お飾りの妻だったのに、冷徹な辺境伯を絶倫にしたところ溺愛妻になりました

季邑 えり

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1巻

1-3

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 緊張で足が震えながらも、新郎の隣になんとか進んでいく。質素で簡素だと聞いていた式は、本当にその通りだった。
 音楽も何もなく司式が行われ、誓い合うとすぐに結婚宣誓書に署名をする。キスもないまま、一生に一度の式典があっという間に終わり、私はバルシュ辺境伯夫人となった。
 結婚式後は城にいる者を集め、庭園で祝いの席がもたれている。けれどルドヴィーク様は乾杯の音頭をとっただけで、私の手をとると立ち上がった。
 ベールはつけたままだから、まだ正面から顔を見られていない。ようやく手袋越しに手を触れられ、私の心臓はトクリと跳ねる。

「皆の者、後は楽しんでくれ」

 低い声が朗々と庭に響き渡ると、ルドヴィーク様は私の手を引いて会場を後にした。白いドレスが汚れないように気をつけながら、引かれるままに進んでいく。

「あの……今夜はどちらの部屋に?」

 慣れない場所を進んでいくけれど、どこに向かっているのか見当もつかない。私の支度は全て離れにあるけれど……と思っていると、ルドヴィーク様はそこで足を止めてこちらを見下ろした。

「今夜は……離れの方が面倒が少ないな。よし、別宅に行くぞ」
「えっ、あ、っはい」

 慣れた屋敷に行くことになりホッとするけれど……ルドヴィーク様はあそこに泊まるつもりなのだろうか? バルシュ辺境伯たるお方がお泊まりになってもいい場所だろうか、と思うけれど手を引かれてしまい、どうすることもできない。
 長い足に追いつくために駆け足気味で進んでいく。冷たい春の風が吹く中、そんなことにはお構いなく突き進んでいく。もやさえなければ、表情を見ることができるのに……それさえも叶わない。
 ようやく屋敷に辿り着くと、ルドヴィーク様は建物を見上げてチッと舌打ちをした。

「これほどまでに荒れていたのか」
「ルドヴィーク様?」

 どうやら彼は、離れの屋敷がここまですたれていたとは知らなかったのか、申し訳なさそうに下を向いた。

「すまない、こんな屋敷を俺はあてがっていたのか」
「大丈夫です、私とシェナで掃除をしたところ、随分と過ごしやすくなりました。流石に外壁までは手が回りませんでしたが、中は綺麗ですよ」
「君が……掃除を?」
「はい」

 素直に答えると、どこか疑っている様子だ。でも、とにかく屋敷の中に入ろうと手を引かれる。

「確かに、中はまともなようだな」

 外と比べると、屋敷の中は修理もできている。

「そう言っていただけると、嬉しいです」
「君は……」

 ルドヴィーク様はためらいながらも、私の手を引いていく。するとシェナが出迎えてくれた。

「アリーチェ様、お待ちしていました。一旦お着替えをしますので、こちらへどうぞ」

 いつものお仕着せを着たシェナが案内しようとすると、ルドヴィーク様が足を止める。

「君は……どこかで見たような」

 とシェナに目を留めて呟いた。確かに、王都で助けてもらった際に会っている。けれど、シェナはその時のことを思い出したのか、「ひっ」と言い固まった。

「あの、ルドヴィーク様は先に寝室へ行ってください。私もすぐにまいりますから」
「あ、あぁ」

 彼も怖がられるのに慣れているのか、すぐに階段をのぼっていく。私はルドヴィーク様と別れて一旦私室に戻ると、ドレスを脱いで薄い夜着に着替えさせられた。

「シェナ、こんなにも薄いものを着ないといけないの?」
「はい、初夜の花嫁はこうしたものを着て、旦那様を夢中にさせるのです」
「でも、恥ずかしいわ」

 白っぽくて薄い生地でできたそれは、私の胸の谷間をくっきりと浮かび上がらせている。こんなにもはしたないものを着て、軽蔑されないだろうか。でも白いガウンを羽織ると夜着は隠れ、簡易なワンピースを着ているような姿になった。
 これであれば大丈夫と、私は主寝室に通じる扉を開けて中に入る。この部屋も掃除をしておいてよかった。
 すると先に部屋にいたルドヴィーク様は正装をき、扉に鍵をかけて部屋の中や窓の外をうかがっている。

「……デイモンドめ、見張りを立てているな」
「? どうされましたか?」

 振り向いた彼は私の顔を真正面から見つめた。そしてガウン姿を目にすると、手にしていた書類をバサバサッと落とし、「うっ」と声を上げて身体の動きを止めた。
 そういえばベールをとって顔を見せるのは、ここに来てからは初めてだ。結婚式から今まで、ずっと顔を見せていなかった。

「あの、アリーチェです。よろしくお願いします」

 とにかく微笑みながら挨拶をする。彼は動かないまま「まさか、これほど似ているとは……」と呟く。声が震えているけれど、大丈夫だろうか。
 しばらくしてコホンと軽く咳をした彼は、書類を拾い上げると仕切り直すように硬い声を出した。

「とりあえずアリーチェ殿、悪いがそこに座ってくれ」
「はい」

 寝室には応接用のソファーが置かれている。とうとう初夜を迎えることになり、私は高鳴る鼓動を感じつつ腰を下ろした。

「あの……ルドヴィーク様、私もお話ししたいことがあります」
「そうか、俺も確認したいことがある。酒に酔われると困ると思い、すぐに宴席を抜けてきたが、もし酔いたいのであれば、明日からにしてくれ」
「はぁ。あの、お酒は別にいいのですが……確認とは?」

 私は首を傾げてルドヴィーク様を見た。相変わらず顔は黒いもやに囲まれていて表情がわからない。けれど向かい側に座る彼は特に不機嫌にはなっていないようだ。

「ところで結婚に関する契約書は読んでくれたのか?」
「はい? 契約書ですか? 見ていませんが」

 素直に読んでいないことを伝えると、ルドヴィーク様は額を押さえて、はぁーっと長いため息を吐く。どうやら、結婚前に読んでいてほしかったものらしい。

「デイモンドめ……わざとだな。まぁ、仕方がない。この書類を見てほしい。これは俺たちの利益のために最善となるよう、考えた契約だ」
「……はい?」

 彼は白っぽい紙の束を低いテーブルの上に広げる。そこには結婚に際しての契約事項がびっしりと書かれていた。

「かいつまんで話すと、君には辺境伯夫人としてお飾りの妻になってほしい。俺が君を愛することはないし、君が俺を愛する必要もない」
「……はぁ」
「愛人をつくるのは自由だが、できれば大っぴらにしないでほしい。子どもが欲しければ、親族の男性を紹介する。君が選んだ者と交わり、男児を産んだ後であれば自由にしてもらっても構わない」
「……はぁ」
「それから、今夜は一刻以上はこの部屋で俺と同じ寝台で寝てほしいが、ふりだけで構わない。同衾どうきんすることは期待しないでくれ。しばらくしたら城に帰るから、君はここで寝てくれればいい」
「……はぁ」

 思いがけない言葉が飛び出してきて、混乱してしまう。どうしてルドヴィーク様がこんなことを言い出したのか、理解できない。
 もしや私が淫乱な女性で、男性であれば誰とでも寝ると思っているのだろうか。そんなのは誤解だから、話を聞いてほしいけれど……
 ――あ! もしかして、この黒いもやのせいなのかも!
 これほどのもやに包まれていては、正常な思考ができないのだろう。だから私が淫乱だと思い込んでしまったに違いない。
 ふんふんとルドヴィーク様の説明を一通り聞き、契約書にサインをする前にと私は口を開く。

「ルドヴィーク様、契約の前に私の方からもよろしいでしょうか」
「あ、ああ。なんだ、話があると言っていたが」

 コホン、と咳払いをした私は、スカートの裾を持つと立ち上がった。そしてスタスタと歩いて彼の座っている後ろに立つ。

「これから私が、ルドヴィーク様の頭部を触ります。少し時間がかかるかもしれませんが……きっと、頭が晴れると思いますので、ジッとしていてくださいね」
「頭が晴れる?」
「はい、スッキリすると思います!」

 こうしたことはくどくどと説明するよりも、体験してもらった方が早い。私は両手をかざすと、黒いもやもやを払うようにして頭に触れた。
 ――うわっ、これ、凄くこびりついてる!
 普段であれば、触れるだけで消えるもやが簡単には消えそうにない。けれど根気良く払っていけば、綺麗になると確信していた。

「ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」
「なに?」

 払うだけでは難しいと、私はルドヴィーク様の肩をパシンと叩いた。するともやがスッと消えていく。二度、三度と続けていくうちに、肩が軽くなっていくのを感じたのか、彼が声をかけてくる。

「これは……私の肩に何かついているのか?」
「肩というか……ちょっと待ってください」

 パシン、パシンと叩くとほこりが上がるようにもやが上がってくる。けれど、なかなか全部は払いきれない。
 こんなことは初めてで、焦り始めた私は彼の全身を観察する。よく見ると、もやは上半身よりも下半身にこびりついている方が少しだけ薄い。

「あの……すみませんが、寝台に横になってもらえますか?」
「寝台に?」
「はい、その方が全身スッキリすると思います」

 これまでにない量のもやを払っているせいか、さすがの私も息が切れてくる。こうなったら先に下半身のもやを取ってしまおうと、ルドヴィーク様を寝台に寝かせた。
 ――うわぁ、これは……この場所、払ってもいいかなぁ……でも結婚したんだから、いいよね……
 黒いもやは下半身の股間部分に集中している。戸惑いを感じるけれど、ここを払わないことにはスッキリしない。
 私はいつもみたいに手でもやを払うようにして、下半身に触れる。どうしても避けきれないが、仕方がない。なるべくアレに触れないようにしながらも、黒いもやを払っていく。
 しばらくすると、根っこの部分にあたるもやが見えてきたので、それを掴んで引っこ抜くことにした。

「ちょっと動かないでいてくださいね」
「あ、ああ……」

 まるで股間を掴むように手で触れると、流石にびっくりしたのかルドヴィーク様の身体がビクンと震える。そのまま根っこを掴んだ私は、「えいっ」と掛け声と共にそれを引き抜いた。

「できたっ!」

 掴んでいたもやの根っこが、手の中でさらさらと消えていく。どうやらルドヴィーク様の身体を離れたことで、力を失ったようだ。けれど、力を使い果たしたのか私の身体に限界がきてしまう。

「はぁ……はぁ……あの、すみません」
「どうした?」
「ちょっと……眠気が……きてしまって」
「なに?」
「おやすみなさい」

 下半身の呪いを消した途端、急激に眠くなる。まだ何も説明していないのに、私は倒れ込むようにして横になった。
 これまでにないほど不思議な力を使ったため、眠気にあらがうことができなくなり、ルドヴィーク様の隣で横になるとすやすやと寝息を立ててしまう。
 その時、隣にいたルドヴィーク様の下半身に予想もしなかった事態が起こり、彼は衝撃に襲われていた。そんなことなどつゆ知らず、私はすこやかな寝顔を見せるのだった。 



   ◆第二章 


《Sideルドヴィーク》

 その時、俺の身体に奇跡が起こった。

った……!」

 まさか、俺の息子が勃起ぼっきするとは思いもしなかった。結婚初夜だからだろうか。妻となったアリーチェが、初恋の彼女に似ているからだろうか。驚きつつも彼女から目が離せない。
 白い肌はみずみずしくつややかだ。触れたら壊れそうなほど小さいのに、胸の谷間はくっきりとしている。触りたい。
 だが……! 男として、騎士としての矜持きょうじがそれを許さない。
 もんもんとしながら俺は、この結婚に至るまでのことを思い出していた。
 あれは、三月みつきほど前のことだった――
  

「ルドヴィーク様、先方から返答が届きました」
「うむ……で、今度はなんといって断ってきた?」
「いえ、了解とのことでございます」
「なに、本当か?」

 質実剛健を形にしたような質素な執務室で、俺は筆頭執事であるデイモンドから手紙を受け取った。

「もちろんでございます。伝統と格式のあるこのバルシュ辺境伯からの申し出を断れる者など、このシャリアード王国には王家の他は存在しておりません。もしいれば、この私が表に立って槍を持ち」
「あー、わかった。わかったから落ち着いてくれ」

 デイモンドは既に引退してもおかしくない年齢だが、子どもよりも孫よりも魂を込めて育てた俺のことを心配して、未だ現役で働いている。さらには結婚するまでは辞めないと言い張っている。
 そのデイモンドが「今度こそは」と言って持ってきた話が、ベルカ子爵令嬢との結婚だ。

「では、先方にすぐにこちらに来ていただけるように使いを出しておきましょう」
「だが、本当に大丈夫なのか? よもやうわさを聞いたことがないとは思えぬが」
「大丈夫でございます。使者によりますと、ご令嬢はルドヴィーク様にお会いしたことがあるとの話でした」
「……それでも、了解したというのか?」

 あごに手をかけ記憶を手繰たぐり寄せる。いつ、どこで出会っているのだろう。思い出そうとするが、ピンとこない。近年は舞踏会にも出ておらず、王都に行ったのは一年前だ。

「ふむ、奔放ほんぽうな令嬢のとつぎ先としてはまたとない話だからな……子爵も断れなかったのだろう」

 はぁ、とため息を吐いて窓の外を見るとまだ冬は明けきらず、残雪があちこちに積もっている。雪のない王都に比べると、バルシュ辺境伯領は寒さも厳しく冬も長い。雪が降れば閉じこもるしかない地域だ。

「果たして、子爵令嬢が耐えられるか見ものだな」
「大丈夫でございます。こちらのご令嬢であれば、ルドヴィーク様をふるたせてくださり必ずやお世継ぎを産んでくださるでしょう! なんといっても魅惑の子爵令嬢として、数多くの男性をとりこにしていらっしゃるのですから!」

 デイモンドは拳を握りしめると鼻息荒く主張した。代々、領主であるバルシュ家に執事として仕える家系のおさとしては、次代を見届けずにはいられないのだろう。
 これまで何人もの貴族令嬢が婚約者候補としてやってきたが、俺を見るなり引きつった顔をして倒れてしまう。高貴な出身の令嬢であればあるほど、バルシュ辺境伯領に来てもすぐに帰ってしまった。
 中には勇敢な令嬢もいたが、どう頑張ってもねやごとがままならない。
 少年の頃に悲痛な事件にあった俺は、屈強な身体をしながらもアレをてることができなくなっていた。男性器が勃起ぼっきしなければ性交はできない。
 どんなに美しい娘でも不可能だったため……執事のデイモンドが婚礼相手として見繕ったのは、性に奔放ほんぽうな令嬢だ。百戦錬磨の彼女であれば、アレをたせて、子づくりができるに違いないと思っている。
 そんな簡単なことではないのだが、確かに妻がいないと余計な憶測を呼びわずらわしい。陛下からもそれとなく圧力をかけられているから、結婚した方がいいのは確かだ。
 といっても誰でもいいわけではない。しかし、奔放ほんぽうな令嬢ならばある程度の自由を与えれば、お飾りの妻となることを了承するかもしれない。
 そうであればまぁいいかと、うわさのベルカ子爵令嬢へ結婚の申し込みをしたのはいいけれど……

「ルドヴィーク様、今度こそ子づくりしていただきますぞ!」
「はぁ……好きにしろ。どうせまた、私の顔を見て倒れるのがせいぜいだ」
「そんなことはございません。坊ちゃんの初恋の桃色ハンカチの女性は、恐れることなく笑顔を見せてくれたという話ではありませんか!」
「……彼女のことは、もう言うな」

 はぁ、と再びため息を吐きながらデイモンドをジロッと睨む。王都で助けた女性のことは、胸の奥にひっそりと留めておきたい。
 自分と同じ黒い髪をふわりとさせ、菫色すみれいろのつぶらな瞳で俺を真っすぐ見つめた女性。呪われて以来、笑顔を向けられることなどなかったのに、彼女は恐れもせずふわりと花がほころぶように目の前で笑ってくれた。
 あの笑顔が忘れられない。
 だがデイモンドはなんとしても、子爵令嬢を花嫁に迎えたいらしい。今度こそは逃すまいと、婚約期間などもうけずに結婚式の手配をしている。
 その姿を横目に、デイモンドの息子のゼフィールが一歩前に出た。彼は俺と一緒に育ち、今では有能な側近として仕えている男だ。
 父親と同じ銀色の真っすぐな髪をかき分けると、ゼフィールは銀縁ぎんぶちの眼鏡の鼻受けの部分ブリッジをくいっと持ち上げた。ここ辺境では、地位のある男は髪を伸ばすのが習慣だ。

「ルドヴィーク様は本当に結婚なさるおつもりですか? 魅惑の子爵令嬢など、父もとんでもない女性をご紹介して……」
「ああ、心配するな。結婚すると言っても、どうせお飾りの妻だ。この俺を惑わすことのできる女などいないさ」

 はは、と乾いた笑いがれる。女など、俺の顔を見れば恐怖を感じ、嫌々近づいている者ばかりだ。とてもではないが、この辺境伯たる俺が女ごときに夢中になるなど、考えられない。

「ですが、妖艶ようえんな女性に溺れる英雄は多いものです」
「バカなことを言うな。どんな身体つきの女でも、我を忘れてちるものか」

 初恋でもある桃色ハンカチの令嬢であればともかく、あんなにも可憐で可愛らしい女性などそうそういない。何よりも、この俺に対して自然に笑いかけられる女性などいないのだから。
 そして遅い春が訪れ始めた季節に、アリーチェ・ベルカが長い旅路を終えてバルシュ辺境伯領に到着する。
 まさかこの俺が、彼女の輝く笑顔にあっという間に陥落するとは、この時は思いもしなかった。


   ◆


 アリーチェが辺境伯領に到着してしばらく、俺は雑務に追われているのをいいことに、彼女に挨拶もしていなかった。

「ルドヴィーク様、食事の用意ができております」
「わかった。これが終わったら行こう」

 視線を感じた俺は執務用の机から顔を上げ、執事のデイモンドを見た。何かを言いたげにジーッと見つめてくる。

「なんだ、しばらくしたら食堂に向かうと言ったではないか」
「……ご令嬢が到着して、もう十日もたっております」
「十日か。それで、まだ滞在しているのか?」
「はい、侍女とお二人で過ごされているようです」

 持っていた羽根ペンを置き、イスに腰かけながら腕を組んだ。

「客人は帰りたいと叫んでいないか」
「そのような態度はとられていません」
「……」

 ムスッとした顔をして睨みつけるが老執事は慣れたものだ。全く引かない。

「ご令嬢も、帰ることができないのでしょう。うわさのある方ですから、優良なとつぎ先など望めるはずもありません。ここはバルシュ辺境伯として、覚悟をお決めください」
「……結婚か」

 俺は額に手を当て、目を閉じた。
 俺の顔を見ると誰もが怖がり、近寄らない。『冷酷な辺境伯』とうわさされるほどだ。領主となった今はさすがに敬意を払われるが、それでも子どもたちは顔を見ると逃げてしまう。
 悩みの尽きないこの顔は、少年の時に出会った魔女が原因とわかっている。
 まだ少年だった頃、護衛をまいた俺は不思議な色をした蝶を追いかけて、湖のほとりに辿り着いた。好奇心旺盛で行動力もあったのだ。そしてそこで赤いドレスの美女を見つけた。

「お前か? 俺を呼んだのは」
「そうよ……黒髪に黒目だなんて、綺麗ね。気に入ったわ。可愛がってあげるから、私の屋敷に来て一緒に過ごしましょう」

 美女は真っ赤な唇をして、誘惑するようにささやいた。だが本能で「この女は危ない」とぎ取った俺は耳を塞ぐ。胡散うさんくさい美貌に気分が悪くなり、気がついたら叫んでいた。

「お、お前のように年増の汚い女の相手なんか、できるものか!」

 相手をするという意味も知らなかったが、とにかく関わりたくない。辺境騎士団の兵士たちから学んだののしる言葉を吐きながら強い瞳で睨み返すと、美女はギリッと奥歯を噛みしめた。

「おのれ……年増ですって……この私を! 年増ですって!」

 いきなり激高した女が呪いの言葉を吐き始めると、黒いもやが俺の身体にまとわりつく。

「ふ、ふふふ。この私を年増と呼んだお前には、お似合いの呪いよ。これからお前は、美貌の分だけ周囲に恐怖を与え、性欲のある分だけそれをなくすの。ふははっ、この私を見つけて許しを乞えば、呪いをいてあげるわ」

 高笑いしたまま、女は黒く大きな鳥に姿を変えて羽ばたいていく。黒いもやは次第に身体の中に入り込み、動けなくなったところで捜しに来た者に見つけられた。
 それ以来、普通の顔をしていても怖がられ、子どもには泣き出されてしまう。これまでは美しい顔だと言われうっとりと見つめられていたのに、急に人々の態度が変わった。
 辺境では美しさよりも強さを求められる。美少年と呼ばれるたび鬱陶うっとうしいと感じていたから、当初はこれも悪くないとさえ思っていた。
 女のことを調べてみると、彼女は『ショタ喰いの魔女』という二つ名を持つ魔女だとわかった。昔から美少年だけを狙い、襲いかかる魔女だという。
 年齢を示すような言葉を言ってはならない、と伝承が伝わるほど自分の年を気にしている魔女だ。そんなことには気がつかないまま『年増』と叫び、彼女の地雷を踏んで呪われてしまった。
 顔のことだけでなくさらにもう一つ、重大な変化があった。だが少年だった俺はそのことに気がつかず、しばらくしてねや教育を受ける段階で判明する。

たない? まさか!」

 俺の男性器は、いくら娼婦がくわえようが、その裸を見ようが全く反応しなかった。
 将来の辺境伯である俺の初物を貰えると、張りきっていた娼婦はふにゃふにゃで力を持たないソレを睨みつける。

「これは……私が原因ではないわ」
「なぜだ? なぜそう言い切れる」
「だって、ルドヴィーク様はこれまで自慰じいもされたことがないでしょ。そうなると、私ではなくお医者様にかかってください」
「医者……これは、病気なのか?」
「そうかもしれません」

 惜しげもなく裸体をさらされても、ピクリとも動かない。性欲そのものがなく、男性器はち上がらない。
 後日、秘密ひみつに兵の一人を呼び出し自慰じいするところを見て打ち震えた。あのようにいきりつ男性器が、自分のものと同じだとは思えなかった。
 また、娼館で男女のまぐわう姿を見せてもらったが気持ち悪いばかりでなんの感情も起こらない。
 その後、両親が馬車の事故で亡くなり爵位を継ぐと、目まぐるしいほどに忙しくなった。
 適齢期になると、周囲からは結婚しろとうるさくなる。けれど、婚約者はおろか女性に近寄るのが面倒だった。そのうち、子どもができないのであれば養子を貰えばいいだけだと開き直る。
 それよりも俺の顔が恐ろしくて人が近寄らないことの方が問題だった。以前の美麗な顔を知る者はそれほどでもなかったが、魔女と出会った以後に会う者は、一様に怖がり避ける。

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