太陽と月

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陽光と新月

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『中野先生は最期まで病と戦ったよ』

すごく格好よかったと遠くを見るともなく見ている佐伯は、そこに中野の面影を映しているのだろう。

中野保夫が4年間の闘病の末、亡くなったのが昨年。
四十九日の片付けを手伝っていた佐伯に咲恵がポロリと漏らしたのだ。

『私、疲れちゃった』

副看護師長としての重責を担い、家に帰れば夫の看病に明け暮れた4年間で疲弊しきった咲恵はとにかく全ての荷物を下ろして休みたいと言った。

『あの人も許してくれるわよね』

そう言って看護師の職を辞した咲恵は約1年間、夫の弔いだけに時間を使ってきたのだと言う。

憔悴した咲恵の身を案じ、中野亡き後も頻繁に中野の自宅を訪れ、仏壇に手を合わせていた佐伯に咲恵は最近になって漸く今の生活を退屈だと思えるようになったと柔らかな笑顔を見せるようになった。


『ごめんね。咲恵さんのことを話すだけのつもりだったのに、随分と長くなってしまったね』

冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した佐伯は、僕の一番尊敬し信頼を寄せている人の奥さんだから、陽くんを託せるんだ。
そう言って朗らかに笑った。

『佐伯先生、差し出がましいことを伺っても、よろしいでしょうか』

吾妻は何やら訝しげに問う。

善良で優秀な指導医の下、医師としての腕も人間性も磨いた研修医。
佐伯の口振りから研修医でなくなった後も、師弟関係は揺るぎないものだったはずだ。
尊敬し信頼する中野から後を託された佐伯が師を裏切るようなことをするだろうか。

少なくても佐伯が陽に対して向ける顔を間近で見ていた吾妻には俄には信じ難いことだった。

中野保夫が病を理由に退職をしたのが4年前。佐伯が製薬会社との癒着を原因に解雇されたのが3年前。

吾妻はその1年の間に何かがあったのだろうと踏んだのだ。

『やっぱり吾妻君はすごいね』

皮肉ではなく吾妻を誉める佐伯が、その後ポツリと漏らした言葉に蒴也も吾妻も、やっぱり、と思う。

『嵌められたんだよ』

その理由は随分と子供染みたものだった。

クライアントやその家族から信頼される腕のいい医師である佐伯。その佐伯の腕を己の出世競争に利用したい輩は医局内に複数存在したのだ。
しかし佐伯は、そんな輩に興味はない。中野だけが自分の前を歩く医師だと思っていたからだ。
結果、自分の出世の役に立たない腕のいい医師など脅威でしかない、鬱陶しいことこの上ないのだ。
鬱陶しいものは排除される。しかも、いとも簡単に。
製薬会社との癒着をでっち上げられ、身の潔白を主張しても、ろくな調査は行われない。出来レースなのだから当然だ。

巧妙に仕組まれた罠だった。そして上が黒と言えば白いものも黒くなる組織の中で佐伯は簡単に組織から弾き出されたのだ。

『でもね、僕は今の環境に満足しているよ』

そう言って笑う佐伯に嘘はないようだ。
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