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陽光と新月
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『中野咲恵さんと言うんだけどね』
コーヒーを一口嚥下した佐伯が、記憶を辿るように話し始めた。
15年前、ちょうど陽が産まれた頃、佐伯は大学病院で研修医として多忙な日々を過ごしていた。
当時、佐伯の指導医であった小児外科医の中野保夫は大学病院の医局と言う異様な組織の中で権力闘争にも自身の出世にも興味を持たずクライアントである子供と、その家族に寄り添い真摯に治療と手術に向き合う善良で優秀な医師だった。
しかし、そんな彼は医局内では異端児だった。上層部の顔色を伺うこともせず、唯我独尊を地で行くような彼だったからこそ当時問題児だった佐伯の指導医を押し付けられたのだろう。
そして善良で優秀な小児外科医は、厳しくも優しい指導医でもあった。
決して素行がいいとは言えない佐伯を根気よく指導し、人としても医者としても人並み以上に育ててくれたのだ。
もっとも佐伯の素行の悪さ故に2人は知り合えたのだ。
研修医とは言っても組織内の人間であれば権力を持つ者の下につく。出世競争から振い落されぬよう技術よりも阿ることを早く覚え、権力闘争の頂点に立つような輩の下に群がる。研修医とは名ばかりの使いっぱしりとして、いいように使われることも厭わずに。
権力にも出世にも興味のない中野と佐伯は、なかなかにいいコンビだった。佐伯は小児外科に身を置く前に内科での研修を済ませていたが、中野の導きを受けるようになり早々に自身も小児外科医の道を進むことを決めた。
素行こそ悪かったが元より子供は好きであったし何より中野の後に続きたいとの思いも強かったのだ。
やがて中野が執刀する手術の第一助手を務めるようになり、そして漸く自分も一人前の執刀医となった。他の医療機関で匙を投げられたクライアントの手術も2人であれば問題なくこなせるようにもなった。
しかし4年前、中野の体に病が巣食っていることがわかった。
徐々に筋力が衰え最期には自発呼吸もままならなくなる病。投薬によって症状の進行を遅らせることはできても根治不可能なその病は国からも指定された難病だった。
そして医師を続けられるような病ではなかった。
周囲が心配するほど医師と言う職業から潔く身を引いた中野だったが、佐伯だけには胸の内を語っていた。
途方もなく無念であることを。それでも後を託せる佐伯がいるから去れるのだと。
中野が退職後も折にふれ中野の自宅を訪れた佐伯は、そこで中野の妻、咲恵と出会った。
第一印象は「豪快な女性」だった。
子供には恵まれなかったものの夫婦仲はよく、咲恵は仕事を辞めて夫の闘病を支えたかったのだが、当の中野が首を縦に振らなかったのだと言う。
常に大きな声で笑い、佐伯が訪れれば大皿料理をふんだんに振る舞って話を聞いてくれる咲恵も、ロボットではない。
仕事を続けながらの夫のケアは並大抵の苦労ではなかったはずだ。
そして4年間の闘病の末、呆気なく、そして穏やかに中野は息を引き取った。
コーヒーを一口嚥下した佐伯が、記憶を辿るように話し始めた。
15年前、ちょうど陽が産まれた頃、佐伯は大学病院で研修医として多忙な日々を過ごしていた。
当時、佐伯の指導医であった小児外科医の中野保夫は大学病院の医局と言う異様な組織の中で権力闘争にも自身の出世にも興味を持たずクライアントである子供と、その家族に寄り添い真摯に治療と手術に向き合う善良で優秀な医師だった。
しかし、そんな彼は医局内では異端児だった。上層部の顔色を伺うこともせず、唯我独尊を地で行くような彼だったからこそ当時問題児だった佐伯の指導医を押し付けられたのだろう。
そして善良で優秀な小児外科医は、厳しくも優しい指導医でもあった。
決して素行がいいとは言えない佐伯を根気よく指導し、人としても医者としても人並み以上に育ててくれたのだ。
もっとも佐伯の素行の悪さ故に2人は知り合えたのだ。
研修医とは言っても組織内の人間であれば権力を持つ者の下につく。出世競争から振い落されぬよう技術よりも阿ることを早く覚え、権力闘争の頂点に立つような輩の下に群がる。研修医とは名ばかりの使いっぱしりとして、いいように使われることも厭わずに。
権力にも出世にも興味のない中野と佐伯は、なかなかにいいコンビだった。佐伯は小児外科に身を置く前に内科での研修を済ませていたが、中野の導きを受けるようになり早々に自身も小児外科医の道を進むことを決めた。
素行こそ悪かったが元より子供は好きであったし何より中野の後に続きたいとの思いも強かったのだ。
やがて中野が執刀する手術の第一助手を務めるようになり、そして漸く自分も一人前の執刀医となった。他の医療機関で匙を投げられたクライアントの手術も2人であれば問題なくこなせるようにもなった。
しかし4年前、中野の体に病が巣食っていることがわかった。
徐々に筋力が衰え最期には自発呼吸もままならなくなる病。投薬によって症状の進行を遅らせることはできても根治不可能なその病は国からも指定された難病だった。
そして医師を続けられるような病ではなかった。
周囲が心配するほど医師と言う職業から潔く身を引いた中野だったが、佐伯だけには胸の内を語っていた。
途方もなく無念であることを。それでも後を託せる佐伯がいるから去れるのだと。
中野が退職後も折にふれ中野の自宅を訪れた佐伯は、そこで中野の妻、咲恵と出会った。
第一印象は「豪快な女性」だった。
子供には恵まれなかったものの夫婦仲はよく、咲恵は仕事を辞めて夫の闘病を支えたかったのだが、当の中野が首を縦に振らなかったのだと言う。
常に大きな声で笑い、佐伯が訪れれば大皿料理をふんだんに振る舞って話を聞いてくれる咲恵も、ロボットではない。
仕事を続けながらの夫のケアは並大抵の苦労ではなかったはずだ。
そして4年間の闘病の末、呆気なく、そして穏やかに中野は息を引き取った。
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