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沈黙の護衛騎士23

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屋敷に戻ると、ユリアナはいつものように庭を散歩した。レームがいなくなると、次はいつ外を歩くことができるかわからない。なるべく足取りを覚え、ひとりでも散歩できるようになりたかった。

「ええと、ここにひとつ段差があるのよね」

 チリン、と鈴が鳴る。杖を使い辺りを注意深く探すけれど、雪に埋もれた段差はわかりにくい。

「ああ、レーム。だめよ、手をださないで。ひとりで歩けるようになりたいの」

 腕を引こうとする彼の手を払い、ユリアナは一歩前に踏み出した。すると、目の前にある段差をするっと踏み外してしまう。

「きゃあっ」

 気がついた時には雪にうずもれる覚悟をした。倒れたとしても、きっとそれほど痛くないだろう。だが——。

「レーム?」

 ユリアナの倒れた先には、頑丈な身体をしたレームが先に倒れ込んでいた。彼の腕に抱きかかえられるように、ユリアナは倒れている。

「レーム、レーム? 大丈夫? ごめんなさい、段差がわからなくて、私——」

 声をかけるけれど、肝心の彼からの返答は聞こえない。どこか頭を打ってしまったのだろうか、でも抱える腕の力はそのままだから意識を失っているようにも思えない。

 心配になってユリアナは男の頬のあたりに手を添えると、ぺし、と叩いてみる。乾いた空気が彼の口から漏れている。けれど、痛みで唸っている感じはしない。ユリアナは確認するために、彼の顔を細い手でなぞった。

「レーム?」

 雪の中に倒れながら、男はどうやら笑いをこらえるようにして口元を抑え始めた。

——笑ってる!

 なんてことだろう、人がこんなにも心配しているのに。男が笑いを止めないためにユリアナは、再びぺちぺちと細い手で頬を叩いた。

「ちょっと! レームっ!」

 すると今度は全身で笑い始めたのか、腹筋が小刻みに動いている。外套を着ているとはいえ、身体を密着させていたことに気がついたユリアナは、バッと顔を赤らめた。

「もうっ、レームったら……」

 くつくつと声を上げずに笑い続ける男に引き込まれるように、ユリアナも自然に形の良い口元に弧を描いた。雪の中に倒れ込んで、男を下敷きにしている。侯爵令嬢としても、聖女としてもありえない体勢だ。

 チリン、チリンとうるさいほどに鈴が鳴っている。男はユリアナを抱えるようにして、しばらく動くことはなかった。





 ——なんてっ、体制なの!

 咄嗟のこととはいえ、彼に抱きしめられている。顔を胸元に預けながら、ユリアナはレオナルドの鼓動を感じるとますます顔を赤くした。

 まさか、彼にこんなにも近づくなんて……っ、信じられない。

 もう、触れ合うこともないと思っていた彼を、昔のように軽快に笑っている彼を下敷きにしている。

ひとしきり笑いが収まっても、ユリアナは力を抜いて彼の上に横たわっていた。

 ——彼が、ここにいる。

 思わず顔を胸元にあてると、分厚いコートの下にある彼の鼓動が聞こえてくるようだ。ユリアナはそっと彼の胸の上に手を置いて、これまでにない距離に近づいた。

 ——こんなことできるのも、きっと最後よね……。

 ユリアナは顎を上げて男を見上げる。すぐ近くに彼の顔があるのか、息遣いを感じる。

「ねぇ、レーム。……雪に埋もれながらキスをすると、幸せになるって聞いたことがあるわ。あなたに、……ちょっとだけ、してもいい?」

 そんな話は聞いたことがないけれど、何もなくて彼にキスをねだることは恥ずかしかった。ユリアナは頬が赤くなっているのを感じていると、男の手が顎にかかる。

 鈴の音が聞こえる前に、レオナルドの手で顔を持ち上げられ、彼の厚い唇がユリアナの唇に触れた。一瞬の触れ合いだった。

「あ……、私、初めてなの。……こんな感じなのね」

 手袋をつけたままの指を唇に押し当てる。まだ、皮の手触りの方が実感がある。それほど彼の唇は軽くしか触れなかった。羽のような感触でしかなかったのは、彼なりの気遣いなのかもしれない。

 ユリアナはふと、レオナルドの状況を全く知らないことを唐突に思い出した。何も聞いていないが、もしかすると心に想う女性がいたのかもしれない。だとしたら、自分の願いごとは失礼なことになる。

「ごめんなさい、嫌だった? あ、もしかして恋人がいたのかしら、そしたら申し訳なかっ、あっ」

 謝ろうとした瞬間に、顎にかかった手でもう一度顔を上げられた。言い終わる前に唇を塞がれる。今度は皮の手触りよりも強く押し当てられ、さらに何度も角度を変えて口づけられた。

「……っ、ふっ、……あ」

 初めて知る感触に思わず顔を離そうとすると、いつの間にか体に巻きついていた腕がユリアナの後頭部を抑えている。

 ――逃げられない。
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