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新たな生活
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エレベーターを降りメインエントランスで咲恵を出迎えた佐伯と吾妻は、コンシェルジュカウンターの風間に咲恵を紹介し、再びエレベーターに乗り込み蒴也の部屋へ向かう。
『お邪魔しまーす』
明るく朗らかな女性の声が玄関に響く。年齢の割に声が高いのは、常に子供と接してきたからだろう。
佐伯に促され蒴也と陽が待つリビングに入れば開口一番
『まぁ!可愛いエンジェルちゃんだこと』
咲恵は驚きを隠せずに目を見開いていた。それを目の当たりにした蒴也と言えば「当たり前だ」とでも言いたそうに満足げだ。
薄幸の少年は物言わずとも周囲の人間を魅了する不思議な力を持っている。
ごく自然な動作で陽へと歩み寄った咲恵は、この家の主、蒴也にではなく陽に対して自己紹介を始めた。
『陽くんね。私は中野咲恵。よろしくね』
陽の手の甲を優しく撫でながら、子供たちは皆「さきちゃん」って呼んでくれるのよ。陽くんも、そう呼んでくれると嬉しいわ。
片膝を床に付いて、陽よりも少し低い位置から見上げるように話しかけている
反応のない陽に呆れることも憤慨することもない咲恵は、テーブルに置かれたまま、まだ片付けられていなかったお粥の器を一瞥し、少し考えてから
『陽くん、お粥を食べたのね』
しっかり食べられて偉かったわね、それなら、と続く咲恵の言葉に蒴也と吾妻は少し慌てた。
『お昼ご飯は、さきちゃんが作ってあげる』
慌てる蒴也と吾妻が珍しくて可笑しくて、クスッと笑った佐伯が遠慮なく真実を暴露する。
『咲恵さん、それは無理かも』
この立派なキッチンには、食材はおろか、調理器具の1つもないのだ。一応買い揃えた家電も、これまで殆んど出番はなかった。
ポカンと口を開けた咲恵は、蒴也と吾妻と、そして佐伯を順番に見て、これまでどんな食生活をしていたのかと問う。
些か口調が責めるようなものになっているのは、これからの陽の食生活に思いを巡らせたからだろう。
居心地の悪そうな男3人を前に咲恵は容赦なく言い渡す。
『今すぐ用意なさいっ!』
初対面のヤクザを前に、初来訪の家で腰に手を当てて凄む咲恵は、なかなかに肝が据わっている。
これまで命と向き合う人生を送ってきたのだ。それ以上に重いものなど世の中に存在しないことを知っている。
そんな咲恵に対し、炎星会の内藤よりも余程男前だと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
『必要な物をご教示ください。すぐに用意致します』
吾妻はキッチリ頭を下げて、咲恵の力を貸してほしいと意思表示をする。
咲恵を伴いキッチンに入った吾妻は、次々に出される咲恵からの要求を、ただただメモしている。
考えてみれば、この部屋に初対面の人間が入るなど初めてのことだが、蒴也も吾妻も、この場に咲恵がいることに違和感も不快感もない。
咲恵はいとも簡単に、そして至って自然に蒴也と吾妻の懐に入り込んだ。
いや懐柔されたのは蒴也と吾妻の方か。
明星会若頭と若頭補佐、そして闇医者は、きっと咲恵に頭が上がらない。それもいいな、と思わせるのは間違いなく咲恵の人柄だろう。
『お邪魔しまーす』
明るく朗らかな女性の声が玄関に響く。年齢の割に声が高いのは、常に子供と接してきたからだろう。
佐伯に促され蒴也と陽が待つリビングに入れば開口一番
『まぁ!可愛いエンジェルちゃんだこと』
咲恵は驚きを隠せずに目を見開いていた。それを目の当たりにした蒴也と言えば「当たり前だ」とでも言いたそうに満足げだ。
薄幸の少年は物言わずとも周囲の人間を魅了する不思議な力を持っている。
ごく自然な動作で陽へと歩み寄った咲恵は、この家の主、蒴也にではなく陽に対して自己紹介を始めた。
『陽くんね。私は中野咲恵。よろしくね』
陽の手の甲を優しく撫でながら、子供たちは皆「さきちゃん」って呼んでくれるのよ。陽くんも、そう呼んでくれると嬉しいわ。
片膝を床に付いて、陽よりも少し低い位置から見上げるように話しかけている
反応のない陽に呆れることも憤慨することもない咲恵は、テーブルに置かれたまま、まだ片付けられていなかったお粥の器を一瞥し、少し考えてから
『陽くん、お粥を食べたのね』
しっかり食べられて偉かったわね、それなら、と続く咲恵の言葉に蒴也と吾妻は少し慌てた。
『お昼ご飯は、さきちゃんが作ってあげる』
慌てる蒴也と吾妻が珍しくて可笑しくて、クスッと笑った佐伯が遠慮なく真実を暴露する。
『咲恵さん、それは無理かも』
この立派なキッチンには、食材はおろか、調理器具の1つもないのだ。一応買い揃えた家電も、これまで殆んど出番はなかった。
ポカンと口を開けた咲恵は、蒴也と吾妻と、そして佐伯を順番に見て、これまでどんな食生活をしていたのかと問う。
些か口調が責めるようなものになっているのは、これからの陽の食生活に思いを巡らせたからだろう。
居心地の悪そうな男3人を前に咲恵は容赦なく言い渡す。
『今すぐ用意なさいっ!』
初対面のヤクザを前に、初来訪の家で腰に手を当てて凄む咲恵は、なかなかに肝が据わっている。
これまで命と向き合う人生を送ってきたのだ。それ以上に重いものなど世の中に存在しないことを知っている。
そんな咲恵に対し、炎星会の内藤よりも余程男前だと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
『必要な物をご教示ください。すぐに用意致します』
吾妻はキッチリ頭を下げて、咲恵の力を貸してほしいと意思表示をする。
咲恵を伴いキッチンに入った吾妻は、次々に出される咲恵からの要求を、ただただメモしている。
考えてみれば、この部屋に初対面の人間が入るなど初めてのことだが、蒴也も吾妻も、この場に咲恵がいることに違和感も不快感もない。
咲恵はいとも簡単に、そして至って自然に蒴也と吾妻の懐に入り込んだ。
いや懐柔されたのは蒴也と吾妻の方か。
明星会若頭と若頭補佐、そして闇医者は、きっと咲恵に頭が上がらない。それもいいな、と思わせるのは間違いなく咲恵の人柄だろう。
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