分細かな指示を出している。

『その間にゆっくりと体を起こしてみようか』

言ったきり佐伯はベッド脇から離れてしまう。少し離れた所から

『さぁ若、陽くんを起こしてあげて』

医師としての診察はするが、陽の身の回りのことは蒴也に任せようとしているのだろう。
病人の起こし方を身振りを混じえ細かく説明してはくれるものの手は貸してくれない。
恐る恐る陽の上体を起こし背中の後ろにクッションを入れる頃には、既に吾妻が湯冷ましの用意を終えていた。

『体を起こすのに時間をかけすぎると患者さんは、それだけで疲れてしまうからね』

チクリと言われても壊れ物を扱うように陽を起こした蒴也には、これが今の精一杯であった。
普段は何でも器用にこなす蒴也も、陽のこととなれば少し事情が違うのだろう。

体を起こした陽に目線を合わせた佐伯は

『頭は痛くない?目眩は?』

と聞いてはみるが、やはり陽からの反応はない。クッションに背を預けたままではあるが座位を保持できることを確認すると

『若、お水を飲ませてあげて』

小さなスプーンに半分程、ほんの少しだけ水を掬って陽の唇に近づければ、啄むように口を付ける。
可愛い。
それを何度か続ければ、陽はスプーンに口を付けなくなった。
もういらない、と言う意思表示なのだろうか。

『嘔吐反応もないし、大丈夫そうだね』

熱も下がってきているし、暫く座っていようか。

『…っこ       …っこ』
蒴也のマンションに来て、陽が初めて声をあげた。
小さな声が聞き取れず、蒴也が陽の唇に耳を寄せる。

『!!!』
漸く聞き取れた言葉に蒴也が1人慌てる。

『あ、おい佐伯!陽が  陽は  陽を  陽をベッドから出してもいいのか?』

慌てる蒴也にクスリと笑う佐伯は事情を察したのだろう。

『抱っこして、あまり体を揺らさないように連れて行くといいよ』

落ち着いた様子の佐伯だが、実は恐れていた。これが失敗すれば陽はアパートでの恐怖を思い出してしまうかもしれない。陽本人がそうとは気付いていないトラウマを呼び起こしてしまう可能性が高いのだ。

それでも
とも思う。これは陽も蒴也も乗り越えなければならない試練の1つ。
失敗しても、それを2人で乗り越える為のヒントは佐伯にも用意してあげられるような気がしていた。

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